クラスで一番魅力的な才女が、ただの馬鹿なんじゃないかと思うとき
平治は地図を広げた。
祖父に手渡された、五十年も昔の地図を。
「印をつけたところに、盗品を埋めたって?」
地図をながめても、半信半疑に変わりはない。
平治は、祖父がくり返し語っていた、昔話に想いをめぐらせる。
○
伴侶を失い、あとを追うように衰えていった男は、一人で暮らしつづけた。息子たちの世話になることも、施設に入ることもなく、孤独を選んだ。
身内を遠ざけて暮らしていた老人の、唯一の例外が、高校生の孫になる。
「じいちゃん、なんでそこまで頑固なわけ?」
ある日、様子をうかがいにきた孫に、秘密を打ち明けた。
私怨のために罪をおかしたこと。財産を盗み出した家が没落したこと。復讐相手のひとり娘が路頭に迷ったこと。憎んでいた相手と同じ存在になったこと。それを悔やみ、娘を助けたこと。支援しつづけた娘を妻としたこと。ふたりで家庭を築いたこと。己の罪を隠したまま、最後まで共に暮らしつづけたこと。
「なんと弱く愚かな男か……罪滅ぼしにはならんが、せめて孤独に死んでゆかねばなあ……誰にも言ってはならんぞ、平治よ。これは墓まで持っていくべき、許されざる罪なのじゃから」
「あのさ、じいちゃん……大半が、ただの惚気話だったからな?」
それ以来、平治は祖父の昔話をくりかえし聞いた。盗んだ金品には手をつけなかったことや、隠し場所を印した地図があることも聞かされた。たとえ罪に問われなくとも、しょせんは汚れた財である。いまさら手に入れたところで、相続問題に発展するだけであろうと。
「じいちゃんの話が真実であったとして、残っているものなのか?」
「それは知らんが、確信をもって掘り返さんかぎり見つからんじゃろう。いや、その前に、もっとじいちゃんを信用せんか」
疑わしくとも、お宝探しに無関心、といえば嘘になる。
死期を悟っていた男は、孫の心情にも気づいていたのだろう。平治は所有権を継いでいるのかもしれん。金に困ることがあれば地図をたよりに探しにいけ、と、半ば焚きつけるように語った日、孫に古地図を託して、深夜、静かに永眠した。
○
「自転車で行ける距離とか、ハードルが低いよなあ」
祖父を見送って三ヵ月が過ぎ、平治は、ふたたび地図に向きあっていた。五十年前の地図には、寺が所有する雑木林のなかに印がついている。目印の石仏から東にどれだけ歩き、北にどれだけ歩いた場所に埋めたのかは、何度も聞いている。
トレジャーハントを思いたった、週末の土曜日。
平治は自転車にのって下見にでかけた。寺までの道のりは地図アプリで確認している。そのとき気づいてもおかしくなかったのだが、気分的には散歩でしかない。お宝探しというよりも、祖父との想い出に浸りたかっただけなのだ。
約三十分ほど自転車をこいで目的地につき、平治は困惑していた。
「……この雑木林、小規模すぎるだろ?」
遺品となった地図と最新の地図を比較する。寺はずっと変わらないと思いこんでいたのだが、実態は違った。高度経済成長の時代、地価が高騰していくなかで、寺は所有する土地を売り払い、がっぽり儲けていた。
「さっそく行き詰るとは……」
平治は地図を見比べながら、だいたいの位置を探すことにした。
下町のように入り組んではおらず、道路も広い。周囲の景色や、寺の位置を確認しつつ、自転車を押して歩いてゆく。古い地図も活用した。寺と印をむすぶライン、寺とは別方向にある山の頂と印をむすぶライン。それぞれのラインが交差する、地図上の交差角度と同じように見える場所を探す。
「このあたりかな?」
まだあるとすれば、アスファルトの下に埋まっているのか、それとも。
「目の前の、立派な日本家屋の敷地にあるのか……」
由緒のありそうな豪邸を眺めながら、平治は頭を悩ませた。
さすがに家宅侵入をする気はない。目印である石仏の存在も怪しい現在、適当に掘りまくるしかなく、お宝があるかもしれないので適当に掘らせてください、などと言えるはずもない。暗礁に乗り上げた。とりあえず撤退して、なにか手はないか考えてみよう。一応、表札だけ確認して……。
「……黒木邸か」
「うん、そうだけど?」
つぶやいた平治の後ろから、返事が聞こえた。
びくついた勢いで振り返り、平治は声の正体を知る。
