第12話 妖精宮➃
「エリン。ミーちゃんの着替えを」
「はい、マルレーネ様」
マルレーネの侍女エリンは純血の妖精の民ではないものの血は濃く、マルレーネと親しい立場なので妖精宮まで着いてくることが許されていた。
まだ5歳でマクシミリアンに恥じらいは無かったものの、そろそろ年上のお姉さんに世話を焼かれる事に違和感が出てきて自分で着替えられるからといって着替えを受け取った。しかし、どうにも勝手がわからない。見た事のない服だった。
「これなに?」
「帝国の方で流行りなんですって。お母さまのお小遣いで取り寄せてもらったの」
フリードリヒは下働きの待遇を改善したものの自分は相変わらず倹約生活を送っている。マルレーネも贅沢をする性格ではないし外国からの賓客が出てくるような公式行事に参加はしないし国外にも出なかったのでたいして宝飾品やドレスも必要ない。
とはいえフリードリヒは律儀に妻が着飾る分の予算は毎年計上させていた。
その有り余った予算を使ってマルレーネはマクシミリアンに対して様々なものを取り寄せた。
マクシミリアンは結局着方がわからないのでエリンと母に着せてもらって鏡に映る自分の姿を覗き込んだがどうにも情けない気がした。
「なんかへん」
「そうかしら?とっても可愛いけど」
マクシミリアンはてっきりヴォーデヴァインのような妖精の民の伝統的な衣装を着る事になると思っていた。
だが実際に着させられたのはカボチャパンツに白タイツ。
袖が膨らんだデザインは動きにくそうだ。
マントもそうだが、森の中では枝に引っ掛けて邪魔になる。
すぐにカギ裂きだらけになってしまいそうだった。
妖精の民達はディリエージュで外界の人間達と交流があるので外で流通しているような木綿の服も着るが、鮮やかな羽飾りを使ったり琥珀の宝石を身に着けていたり意外と色彩豊かに着飾ってもいる。
「ま、とにかく今はそれしか着替えがないから我慢してね」
「はあい」
それからマクシミリアンはしばらく妖精宮で祖父や母と暮らしながら妖精の民達の狩猟採集の共同生活を送った。
しかしながら毎日毎日新しい変な服を着させられるのには閉口した。
「これ女の子が着るような服じゃないの?」
「そんなこと無いわ。世の中広いのよ。フランデアン以外じゃ普通よ。将来は帝国に留学する事になるんだし今のうちに慣れておいた方がいいのよ」
帝国本土内には全大陸から様々な文化を持った人々が集まるので見慣れないものでも侮辱したりせず尊重するのが大原則だった。
マクシミリアンは母の言葉を信じて言う通りにした。王宮内ではあまり甘やかさないようにとフリードリヒが見張っていたので物心ついてから母と一緒に寝たのは初めてだった。
毎朝早くから後継ぎとしての厳しい教育を受けていた彼はここに来て気が緩み今まで以上に母に甘えてしまって疑いの心を持たなかった。
そんなわけでマクシミリアンは女の子の恰好をしたままクーシャントの背中に乗せて貰ったり、近い歳の妖精の民の子供と遊んだりもした。
「ねえ、マックスはどうして女の子の恰好をしているの?外の世界の王子様じゃないの?」
「これは必ずしも女の子の服ってわけじゃないよ」
マクシミリアンはえっへんと胸を張って答えた。
「そうなの?でもへんだよ。ねえギュミル」
「うん、へんなの」
妖精の民の子供達、マクシミリアンより少し年上のギュミルとドラセナは二人ともへんなの、へんなのーといって笑った。少年少女二人にいわれると内心マクシミリアンもやっぱり変じゃないかと思っていたのでむくれてしまった。
「これはははうえがくれたんだ。馬鹿にすると許さないぞ!」
「へんなものはへんだもーん」
マクシミリアンの機嫌はどんどん悪くなっていったが、前にやってしまった事を反省して暴力は振るわなかった。
その代わり小石を拾って近くの木に叩きつけて八つ当たりをし、二人にもうお前たちなんかしらないっと怒って妖精宮に引き返した。
「あー、いけないんだー」
子供達は後ろからマクシミリアンを非難した。悪いのはあいつらなのにどうしてぼくが非難されなきゃいけないんだとマクシミリアンは悔し涙を流した。
◇◆◇
エリンが見たのはマクシミリアンが泣いて帰って来て、服を引きちぎるようにして脱いでぺいっと放り捨てた姿だった。
「若様っ、なんてことを。マルレーネ様がせっかく選んでくださったのに」
「うるさいっ」
