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誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第一章 妖精王子の誕生
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第11話 妖精宮③

「わっ、なにこれ」

「ノリィッテンジェンシェーレさまよ」

「お胸が6つもある・・・」


 妖精宮の内部には多くの神像があった。

妖精の民達は敵対していたといっても大地母神の神像を外したりはしなかった。

ヴォーデヴァインが先祖から言い残されてきた話によるとむしろ帝国の方がこの神像は気に入らなかったらしい。

帝国と手打ちが済んだ後、第二帝国期、いわゆる神聖期に神器の回収の為に帝国人がここまで来たことがあるらしいが、異形の像にたいそう怒ったらしい。

仕方なく妖精の民もしばらくは地下に神像を隠した。

無用のトラブルを避ける為に旧帝国の皇帝は派遣した魔術師達に神官を引き下がらせるように命じてその問題は片付いた。


しかし帝国が編纂し世界に流通した各神々の聖典にそうした異形の記述は無い。

妖精の民から見ると原典の時点で誤っているのにそれを信じた聖人達の言行録が広まり、神では無く人が捏造した話が戒律となり人々を苦しめて混乱し破綻を迎えた旧帝国は馬鹿げた時代だった。


雷神トルヴァシュトラの像には4つの腕があるし、ノリィッテンジェンシェーレには6つの胸がある。顔が2つもある神の像もあった。隣には化け物みたいな黒い異形の像がある。


「豊穣の女神様は多産の象徴でもあるからたくさんおちちをあげられるように乳房が多いのよ。妹神のシレッジェンカーマ様は頭は人みたいだけど、上半身は鳥で、下半身は蜘蛛なの。こちらはたくさん子供を産んだけど自分で子育てはしなかったらしいわ」


ふうんと頷いたがマクシミリアンにはあんまりよくわかっていない。


「神様達は自分の姿を模して色んな生物を創造したっていわれてるけど、一番たくさん生命を創ったのは世界樹なの。世界樹の実から色んな種が誕生して世界に広まっていったのよ。原初の神様達なんてお姿が確定してないからころころ姿を変えてね?中にはお馬さんと子供を作った方もいたの」


太陽神モレスも浮気性で馬に姿を変えて雌馬を孕ませたとかいう神話もある。

夫婦の片割れであるアナヴィスィーケは大分苦労したらしい。

女神も女神で神代には一夫一婦制など存在しないので奔放なものだった。


「お前は子供に何を話しておるのだ」


観光地巡りのようになってきたのでいったんヴォーデヴァインは民達に指示を出しに離れていたが、戻って来ると娘が孫にあまりにも早すぎる情操教育を始めていたので黙らせた。


「さ、クーシャントに会いに行こう。今は向こうにいるようだ」


ヴォーデヴァインが娘達を連れて行ったのはアクシーニの間と呼ばれる妖精宮の中心空間。


そこに白と黄金の毛が混じった美しい神獣がいた。

アンヴェルフと共に帝国と戦い、神々の森の魔獣たちと争って長く妖精宮を守り続ける獅子の神獣が。


「怖くない?」

「だ、だいじょうぶ」


マルレーネがマクシミリアンを連れてクーシャントに近づいた。


傍までいくとマクシミリアン達より何倍も大きい。

爪の見えている部分だけでいまのマクシミリアンの身長と同じくらいある。

彼らが近づいて来ても無関心だったクーシャントだが、マクシミリアンが勇気を見せる為にさらに近づくと顔を向けてきた。マクシミリアンがびくっとして動きを止めた。神獣がその気になったら一口で彼は食べられてしまう。


「クーシャント、覚えてる?この子の事」


クーシャントはマルレーネの言葉の意味がわかったのか、ただの好奇心か、マクシミリアンに鼻を近づけてくんくんと犬のように匂いを嗅いだ。

獅子の瞳は巨体の割に小さく不気味ではあったが、そこに敵意が無いようなのでマクシミリアンの恐怖心も和らいできた。


「あ、ちゃんと覚えてたみたいね」


クーシャントの表情が心なしか柔らかい。


「うむ。フランデアンの王位を継ぐもの達は生涯に一度はここを訪れてクーシャントに匂いを覚えさせる事になっている。王は普段は俗世にのみ王権を行使するが、もともとは我々の指導者でもあったのだ」


現在の王は妖精の民を直接指揮せず、ヴォーデヴァインに任せられている。


「次の王様は久しぶりにわたしたちに近い王様が就くっていうからみんなも喜んでいるのよ」

「そうなんだ・・・」


マクシミリアンも祖父たちの話を聞きながらクーシャントに手を伸ばした。

なんとなく湿った鼻が気になって触ってみたくなったのだ。


白い体毛に黒く湿った鼻、マクシミリアンが触ってみると想像した通り柔らかくて冷たい感触が気持ち良かった。調子に乗ってべたべた触っているとクーシャントがくすぐったくなったのか大きくクシャミをした。


「うわっ」

「あらら、べちゃべちゃね」


全身鼻水塗れになってしまって、クーシャントは舐めて綺麗にしようとしてくれたが余計塗れてしまった。マルレーネがハンカチで吹いてやろうとしたが、それで吹き切れる量では無かったので早々に諦めた。


