挿話 愚者のはなし
マクシミリアンの為に用意された絵本は王宮に預けられた子供達の人気を博し、写本されフランデアン中に広まった。マクシミリアンは成長した後も老学者が作ってくれた本を大切に我が子へ語り継ぐ事になる。
それは訓話として大人向けにも改変されフランデアンを越えて世に広まっていった。
むかしむかし、あるところに狐の王がおりました。
となりの国は深い森林に閉ざされた鹿の王の下で幸せを享受していました。
狐の王は恵まれた土地を持つ鹿の王を妬み何度も奪おうとしましたが鹿の友人の鴉に邪魔をされて叶いませんでした。
ある日狐は鹿に仲直りを申し出て鹿は鴉の反対を無視して仲直りをしました。
二人の仲を度々邪魔する鴉に狐は怒っていいました。
「やい鴉。何故俺と鹿が親睦を深めるのを邪魔するのだ。君達が親密に接して富み栄えたように、俺も仲間に加えてくれてもいいじゃないか。お前も俺と仲良くしてくれてもいいじゃないか」
「自分のした事を忘れたのか。今まで暴れまわった期間は禊をしてから物を言え。アイラクーンディアさえお前を恥じるだろう」
「なにを!」
「お前たち喧嘩は止めておくれ。この森には十分な広さがある。皆で楽しく暮らせばいい」
鹿の仲裁で鴉もおれました。
「お前がそんなにいうならまあよかろう」
三者はそれから交際を始めましたが度々狐と鴉が喧嘩する為、実際には鹿と狐か鹿と鴉だけで遊ぶ日が多くなりました。
ある日狐は鹿にこっそりささやきました。
「森の隅に新しい芽が生えている場所があった。俺は食べないが、君は好きだろう。行って見てはどうだい?」
「おお、有難い。さっそく見てこよう」
そこは猿が管理している土地で、彼は穀物を植え始めていたのでした。
鹿はそれを毎日食べに行ってしまったので、猿の恨みを買い、しかけられた罠にかかってしまいました。どんなに暴れても罠は閉まって苦しくなるだけでした。
肥え太った鹿が倒れているのを見て狐がほくそ笑みます。
鹿は狐が来たことに喜んで声をかけました。
「やあ、よく来てくれた。不幸に落ちて初めて友を知るとはこのことだ。どうか助けておくれ」
「俺の牙ではとてもその縄は噛み切れない。仲間を呼ぶので待っていてくれ」
そういって狐は姿を隠しましたが、食欲は隠しきれず涎がしたたり落ちその嘘は今や鹿にも明らかでした。猿のおこぼれを狙っているのだと鹿は思いました。
遅い帰りに気が付いた鴉が心配して探しに来て鹿から事情を聞きました。
「ああ、なんてことだ。お前が私の忠告に耳を貸していさえすればこんな事にはならなかったのに」
「すまない。どうか助けておくれ。真の友は君だけだ」
「その友の忠告を聞かなかったのは君だ」
「もう二度と君の言葉は疑わない。どうか助けておくれ」
鹿は悲痛に嘶いて助けを求め続けました。
「あの嘘つき野郎は何処にいる?」
「あいつならあそこに隠れて僕が死ぬのを待っている」
「悪者というのは言葉が巧みなものだ。その罠は私にもどうにもならない。明日の朝に私が声をかけるまで大人しく待て」
「それでは猿が来て僕は死んでしまう」
鴉は答えず飛び去ってしまいました。
また鹿だけになると二者の様子を伺っていた狐が出てきて鹿に何を話していたのか聞きました。
「そんな事より仲間はどうしたのだ」
「俺の国は遠いんだ。時間がかかる。それよりあの鴉はどうしたのだ」
鹿は鴉に見捨てられたと思って話しました。
「そうか。鴉の奴は猿が持っている財宝を狙っているんだろう。あいつは光り物が何よりも好きだから。君も覚えがあるだろう」
「ああ、確かに」
狐は何とか抜け出せないか鹿に尋ねましたが、やはりどんなに暴れても解けず衰弱するだけでした。結局狐はまた仲間を呼びに行くといってこの場を去り鹿だけが残されました。
さて、翌日。
猿が罠の所にやってくると鹿がかかっているのを知り大層喜びました。
鹿は衰弱していたので死んだふりをしてその時を待ちました。
猿が鹿に近づき縄を解いた時、鴉が飛び出して猿の周りを飛び回りました。
猿は棍棒を振るいましたが当たりません。
鴉はさんざん猿を馬鹿にするように飛び回ってから畑のかかしに着地しました。
鹿はまだ様子を伺っています。
猿は鴉目掛けて棍棒を投げつけましたが、鴉はぱっと飛び上がって避け、外れた棍棒はくるくる回って隠れていた狐に当たり、狐は涎をたらしたまま死んでしまいました。
「今だ!」
ようやく鴉は声をかけ鹿はぱっと跳ね起きて残った力を振り絞ってその場を逃げました。
◇◆◇
むかしむかし、あるところに孝行息子達がおりました。
彼らは自らの父の徳を褒め称え、いかに自分の父が優れているか誇りあいました。
「我が父は清貧に努め、勇気ある戦士であり、日々祖霊を慰め、婦女子を守り、慈しむ献身と正義の人である。この世に生を受けて以来煩悩に溺れた事が無い高潔な人物が果たしてこの世にあらんや」
その言葉を聞いた友人達は疑問に思いました。
「ではお前はどうやって生まれたのだ」
「私は彼の心の息子なのだ」
友人一同は父が童貞であるという彼を嘲笑しました。
不幸に落ちて友を知り、
戦争にて勇士を知り、
負債を得て廉直の人を知り、
財産なくして妻を知り、
運衰えて身寄りを知る
※参考文献『パンチャ・タントラ』『カター・サリット・サーガラ』
王と友人、それを失う事のおはなし
孝に過ぎて不孝となる愚者物語
仁に過ぎれば弱くなり、
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂となり、
智に過ぎれば嘘を吐る。
信に過ぎれば損をする。
伊達政宗の遺訓のおはなし
※モチーフになったおはなしの紹介を通じて世界観、道徳観がなんとなく伝わればなあと挿話をいれさせて頂きました。