杉村くんは杉村さんを見張ってる
神戸津高校には、学内で有名な一組のカップルがいた。
二人は奇しくも杉村明という、全く同じ名前であり、男の方は杉村くん、女の方は杉村さんと呼ばれている。
杉村くんの祖父はとある高名な学者だったそうな。
並行世界についての研究に人生を捧げ、杉村くんの家には祖父が残したよく分からない機械が溢れてるらしい。
対して、杉村さんの方はつい二週間ほど前にこの神戸津高校に転校してきた少女だ。
容姿端麗であり、特にこと勉強に置いては彼女の右に出るものはいなかった。
授業は全て寝て過ごしているにも関わらず、模試では常に全国一位を取り、成績がいいため教師陣も授業態度を指導できないという。
転校してきた週の自己採点では全教科満点であり、帰ってきた成績を見て先生がびっくりして腰を抜かしたのは伝説となっている。
はてさて、これだけ珍妙なカップルが学校で話題に登るのは、遡ること二週間ほど前。
杉村さんが転校してすぐの話だった。
×××
「杉村くん、私あんたの子供が欲しい」
俺、杉村明はこれほど気持ちが悪いと思ったことは、人生でもう無いと思いたかった。
何故だかは分からない、正体不明の気持ち悪さだ。
「杉村さん、それは俺に君と付き合えって言ってるのか?
新しい告白だね」
「いや、子供さえ出来ればそれでいい。
ていうか、別に付き合わなくてもいい」
目の前で、告白という前動作を全てすっ飛ばしてここに至った女はなんの臆面もなくそう言った。
その俺と同じ名前の女は中々に顔が整っている。
黒い艶のある髪の毛に、ぱっちりとした二重にバサバサのまつ毛。
真珠のような肌は透き通り、スタイルもよくて勉強も出来て、間違いなくこのまま行けばこの高校のマドンナにもなれるような女であっただろう。
「ちょっと杉村さんてビッチだったの?」
「くそ!
杉村のやつ羨ましいぞ!
いつか俺がぶっ殺してやる」
ざわめく教室、広がるプラズマ。
この女は数日前にこの高校に転校してきた。
そして転向して数日にして、この学校にてファンクラブが出来上がるほどの美人だ。
普通はそんな美人にそんなことを言われれば動揺してもなお、歓喜の感情が湧き上がるはずだ。
男であるなら、そうであってしかずだ。
だが何故か、俺は目の前のこの女には嫌悪感しか抱かなった。
いや、その女のその言葉を聞いて、自分が目の前の女との情事を想像して、その想像に対しての激しい嫌悪感だ。
興奮や背徳感などではなく、ただの純粋な嫌悪感。
「悪いけど他を当たってくれ、俺はまだ学生なんだ」
「そう、私はいつでもいいから。
なんなら今でも構わない。
それじゃあ」
彼女はそう言って踵を返して自分の席へと戻った。
その後ろ姿を見送りながら俺は席に着き、自分が鳥肌がたっていることに気がついた。
そうとうな嫌悪感だったんだなと自分自身で思いながら二の腕をさする。
「おい、お前あの杉村さん抱くのかよ?」
クラスの仲のいい友達が俺に問いかけてきた。
俺はそれをまさかと鼻で笑って一蹴する。
ありえない、何故かしれないがそれは万に一つの可能性もないという確信を抱きながらもそう言った。
「俺も言ったらヤれんのかな?」
「お前と杉村さんがか…」
やれんのかを想像して、そして目の前の童貞があんな美少女で初めてを終えるのを想像して、
「おぇーーー!」
盛大に吐いた。
×××
「大丈夫?」
「何とか」
保健室にて、ベッドに横たわる俺に話しかけてきたのは杉村さんであった。
時計を見てみれば五時を回っていて、もう家に帰るような頃合であった。
杉村さんはそのことに気づいたようで、彼女は荷物をまとめてこの部屋を出ようと席を立った。
「ねぇ?」
「なに?」
「今日の帰り、余裕があれば個々に来てもらっていい?」
彼女はそう言ってポケットから髪を取り出した。
詳細な地図が書かれたそれを俺は見やり、それほど遠くはないことを確認すると、もう少し休んでいくから七時に待ち合わせしようと言った。
彼女はそれに無言で頷くと、保健室を去っていった。
「すこし寝てから行こう」
俺はそう言ってひと眠りすることにした
×××
「ここだよな?」
俺はそう呟くと周りを見渡す。
鉄橋の下であり、ここには何も無かった。
一際大きな川が流れていて、休日には家族連れが遊びに来る河川敷。
だが、平日のこの時間となると、やはり人はどこにも居ない。
勿論そこには、彼女の姿もなかった。
「お待たせ」
「へ?」
姿が無かったはずの彼女が、どこからともなく現れた。
突然の出来事に、俺が唖然としていると、彼女は手招きをした。
俺は驚きつつも彼女に従う。
彼女は何も無い空間に手を伸ばすと、見えない何かを掴んだ。
ガチャりという音が響くと同時に、先程まで何も無かったはずの空間が開いた。
それは見えない扉だった。
中には散らかった部屋があり、俺は驚きのあまりに声が出なかった。
彼女はそんな俺の手を引き、強引に部屋へと引き込むと、彼女は再びドアを閉める。
「光化学明細だから、外からは何も見えないよ」
「き…君は一体何者なんだ…!?」
俺は目を見開き、詰め寄るように彼女に問いかけた。
彼女は何も無かったかのような落ち着いた素振りで近くにあったチェアーに座ると口を開いた。
「私はあなた」
「は?」
「分からないかしら?