制服姿の女子高生。
顔見知り。
「黒木さん?」
「こんにちは、近藤くん」
黒木由奈。
平治のクラスメイトが、凛とした姿勢で立っていた。
「ええっと、こんにちは……制服?」
「生徒会の用事で学校に行っていたの。ほら、文化祭が近いでしょう?」
「なるほど、それは、ご苦労さま」
「ありがとう。それで? 近藤くんは、どうしてわたしの家の前にいるの?」
黒木邸はクラスメイトの自宅。
そういえば金持ちでもあったと思い出したが、それどころではない。
「……サイクリング?」
「地図を見ながらこのあたりを歩いていたようだけれど?」
「なぜそれを?」
「ん? クラスメイトが自宅の近辺で不審な行動をとっていたものだから、そっと様子をうかがっていただけ」
クラスの女子から不審者扱いされていたとは。
天使とも女神とも称えられる、いつもの微笑みが恐ろしい。
「あ~、たいした理由じゃないんだ。昔の地図を手に入れたものだから、興味本位で、このあたりを見てまわってた」
平治はひらひらと地図をアピールした。
「なんだ、そういうことか」
「そう、そういうこと」
黒木由奈が、豊かな胸に手を当て、安堵の息をついてみせる。
平治は乾いた声で笑った。
麗しい少女もひかえめに笑い声をもらし、歌うように興じた。
「わたしはてっきり、この土地に隠された財産を、近藤くんが探しにきたのかとおもったよ」
「…………はあ?」
「ん?」
イタズラに首をかしげる美しい才女が、平治の間の抜けた顔をのぞきこんだ。
○
五十年ほど前、寺で自殺を考えていた女性が、見るからに不審な男をみかけた。恐怖を抱いたが、鬼気迫る表情の男は、周囲が見えていなかったという。男のあとをつけて一部始終を目撃した彼女は、気づいたらしい。カバンの大きさからして遺体とはおもえない。あれにはきっと、大金が入っている。
「ようするに、じいちゃんの埋めた盗品は、その日のうちに掘り出されていたわけか」
「そういうことらしいよ」
平治は、黒木邸のなかにある、黒木由奈の部屋にいた。
目の前には、制服ブラウス姿の由奈がいる。
どういうこと? と疑問を投げかけた時点で負けていたのだろう。由奈に誘われて黒木邸の中に入り、的外れな期待の眼差しを向けてくる由奈の母親と挨拶を交わし、由奈の部屋に連れ込まれ、完全アウェイな女子空間に緊張を強いられながら、由奈の尋問により、祖父の秘密を白状した。心のなかで、「じいちゃん、ごめんな」と謝りながら。
由奈は平治から話を聞き、ひとりで何度もうなずいていた。
とても満足そうに。
心の底から嬉しそうに、笑みを浮かべて。
そして平治に、祖母から聞かされたという秘密を話している。
「おばあちゃんは、そのお金で生きてこられたらしいよ。そのとき身籠っていた、子どもと一緒にね」
平治は、由奈の母親が運んできた紅茶とクッキーをいただきながら、由奈しか知らない物語を拝聴した。
「でも、ずっと悩んでたって。最初は、犯人が奪い返しにくることが怖かった。盗品に違いないから、ほとぼりが冷めるころに現われるだろうって。でも生活が安定すると、財産を奪われた人のことが気になったみたい。自分たちは生きてこられたけれど、その代わりに生きられなくなった人がいるんじゃないかって」
「当時の事件も調べたらしいけど、なんにもわからなかったみたい。その代わりでもないだろうけど、おばあちゃんは働いた。商才もあって、元手は何倍にも増えたから、この土地が売りに出されたことを知ると、すぐに買うことを決めた。犯人がなんらかの交渉に来るかもしれない。警察につき出せば被害者のことがわかるかもしれない。すべてを正直に説明したら、自分も捕まるかもしれないのに」
「でも、犯人はあらわれなかった。ずっと待ちかまえていたのに……」
由奈はくすりと笑った。
祖母との想い出に浸っているのだろう、と、平治はおもう。
「亡くなる何日か前に、おばあちゃん、わたしに言ったんだよね。あのときの犯人がいなければ、わたしたちはこの世にいなかった。もしかしてあれは、鬼の姿をかりた仏さまだったんじゃないかって……たとえ犯罪者であっても、黒木家にとっては恩人に違いない。もしもこの土地に、犯人につながる人物があらわれたら……」
あらわれたら?
