第8話 幼年時代⑤
「法廷での発言には責任が伴う。幼児に発言を許すとは何事だ裁判長」
「本人の意思があり、法を学んだ上でのご発言でここに保護監督者も同席しています。何の問題もありませんツヴァイリング公」
ギュイはマクシミリアンを黙らせようとし、裁判長にも抗議したが裁判長はギュイを退けた。裁判長の上司は最高裁判長たる国王であって公爵ではない。
「では、何がいいたいのだ。マクシミリアン」
「うん。あのね。はんぎゃく罪は重たい罪で家族もしけいになっちゃうって聞いたの。でもちちうえもかみさまに誓ったから法律にしたがって罪にとわないといけないんだって」
「それで?」
「だからかみさまにちちうえの誓いをちょっとゆるくしてほしいってお願いしてきたの」
「そうかそうか。では裁判長。判決を出せ」
ギュイはやはり子供の戯言だったと馬鹿にした顔をした。
「ぼくの発言の途中だよ!」
マクシミリアンは烈火のごとく怒った。
発言を妨害することは許されないと聞いたばかりだ。
「なに!?」
ツヴァイリング公や魔導騎士達は幼いマクシミリアンから発散される魔力に目を瞠った。
「ギュイ。マクシミリアンの言う通りだ。最後まで発言させてやるように」
フリードリヒはギュイを嗜めて再びマクシミリアンに続きを促した。
「それでね。みんなは家族を罪に問うのはやめたでしょ。でもはんぎゃく罪は家族も全員同罪なんだって。だからあの人も無罪になるの」
反逆罪は無条件で自動的に家族も同罪で処される。それが家族を罪に問わないならば自動的に本人も罪に問えないということだとマクシミリアンはたどたどしく主張した。
「なるほど、確かに」
べべーランは愉快そうに同意した。
「詭弁だ!」
「ふうむ、神官達の意見を聞きたいな。ナルヴェッラはどう思うか?」
ギュイは詭弁を好まなかったがフリードリヒは神官の意見を聞いた。
神官達は協議に入り、その間に法務官や裁判官達も協議した。
「また休廷するか?」
「いえ、陛下。我々の結論は詭弁とまではいえません。アウラとエミスも王子の発言を是とされるでしょう。ところで王子はどちらの神様にお願いをされたのですか?」
「デーヴァディームさま!」
「なんと・・・」
デーヴァディームは破約の神として知られている。
不当な契約を破棄してくれる神様で庶民からは救済の神として敬われる。
時折別な使い方もされてしまう神である。
「ちちうえがもし誓いを破ってもゆるしてくださいってお願いしたの」
「なんとお優しい父想いな王子なのでしょう。大丈夫です。陛下は誓約を破る事にはなりませんよ」
神官達は目を細めてマクシミリアンを褒めた。
「父への忠孝は大事だが、今回の場合行き過ぎれば不孝ともいえる。で、法務官達はどうするのだ?」
ギュイはまだ不満そうだったが、幼児相手に言い争っても仕方ないので各自の結論を促した。
「ツヴァイリング公、貴方は裁判官ではありませんよ」
裁判長が不服を示す。
「わかった。わかった。もう黙ろう」
「では、法務官。最後の発言を」
法務官は結局反逆罪による死刑は求めず終身奴隷処分を求めた。
過酷な労働生活で長生きは出来ないとされる。
古代に戦争が多発していた時代は敗戦国の国民を全て奴隷にする事があったが現代では帝国が真っ先に廃止し東方諸国も徐々に減らしていた。
フランデアンもフリードリヒの代に奴隷の扱いについて厳しい制約を課して自主的に解放するよう促している。
だが、それは経済的に困窮して奴隷に転落した者達の場合で犯罪者に対する刑罰としての奴隷制は別だった。
「では一度閉廷して次回までに判決を決めましょうか。・・・陛下は何かご意見が?」
