第21話 教師達
「マクシミリアン。お前は学問については広く浅くで良い。何か特異な才能があったとしても王には必要ない。まずすべきことは幅広い知識を身につけ、人を見る目を養い、特異な才能があるものに活躍の場を与えてやる事だ。帝国では多くの他国人に会うだろう。お前に敵意を持つ者もいればおべっかを使う者も現れる。いくら注意しても増長していく心を止めるのは難しいぞ」
「はい、父上」
「といってもお前にはまだ理解できまい。儂の言葉を理解できるようになるのは何かしら失敗した後になる」
「そんなことはありません。父上の言葉肝に銘じておきます」
フリードリヒは留学の時期が近付いてきたマクシミリアンに訓示を行っていた。
「いいや、必ずいつか失敗する。人間は完全ではない。神々でさえ多くの失敗をして地上を三界の一つを失うことになった。肝要は破滅的な失敗をする前に学ぶ事だ。そしてそんな失敗をする前に止めてくれる友人を持つ事。お前はそれに耳を貸せる度量を身につけよ。王が失敗すれば国民全てを巻き込む」
「臣下ではなく友人ですか?」
「そうだ。多くの臣下がお前に衷心から尽くしてくれようが、それが害になる事もあるだろう。臣下には臣下の立場ですべき事がある。例えば昔無礼を働いた下女を法務官達が処刑しようとしたことを思い出せ」
9歳になったマクシミリアンにとって、4歳の時の話は遠い昔の事だったので思い出すのに苦労した。
「あの時はみんな残酷と思いましたけど、止めてくれた人もいたように思いますが」
「ベルゲン将軍は興味無かっただけだ。ギュイは損得で考える。ベべーランは立場で。法務官は王の威信の為。それぞれの立場が彼らの結論に影響している。忠誠心は一歩間違えれば毒になるし、立場を越えて諫言してくれるような臣下は稀だ。未熟な内は彼らのいう事をよく聞くがよい。・・・儂には儂の国家観があるがお前は見習う必要は無い、ある程度学んだ後は自分が思う国を造ってみせよ」
「何故ですか?父上はフランデアンを再び偉大な国にしたではありませんか。是非私にも父上を見習わせてください」
マクシミリアンは父を神のように慕っていたので、自分の道を行けといわれても突然迷子になった子供のように戸惑った。
「ここ100年大きな戦乱が三度あった。お前ももう教師達から教わっていよう。諳んじてみい」
「はい、父上。1337年から帝国本土で始まった魔女狩り、1358年の北方市民戦争、そして1378年の西方市民戦争ですね」
「そうだ。幸い東方はさして巻き込まれずに済んだがあの市民戦争を革命だというものもいる」
「革命・・・帝国の支配を覆そうというのですか?でもあれらは北方諸国や西方諸国に対して起きたものでは」
「そうだ。帝国は特に被害を受けていないしその支配は盤石だ。大陸中の要所を旧帝国時代に抑えて軍団基地と都市を作り、街道を張り巡らせ、海上交易も支配している。直轄領の維持が困難と見ればあっさりと放棄して間接的な支配と各国経済を裏から牛耳る事に重きを置いた。強国が誕生すれば分断工作をしかけ隣国と争わせて弱体化させた。あの西方市民戦争ではそうして600万人が死んだ」
「600万・・・ですか」
マクシミリアンには規模が大きすぎて実感が沸かない。
「そうだ。もし同様の争いが東方で起きれば数千万人が死んでいる。帝国では不快な事もあろうが、決して安易に挑発に乗ってはならぬ。向こうからすれば70年振りにフランデアンから王位継承者が来るのだ。どういう態度に出てくるかわからん」
「はい、父上。私の選択がフランデアンと東方諸国の民に影響する事しかと肝に銘じます」
「よろしい。儂もお前が生まれた後は帝都に行っておらん。社会は大きく変わっていよう。儂の真似をした所でこれからの世の中に対応はできんぞ」
「わかりました」
「どのような国を作るかはお前に任せるが、ひとつ覚えておけ。国王とは国家の父であることを。国民は全てお前の子である。お前がどのように子を大事に思い接しようとも時に子は反抗するものだ。お前にもそういう時期があったように。どんなに反抗され裏切られようと自分が何者であるかを忘れてはならぬ。それを忘れた時、恐ろしい暴君が誕生しよう」
まだ子を持たないマクシミリアンはいつか子を持つ時まで、王位につくまで忘れないよう父に固く誓った。フリードリヒはこうして我が子に留学前の心構えを説いた後に病床に伏した。
◇◆◇
「ねえ、エルマン。剣を教えてくれないか?」
「私がですか?若様。私はもう長く騎士よりも外交官としての役目の方が多いのですが」
「正統な剣法ならエルマンが一番だって」
「王都の道場の剣士が教師になっていると聞きました。それぞれの流派がありますから一つの技を磨いた方がよいかと存じます」
「父上は幅広い知識を身につけよっておっしゃってたよ」
国王が言ったのとは少し違う意味ではあるまいかとエルマンは思ったが、次期国王から自分の技の教えを受けたいといわれれば嬉しくなってつい指南役を務めてしまった。
エルマンは上中下段の構えから繰り出される基本の技に加えてツヴァイリング流の雄牛の構えを見せた。
顔の横に剣を構えて切っ先は相手の眼に向け右脚は少し後ろに引く。
そこから突いてもいいし、振りかぶって袈裟懸けに斬りかかってもいい、一歩下がって防御に移るのも容易である。
「わ、水が流れるように滑らかで素早いね」
「そうです。基本の型を愚直に繰り返せば繰り返すほど無駄な力が抜けて自然な動作が出来るようになります。ですから複数の師を持つ事は適当ではありません」
「魔力を込めていたわけじゃないんだよね」
「はい。魔導騎士といっても常に魔力を漲らせているわけではありません。身体能力を強化すれば力と速度は得られますが、動きの柔軟さは損なわれ、見えずとも動きを読むことは容易になります。武術家には体術こそ全ての武道の根幹といって徒手格闘のみを磨いているものすらおります。若様は魔力に恵まれておりますが、決して御油断なきよう」
「うん、わかりました。先生」
親身に説いてくれるエルマンにマクシミリアンも礼をとった。
エルマンは素直なマクシミリアンに目を細めた。
「結構です。良ければ徒手にて戦う術も学んでみますか。アルトゥールが赴く事になるウルゴンヌには拳聖と呼ばれるほどの男がいるそうです。若様の婚約以来かの国とは交流が盛んですからきっと教えをうけられましょう」
「拳かあ、騎士っぽくないかなあ」
「自らの肉体を制御できずして剣は振るえませぬ。基礎だけでも学ばれた方がよいでしょう。戦場では徒手格闘と小刀の方が有利な事も多いのです」
「じゃあ頼んでみてくれる?」
「お任せを」




