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誓約の騎士と霧の女王  作者: OWL
第一部 第一章 妖精王子の誕生
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第7話 幼年時代➃

 関係者が揃うと裁判長が全員に起立を促した。


「では陛下も皆さまも起立を。エミスに宣誓をお願いします」

「うむ。女神エミスと偉大なる始祖アンヴェルフに誓い法廷の尊厳を守り嘘偽りなく発言する事を誓う」


フリードリヒの宣誓に習い一同が唱和する。

この間は被告も縄を解かれて宣誓の儀式を行う。


続いて詐欺師や盗賊達の守り神として知られるナルヴェッラの神官達が神の助力を願う。ナルヴェッラの加護があれば口舌の徒が法の解釈を歪める事が出来るとされる。またそれを見破る力を与えるともされる為にナルヴェッラの神官が同席するのだった。


一通り聖句を唱え終えて、被告が再び縄で結い直される。

この辺りの手順は東方文化圏でも国によってかなり異なる。


 そして準備が済むとようやく裁判官が開廷を宣言した。


被告の弁護人には厨房頭と家政婦長が指名されていた。

この辺りも民衆から評判が悪かった。相手は王家に仕える法務官達である。

勝てるわけがない。


神殿の広く解放された空間での裁判の為、入り口には民衆が再び集まって傍聴していた。公正な裁判である事を示す為にフリードリヒもそれを許した。

帝国や自由都市であれば記者達も裁判所の中に入って傍聴できるが、東方諸国ではそこまで寛大でなく封建領主達は裁判を意のままに操る事が多い。

裁判を行うだけマシな国すらある。


裁判は事前の予想通りに進み被告が王を侮辱した事はすぐに明らかになり被告も弁護人も認めざるを得なかった。マクシミリアンは当事者だったが、幼い為にジェンキンスが代わりに発言した。


「厨房でわかさまの教師が被告から確かに王に対する侮辱を聞きました」

「え、聞いたのはぼくだよ」と発言しそうになったマクシミリアンをマルレーネが止めた。

「他人の発言を妨害しちゃいけないのよ。ミーちゃん」


それは法廷の尊厳を冒す。


ジェンキンスも嘘をいってはいない。

教師はその日マクシミリアンに水がお湯になる仕組みや蒸気とは何であるか、液体、気体、固体について教えようと厨房に連れてきていた。

マクシミリアンと一緒にいた為、教師も下女の発言を聞いていた。


被告と弁護人が王に対する侮辱を認め、他の証人もそれが日常的に口にされていた事を証言した。


そうなると法務官の一人が被告と直接話していた相手以外の他の厨房の下女も同様な言葉を口にしていたのではないかと疑いを持ち証人達と弁護人を問い詰めた。

法務官の詰問の調子が後方の民衆たちに伝わると、彼らは段々と裁判自体を非難し、その声が大きくなり法廷にまで届き始める。


「まって!ぼくにも発言させてよ!」


騒然とし始めた法廷の中で幼く高い声が響いた。よく通る声に周囲は驚いて一瞬静まった。そこで裁判官がマクシミリアンをたしなめた。


「わかさま。わかさまには法廷で発言する資格はありませんよ」

「だれがきめるの?」

「え?」

「ぼくも勉強したの。法律にはねんれい制限なんてなかったよ」


 裁判官達は法律書を開いて小声で相談し合い、裁判長に決定を委ねた。

裁判長は最上段にいるフリードリヒに視線をやると王は頷いた。


「確かに。若様の言う通りです。発言を許可します。何をおっしゃりたいのですか」


慣例的に子供には証言能力無しとして出廷しない、証拠として採用しない事になっているが明確に定められてはいない。


「きょうはあのひとの裁判だよ。他のひとまで裁くなら事前にこくちしてください」


法務官は同僚と上司まで罪を問おうとしたがそれでは証人も弁護人も居なくなるのでやり直しだ。


「その通り」


王の騎士の一人アルトゥール・ザルツァがつい口を開いてしまった。

他の騎士達も頷くがそれ以上発言はしない。


「原告、法務官」

「何でしょうか?」

「発言を慎むように。若様のおっしゃる通りです」


裁判長は法務官達に反省を促して裁判を再開した。


法務官達が今度は被告の家族にまで罪を適用して処刑を求めると、弁護人は弱々しく情状酌量を求めた。


「家族の罪まで問うなんて・・・それは王への反逆などの重罪の場合の筈です。彼女は不平屋ではありましたが、仕事を怠けた訳でも無く口が悪かっただけなんです。それで処刑だなんて・・・」

「王を侮辱しておいて口が悪かっただけとは何事だ!恐れ多くも我らが国王陛下は長年食事をとる時間も睡眠をとる時間も惜しんで国家の繁栄と国民の幸福を願い、ご高齢になられても自ら精力的に執務を取り清貧を心掛けていらっしゃるというのに・・・それをなんだ!人類最古の王国を率い、帝国の不当な圧力を跳ねのけ貴様らを守り続ける陛下の苦労がわからないのか!やはり貴様らも陛下に対して不敬な念を抱いているようだな!!」