「一度出て、泉まで行きましょうか」

「いずみ?」

「そ、ゲリアの泉」


マルレーネが連れて行った泉の周囲は苔に覆われた森の中にある泉で動物たちも水を飲みに来ていた。


「ちょっと場所開けてねー」

「いいの?」


いいのいいのといってマルレーネはマクシミリアンの服を脱がせて自分も泉に入った。


「貴方の産湯もここの水を汲んで使わせてもらったのよ」

「そうなんだ」


マルレーネはマクシミリアンを産んだ時の苦労をしみじみと思い出した。

妖精の民でも異常なほど未熟な状態で産まれてきてしまったので生命の泉ともいわれるゲリアの泉から急いで運んできて貰ったのだった。


マクシミリアンの体が綺麗になった後、マルレーネは久しぶりだといって泉で水遊びを楽しんだ。マクシミリアンも泳ごうと思ったが、マルレーネが脱いだ服に小さな蛇が入り込んでいくのを見て咄嗟に掴んだ。

驚いた蛇は反射的にマクシミリアンの手を噛んだ。


「いたっ」

「どうしたの、ミーちゃん」


マルレーネが何事かと顔を出して聞いてくる。


「う、ううん。なんでもないよ」


マクシミリアンは蛇が嫌いなマルレーネの為に後ろ手に蛇を隠して平静を装った。


「そう?」


マルレーネがまた水中に姿を消したのを見てからマクシミリアンは遠くに蛇を投げ飛ばした。


「有難うございます。わかさま。お怪我は大丈夫ですか?」

「これくらいへいき」


侍女のエリンがマルレーネを思いやってくれたマクシミリアンに礼をいい、傷の具合を確かめた。小さな蛇だったので牙の跡も小さい。


「毒は無かった筈ですが、泉につけるといいでしょう」

「泉に?」

「ええ」


生命の泉といわれるゲリアの泉の効力でマクシミリアンの手の小さな傷はたちどころに塞がっていった。


「伝承では森の女神達も蛇は大層苦手だったそうで妖精の民達は蛇殺しの神剣を鍛え上げて今に伝えています。わかさまもいつか女神様達を守る為にその剣を使えるようになっておいた方が喜ばれると思いますよ」

「ありがとう、エリン。お爺ちゃんに聞いてみるよ」


愛息のおかげで蛇がいた事に気が付かなかったマルレーネはそれからマクシミリアンを連れて妖精宮に戻ると古代の肖像画や神像を見せマクシミリアンにそれぞれの逸話を教えてやった。


そしてクーシャントが好んで昼寝の場所にしている大広間に飾られた六柱の森の女神達の肖像画も見せた。


「こちらが樹木の大神アクシーニ様の長女エイメナース様で本来の世界樹の管理者、そしてエイファーナ様は次女で医術の神様。それで他の方々が姉妹の誓いを交わした・・・義理といっていいのかしら?神々の事だからわたし達の概念が適切なのかどうか分からないけど義理の姉妹である天女ネーメストリーヌ様、かまどの女神ビルビッセ様、月の女神エイダーナ様、泉の女神エーゲリーエ様」

「みんなすっごく美人だね!」


一度にたくさん教えられたマクシミリアンは名前は覚えきれなかったがひときわ天女の絵姿が気に入ったようだ。熱心に眺めている。


「ぼく、このひとをお嫁さんにしたい!」

「あらあら、おませさんね」


一同が苦笑した。


「天女様はお嫁さんに出来ないのよ」

「どうして?天女様って神様だから?でも神話ではたくさんの神様が人間と結ばれて英雄を残したっておはなしで読んだよ」


そういった話はよく伝わっているので一同はだいそれた願いだからと苦笑したわけではない。子供ならまあそのくらいの事はいうだろう。


「そうねえ、天女様も女神の一員ではあるけれどね。天女様の場合、天上の清浄な世界で神様がお産みにになった純粋な存在だから人間とは交われないって伝えられているわ」


マルレーネは妖精の民に語り継がれている話をしてやった。

世界は三界に別れていて自分達がいる地上界を現象界といい全ての世界でもっとも混沌とした世界だという。


 天女は力のある神が自分に仕えさせるために女官として生んだという逸話が多い。地上の整理が終わって神々が降臨して暮らすようになってから、そして地上界が戦乱で混沌として神々が天へ去って行ったあとも天女と人間の不幸な出会いに関する逸話が残っている。


天女と交わると例外なく人間の男は死んでしまう。

人間の歴史が始まった後も伝えられる天女は神から罰として追放された場合だとか、地上に取り残されていたのだとか、地上に興味があって降臨して来たところ異界を渡るのに必要な羽衣を人間に盗まれてしまったのだとか様々な理由で天女の目撃談がある。


そして天女に惚れた人間は力づくで我が物にしようとするが結局不幸になって終わる。そんな物語が各地に残っていた。


「ま、そんなわけだから天女様をお嫁さんにするのは諦めてね。大丈夫!お母さまが天女様もびっくりするような美人のお嫁さん見つけてきてあげるから!」


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2022/2/1
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