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シナリオは動き出す:4話

作戦を終えたジョージはSR-25をバッグに戻すと、入り組んだ裏路地を使い合流地点まで向かった。

 

そこは東区にある、寂れたスクラップ廃棄所。粉砕機と溶鉱炉で構築された廃棄場は、今なおも細々と運営されているのだが、その管理はずさんだった。故に粗大ごみや家庭ごみなども無許可で捨てられ、処分に困った物を棄てるには格好の場所だと言える。

 

ジェイたちは死人を回収し、またミイナ・コールを束縛して乗せると、先にバンで向かう流れとなっている。不法投棄だけでは足も着く可能性があり、今頃は廃棄車のトランクに詰めるか、粗大ごみの冷蔵庫に詰めるか。ともかく死体が見えないよう処分されるべく、隠蔽作業でも行っているだろう。

 

作戦を終えたのち、ジョージもまるで何事もなかったかのように堂々と、廃棄所まで歩いて行った。野次馬だろうか、それとも追いはぎにでも来ただろうか、チンピラや浮浪者が餌にたかる蟻のように集まり始めたその人混みを上手く利用したのである。

 

それから約三十分後か、スクラップ場が見えてきた。すでにバンが置かれているあたり、ジェイたちは後処理を開始しているのだろう。

 

此処までは、ジェイたちの計画通りだ。次に実行するのは、ジョージの計画である。

 

「恨むなよ、ジェイ、ペック、ベン。俺もお前たちも、目的のために手段は選ばないはずだ。だからあの時、俺は嘘を吐いた。金の為じゃないんだよこの依頼は」

 

あのやり取りは、ジェイたちを騙すために必要な儀式だった。金による共通目的を持った、暗黙の提携は今破られる。

 

ジョージは拳銃を取り出し、逆ネジに回しながら消音機を取り付ける。

それは彼らが所持している拳銃と、まったく同じものだった。

情報収集の段階から既に彼らの装備がわかりきっていた故に、こうした流れを想定して、ある作戦を用意していた。

 

奪取まではうまく行ったが、ここで意見の違いによる仲間割れが発生、結果は同士討ちに終えた。

 

と、よくありがちな脚本だろうか。

 

だが、わかりやすい方が、かえって足が付きにくいだろう。下手な正義感をもったシェリフに勘ぐられるのも厄介であるし、何より腑に落ちやすい筈だ。

 

なお、ライフル弾を使った死体は、すでに肉塊にでもなっているはず。肉塊を検死するとしても、結局は人だった物にすぎない。どういった死に方をしたのか、凶器は何かなど、解明は困難を極まる。気がかりな銃弾も今頃は溶鉱炉の中。これらにより、スナイパーの存在は完全に隠される。

 

そもそも捜査をするシェリフも、本腰を入れにくいはずだ。

相手はコールカンパニー、名だたる大企業だ。こうした企業は事件を公にするのを営利の関係上嫌う。何よりミイナ・コールが幸運の女神であるならば、それが奪われた事実を隠したがる筈。我先に手に入れようと、欲にまみれた企業間の無駄な争いが勃発するからだ。なんの利益も上がらない争いを、コールカンパニーがしたがるとも思えなかった。

 

さて、ジョージは懐に拳銃を隠し、小走りでいよいよ廃棄所に向かう。拳銃に自信が無い訳ではないが、手早く奇襲し、片付けたかった。

 

ブロック塀と鉄柵で構成された壁に覆われた外周の中、出入り口である門の前までたどり着いた。

 

開け放たれた門の先には、装甲のひしゃげたバンがヘッドライトを照らし、廻りを取り囲むジェイたちが照らされている。主目標のミイナ・コールは姿が見えないが、バンの中だろう。

 

ここまでは想定内だった。だが、ジョージの計算を狂わせる、妙な光景が目に入った。

 

「なんだ、誰だアイツは」

 

ジェイたちは取り囲むようにして、一人の女と会話していた。黒を基調とした洋服を着て、艶っぽい雰囲気を感じる女だが、幼げにも見える。奇妙な女だ。

 

まさか。と、ジョージは思考が巡る。謀られたのはこっちだったのか。

 

