第30話 ガルシア失踪②
「お前なんか嫌いだ・・・」
「あら、私はかえって貴方の事が好きになって参りましたのに」
「・・・ああ、こっちはますます嫌いになっていくよ」
「でも私に責められるのはお好きだなんて、業が深い方ね」
ガルシアとリーンはここ三年くっついたり離れたりを繰り返している。
ガルシアがイルエーナ家の後継ぎから外されていたと知って、リーンはあっさり別れガルシアの方もそんな女はこっちから願い下げだとしばらく口も利かなかった。
たが同じ学年で講義も同じとなると、出くわす機会が多くその際お互い相手が別の相手とくっつくのを見るのは不愉快で何となくまた付き合うようになった。
「僕がイルエーナ家を継げなくても十分な資産があると知っただけだろう」
「いけません?子供を育てるのによりよい環境を選ぶのが雌というもの。雄に甲斐性があるかどうかを気にするのは人も野の獣も同じ。貴方は可愛いし、財力もあるなら私に不満はありませんよ」
「あくまでも僕の資産が目当てか」
「出来れば雄には雄らしく逞しくあって欲しいですけれど、貴方にはご友人のように戦う力は無いでしょう?」
「・・・僕だってやればできるさ」
「証明して下されば心底貴方に惚れて尽くしましょう」
ガルシアは父へのあてつけにスパーニアを出奔して学者として身を立てる事も考えていたが、リーンに煽られ魔石を手に入れ、より強力な魔石を求めて帝都近郊で魔獣を探しに出た。
◇◆◇
ガルシアはリーンから得た地図で廃坑を探し回りようやく村人達があれは魔獣じゃないかと噂している群れを発見し狩る事に成功した。
「何が魔獣だ。無知な村人が必要以上に恐れていただけで、こんなものそこらの狼と変わらないじゃないか。イルラータの魔獣よりも遥かに弱い」
五大公の一つイルラータ家は七つ頭の鼠を紋章としていて、鼠を大きくしたような姿を持つ魔獣を飼い慣らし軍の部隊に加えている事で悪名高い。家畜化し調教に成功した魔獣は微弱な魔石しか持たず魔導騎士が使うのに足るほどでは無かった。
ガルシアは慎重に弓で一匹ずつ狼もどきを倒し、夜は樹上で眠り、昼は逃げる群れを追跡し廃坑の巣まで追い詰めた。イルエーナ家はつるはしを紋章とし鉱山を多く持つ裕福な大領主だった。
ガルシアも坑道については余人よりは詳しく巣まで逃げ込まれた以上、単独で狩りつくすのは難しいと思い引き上げる事にした。
期待したほどでは無かったが、成果は得た。
後は帝都防衛軍団にでも伝えて出入り口を全て封鎖した上で始末すればいい、彼の仕事ではない。
「あいつに利用されたかな・・・。それとも本当に困っていたのか。こんな獣を数匹狩った所であいつが僕を認めるものだろうか」
追い詰めてみれば獣の巣はヴェルテンベルクの領地に近かった。
嘆息してガルシアは背嚢から保存食を取り出し、火を熾して簡単に燻製肉を炙ってから食べて大きな枝を持つ木の間に寝床を作って翌日山を降りる事にした。
そして、陽が落ちる前に樹上から周囲を偵察するとそこに獣人を発見した。
「あれは人狼族・・・?何故こんな所に。ひょっとしてさっき炙った肉に釣られたか」
闘技場で剣闘士と獣人の戦いを見たこともあるガルシアは獣人の身体能力なら脱走することもも有りうると察した。今の時期では特に万年祭で使う為に前線の帝国軍団が捕虜を後送してくる事が多い。
ガルシアは知性の低い魔獣より獣人を狩った方がリーンは自分を見直すだろうと考え樹を降りて風下に回り獣人の追跡を開始した。
◇◆◇
「手負いか、治療を放棄されたか」
ガルシアはすぐに蛮族を再発見した。
見かけた地点からさほど離れておらず、ガルシアが先ほどまでいた位置を目指していたようだ。近くで見ると蛮族はガルシアよりも1.5倍は大きい。
首には何かの爪で作った首飾りをぶら下げている。相当疲弊しているようで歩みは遅く、傷を庇っていた。やはり前線で一度捕えられて見世物にされるために後送されたのだろう。
ガルシアはすぐに弓に矢をつがえてその背中目掛けて放った。
「外れた!?」
蛮族は矢が当たる直前にさっと地面に伏せ、それまでの緩慢な動きが嘘のようにガルシア目掛けて猛速度で迫って来た。
(ばれていた、動きは演技か)
