第1話 王の誕生
主人公が大きくなるまで昔話風に話は進みます
新帝国歴1398年にマクシミリアンは三男としてフランデアン王国に誕生した。
残念ながらフランデアンの王国史はあまりにも古く歴史が記されるようになった王国歴では正確な年代が不明であり、帝国歴が用いられる。
今では人類全体を支配する帝国も旧帝国時代も新帝国の総督たちもついぞフランデアンを攻略する事は叶わなかった。しかしながら国力差は圧倒的でありフランデアン王国も帝国の権威を認め対蛮族戦線維持、人類圏防衛という大義の下で同盟関係・・・実質的には従属関係を受け入れて平和な時代が続いている。
マクシミリアンの母であるマルレーネは妖精の民出身でフランデアン王国は約800年振りに純血の妖精の民から后を迎えた。この妖精王子マクシミリアンが誕生するまで紆余曲折があり彼の二人の兄は残念ながら早世してしまっていて彼の誕生の際、王国では国を挙げて丸一年間祝宴が続いた。
あまりにも長い歴史が続いていた為、マクシミリアンの父フリードリヒの代まで毎日何らかの伝統行事、神事、祭事が行われており国王の権力は無く祭祀の長として君臨しているようなありさまだった。
これらの行事の為に王家の予算は赤字続きであり貴族や商人達の寄付でなんとか暮らしていた。そこでフリードリヒは改革を断行し、国王主催の祭事の9割以上を廃止した。国民からは不満の声が強かったが、祭事を主催する権利を国民達に売却しやりたければ自分達でやるようにとも申しつけた。
神殿を中心とした祭事では人が集まり市場も形成される。
いわゆる門前市で、長らく権利を剥奪されていた神殿群も歓迎し主催権は高騰した。収穫祭と成人の儀式以外ではたいした祭の無かった民衆もこの布告を歓迎し、独自の祭と称した市場が開かれるようになった。
かつて旧帝国末期や新帝国に入ってからも悶着があり、フランデアンの神官達の不品行もあった。
詳細は後に譲るが、様々な催しが自粛され人々は娯楽に餓えていた。
今は信仰よりも利益と娯楽の時代である。
一世紀ぶりに街は賑わいを取り戻し、新たな文化が花開いた。
こうして一つ一つ支出を抑え税の増収に成功したフリードリヒは続いて国境線の再構築に乗り出した。フランデアンの中央にはリージン河があり、この大河で東西に分断されている。西はツヴァイリングの双子山がその向こうのウルゴンヌ公国との国境となっている。
ツヴァイリングの北部は火山地帯があって踏破は困難である。
南には神々の森と呼ばれる森があり魔獣の棲み処となっている為やはりそこも通行は出来ない。その為古代に西から来た帝国軍はこのツヴァイリングの双子山で侵攻を食い止められた。
南リージン河より西から神々の森までの間を妖精の森と呼ぶ。
二つの森は繋がっているが、神々の森は暗く鬱蒼としており明らかに趣きが違う。妖精の森には妖精宮と呼ばれる妖精の森の宮殿がありそこにはフランデアンの建国王アンヴェルフと共に戦ったクーシャントと呼ばれる獅子の神獣が棲み処としていた。
一方神々の森にはキャスパリーグと呼ばれる怪描がおりクーシャントと対立しているが、別に帝国の味方ではなく侵入すれば誰であろうとこの怪描の餌食となる。
そしてこれらの森よりさらに南へ行くと東方圏の北から南までの大半を占めるクンデルネビュア山脈がありその最大高度は12クビトに達する。この山脈にはアラネーアという巨大な蜘蛛がいて濃霧の中に人々を引き込んで食らうといわれていた。濃霧の中ではたとえ帝国の大軍でも帝国騎士でも本来の頭の位置の頭頂部から女の身体が生えた奇怪な大蜘蛛を討ち果たす事は叶わず、クーシャント、キャスパリーグ、アラネーアの三大魔獣は外部の侵入者を決して寄せ付けなかった。
神々の森にもクンデルネビュア山脈にも他に多数の魔獣が棲み処としているが、この三大魔獣には比肩しえなかった。
この為、東方圏の中原諸国は必ずフランデアン王国、ツヴァイリングの山道を経由しなければ陸路で北方や帝国本土との交易は出来ない。
