冷たい現実
机の上で携帯が鳴ってる。頭が痛く、重い身体で腕を伸ばした先で触れた画面から心配そうな龍也の声が聞こえて来る。
「ヒロ、大丈夫か?」
「・・・・・・」
「ヒロ、聞いてるか?」
「ああ・・・すまん。」
「ほんとに大丈夫なのか?担任には俺が話しておいた。明日はどうする?」
「・・・・・当分休むって言っておいてくれるか」
「それは、いいけど・・・ヒロ、昨日何があったんだ?」
「・・・・・」
「ヒロ・・・・」
「龍也・・・サンキュ。昼休みも終わりだろ!切るぞ!またな。」
画面に触れた指と共に通話中からホーム画面に変わり静かになった。
仕方なく起き上がった俺は空腹に負けキッチンに向かう。
料理なんかあまりした事がない。直ぐに食べれそうな物を探していたら、冷凍庫に母の作り置き料理がまだ、残っていた。
あれから何日たった?食べれなくなったおかずを処分しながら、頬を流れる涙に体がやっと悲しみに追いついたんだと思った。
今まで作ってくれた料理に感謝なんかしたことなかった。俺が食べてなくても、もう愚痴をこぼす母の声も、そんな母を慰めてる父の声も、文句を言う妹の声も聞くこともできない。
ほんとに俺は一人になってしまったんだと。
一人になってみて解るなんて、俺ってダメな奴だ。そんなダメな俺でもこれからの事を考えないといけない。
いつまでも寂しさに負けていても誰も助けてはくれない動き出さないと!!
先ずは働かないといけない。保険金とか貯金とかあるけど、生活費だけじゃなく、来年には高校だし、入学金やら物入りだ。
一人で生きていくと決めたんだから。
卵とウインナーだけの簡単な食事を済ませ、本屋で求人雑誌を買い求めた。
子供達が賑やかに遊ぶ公園で俺は、紙面に目を走らせバイト先を探す。いくつか印をつけたところに行ってみたけど、どこでも同じ扱いを受ける。
俺が見た目は大人に見えるが、正直に年齢を告げると誰もが顔をしかめ、首を横に振る。
年齢を誤魔化したほうが良かったのだろうか?繁華街の店だとあまり詳しくは聞かれないだろうから大丈夫の様な気がする。
明日は夜に探してみようと、気づけばあたりはもう真っ暗!!
着崩した格好の男や着飾って男達の腕にぶら下がり笑ってる女達。
いい年をしたサラリーマン風の男が、俺と変わらないぐらいの男の腰に腕を回し、俺の前を通り過ぎていく。
俺も男でもナンパするのもありか?恋愛対象が男だと気づいても経験はない。
そんなことを過ぎゆく人を見ながら思う。出来もしないくせに・・・・そんな事を考えていた俺に
「君、一人。誰かと待ち合わせかな?」
そんな声が俺の思考を現実に引き戻した。顔を上げた先にはGパンを履いた背の高い20代の男がいた。
その男は、自分を見てるだけで返事をしない俺に重ねて
「3万でどうかな?」
俺は、現実に引き戻されたと感じたが、実際はまだ、思考停止状態のままだったみたいだ。
「5万なら」
と、返していた。
「解った。じゃ~行こうか」
何故、俺はあんな返事を返したんだろう。何故、俺はこの男について行くんだろう、出来もしないのにと思っていたではないか・・・。
もう、考えるのはよそう。疲れた。
ホテルにはいるまで、俺たちは何も話さなかった。話す必要もなかった。
ただ、金で買われた少年と、買った男。それだけの間柄だからだ。
「シャワーは?」
安っぽい部屋だった。
ただ、性交渉のみを行うだけの、部屋。
「どっちでもいいよ。」
もう、開き直ったというか、どうでもよかった。
「一緒に入ろう。」
男はクスクス笑いながらそう言った。
「OK」
俺はそう答えると、ガラス張りのバスルームに足を向けた。腰には男の腕が回っている。
シャワーヘッドから俺の体へと流れる暖かい水。男の手が泡にまみれ俺の体を滑っていくが、冷え切った心までは暖かくならない。
多分、抱く為の、抱かれる為の準備を男の手は俺の体に施していく。不思議と嫌悪感も違和感も感じない。男が施す事は慣れたもので、不思議と体は快感を感じている様だ。
キシッと安っぽい音を立てるベッドの上、全裸の男が二人、ベットに片膝を乗せ、俺を組み敷く男、見ず知らずの男。
今宵一夜、全てを忘れてただ快楽のみを貪ろうとする男。
男も女も知らない俺には、全てが初めての感覚。
視線を窓に向ければほのかな明かりのもとガラスに映される、ベットの上で折り重なる2人。
その一人が俺なんだと、不思議な気持ちで眺めていた。感情が伴わなくても、身体は簡単に欲望に従順だ。
そんな俺を眺め、男が満足そうに微笑む。まるで俺を支配したかのように、俺には感じられた。
男は、ぐったりとベットに沈む俺をそのままにシャワールームに消えていった。一人残された俺は、笑っていたかもしれない。
男に抱かれるなんて、たいした事じゃない。簡単な事だ。俺は、何も変わっていない。言い聞かすように心の声が繰り返される。
それからの俺は、数日休みはしたが学校に行き、それまでと変わりない生活を送っている。
時々、夜にふらりと出掛けては男の身体を欲しがる男達を渡り歩く生活が当たり前のようになっていった。
少しずつ俺の心が凍りついていくのに気づきつつあるが無視を決め込んだ。その方が、傷つかなくていいから。
現実から逃げてばかりの俺がいた。