だが、それはお互い様だろう。こちらは確かに下衆な画策をしていた。無論、向こうもそうじゃないと言いきれないだろう。だまし騙されるのは、この生業には着き纏うものと言える。

 

しかしだ。その考えが改まったのは、彼らに動きがあったからだ。

 

突如、女の廻りをまるでファンタジーのような演出如く、黒いモヤが彼女を覆い始めたのだ。

 

「…なに?」

 

理解に苦しむジョージ。ただ、見ることしか出来ない。

 

そして次の瞬間、空気が破裂するような音が聞こえた。

 

「う、腕が!?俺の腕が!」

 

するとベンが喚きながら腕を抑える。

 

目を凝らせば、ベンの右腕が姿を消していた。血は溢れ出るのを止めず、彼の周りをぼどぼとを赤く染める。

 

「攻撃を受けた?何処からだ?」

 

もはや何がどうなっているか全くわからない。その光景に唖然としたジョージだったが、記憶の歯車が噛み合う様に、一つの可能性に繋がった。

 

「そうか…そういう事か!」

 

コールカンパニーの人間には見えず、また攻撃を仕掛けた時点でもはやジェイたちの仲間ですらない。

つまり第三勢力と考えれば、それはハングドマンが明言した、このシナリオで登場する誘拐者だと、察するだろう。

 

だがまさか、ああした類だとは思いもよらなかったが。

 

ジェイとペックはベンの叫びが合図になったのか、臨戦体制を取り発砲する。

 

切りもみ回転する銃弾は彼女をめがけ、一直線だ。

 

だが、彼女にそれは当たらない。厳密に言うと、何かに当たり、回転力を失った銃弾がぽとぽと落ちていく。

 

ジョージも見ているだけには行かず、行動を起こした。

バッグからSR-25を取り出して手早くセッティングを行う。ただ、ああした類いに果たして効果があるとは、思えない。一種の防衛本能からなる動きだった。

 

スリングに肩を通したジョージは、ブロック塀を伝うように姿勢を下げ、彼らの近くまで走り出す。足音を殺しながらも、迅速にだ。

 

だが結果は見えている。このまま合流すると、間違いなく何も出来ず死ぬ。

 

だからこそだ。ジョージは得意気に人知を越えた手品を使う彼女が、気にくわなかった。一泡ふかせてやろうか。そう考えが行き着いた。

 

「あんな小娘の思い通りにさせるってのも癪だからな」

 

ジョージはいつしか、過去の大戦時の思考に戻りはじめていた。

 

 

 彼女は深く息を吐いた。

 

 目の前には、拳銃を持った男が二人いる。彼らは恐怖と困惑の表情で彩られていた。

 

「ねえ?無駄に死ぬ必要はないと思うけど?」

 

彼らはバカなのだろう。先ほど一人に、自分の実力を見せつけたはずなのに、まだ諦めようとしない。

 

人知を超えるこの力を見れば大概が恐れ、逃げだす筈なのに。

 

「そうだなぁ…こんなの見せられちゃぁ俺もそうだと思うぜ。だがあいにくそうはいかないんだよ。俺達は仕事を全うしなきゃならねぇ。そこに深い意味はねぇ。ただそれでおまんま食ってんだ。だから、引き下がれねぇ」

 

だが、こうした下らない事を言うのだ。彼女は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。

 

「あっそう。確かジェイ…だったっけ?まあどっちでもいいけど、私も暇じゃないの」

 

透き通るような静かな言葉とは対照的に、ジェイたちには聞き取れない別の言語を、彼女は口にした。

 

刹那、空気を割る音が響く。拳銃を構えたジェイは、何が起こったか理解できない顔をしたのち、自分の両手が喪失している事に気が付いた。電撃の様な痛みが体中を駆け廻り、認知しすぎるほど大きなものになる。

 

「ぐおおお…ぐっ…うぁああ」

 

男は痛みからか、腰から地面にくずれ落ちた。その表情からはこう読み取れる。

 

いったい何をされているのだろうか。この女の後ろに、何か居るのだろうか。それともこの女から攻撃されているのか、まるで分らない。そんな感じだろうか。

 

先ほどまで拳銃を握っていた手の行方は、目の前に落ちている。綺麗な半円の、切断面だった。

 

