第22話 終古万年祭③
最上階に辿り着いたマクシミリアンは周囲ががやがやと騒がしく、背中にかかる圧力が失われてようやく目が覚めた。
自分が何処にいて何をするつもりだったのかすぐには思い出せず、暖かく柔らかな心地よい感触から離れるのが嫌で目が覚めても数秒はぼんやりしていた。
体勢的に体を安定させようと無意識にカレリアの腰と背中に腕を回してしまっていてぼんやりと胸に顔を押し付けたままふと上を見上げたら、微笑んでいるカレリアの顔が見えて自分が何処に顔を埋めているのか気が付いた。
「ごっごめん!」
「いえいえ、お気になさらず。わたくしの薄くて固い胸で良ければいくらでもお貸ししますわ」
「い、いやっ決して固くなんて・・・!あ、いや何と言ったらいいか・・・」
言葉につまるマクシミリアンに対し周囲の視線はとても生暖かいものだった。
その後の宴席の場でもさんざんからかわれたのは当然である。
誇り高いマクシミリアンも今日ばかりはどれだけ笑い話のネタにされても怒る事は出来ず甘んじて受け止めるしかなかった。
マクシミリアンは疲労の元であった講義を減らそうと心に誓った。
「来年は科目を減らそうと思う・・・」
「何を減らすつもりですか?」
リカルドもマクシミリアンに付き合って同じ科目を取らざるを得なかったので、苦労が減る事には大歓迎だった。
「神学はもう止める・・・モレスの講義だけでも馬鹿馬鹿しい。76も宗派があって聖職者の妻帯を許すだの許さないだの神格を与えられた聖人は神と同一視すべきかどうかだの、スクリーヴァは太陽神の信徒か、時の神の信徒か大地母神の信徒だったのかだの、日食時には聖職者以外も断食すべきかどうかだの、苦行に意味がある、無いだの、精霊は神とみなすべきかどうかだの、どの聖典を至上とすべきかだの正直どうでもいい。父上からは広く学問を収めよといわれたけどもううんざりだ」
「もともと帝国の宗教観に影響されるなっていわれてましたしね。いいと思いますよ」
「これだけ支離滅裂じゃ影響されようもないよ」
翡翠宮と呼ばれる料亭の食事はたいそう豪勢で大陸各地の名料理人が集められて腕を競いまるで本物の王宮のようだといわれれていた。
リカルドと来年の構想を練りつつ見知らぬ学院生からも揶揄われ続けていたので、マクシミリアンはそれをろくに味わう事も出来なかった。
◇◆◇
食事会の後マクシミリアン達はナクレスのあちこちの店舗へ冷やかしに行った。
一行にガルシアやプリシラ、ベルンハルトにスーリヤもいる。
スーリヤと親しくなったのは初対面から好感を持っていたのもあるが彼女の奉納舞でマナが集まってマクシミリアンも何故か疲労が回復する気がしていたのでよく舞踏場に見学に行っていた。
マクシミリアンはかねてからスーリヤの欠食児童っぷりが気になっていたので舞のお礼に余った食料をおすそ分けしている。学院では無料の食事にありつけるが、さすがにそれを持って帰るほどスーリヤ達は意地汚くなかった。
マクシミリアンが住んでいる翠玉館には妖精王子に一目会いたいだとか、世界最古の国家にして東方の要であるフランデアンの王子に献上品を送りたいという者達がよく現れるので食材は豊富であり、常時かなり余っていた。
「ベルンハルト、この爪切りなんてどうかしら。貴方ズボラだから爪を伸ばし過ぎて時々ガルシアに怪我させているでしょう」
「よせやい、そんな兎の玩具みたいなの男が使えるか」
「でも切れ味いいのよ。ガルシアにも贈ってあげたの、これ」
見物だけの筈だったが、プリシラは自分で買って強引にベルンハルトに押し付けてしまった。
「爪が気になって力を出しきれなかったら間抜けだよ、ベルンハルト。折角だから受け取るといい」