 フリードリヒの最近の健康状態を知る法務官達の怒りは激しかった。

フリードリヒの時代にフランデアン王国は再び威光を取り戻した事を彼らは誇りに思い、王を敬っている。帝国の干渉を跳ねのけて領内を通過する帝国軍団兵は最大でも一度に500人までとした。余裕が出来た財政から投資を始め遠国まで行く隊商を保護し、東西交易は拡大し外国との関税交渉でも優位に立った。


王の政策は王家の直轄領のみならず王国全体を潤した。国境の紛争は片付き辺境の民衆も安心して暮らせるようになった。それらは王の威信あればこそ成し遂げられるもの。


王の威信によって何千、何万、何十万の民衆が救われるのであれば法務官達にとって下女など親族に至るまで族滅させた所で何の問題も無い。


憤る法務官に対して裁判長が木槌を打ち鳴らした。


「法務官殿。私も王国の一員である以上貴方の気持ちは分かるが、先ほども注意した筈。被告以外への発言は慎むように」


裁判長は冷静にたしなめた。

だが、法務官はそういわれてもなかなか怒りは収まらない。

口伝くちづてに後方の民衆たちへ法務官の発言が伝わっていくと彼らも少し大人しくなった。自分達が他国に比べてどれほど恵まれているかなど彼らの理解がすぐに追いつくわけではなかったが、王への畏敬を余りにも忘れてはいなかったか、と。


その民衆たちの後ろから裁判への出席を求める者達がやってきた。

立派な角が生えた毛むくじゃらの牡鹿に乗った妖精の民の長たるエイラバント公ヴォーデヴァインと王の小議会の面々だ。


「おじいちゃん!」

「おー、マクシミリアンや。大きくなったのう」


マクシミリアンは真っ白で長いお髭を生やした祖父が大好きで、ヴォーデヴァインも可愛い孫の顔を見る為ちょくちょく王都までやって来ていた。

今まで民衆はマルレーネ以外に純血の妖精の民を見る事は滅多になかったので、神殿に集まっていた者達は初めてその姿を見る者が多かった。


100歳を遥かに越えている筈だが、ヴォーデヴァインは牡鹿からひらりと降りて神殿に入って来た。


「我々も拝聴させてもらって構わないかな?」

「ギュイもか。まあいい」


ツヴァイリング公ギュイ、ナーメン伯べべーラン、宮中伯ベルゲンが続いて入ってくる。それぞれフリードリヒを助けて王国の外交、財政、軍事を預かり、法についても彼らと相談して進められている。他に大貴族として三伯十一公がおり、彼らは王に対して直接申し立てをする権利を有する。王に直訴をする権利を持つのは彼らと王の直轄地の代官、市長のみ。


今回は王家の内向きの事なので彼らの権限外であるがフリードリヒは出席を許した。裁判長がここでいったん休廷し彼らに状況を説明した。



◇◆◇



短い休憩の後、頭が冷えた法務官達も落ち着いて裁判を再開した。

そしてまずギュイが発言を求めた。


「どうぞ。ツヴァイリング公」

「すまないな、裁判長殿。さて、王の威信は大事だがあまりに過酷な刑罰はそれもまた王の威信を揺るがせる事になる。そうは思わないか、ベルゲン?」


問われたベルゲン将軍はジャール人出身の平民であり辺境の紛争の際に活躍してフリードリヒが自分に仕えるように招聘した。その際、王の代理として軍を率いる立場を与える為に宮中伯として爵位を与えたがベルゲン本人は何処の断絶した貴族の家名を貰ったのかすぐに忘れて一度も名乗った事がない。


「・・・そうですな。王への反逆だなんだというので王都に戻ってくれば婢女はしための戯言。慈悲をみせて職を免ずるくらいで良いのでは?」

「それもまた少々緩いかな」

「そうですかね?」


東部で軍の演習を行っていたのに戻って来た彼からしてみると馬鹿馬鹿しい話だった。


「べべーランは?」

「さて・・・なんとも。私の立場で口を挟むような事でも無いでしょう」

「意見無しか」

「ええ、公自身のご意見は?」

「私は本人のみ処刑すればよかろうと思うが」


ギュイは王家からツヴァイリング公家へ婿養子として入って後を継いだので王家の問題を他人事ではないと感じていたが、さすがに今時族滅は無かろうと考えた。


「全員ばらばらではないか。裁判官達に圧力をかけに来たのなら意見くらい統一しておけ」


フリードリヒは苦笑した。

ここ数代王家とツヴァイリング公家はお互いに婚姻を繰り返していたので縁が深くなっている。


法務官達は状況を察して狙いを下女一人に絞って糾弾した。

王の議会がそういうつもりであればひとまず今回は下女以外に罪を問うのは難しそうだった。


「では、被告弁護人。最後に何か言いたい事は?」

「ありません・・・」


家政婦長や厨房頭はすっかり萎縮してしまっている。


「まって!まってよ!ぼくの発言がおわってないよ!」

「マクシミリアン?」


途中から参加した王の議会は面食らった。

さすがに四歳児がでしゃばる場面ではない。


「マクシミリアン殿下。失礼ながら”黙れ”といわせて頂く」


ギュイが親族であることも鑑みて王の議会を代表してマクシミリアンを窘めた。


「構いません、若様。ツヴァイリング公、当法廷では若様に弁護の発言を許可しています」

「なんだと・・・?」

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2022/2/1
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