そうか、これは銃撃ではない。銃撃による部位損失は、こんなにきれいなものではないからだ。

 

「それで?あなたは?確かペック…だったよね?」

 

ジェイの苦しい表情を見てか、はたまた自分もこうなるのかと恐怖を覚えてか、ペックはがちがちと歯を鳴らし始める。

 

「お、俺は…」

 

「ペック!なにをしている!撃て!撃つんだ!」

 

戦意を喪失したペックに、ジェイは痛みをこらえる様にして叫んだ。ペックはそれに驚いたのか、答えたのかはわからない。ただ大声を上げながら、やみくもに射撃し始めた。

 

もっとも彼女に届く銃弾は、無いのだが。

 

彼女はまた、ため息を吐いた。

 

「そう、私は別に殺したかったわけじゃなかったのだけれど。恨まれるのも厄介かな」

 

彼女は再び理解出来ない言葉を呟き、そして――

 

「ぺ、ペック…」

 

今度はペックの頭半分が、半円のような切り口と共に吹き飛んだ。

 

 

絶命。それは完全なまでの死だった。ベンは右腕、ジェイは両手だが、ペックに関しては決して助からない攻撃を受けた様だ。

 

ジェイは此の時、理解をし始めていた。これはまさか、魔法の類ではないかと。

 

聞いたことがあった。かの大戦時、敵は魔法を使う部隊もあったのだと。また、人類にもそうした魔法を使えるものがいるのだと。

 

ジェイはそれが信じられなかったが、同時に信じなければならないのだろうと薄々思っていた。そもそも大戦時の敵は、人間ではない化け物だったのだから。もしや御伽噺で語られるような、そうしたものがあるのではないかと。

 

そして現に、今ここで見せられた。相手は大人に成りかけたばかりの生娘によってだ。

 

「ふざけるなよ。何も世の中を知らねェようなガキに、俺達の仕事を邪魔されてたまるかってんだよ!」

 

勝算の無い相手であっても、ジェイを突き動かしたのは彼の持つ意地だった。

 

まず、彼女に対して腕を振るう。血液が宙を舞った。

 

彼女はとっさの反応が出来ず、血液が彼女の目元まで飛んでいく。

 

ジェイはそれを確認せずに行動を取っていた。彼女に勢いの乗った体で、両手から血液をまき散らし、蹴りを放ったのだ。身を守るために習い続けた、鋭いカンフーの足刀を。

 

「わっ」

 

彼女も流石に驚いたようだ。その場で岩のように動かなかった彼女だったが、足を一歩引かざるを得なかった。

 

だが、結局蹴りも何かに遮られるようにして、彼女に触れるわずかな位置で停止した。ジェイはまるで鉄を蹴り飛ばしたような感覚を覚え、また痛みをも感じた。

 

だが、これではっきりした。

 

「そういう仕掛けか…」

 

ジェイは確信した。彼女は魔法使いなのだ。決死の覚悟で飛ばした血液も、彼女の目元付近に、まるで浮いている様に付着している。おそらく障壁か何かを身にまとっているのだろう。

 

からくりを暴いたことで、にやりと口角を上げるジェイに対し、彼女は驚いたことに腹を立てたのか、むっと表情を歪ませた。

 

「容赦しないから」

 

言葉を呟く彼女を見て、ジェイは理解した。自分は死ぬんだと。もう、助からない。

 

だがこのままで終わるのは、癪に障る。ならと、最後にジェイは力を振り絞った。

 

「エドワード!こいつはァ!見えない壁がっ――」

 

おそらく、そろそろ合流する頃だ。遅すぎるとは思うが、からくりを破らなければ多勢に無勢だったはずだ。ジェイはそう思い、夜空に大きく叫んだのだ。

 

同時に、ジェイは頭が吹き飛んだ。頭部のない死体はそのまま力なく、地面へと倒れる。

 

「ひぃ」

 

ベンは目の間に倒れたジェイの死体を見るや否や、短く悲鳴を上げる。

 

だが、彼女はそんな事など、どうでもよかった。ジェイの最後の言葉に、ハッと気づかされたのだ。

 

「…エドワード?」

 

確かに今思えば、もう一人、アジア系の男がいない。彼だけ別行動を取っていたのだろうか。

 