最高裁判長たる国王は承認するだけで、見守る事が多いが何か言いたげにしているのを見て裁判長が水を向けた。
「うむ。これ以上時間を取る事もあるまい。この場でそれぞれ思う所を述べてみよ」
フリードリヒは裁判官と裁判長にこの場で決めるよう促した。
裁判官達は終身奴隷処分は死刑も同然として拒否するものが多かった。
懲役、罰金、無罪放免、鞭打ちなどと飛び交った。罰金処分にしたら結局奴隷に転落するではないかとその場で議論になり、鞭打ちだって事実上の処刑ではないかと言い争いになった。
フリードリヒはそこで議論を止めさせた。
裁判長が裁判官達の意見を奏上し、それから最終判断を尋ねた。
「では陛下。裁決をお願い致します」
「うむ、余の決定は鞭打ち10回とする。異論は?」
「御座いません、では直ちに執行します」
処断は神殿前広場で執行される事が多く、その準備も済んでいた。
王が直々に下した処分は死刑の場合、騎士が代わって執行して首を刎ねる事がある。今回は鞭打ちだが、鞭と言っても芯に鉄の棒が使われたものであり、魔導騎士が鞭で平民を叩いたら皮が裂け骨まで露出し10回と持たずに死んでしまう。
しかしそれでもこの状況ではかなり甘い処分だった。
刑場に下女が引き出されていよいよ執行という時にフリードリヒが民衆に向かって口を開いた。
「皆、聞くがいい。このものは王を侮辱した罪で鞭打ち処分となった。刑の執行は済んでいる。ゆえに、皆は家に帰り自分の仕事に戻れ」
「え?」
アルトゥール・ザルツァは王の騎士の中では若手でありこういう場合自分がやらねばならないと覚悟を決めていたが、王はもう執行は済んでいるという。
民衆もこれから起こる処分を諦めの心境で待っていたので国王がなにを言っているのか分からない。
「我が息子マクシミリアンは父を想う心から下女の発言を許せず鞭で打った。しかし罰を与えるには王であってもこうして広く国民に知らしめてから行わねばならぬ。我が息子が行った行為は罪であるが、罰は親である余が受けねばならぬ」
民衆は黙って王の発言を聞き続けた。
「余はこうして法の神との誓約を破ってしまったがマクシミリアンが免罪を神々に乞うてくれたおかげで無事である。さて、下女についても罪は罪として裁かねばならぬが聞いての通り罰は済んでいる。本日の法廷はこれで終わりだ。解散せよ」
マクシミリアンは確かに一緒にいた教師から教鞭を奪って下女を叩いた。
黒板指示棒程度の小さなもので大した怪我でも無かった。
だが、鞭打ちは鞭打ちだ。
「義父上。神々は詭弁であると余を裁くであろうか?」
「いいえ、陛下。天におわす神々もきっと許されるでありましょう」
義父と呼ばれたのはエイラバント公ヴォーデヴァイン。
妖精の民の長であり、マルレーネの父である。
魔術とも神術ともいえぬ不思議な技を使うという妖精の民の指導者。
法の神エミスの神殿でフランデアン王が宣言し、妖精の民の長も聞いた。
だが、天罰は無かった。
最初は不安な面持ちで聞いていた民衆も実質上の無罪放免であると理解すると喜びが広がり喝采して王を称えた。
国王陛下万歳!フランデアン万歳!マクシミリアン王子万歳!
王を称えよ!!
仁愛と公正さを備えた叡智溢れる我らが王よ!
王子を称えよ!!
父への孝、神々への崇高な愛、民への慈愛の心を!
永遠なれ、我らが王よ!フランデアンよ!
国王陛下万歳!フランデアン万歳!マクシミリアン王子万歳!
四方に響け、天上へ届け!我らが王の名を聞くがいい!
清冽なる我らが王フリードリヒの名を聞くがいい!
解散を命じられても民衆は王の英断を称えて帰らず、その日は夜通し王都中で宴会騒ぎとなった。