ガルシアは含み笑いしながら可愛らしい爪切りをベルンハルトに勧めた。
「わ、ほんとだ。これいいね!」
「じゃあ、僕らも買いましょうか」
マクシミリアンとリカルドはデザインに頓着せず機能性を求めて同じものを購入した。カレリアも微笑ましくそれを見守り、周囲に押し切られたベルンハルトも結局受け取った。
◇◆◇
解散の後、女性陣だけでもう少しお茶を楽しんでいた。
「ねえ、プリシラ。わたくし今まで以上に本気になってしまいそうなの」
「・・・それ、母性本能でも芽生えたのではなくて?」
プリシラは友人の相談に呆れて答えた。
「どうにかならないかしら。ウルゴンヌの姫」
「何を考えているの?余計な事をするとかえって恋人達を燃え上がらせてしまうだけ。愛情が欲しいなら今まで通り誠心誠意口説く事ね。変な事をするとシレッジェンカーマではなくアイラクーンディアがやってきちゃうわよ」
シレッジェンカーマは大地母神ノリィッテンジェンシェーレの妹神で愛を司る女神。アイラクーンディアとは嫉妬と怨恨の女神で森の女神を陥れたといわれる悪神として認知されていた。恋の女神エロスという神もいるが、カレリアには可愛らしすぎる神で似合わなかった。
「・・・そうね。そうよね。残念だわ。どうしてわたくしも東方に生まれなかったのかしら」
「天馬の為じゃなかったの?本末転倒じゃない」
東方圏には天馬が頻繁に目撃される牧場など聞いた事も無い。
「・・・・・・そうだったわ。こんな計画じゃなかったのに」
マクシミリアンとの仲が改善しても彼はどうしても靡きそうにない。
誠実で誓約を重んじている。
カレリアの方が先に参ってしまった。
どうにかしてカールマーンを動かしてウルゴンヌなど消し去ってしまいたいと思うほどに。
◇◆◇
ガドエレ家とフリギア家主催による学年修了の祝いの席は盛況のうちに終わり、それから各自帰国するか万年祭の見学に向かった。
万年祭は帝国政府からも出資されているが、帝国の大貴族達や商人達からも多額の寄付を受けて開催されている。
マクシミリアンも大競技祭が行われているリーク・ウートゥ競技場へ向かい剣闘大会を観戦した。数十人という規模の団体戦や各国から出場した騎士と魔獣の戦いも行われてそこらの剣闘士と違って魔導騎士も参戦した戦いの場合はかなり派手なものとなった。
古代さながらの戦車レースもあり10万人が入るこの大競技場では観衆の声援で建物が崩れるのではないかという振動が響いた。
皇家の二人の少年、ギッドエッドとカルナヴェインは応援している騎士や団体のどちらが勝つかここでも張り合っていた。最終的に勝利したのはカルナヴェインの方だった。彼は見る目が無いなとギッドエッドを嘲った為、かなり険悪な喧嘩に発展してしまったので口が過ぎると他の皇家の当主達から窘められて二人とも早々に万年祭から退場してしまった。
そして、この万年祭の王侯用観覧席でプリシラの美貌を見た南方の王ガラマン・ヤダが声をかけてきた。
「これはこれはこんな所にこれほど可憐な花が咲いているとは。お嬢さんはどちらの姫君かな」
プリシラはそのでっぷりと太った男に警戒しつつ礼儀を守り答えた。
宝石をジャラジャラとつけた褐色の男で相手が誰だか分からないが好色そうな男だった。
「わたくしはスパーニア大公であるイーネフィール家の娘プリシラで御座います。ご尊名を伺ってもよろしいでしょうか」
「儂はイフリキーヤの王ガラマン・ヤダである。聞いた事はおありかな?そちらの国とは内海のちょうど反対側にある」
「ああ、あの・・・巨大な造船所を持つという。美しい宝石の産地としても聞き及んでおります」