さて、リージン河より東の地域は遊牧民であるジャール人の領域とされていた為、国境の管理が曖昧でフリードリヒはそこを確定するべく国境線を王家の直轄領とした。とはいえジャール人に配慮する為、国境沿いに関所を設けて若干の部隊の駐屯のみとした。
それは周辺国の反発を招き若干の小競り合いを生んだが、大国であるフランデアンとは本格的な戦争にならずに外交による解決が行われた。
唯一魔獣を乗騎とした戦士団を持つガヌ・メリとはその後もしばしば戦いが継続したが、隊商がガヌ・メリを迂回してフランデアンに入るようになるとガヌ・メリも抵抗を諦めて国境の確定に同意した。
フリードリヒが当初想定していなかった事だが、こうして国境線沿いにも都市が建設され始めた。ジャール人の方も古代から時おり王の救援を得ていた為、成り行き上認めるしか無かった。ジャール人だけでは東部の国家群と全面戦争は難しい。
王国の東半分は広大であった為、多少の都市が建設されても遊牧民達の土地は十分多く残っていたし、彼らも遊牧生活を止めてリージン河沿いに定住する者が増えていた。
多くの変革によりフランデアンの国力は増したが、貴族達は徐々に国王の改革に反発するようになった。世界最古の王国であるフランデアンは何よりも伝統を重視する、貴族達は王を伝統の破壊者として攻撃を加えた。
そこでフリードリヒは長らく空けていた王妃の座を妖精の民に求めた。
妖精の民の指導者である妖精王ヴォーデヴァインはフリードリヒに娘を嫁がせる条件として民の庇護を求めた。
エイラバント公ヴォーデヴァインは妖精の森の他に古くはフランデアン王の王宮があった事もあるディリエージュという都市を領するが、妖精の森に住む純血の民の人口は3,000人ほどにまで減っていた。
世間との交流が増えるにつれて妖精の民も森を出て人里で暮らすのを選ぶ事が増えたのもあるが、リージン河を越えて密猟者が森に入って来て戦いになる事もあった。妖精の民は神代の秘術を今も伝えると世間から思われていた為その力を得ようとするもの、単に美しい小人を捕らえて愛玩動物としようとする犯罪者などが彼らを狙っていた。
フリードリヒはヴォーデヴァインの要請を受け入れて、密猟者が潜伏すると思われるリージン河対岸にある同盟市民連合傘下の自治都市に釘を刺し、対岸に港を設けて河川艦隊を創設し警戒を強化した。
王家の財政は東西貿易で潤う一方、こうして支出も増えた。
フリードリヒはマルレーネとの結婚後も倹約を続けて王宮の使用人たちからは渋い顔をされたが、マルレーネには慎ましい生活は好ましいものに思えた。
二人の夫婦生活は仲睦まじいものだったが、マルレーネはなかなか妊娠しなかった。妖精の民の血が薄れた王家と純血の民との間では子が為せないのではないかという噂も飛び交ったが、森を出た妖精は人との間に子をつくった実例はたくさんある。
二人の結婚から五年後にようやく第一子に恵まれた。
だが、その子は生まれた後一度も泣かずにそのまま亡くなってしまった。
二人は悲嘆に暮れたが三年後に再び子宝を授かった。
新たな子は三歳まで生きたが、生まれつき虚弱で病死してしまう事になる。
マルレーネは嘆きのあまり段々と体が弱っていった。
第三子を授かりはしたものの病気で体が弱り、無事出産出来るか医師たちは危ぶんだ。気丈に生むといい張るマルレーネだったが体調は悪化の一途。
マルレーネの侍女の一人が故郷に良い薬があるといって王宮を離れたが一向に戻らない。マルレーネは侍女を心配してますます体調が悪化していった。
フリードリヒは妻の為にと自らの騎士達を侍女の捜索に派遣した。
行方不明の侍女はツヴァイリング所縁の貴族の子女でもあった為、ツヴァイリング公ギュイも自身の騎士エルマン・ザルツァを捜索に出した。
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