平治は問い、由奈が告げる。
「丁重におもてなしをしたうえで、すべての情報を吐かせろって」
「なにそれ怖くない? 五十年の歳月でどんだけ強くなってんだよ? ばあちゃんも怖いけど、実践してのけた奴もたいがい怖いよな?」
冗談だよー、と由奈はいった。
きっと冗談じゃないな、と平治は感じた。
「で、どうする?」
「なにが?」
「なにって、埋まってた財産は、近藤家のものでしょう? もう現物はないから、それなりの対価を要求してもおかしくはないんじゃないの?」
あるとおもうから期待するわけで、ないとおもっていれば欲も出ない。両親に説明すれば事情も変わるかもしれないが、これはあくまで祖父との秘密。祖父が犯罪者であり、祖母がその被害者であったことは、平治だけの秘密。由奈にはあっさり洩らしたわけだが。
「そういうのはいいや」
「ほんとに?」
「じいちゃんの墓前で報告する、みやげ話を聞かせてもらったからな。人の命を救っていた、なんて話はもちろん、埋めた当日に盗まれてるじゃねーかっていう、笑い話も」
「そっか……わたしも、おばあちゃんに素敵な報告ができるよ」
彼女が、自分の話に満足していた理由が、いまならわかる。
予想外の展開ではあったが、トレジャーハントはこれで終わりだ。
「じゃあ、そろそろ帰らせてもらうわ」
「えっ?」
「いや、いい感じに話はついただろう?」
「ほんとに?」
「……まだ、なにかあったりする?」
「なにもないけれど、お礼をしてないから」
「いらないけど?」
「お金の話じゃなくて、個人的なお礼ね」
首をかしげる平治に、由奈は語る。
「だって、わたしもそれなりに待ってたんだよ? どんな人物が来るだろうって、いろいろ想像するぐらいは待っていたわけ。そしたら今日、近藤くんが古そうな地図をもって散策しているわけじゃない? そうなると、期待するでしょう? 強欲そうな相手を警戒してたのに、まさかのクラスメイトだよ?」
「ドキドキするぐらい興奮もするし、追跡したくもなるでしょう? ちゃんと家までやってきたら、もちろん声だってかけるし、探りもいれる……近藤くんのおかげで、わたしは、想像以上の物語を知ることができた。けっこう、救われたんだよ? お礼のひとつぐらい、したくもなるでしょう?」
なるほどそうかと思いはすれど、期待していなかったせいでピンとこない。
「しかし、お礼といわれてもな」
「なんでもいいよ?」
「いやいや」
「財産放棄の件とか、口止め料とかもふくめると、多少の無理は通すよ?」
「いや、だから、黒木さんみたいな女子が、なんでもやります、みたいなことを言っちゃダメだろう?」
「そう?」
「そりゃそうだろう。俺だって男だよ? 思春期をこじらせる男子高校生だよ? こんなふうに簡単に部屋にあげるのもどうかと思わない?」
「う~ん、それはそうなんだけど、近藤くんなら安全だろうなって」
「なんで?」
「いや、だって近藤くん、佐々木先生のことが好きでしょう?」
「…………はあ?」
「ん?」
由奈がちょこんと首をかしげて、大きな瞳を輝かせている。
「ちょっと、なにを言われたのかわからないな」
「手、震えてるよ?」
佐々木忍。
二十六歳の女性教師。国語担当。
由奈のいうとおり、平治は教師に想いを寄せている。
叶うはずのない恋。
誰にも話したことのない、秘密の片想い。
「……なぜ、そうおもった?」