「うむ。だが我が国のどんな宝石よりもそなたの方が美しい。ここには多くの姫君が大陸中から集まっているが、そなたの煌めきは彼女達も、星々の輝きさえも上回る。そなたが我が宮殿を輝かせてくれれば夜の帳が降りた事にも気づかないであろう」
ガラマン・ヤダは大仰に空を仰ぎプリシラを迎えるような仕草で両手を広げた。
「あ、あの・・・それはどういう?」
「うむ、儂は妻を亡くしたばかりでな。そなたに我が後宮に入って貰えると嬉しい」
プリシラは困惑した。
そんな話は父であるイーネフィール公に話すべきでたまたま観客席で見かけた女性にするような話ではない。それにプリシラは30も年上の太った男に嫁ぎたくは無かった。せめて大切にして貰えるなら政略結婚で年の離れた男に嫁ぐのも仕方ないが、南方の王の後宮では奴隷も王の側に侍っていて妻も奴隷女も後宮内では扱いに対した差は無いと聞いた事があった。
プリシラの立場でははっきり拒絶する事も出来ず、困っていた為ガルシアが助け舟を出した。
「陛下。私はイルエーナ家のガルシア。我々の国では縁談は父親同士が厳格な取り決めを直接交わして進めるもの。偉大な陛下の後添えとして求められる事はイフリキーヤでは大変な名誉かと思いますがどうかお話はスパーニア王とイーネフィール公にご相談下さい」
ガラマン・ヤダの場合は父が既に他界しているうえ、本人もいい年なので父役の後見人もおらず自分で申し込みにいかなければならないとガルシアは主張した。
「むう、面倒な。王が寛大にも申し出ているというのに。ではイーネフィール公やスパーニア王はどこにいるのだ」
「残念ながら、国元が荒れておりまして中々離れる余裕が無いようで御座います」
「では、儂に直接スパーニアまで行けと申すか」
「それが我々のしきたりで御座いますれば」
ガラマンはもういいと憤慨して去って行ってしまった。
イフリキーヤは貧困化しつつある南方圏では珍しく今も繁栄している沿岸部を多く領している最大の国で多くの商船団を持ち、帝国海軍の戦艦の建造も請け負っている。スパーニアは帝国に次ぐ大国であり、イーネフィール公はその最大級の貴族ではあるが、ガラマンの方が帝国での序列は上でその後添えとして迎えたいという申し出は寛大なものだった。
「ありがとう、ガルシア。突然の事で頭が真っ白になってしまいました」
「いやはや、吃驚したね。美しさが損になることもあるもんだね」
「あんな方の後宮で奴隷と一緒に仕えるくらいなら市井の民でいいわ・・・」
プリシラは以降、王侯貴族が集まるような公式の場を避けるようになった。
マクシミリアンの方は皇帝にさえ膝を屈しなくて良いという特権が与えられていた為、もともと新年昇天祭で行われる謁見の儀などの公式行事に出席する気は無く、帝国貴族から夜会の誘いも全て断っているのでカレリア以外の女性からアプローチをかけられる事も少ない。
帝都周辺では他にも様々なイベントが主催されていて、その中では北部の山岳地帯で天馬によるレースも行われていた。山々を駆け巡りながら弩で風船を撃ちぬいたり設置された的に槍を当てたりして得点を稼ぎつつゴールを急ぎ総合得点を競う。
マクシミリアンは賭けはしなかったものの、カレリアを応援した。
カレリアは馬術は巧みだったが、残念ながら帝国騎士達のように弩や槍を扱う訓練はしておらず出場者17名の成績の中ではビリであった。
ただし最も高く速く飛び観客の間近でサービスもして喝采を浴びていた。
幻獣天馬は騎乗者の心が清く正しいほど高く速く飛べるという。
それを見届けた後、マクシミリアンはフランデアンに帰国した。
帝都はまだまだお祭り騒ぎが続いているが、彼にはやることがある。




