市の上がりを武力で掠め取られないためにも傭兵を雇って訓練もしておかないとな
さて。
日用品を扱う六斎市を開き、食料品については毎日のように売り買いができる見世棚も整ってきた。
そうなると当然のように、市場税も増えてくる。
小川湊から入る津料も増えた。
さらには遊郭からの運上金まで、かなりの額が入ってくるようになってきた。
――金が集まる。
そして、その金を使って市場や港をさらに整備する。
道を整え、倉を増やし、取引の規則を定め、揉め事が起きたときには公平に裁く。
そうして「ここなら安心して商売ができる」という評判が立てば、さらに商人が集まってくる。
商人が増えれば取引が増え、税も増える。
増えた税でまた市場を整備する。
実に分かりやすい好循環だ。
――問題は。
金が集まる場所には、それを奪おうとする連中も集まってくるということだ。
「……まあ、そうなるよな」
俺は小川湊の様子を眺めながら、ため息をついた。
特に気になるのは、隣の遠江を押さえている斯波氏。
そして伊豆にいる堀越公方だ。
向こうから見れば、俺たちは決して放っておける存在ではない。
港が栄える。
市が栄える。
銭が集まる。
人も集まる。
そんな場所が、自分たちの勢力圏のすぐ近くにできているのだ。
目障りだと思われても不思議ではない。
ましてや、この時代。
金のある場所が安全だとは限らない。
むしろ逆だ。
金がある場所ほど、奪いに来る奴がいる。
そして、もう一つ気になる存在がある。
――悴者だ。
応仁の乱の頃、京の市街地では多くの流浪民が集まり、戦場では傭兵として使われた。
戦が終われば盗賊になる者もいた。
その一方で、守護や国人にそのまま雇われ、各地へ散っていった者もいる。
だが、関東は事情が少し違う。
応仁の乱に直接参加していないため、未だに一族郎党を中心とした個人戦が主流だ。
その関東で、いち早く「足軽戦法」と呼ばれるような戦い方を取り入れた人物として知られているのが、太田道灌だ。
山内上杉と扇谷上杉。
両上杉家の兵力差を埋めるために考案された、とも言われている。
だが――。
「本当に、それだけなのかねぇ」
俺は腕を組んだ。
太田道灌は寛正六年、つまり一四六五年に上洛し、将軍・足利義政に関東静謐の策を言上したとされている。
だが、それは応仁の乱が始まる前の話だ。
ならば、その時点では京で大量に発生した悴者の存在など、まだ知らなかった可能性が高い。
むしろ、道灌が足軽を使うようになった背景には、別の影響があったのではないか。
――今川義忠だ。
応仁の乱で一度上洛し、その後、駿河へ戻ってきた義忠。
彼が京で見たもの。
そして、そこで使われていた戦い方。
それを道灌が参考にした可能性は、十分にあると思う。
そもそも駿河は、農業だけで考えれば決して豊かな国ではない。
山が多く、平地が限られている。
そんな国で、尾張や遠江を押さえる斯波氏と渡り合おうとすれば、農民だけを兵にしているわけにはいかない。
金で人を雇う。
それも一つの現実的な手段だったはずだ。
もっとも。
太田道灌の軍については、少し気になることもある。
道灌は収穫期を考慮していたのか、八月と九月には一度も出撃していないとされている。
もしそうなら、彼の足軽は単純に悴者を金で雇った傭兵ではなかったのかもしれない。
平将門の時代に見られたような、農民を動員した伴類。
つまり――。
兵と農を完全に分けるのではなく、農民そのものを戦力として組み込む。
そんな兵農両立型の軍団だった可能性もある。
……まあ、何にせよ。
今の俺たちに必要なのは、そんな歴史談義ではない。
目の前にある市場と港を守るための兵だ。
「やはり、悴者を一時雇用ではなく、永続契約で抱えておくべきか」
俺は大道寺重時に向き直った。
「市の安全を守るためにも、斯波や堀越公方からのちょっかいを避けるためにも……兵数を増やさにゃならんよな」
「そうだな」
重時も頷く。
「京や大阪では、細川や山名、大内の兵をある程度利用できた。だが、今はそうもいかぬ。ここでは我ら自身で兵を揃えるしかあるまい」
「だよなぁ」
俺は考え込む。
兵を集める。
ただ集めるだけでは駄目だ。
戦になれば、訓練された兵とそうでない兵では話にならない。
「なら、槍を一斉に突き出す訓練をさせたり、長槍を振るわせたり、弓矢の練習もさせる。それから印地打ちも覚えさせるか」
「うむ」
重時はあっさり頷いた。
「基本的には、荏原荘でやっていたことをここでもやればいいと思うぞ」
「……そう言われてみれば、そうだな」
荏原荘でやってきたことが、思った以上に役に立っている。
農地を整備する。
人を集める。
市を開く。
兵を鍛える。
何をするにしても、結局は同じところへ行き着く。
――人を集め、仕組みを作る。
そして、その仕組みを守る。
「まあ、その前に……」
俺はふと思い出して、頭を掻いた。
「槍とかを作れる職人を、大阪から呼ばないと駄目だな」
「あ」
重時も固まった。
「……そりゃそうだな」
この時代、まだ槍が今ほど普及しているわけではない。
戦場で主流なのは薙刀や長巻。
槍を大量に揃えようと思えば、それを作れる鍛冶職人そのものが必要になる。
俺は盛大にため息をついた。
「兵を増やそう」
「うむ」
「訓練もしよう」
「うむ」
「市場も守ろう」
「うむ」
「……そのために、まず大阪から職人を呼ぼう」
「うむ」
結局。
兵を増やす話をしていたはずなのに――。
最初に必要なのは、兵士ではなく鍛冶職人だった。
「……人を集めるのって、本当に大変だな」
「領主というのは、そういうものだろう」
重時がしれっと言った。
「それを先に言ってくれよ……」
俺は頭を抱えた。
とはいえ。
これも必要な投資だ。
市場を育てる。
港を育てる。
人を集める。
そして、その人々と財産を守るための兵を育てる。
――銭が銭を生むなら。
兵もまた、兵を生む仕組みにしていかなければならない。
どうやら小川湊の発展は、商売だけでは終わらないらしい。
次に整えるべきなのは――。
この町を守る「武力」だった。




