真の標的
聖川愛伍が,いつも通り「小説家になろう」のサイトにアクセスしようとしたところ,いつもとは違う画面に飛ばされた。
真っ白なディスプレイの中心には,赤い文字で次のように書かれていた。
「『小説家になろう』サイト利用者の皆様へ。誠に勝手ながら,本日をもちまして,『小説家になろう』のサービスを終了させていただきます。長い間ご愛顧いただきありがとうございました。『小説家になろう』は,これからも小説家を夢見る皆様を応援し続けます」
聖川はガッツポーズをする。
「よっしゃっ! 『なろう』を殺してやったぜ!」
聖川は「小説家になろう」が大嫌いだった。
聖川の趣味は,推理小説を書くことだった。
とはいえ,ネットに疎かった聖川は「小説家になろう」の存在を知らなかった。書いた推理小説は,誰にも見せず,自分だけが読んで楽しむものとして用いた。
しかし,ある日,ふとしたきっかけで「小説家になろう」を知った聖川は,今まで自分の書いた推理小説を試しに「小説家になろう」にアップしてみることとした。
結果は散々たるものだった。
ptはいつまで経っても0から動かず,PV数も,小説をアップした直後に10〜20くらいにはなるものの,それ以上を超えることはない。
聖川は,自分の創作の能力が不足しているのだと思い,推敲に推敲を重ね,より面白く,より捻った作品をアップするように心掛けた。
しかし,結果は変わらなかった。
自分に産みの才能がないことを痛感し,涙を流しながらタイピングをすることもあった。
ある日,聖川は,自分の作品とは対照的に,じゃんじゃんpt数を稼ぎ,ランキング上位に位置する他の作品はどれだけ素晴らしいものなのだろうかと気になり,総合ランキング上位の作品を読んでみた。
唖然とした。
総合ランキング上位の作品は,聖川が今までアップした作品と比べ,文章が稚拙であり,文法の誤りが目に余る。
ストーリーは単純であり,現実世界で不遇を味わった主人公が異世界に転生してチート能力を手に入れてハーレムを満喫するという一辺倒。
どう考えたって,聖川の書く推理小説の方が面白いではないか。
このときから,聖川は「小説家になろう」というサイトが大嫌いになった。
pt数やPV数を1つでも多く得るために試行錯誤を繰り返した時間を返して欲しい。自己嫌悪に陥って砕いてしまった心を返して欲しい。
聖川を弄び,侮辱した「小説家になろう」が許せない。
そこで,聖川は「小説家になろう」に復讐するため,「小説家になろう」を「殺す」ことを決意したのである。
「小説家になろう」を「殺す」ため,まず,聖川は,「世直し転移者」という名前の別アカウントを作成した。
そして,そのアカウントで,「異世界転移で日本社会をよくします」というタイトルの小説をアップした。
第1部目「腹黒政治家を粛清する」は,異世界から転移してきた全身ローブ姿の男が,実在の政治家である小野喜十郎をもじった,大野喜三郎という男を殺害する話である。
そして,聖川は,この話に沿って,この話の舞台となった日,実際に永田町の議員会館に行き,小野喜十郎を殺害した。
無論,聖川は異世界転移者などではないため,ワープの魔法も,小野の口を封じる魔法も使うことができない。
とはいえ,小説の殺人と実際の殺人を矛盾させるわけにはいかない。そのため,聖川は細工を用いた。
議員会館に赴いた聖川は,小野のオフィスの空調の配管がどこと接続されているのかを調べた。
そして,小野のオフィスへと向かう配管の中に,強力な睡眠ガスを混入した。これは,実際に海外で強盗犯が用いた手段を参考にしたものである。
睡眠ガスによって小野のオフィス内の人間が眠りに落ちた頃合いを見計らって,聖川は小野のオフィスに侵入した。
オフィスには,女性の秘書2人と小野本人がいたが,秘書2人は机に突っ伏して熟睡しており,小野本人は床で倒れこむように寝ていた。
