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夜半譚

作者: 石津志遥

淡雪降り積む 春野の山は

屹度せせらぎ 川のせせらぎ

肩を抱きつ、猪口ちょこを口にあてがってやると、つつ・・・と口角より零れた。

ねえ、君と語りかけると、綿が、こう、落ちるようにして倒れた。

ももまではだけた着物は、もはや布切れである。

ねえ、君、あの月は綺麗じゃないかい?

ええ?君、あの月を猪口に落として飲んだら、なんとも漢詩の文句みたいで、ねえ、良さげじゃないかい?

そんな布切れは綺麗かよ、ねえ、君。

ただ語りかける。

ねえ、つまらないじゃないかよ、僕の返杯も受けてくれないとあっちゃ、月があったって、絢爛な着物を着てたって、君次第だ、興醒めじゃないかよ、ええ?

そう、男の興というのをだね、女の興の感覚で分かってもらおうとは、そりゃ、到底思っていることではないよ。

第一、そういう腹積つもりでは無いからね、ねえ、君、少しは、ゆっくり起きてさ、酌でも、こう、やってはくれないかい?ねえ、少しは僕の興に近寄ってくれても、ええ、悪いものじゃ、ないと思うよ、僕はね。

君は、そう、僕の前で寝転がるというのが、興かい、そう、興かい。

それなら、僕なりの興ってものをね、教えてやろうかよ、え?君、寝ていちゃ、そりゃ、分からんだろうからね、え、君。ちぇっ、嫌な女だね、


昨夜ゆうべのボートハウスで見初めたひとで、一艘を残して出払っているから、良ければ相乗りを、と勧めたら乗ってれた。

夜桜も昼を見る様な月のおかげで全く、風情が感じられない。

朧くらいが一番丁度良いのに。

元々綺麗でなければひとりで見る法などと言うものは無い。

それでも、散りつつある花、散った花というのは、斯様な捻くれ者の心にも映えるらしく、詩のひとひらを手に取るように水面の花びらをすくって、君に見せて。

それでも、不機嫌そうな顔はほぐれなくて。

池の周りの他は花見に興じているし、一艘二艘の浮かんでるのだって、きっとめいめいに愉しんでいるに違いはないのだから。そうなると下心というものが否応なしに鎌首をもたげて来る訳である。

オールの雫が、少し乱暴に漕いだら、着物へかかって了った。これ幸いと。

あれ、君、拭いて差し上げましょう、と。

下ろしたばかりの白絹の、法水で織り上げたが如き清浄なハンカチーフを取り出したや否や、

俯き勝ちであった面を擡げて、

結構です、あたしは妾で拭きます 、

御厚意ありがとう存じます。

と、撥ね付けられて了った。

やっとの切っ掛けを見事な腕前で、先に付いていたやや外れた正常とくっつけられて了った。

いや、これは参ったと、微笑を湛えて。

何か洒落のひとつやふたつを言ってやろうかと思ったが、どうも、口が強張って了って。

再び水面に目を落としつつ、またもオールでこぎ出すしかなかった。

やや冷えて、ぼちぼち周りも帰る頃、小さなくしゃみをひとつ、胸元から懐紙を取り出してそそくさと鼻を抑えていた。

あれ、君、寒に打たれたかい、まだ夜は冷えるね。

ええ、そろそろ戻りたく。

そうかい。

沖へ沖へと向かうボートに訝しさを覚えたか。

あの、沖へ舟が、

うん、沖へ行くね、

岸へ、

戻るかい?生憎僕は戻りたくなくてね、

あたしは戻りたいですから、見物したりないのなら、妾を下ろしてからおやりになれば宜しいかと。

冷たいねえ、非常に冷たいよ君、ね、

もう少しばかり付き合ってお呉れな、



思い巡らし 夢うち破り

屹度淡雪 嬉しや淡雪

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