二本目の矢をつがえて急いで放ったが、慌てていて蛮族が躱すまでもなくそれは明後日の方向に飛んで行った。その間に迫った蛮族が大きな爪を振るいガルシアを引き裂こうとする。
今度はガルシアが避けねばならなかった。
魔石に魔力を流し込み、自らの筋力を強化して一気に後方へ飛んだが木々が乱立する山の中では距離を取れず背中が大きな木の幹にぶつかってしまった。
蛮族が追いすがり、ガルシアに危機が迫る。
今度は横に飛ぼうとしたが、魔石の扱いに不慣れなガルシアは魔力を流し込み過ぎた為に先ほどの跳躍時に割ってしまっていた。
無様に倒れ込むようにして鋭い爪の一撃は躱したものの、頬を掠めて傷が残った。
ガルシアもそれなりに武術の鍛錬はしているので動揺を必死に鎮めながら細剣を引き抜いて蛮族と向き合った。蛮族の方も無理をしていたようで、息が荒い。
「我が姫の愛の為にその首貰い受ける」
怖気ずく自分の心に勇気を持たせようとガルシアは声に出して蛮族に言い放った。
「オ前ニハ無理ダ」
「何っ?」
返事を期待などしていなかったのに蛮族からは意外に流暢な帝国共通語で返事が返って来た。ガルシアの心は大いに乱れて蛮族はその隙に右腕を振るいガルシアの首を掻き切ろうとする。
咄嗟に剣を突き出して右肩を貫き、その勢いを止めたが、強引に振りぬかれてガルシアも大きな傷を負った。
(不味い・・・)
ガルシアは利き腕の左手から血を流し、細剣は蛮族の肩に刺さったまま。
絶体絶命だった。
「ガルシアッ!」
そこへ飛び込んできたのはベルンハルト。
木々をかき分け、大剣を振りかざして蛮族に向かっていった。
蛮族は細剣を引き抜いてそれを受け止めたが、ベルンハルトの一撃は重く細剣は砕け散った。その後ろからマクシミリアン達も現れ蛮族は形成不利と見てその場から逃げ出した。
◇◆◇
「くそっ」
「ベルンハルト、ガルシアが」
「分かってる、追いはしない。もう陽が沈みかけてる」
ガルシアの傷は命にかかわるようなものではないが、治療が必要だ。
既に太陽は山陰に隠れて、急速に暗くなってきていた。
四人はそこで野営する事として、ガルシアの傷を洗い治療を行った。
ベルンハルトは背嚢に治療に必要な道具を携行していて清潔な包帯もあった。
マクシミリアンは彼を誉めた。
「意外と用意がいいね」
「俺は慣れてるからな」
「こんな事国元にばれたら大目玉ですよ」
リカルドは帝都周辺のどこかにはいるだろうと思っていたので、厄介な事になったものだと嘆いた。友人の為とは唯一の王位継承者がこんな所で無茶をしたと知れたら本国から大目玉だ、特にリカルドは父親から雷を落とされるだろう。
「ばれないわけないだろ」
「そうですよねえ・・・」
ベルンハルトは即座に突っ込みを入れて現実逃避しようとするリカルドを笑った。
「悪い。馬鹿な事をした。特にマクシミリアンは王位を継げるかどうかの大事な時だというのに」
「気にしないで。どうせ15か18になるまであの石頭は認めないだろうし。今年はもう仕方ない」
マクシミリアンは燃える薪を突っつきながら落ち込むガルシアを慰めた。
「お前らしくもない。せめて俺を誘えば良かったのに」
「それじゃ彼女に男気を見せられないと思ったんでしょう。私だってプリシラにそそのかされたら飛び出してますよ」
ベルンハルトとリカルドはそれぞれ冗談っぽい口ぶりでマクシミリアン同様ガルシアを慰め続けた。
「プリシラはあの女みたいな事は言わないだろう。うちがイーネフィール公と親しければリカルドの後押しをしてやれるんだが・・・」
恩に報いる事も出来ないとガルシアはますます落ち込んだ。
「うちの若様がお世話になって来たんですからこれくらい気にしないで下さい」
「リカルド、君も僕の命の恩人なんだ。どうか敬語を止めてマックス同様、僕の対等な友人になってくれ」
リカルドは困ってマクシミリアンを見た。相手は五大公の長男。帝国からも一目置かれる身だ。マクシミリアンは頷いてリカルドに許可を出した。
「じゃあ、よろしくガルシア」
「ああ、僕が帝都にいるのはあと一年だがよろしく頼む」
二人は硬く握手をした。
「そういえば、よくこの広い山の中で僕を見つけられたね」