「ん~、けっこう、わかりやすかったけど?」
「……マジで?」
「でも、クラスの女子で気づいているのは、わたしだけかなあ」
由奈は悩み、平治の精神は少しだけ立ち直った。
「だいたいの男子が、わたしに視線を向けてくるでしょう?」
「まあ、黒木さん、可愛いから」
「とくに、わたしの胸のあたりを」
「うん、まあ、そうだろうね」
由奈は、自身の豊かな双丘を、両手で下から持ちあげた。
「ところが近藤くんは、それほどわたしに視線を向けてこない。女の子に興味がないのか、だれか他の人に恋をしているのか……それでちょっと観察してみたら、佐々木先生への眼差しが熱を帯びている。わたしと先生が隣りあって歩いていたときも、近藤くんだけ佐々木先生を見てるの。ほかの男子がわたしの胸に注目するさなか、近藤くんだけが、胸の薄い佐々木先生に熱い視線を向けている」
「黒木さん、いや、黒木」
「ん?」
「黒木の推理には穴がある。それだけで、俺が佐々木先生に好意を抱いていると断定するのは難しい」
「じゃあ、ほかにどんな可能性があるわけ?」
「それは、俺が貧乳を愛している、という可能性だ」
「ん~、とりあえず続けてみて」
貧乳とは、女性の象徴などといわれる胸、双丘の無を意味する。
つまりは無双。
重力に負けることなく、肩をこらせることもない。
歳月に負けることなく、垂れ下がることもない。
下劣な欲望に負けることなく、男の視線を集めることもない。
貧乳のまえに敵はない。
平治が貧乳無双論を語るさなか、由奈は、制服ブラウスの第二ボタンを外した。平治が黙った。由奈は第三ボタンも外して、白い肌と谷間をさらした。腕を組んで谷間を押し上げ、そのままゆっくりと身体を右にねじる。平治の視線を引き連れて、今度はゆっくりと左に身体をねじる。
ふふっ、と由奈が勝ち誇り、ああっ、と平治が歎きもだえた。
「つまり近藤くんは、佐々木先生が好き。胸の大きさなんて関係ない」
顔を赤らめつつ、由奈が制服ブラウスのボタンをつけなおす。
「恥ずかしいならそんなことするなよ」
「うん、さすがにやりすぎたとおもう。ちょっと、浮かれすぎてたね」
由奈が紅茶に口をつける。
「でも、近藤くんのお礼になりそうなのはわかったよ」
「いまので十分お礼になったよ」
「……さすがに足りない気がするし、この際、揉んでみる? わたしの胸」
由奈が両手で胸を持ちあげる。
「お礼になるなら、どう? さわってみたくない?」
「俺はもう、黒木がただのエロい女子としか思えなくなりつつあるぞ?」
「それはそれとして、本音は?」
「たいへん興味深い提案ではある」
「じゃあ、どうする?」
「断る」
「ほかに好きな人がいるもんね~」
わかっていたのだろう。
由奈はうれしそうに納得しているが、平治はぜんぜん楽しくなかった。
「なんであれ、繊細なプライベート事情だ。誰にもいうなよ?」
「えっ、先生にはもう話しちゃったけど?」
「はあ?」
「ん?」
「……お前、なにしてくれてんの?」
「知りたくない? 佐々木先生の反応」
「……教えてください」
「半信半疑な感じだったけど、悪い気はしてなかったよ」
「……マジで?」
「うん。二週間くらい前だけど、なにか変化はなかった?」
そういえば、目が合う回数が増えたような気がしないこともない。
探られていた。
もうすでに、好意があると悟られている?