私はあなたなのよ」
訳が分からない俺は、目を白黒させながら彼女を見つめた。
彼女そんな俺を見つめながら近くにあったコーヒーを啜ると面倒くさそうに口を開いた。
「私は研究者なの。
わかるように行ったら並行世界。
十五歳でハーバード大学を飛び級で卒業して、物理学者になって並行世界の研究を始めた世界線から来た、違う世界のあなた」
「…は?」
「証拠見せてあげる」
彼女はそう言って写真を取り出した。
その写真を俺は受け取り、目を疑った。
そこに写っているのは紛れもなく俺の家族であった。
彼女を真ん中に、ハーバード大学の門の前で写っているの父と母。
「嘘…だろ?」
「本当よ。
言ったじゃない、私はあなただって」
状況を理解できない俺は、耐えず写真と彼女を行ったり来たりしている。
彼女はそんなこと全く気にしないような素振りで話を続けた。
「私はね、並行世界から生物を私達の世界に連れてこれるかを研究しているの。
普通であれば、ここの生物は私達の世界には移動させることが出来ない。
私達の研究では、並行世界への移動にはスルトメルムっていう物素粒子の存在が必要だった。
私達の研究では、このスルトメルムの特性はスルトメルムの反物質であるエルフェノーデと引き合う性質がある。
私達の世界には、スルトメルムは発見されたけど、反物質のエルフェノーデは机上の空論だった。
でも私はこのエルフェノーデが存在している世界が私達の裏側にあると推測した。
そして、このスルトメルムを量子加速器にかけて高速に加速させることによって」
「あぁ!
もういいから!
なんか訳わかんないけどとりあえず君が並行世界に来たことは分かったから。
で一体君の目的はなんなわけ!」
俺は耐えきれずに彼女の言葉を遮ると、彼女は変わらず無表情で言った。
「私の目的は、この世界から生命体を私達の世界に持って帰ること。
何度か試したけど、いつも帰る時は私一人だけで、この世界から生命体を持って帰ることが出来なかったから。
でも、だとしたら私とここの世界の人の子供ならば、私達の世界に連れて行けないかと思ったの」
「だから学校であんなことを言ったのか」
「だって、並行世界の男子として生まれた自分とのエッチなんて、オナニーと変わらないじゃない」
「な…」
俺はこの瞬間、あの時の異様な嫌悪感の正体に気がついた。
女として並行世界で生まれた自分との性行為というシチュエーションに嫌悪感を抱いたのだ。
確かにこれは嫌だ。
「最悪あなたがダメならあなたが今日教室で話してたお友達。
彼とでもいいわ。
彼、私とヤリたいって言ってたし」
「聞こえてた?」
「聞こえてないと思った?」
彼女とアイツの性行為。
並行世界で女として生まれた自分と、その友達の性行為。
あの時の吐き気の正体はこれか!
「帰れ!
てめぇの国へ帰りやがれ!」
「いやよ!
これの実験が成功すれば私は教科書に名前が乗るような有名人なのよ!」
「ふざけんな!
そんな気持ち悪いことさせるか!
絶対にさせねぇ!
今日からお前を見張る!」
俺は声を大にして叫んだ。
そんな気持ち悪い展開はゴメンだ。
俺はこの日、こいつには絶対にそんなことをさせないようにするため、彼女を見張ることにした。
×××
この日を境に、杉村くんは杉村さんに常に付き添った。
杉村さんとヤリたいという男が後に絶えなかったので、それを防ぐためにだ。
女として生まれた並行世界の自分が、この世界の男と性行為に望む。
そんな気持ち悪いことを防ぐために付き添った。
そんなに嫌ならあなたがしてよと杉村さんは杉村くんにいった。
私と貴方なら、性行為だろうとオナニーと変わらないじゃないと。
その言葉を聞く度に鳥肌をたてながら、吐き気を催しながら。
しかして杉村さんを見張った。
そしてその光景を見ながら、他の生徒は神戸津高校にはカップルが誕生したとはしゃいだ。
周りは勝手にカップルだと見なした。
杉村くんはこの周りの環境にストレスをかかえ、胃潰瘍にになって入院することになるが、それはまた別のお話。