まあどちらにせよ、支障はないだろう。からくりを見破られたところで、どうすることもできないだろうからだ。

 

彼女がそう思った、まさにその刹那だった。トスッと、何か落ちたような音がした。

 

そしてベンの間を転がる、鉄製の長細い何かが転がってきた。

 

「あっ」

 

言葉を上げる頃には、もう遅かった。強烈な音、光。その二つが一面に、瞬く間に覆っていった。

 

 

 

 

「まさか使う事になるなんてな」

 

ジョージは念のために所持していたスタングレネードを使うと、こすれる様な音と共に鉄柵を乗り越えた。

 

まず目に映ったのは、頭部の半分がないペックの死体と、もはや頭部全体すら吹き飛んだジェイの死体だ。見るも無残で、悲惨な光景だった。

 

「…お前は俺を、最後まで信用してた。俺の手に掛けなくて、良かったよ」

 

どちらにせよ殺すことは決まっていたが、少し気持ちが楽になった。仲間を信頼した人物を裏切るのは、やはり内心憂鬱な気分でもあったからだ。

 

「あああ…あああううあああ」

 

女は悲鳴にもならないような唸り声を上げている。ジョージの事などまるで気が付いていない様子だ。体を右往左往に動かし、出口のない暗闇を彷徨っているようだった。

 

そんな彼女に対し、ジョージは問答無用で拳銃を放った。無論、弾丸は見えない壁に弾かれる。

 

「全体に張ってるのか、その見えない壁とやらを」

 

そうと分かれば、もうその壁を打ち破る方法は後回しだ。ただ視覚的、音響的な効果は通用するらしい。どちらにせよ、もはや逃げるべき手段しかないだろうが。

 

「ベン、立てよ。ほら、いくぞ」

 

ジョージは使い終わったスタングレネードを拾い上げると、ベンに寄り添った。確かに警告はしていなかったので、ベンも直にスタングレネードの効力を受けてしまったようだ。ベンもまた、女と同じく言葉にならないような言葉で、呻いている。

 

ベンを回収すれば、あとは逃げるのみだ。まず、バンの元へと行き、後部扉を開く。いちいち助手席などに乗せる時間すら惜しかった。

 

すでに死体は処理したのだろう、中にはミイナ・コールがだけが束縛されており、うーうーと唸っている。その瞳は、恐ろしげにジョージを見据えていた。

 

「あいにく、今はお前に構っている暇はない」

 

ジョージはそう言いながら、ベンを転がすように後ろへと乗せた。ベンは視界と聴覚が戻り始めたのか自身の腕に応急処置をし始めるも、まるで穴の開いたバケツのように、漏れ出すのを止めなかった。

 

もう長くはないだろう。そう思った。

 

ミイナ・コールはその様子を見て、恐怖を最大限に露わにしようと、唸り声を上げ、また足をじたばたと激しく動かす。

 

「…ベン。堪えてくれよ。」

 

勢いよく扉を閉めたジョージは、次に運転席へと乗り込む。幸いにもエンジンは掛かっており、鍵も付いたままだ。

 

クラッチをつないで発進すれば、もうここに用はないのだが、ここでふと考えが過ぎる。

 

「せめて一泡吹かせてやる」

 

ジョージはジェイとペックの敵を討とうと思ったわけではないが、静かに怒りは抱いていた。ならばこうだと、バンのギアをバックに入れハンドルを器用に動かし、今なお呻いている女の元から距離を取った。

 

「これで死ぬとは…思わんが」

 

バンは勢いよく加速する。ギアはトップに繋がり、そのまま女へ一直線に進んでいった。

 

全面装甲のひしゃげたバンであっても、その威力は十分すぎるほどだ。ライトトラック張りの総重量にトップギアの速度、その二つが合わされば、破壊力はすさまじい事になる。

 

「くらいな、魔女さんよ」

 

刹那、大きな鈍い音がバンの中に響いた。同時に打ち上げられるようにして、女は数メートル先まで飛んでいく。

 

ジョージはそれを確認するまでもなく、バンを走らせた。目指すべき場所は今のところないが、ただ女と距離を取りたかったのだ。

 

速度を落とさないバンは、そのままピースアイランド南区の方角へと消えていった。

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