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「首切り」殺人

「うげえ…」


 死体に首がないことについては事前に聞いていたものの,いざ実物を前にすると酸っぱいものが清水の喉を込み上げてくる。ティム・バートンの「スリーピー・ホロウ」の演出がどれだけ生ぬるいものだったのかを思い知る。



「営団連の会長の伊佐美幹雄いさみみきお。憎たらしい面構えはテレビでもおなじみだが,さすがにこうなっちまうと誰だか分からないな」


 懐中電灯で,本来顔があったはずの切断面を照らしながら,蝦野が言う。

 首なし死体を前にしてここまで冷静でいられる上司に,清水は頭が上がらない思いである。



「とはいえ,所持してた免許証や保険証からして,被害者が伊佐美であることは間違いないわけだ。アルコールの匂いからして,飲んだ帰りだろう。帰宅にはおそらくタクシーを使ってるから,タクシー運転手の証言がとれれば,裏がとれるな」


「それにしても,家の目の前で殺されるだなんて不憫ですね。あと数歩で,安心できる我が家に到着できたのに」


「清水,家庭が安心できる場所とは限らないぞ。世の中には家がもっともおっかないと考えている殿方がたくさんいるからな」


 蝦野は自分で言って,自分で笑った。

 こんな場面でも冗談を飛ばせる蝦野を,清水は羨ましく思う。



「ただ,少なくとも,伊佐美の妻は貞淑ていしゅくでした。深夜まで寝ないで夫の帰りを待ってたらしいですからね」


「どうせ伊佐美に強要されてたんだろ。さだまさしの歌にあるだろ。『俺より先に寝てはいけない』って。伊佐美は営団連のトップとして,労働時間規制の立法に反対の論陣を張ってたんだ。妻にも同様に『深夜労働』を強いてたとしてもおかしくない」


「そうかもしれませんが…」


 今日の蝦野はいつにも増して毒舌である。もしかしたら,生前の伊佐美のことが好きではなかったのかもしれない。



「とにかく,大事なのは,伊佐美が殺されたとき,妻が起きていた,ということです。それにもかかわらず,妻は外の異変に気が付きませんでした。あまりに不自然です」


 清水の指摘を受け,蝦野は今度は懐中電灯を死体の胸部あたりに当てる。



「正面から背面に向かっての刺し傷だが,だいぶ大きく,深い。凶器は日本刀か何かだろう。包丁じゃこんな刺し傷にはならないからな。誰かが突然日本刀で襲いかかってきて,胸を一突きしようものなら,伊佐美はサイレントではないはずだ。刺される直前には悲鳴をあげるだろうし,刺された後にはうめき声をあげるだろう」


 現場は閑静な高級住宅街である。

 その時間に起きて伊佐美の帰りを待っていた妻が,伊佐美の声を聞いていないということはありえない。また,今のところ,周辺住民からも伊佐美の声を聞いたという情報は集まっていない。



「あとは,なぜ犯人は伊佐美の頭を持ち帰ったのか。これも謎です。仮に伊佐美の身元を明かさないためだとしたらあまりにもお粗末すぎます。伊佐美の身分証明書の入った財布等は置き去りですし,第一,殺害現場が伊佐美の家の目の前なんですから,顔がなくたって,死体が伊佐美のものであることはすぐに判明してしまいます」


「たしかにな。それに,美少女だったらともかく,汚いおっさんの顔なんか持ち帰っても何もいいことがないしな」


 死体の一部を持ち帰るということは,それを別途処理しなければならないということである。いいことがないどころか,犯行が露見するリスクが高まってしまう。



 清水はズボンのポケットに入れたスマホを億劫おっくうそうに取り出す。



「蝦野さん,しかも,今回の事件は小野喜十郎のときと同様に例のアレがあるんです」


 臨場中,常に余裕の表情を見せていた蝦野の顔が固まる。



「…例のアレ,というと,ネット小説か?」


「そうです」


 途端に蝦野が怒鳴り声をあげる。



「おい! どういうことだ! まさか,犯行予告がありながら,みすみす伊佐美を殺しちまったということか!? なぜ伊佐美を護衛しなかったんだ!? 『警察は無能だ』とまた叩かれるぞ!」


「『世直し転移者』もそのあたりはかなり警戒したようです。『小説家になろう』に小説がアップされたのは日付変わって昨日の21時30分頃,つまり,犯行のわずか3時間前です。夜分遅いこともあり,わずか3時間では警察が護衛体制を作ることはできません。小説が単なるイタズラの可能性も排除できなかったわけですし」


「貸せ!」


 清水が了承する前に,蝦野は清水の手からスマホをふんだくった。

 定年間近の年齢にしては素早い指さばきで,蝦野がスマホの画面を切り替えていく。



「伊坂美樹也か…なめやがって。おい! 清水! 今回もまたネットカフェからの投稿なのか」


「まだ特定できてませんが,おそらくそうでしょうね」


「くそ…なかなか尻尾は出さないってか。ただ,単なる偶然が2回も続くはずはない。この『世直し転移者』とやらが犯人で間違いないだろう」


「…だと思います」



 蝦野が啖呵たんかを切る。



「清水! アクセス元の特定を急げ! それから,『小説家になろう』を運営している会社に連絡をしろ! 今回の件は遊びじゃ済まされないからな!」

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