「告白しないの?」
「……するわけないだろ」
「どうして?」
「俺は生徒だ」
「だから?」
「佐々木先生は、生徒とそういう関係になることを望まない」
「真面目な先生だもんね」
たとえ好意がもってくれても、断固として関係を拒むだろう。
真面目で、厳しい人だから。
「それはそれとして、告白しなさい」
「軽くない? なんで命令? もうすべてが軽いよね?」
平治の訴えを無視して、由奈は告げる。
「ダメです。ちゃんと告白しなさい。佐々木先生に、しっかり好きだと伝えなさい。振られていいから伝えなさい」
「断られるのは前提なのかよ」
「それはそうでしょう。でも、それでいいの」
「なんで?」
「佐々木先生のためになるから」
平治は戸惑い、由奈はつづける。
「断られるとか振られるとか惨めになるとかは、ぜんぶ近藤くんのことでしょう? 佐々木先生の気持ちを考えれば、告白しかないの。いい? 佐々木先生は、当然、生徒である近藤くんを受けいれない。けれど、気持ちは嬉しいし、男の子に好意を持たれてるってわかったら、ひとりの女性として、大きな自信になるとおもう」
告白して、振られて、佐々木先生のための、礎になる。
「奇跡はないよな?」
「たぶん、無理」
「自己犠牲の精神で告白か……なんていうか、あまり嬉しくはないな」
「報われないとおもう。けれど、だいじょうぶ。骨は拾ってあげるから」
「いや、どうする気だよ?」
「そうだね。そのときは、ちゃんと胸を揉ませてあげる」
由奈は両手でたぷたぷと胸をゆらした。
「どうするよ? 俺はもう、黒木がただのエロい女子としか思えないぞ?」
「人の恋路に関わる以上、汚れることも致し方なし?」
「そこまでして告白をさせる気かよ」
「そう、わたしの胸を担保にして、近藤くんは佐々木先生に告白をするのです」
「……ひどいな」
「まったくひどい話だよね。つまりわたしの胸は質に入ったわけで……わたしの胸は、近藤くんの乳質に?」
「ほんとにひどいな。どうするよ? 俺はもう、黒木がただの馬鹿なんじゃないか思いはじめてるぞ?」
それでもなお、由奈の浮かれ過ぎたテンションが下がることはなかった。
告白決行は文化祭当日。生徒会役員としての立場、これまで培ってきた学内での信頼をフル活用して、平治と佐々木教諭が二人きりになれる状況を作り出す。胸がキュンとするような、最高の舞台を整える。
由奈はそう断言して、平治を追いつめた。
○
文化祭が終わり、平治と由奈は生徒会室にいた。
部屋には他に誰もいない。
「どうする? 胸、揉んどく?」
「いや、やめとく」
予定どおり振られた平治が、由奈の胸にふれることはなかった。
期待していなかった分、精神的ダメージも深刻ではなかった。告白には大きな勇気をともなったものの、結局なにも変わらないという、消極的な想いも強かった。覚悟が足りず、未練を断ち切ることができなかった。
○
好きな相手の変わらない対応が、嬉しいような悲しいような、複雑な感情を抱えたまま、平治は学校生活を過ごしていた。変わったことといえば、由奈といっしょにいることが多くなった。使い勝手のいい使用人のごとく、生徒会の仕事を手伝わされている。
ふたりだけになった生徒会室で、由奈が書類を仕分けする。
平治はイスに座り、いらない書類をシュレッダーにかける。
「そういえば先生、きれいになったよな」
好きな相手の礎になれたことは、由奈から伝えられていた。
「ああ、佐々木先生、お見合いがうまくいったらしいよ?」
「…………はあ?」
「ん?」
好きな相手が結婚して、もうすぐ遠くへ行ってしまう。そんな事実を知らされた平治は、いつの間にか、由奈の胸を借りていた。由奈に頭を抱き寄せられて、彼女の胸に顔をうずめて、平治はようやく、終わらせることができた。