聖川は,小野を面談室まで運ぶと,持参したハンマーで小野の頭部を殴打し,殺害した。
睡眠ガスによってすでに昏睡状態だった小野は,ハンマーで殴打した瞬間に「うっ」と一言うめいただけで,静かに天に召されていった。
聖川は,覚醒し,小野が何者かに殺害されたことを知った秘書が,警察に対して,事件のあった時刻に「寝ていた」と正直に告白することはないと確信していた。
なぜなら,議員秘書の主な再就職先は,別の議員の秘書だからである。
主を失ってしまった彼女らは,別の議員の秘書として雇われることによって糊口をしのぐしかないのだが,彼女らが業務中に居眠りをしていて,しかもそれによって主を死なせてしまったということが議員会館内に広まれば,彼女らが再就職することは不可能となる。
彼女らは自らの食い扶持のために,「殺害時刻には起きて業務をしていた。しかし,殺害には気付かなかった」と証言せざるをえないのである。
こうして,聖川は,議員会館内に「密室」を作り上げた。
小野喜十郎を殺害した翌々日,聖川は「異世界転移で日本社会をよくします」の第2部目として「腹黒経営者を粛清する」をアップした。
言うまでもなく,登場人物の伊坂美樹也は,実在の営団連会長の伊佐美幹雄をもじったものである。
小説の事件と現実の事件を矛盾させないため,聖川が用意したのは,切れ味の良い日本刀と,高校時代の部活で使っていた剣道着だった。
犯行時に剣道着を着る必要があったのは,日本刀を背負っていても怪しまれないためである。聖川を目撃した人物は,まさか袋の中に竹刀ではなく真剣が入っているとは思いもしないだろう。
至上命題は,閑静な住宅街において,どのようにして声を出させないまま伊佐美を殺害するか,である。
伊佐美の家の前で伊佐美の帰りを待ち伏せしていた聖川は,タクシーから降りた伊佐美に,そっと背後から忍び寄ると,声を掛けることなく,いきなり日本刀で首を切断した。
いきなり首を切断したのは,伊佐美に声を出させないためだ。
当たり前のことだが,人間の声は,肺から送られた空気が声帯を震わせることによって出るため,首が切断され,肺と声帯が分離してしまえば,声を出すことはできない。
その後,聖川は,あたかも伊佐美が胸を一突きされたのちに首を切られたように見せかけるため,すでに首が無くなっている伊佐美の胸部に日本刀を突き刺した。
小説において,異世界転移者が胸を一突きした後に首を切断したのは,現実もそのような順序であったと捜査機関を誤導させるためである。
欲しくもない頭をわざわざ犯行現場から持ち帰ったのも,声を出させないためだけに首を切ったという真の目的から,捜査機関の思考を遠ざけるために過ぎない。
ちなみに,殺す人間は,有名人であれば誰でも良かった。
どうせ殺すなら社会のゴミがよいと思い,小野と伊佐美という醜いおっさんどもを殺すことにしたのだが,こいつらを殺すこと自体は聖川の目的ではない。
「小説家になろう」にアップされた小説のとおりの殺人事件が2件も立て続けに起こったこと,しかも,その小説は,「小説家になろう」の象徴ともいえる「異世界転移」が主題に用いられたものであったことから,「小説家になろう」は,殺人に利用された,危険なサイトとして世間に認知されるようになった。
さらに,「小説家になろう」運営は,第1部目がアップされてから第2部目がアップされるまでの間,「世直し転移者」のアカウントを凍結する等の措置をとることが可能であったにもかかわらず,何ら対策をとらなかったため,このこともまた世間の批判の的となった。
そして,伊佐美を殺してからわずか半日後,聖川の思惑通り,「小説家になろう」はサービスを終了した。
ついに「小説家になろう」を「殺す」ことができたのである。
聖川の真の目的は達成された。
「ふう。これでようやくぐっすり眠れるよ」
聖川はパソコンの電源を落とすと,そのままネットカフェのソファに倒れ込んだ。
(了)
次回,最終回です。