マクシミリアンは泣いたまま毛布に包まって何と呼びかけられようと無視した。
エリンは仕方なく服を拾い集めて畳んでから、マルレーネを呼びに行った。
「どうしたのミーちゃん。あの服気に入らなかった?他にもまだまだあるから今度のはきっと気に入るわ」
マルレーネはいつも通りにこにこして新しい服を持ってきてほらっと見せた。
マクシミリアンは毛布から少し頭を出してそれを確認したがやっぱり女の子の服だった。
「そんなのもう着たくない」
「どうして?」
マルレーネがいくら声をかけてもそれ以上マクシミリアンは返事をしなかった。
それでエリンが昼間に一緒にいた子供達と何かあったのかと思い聞きに行ってようやく事情が判明した。
「どうしましょうか。マルレーネ様」
「それは確かにミーちゃんが怒るのも無理は無いわ。あの子達が悪いわね」
「でしょ!」
マクシミリアンは母が同意してくれたので安心して再び頭を出してようやく口を開いた。自分からは恥ずかしくてい出せなかったのだ。
マルレーネはヴォーデヴァインも呼んで相談した。
「ふむ。確かに異文化を否定するばかりか嘲笑するのはよくない事だ」
大好きな祖父もそういってくれたのでようやくマクシミリアンは毛布を捨てて出てきた。それで着替えはというとやっぱりスカートは穿きたくなかったのでカボチャパンツを選んだ。
そしてヴォーデヴァインは妖精の民の子供達を呼んで窘めた。
「外の世界に出ようと出まいと、一生ここで暮らすのもお前たちに選択の自由はある。だが、ここで残り一生他者との交流を断つ事を選んだとしても外の世界の文化を否定してはいけない。それは争いを生む。決して尊重の心を忘れてはいかんぞ」
「はあい」
「では謝れるな?」
「はい、ごめんなさい。マクシミリアン」
「ごめんよマックス。また遊んでくれる?ぼくもクーシャントと一緒に乗せて欲しい」
「うん!」
ドラセナやギュミル、他の子供達も翌日には一緒にクーシャントに乗せて貰ったり、その大きく深い毛の中でかくれんぼをして遊び、疲れてそのまま寝てしまった。大人たちが日が暮れても帰ってこないのに心配して探し回ったが実は妖精宮の中でぐっすり寝ていたとかそんな微笑ましい日々を送った。
大人になると妖精の民達もクーシャントを敬ってそんな事は出来なくなる。
今のうちだけだ。
子供達は皆マクシミリアンをそのまま呼ぶか、マックスと呼んだ。
5歳になって宮廷にいる他の貴族の子供達と交流を持つようになったが彼らもマックスと愛称で呼んでいた。ある日マルレーネがいないときにヴォーデヴァインとエリンにこっそり理由を聞いた。
「ねえ、エリン。教えて欲しい事があるんだ」
「なんでしょう、若様」
「どうしてみんなマックスって呼ぶのに、ははうえはぼくのことミーちゃんって呼ぶの?」
「それはミリア様から取っているのでしょう」
「マクシミリアンだから?でもそういう略し方聞いた事ないよ」
何でミーちゃんなのかマクシミリアンには不思議だった。
マクシミリアンは将来はエルマンや物語の騎士ようにかっこよくて強くて高潔な騎士の魂を持った王に成りたいと思っていたので「ちゃん」という愛称は相応しくないと思っていた。
でも母親からそう呼ばれるのはまあ仕方ないとも許容していた。
「いいえ、若様。マルレーネ様は最初若様にミリア様という名前つけようとされていましたのでそれが正しい愛称です」
「儂は女の子につける名前は止せと説得したんだが、なかなかいう事を聞かなくてなあ。フリードリヒと二人で意地になったあいつを説得するのに1年かかったものじゃった」
ヴォーデヴァインは白い髭をさすって懐かしく慨嘆した。
彼らは懐かしそうに話すだけだったが、マクシミリアンは世界が崩壊したようなショックを受けた。やっぱり母はマクシミリアンの事を女の子として扱おうとしていたのだ。
もっともらしい事をいっていたが、それは全て幼いマクシミリアンを騙す為のおためごかしだったのだ。ミーちゃん、ミーちゃんと呼んで頬ずりしてくる母の事がずっと好きだったし何でもいう事を聞いて信用していたのに騙されていたのだ。
「ミーちゃん、ミーちゃん。どこかしら~。お母さまね~、ディリエージュに行って新しいの買ってきたの。今度こそ気に入るわよ」
マルレーネが妖精宮に戻って来てみせたそれはフリフリの飾りがたくさんついた少女趣味全開のものだった。
「は、ははうえのバカーッ!」