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「密室」殺人

 清水英二しみずえいじは,職業柄,死体をなまで見ることがよくあった。

 しかし,有名人の死体を見るのは生まれて初めてであったため,不謹慎ふきんしんながら興奮を覚えた。



 小野喜十郎おのきじゅうろうは,この国の者ならば誰もが顔と名前を知っている大物政治家である。元総理大臣の娘婿で,当選回数は9回を誇る。

 自分自身は総理大臣職に就かないながらも,影で日本の政治を操っているともっぱらの評判である。



撲殺ぼくさつに間違いないな。争った形跡は見られないから,突然背後から襲われたんだろう」


 淡々と死体の状況を分析したのは,清水の上司の刑事である蝦野則之えびののりゆきである。

 有名人の事件ということで浮き足立っている新米刑事の清水とは大違いである。その冷静さは百戦錬磨ひゃくせんれんまの経験から来るものなのか,それとも元来のサバサバした性格から来るものなのかは判じがたい。



「問題は凶器が何か,だな」


 蝦野が面談室をぐるり一周見渡す。トロフィーや盾,虎の置物,ミニチュアの金剛力士像こんごりきしぞうなど,小野が自身の力を誇示こじするための物が所狭ところせましと並んでいる。凶器として利用できるものには事欠かないといえるだろう。



「このどれかを使ったんですかね…」


 清水の推測に,蝦野はすかさず異論いろんを挟んだ。



「それは違うだろうな。犯人が,殺人の証拠となる凶器をわざわざ現場に置いて帰るとは思えんし,第一,この部屋の置物には何一つとして血液が付着したものがない」


「たしかにそうですね…」


 清水は,カーペットの上で仰向けに倒れている小野に視線を遣った。

 表情は死者とは思えないほどに安らかであるが,頭部からの出血はなかなかに激しい。凶器には必ず血が付着しているはずだ。



「誰なんですかね? 小野を殺したのは? 蝦野さん,犯人に心当たりはありますか?」


「心当たりはあり過ぎて困るな。小野は裏でかなり悪どいことをしてた政治家だ。小野を恨んでる奴らだけで政令指定都市が一つ二つ作れるだろうな」


 蝦野は嘲笑ちょうしょうしたが,これが単なるジョークでないことは清水にも分かっていた。

 小野の悪評あくひょうはことあるごとに週刊誌を賑わせていた。一部メディアからは,小野は「政治腐敗の象徴」と呼ばれてこき下ろされてさえいた。



「ただ,蝦野さん,本件だと外部犯の可能性は考えにくいんじゃないですか?」


「なんでだ?」


「だって,ここは密室ですよ」


「密室? 違うだろ。この面談室のドアには鍵はかかってなかったし,オフィス自体にも鍵はかかってなかっただろ」


「そうですが,この面談室の入り口は秘書室から見える位置にあるんです。秘書に目撃されないでこの面談室に出入りすることはできないんです。そういう意味で,この部屋は密室なんです」


「なるほどな…」


 秘書に出入り口が見張られた「密室」。

 この事件には,被害者が有名人であるという他にも,刑事を興奮させる何かがある。



「ただし,この密室を崩す簡単な方法があります」


「なんだ?」


「仮に外部犯だとしたら,彼は秘書に見つからないでこの部屋に出入りすることができないので密室殺人が成立します。しかし,犯人が秘書だったとしたら…」


「清水,待てよ。当時,このオフィスに秘書は2人いたんだぞ。2人の秘書にはすでに事情聴取済みだが,2人とも口を揃えて犯人は見ていないし,犯行に気付かなかったと言ってるんだ」


「2人がグルの可能性があります」


「それは牽強付会けんきょうふかいだな。仮に2人がグルだとしたら,どうしてこんな疑われる状況で小野を殺したんだ? むしろ外部犯に見せかけられるような状況で小野を殺すべきじゃないのか」


「まあ,そうですけど…」


 「刑事の勘」という言葉があるが,この言葉はあながち間違っていないというのが清水の実感である。

 そして,刑事なりたての清水よりも,ベテラン刑事の蝦野の方がはるかに勘が鋭い。その蝦野が否定するのだから,おそらく清水の推理は間違っているのだろう。



「というか,蝦野さん,2人の秘書は,『犯行に気付かなかった』と言っているんですか?」


「ああ,そうだ」


「それはおかしいと思います。だって,鈍器で殴られる前後,小野は悲鳴をあげてるに違いないじゃないですか。秘書が悲鳴を聞いていないというのはあまりにも不自然です」


「かもしれないな。ただ,不自然なことはそれにとどまらないぞ。秘書はおろか,当時議員会館内にいた誰からも,悲鳴を聞いたなんていう証言は出ていないんだ」


 たしかにそれは信じ難い。

 議員会館には,議員のオフィスが壁一枚を隔てて並んでいる。さらに受付さえ済ませれば,一般人も議員会館内に入ることができる。

 事件は白昼に起きている。小野のオフィスの周りには絶対に人がいたはずである。




 清水が頭を悩ませていると,ズボンのポケットが振動した。

 清水はポケットからスマホを取り出すと,画面に表示された「通話」というボタンをタップした。



「もしもし,清水,今話せるか?」


 声の主は,来田渉らいたわたるだった。清水の同期の刑事であり,今日は非番ひばんであるはずだ。



「ああ,話せるが」


「清水,お前,小野の事件を担当してるんだろ」


「なんで知ってるんだ?」


 たしかに事件は小野の所轄内で起きている。

 しかし,小野が殺害されたこと自体,未だ知られていないはずである。捜査は,刑事が臨場したばかりの初動段階だ。もちろん,マスメディアに対する報告も未了みりょうである。

 出勤しているならともかく,非番の来田がなぜこの事件のことを知っているのか。



「お前,高度情報化社会をなめてるだろ。テレビで報道されなくても,ネットでは一瞬で広まるんだよ。もしかして,ネットは見ないのか?」


「あまり見ない」


「そうか。でも,今回だけは絶対に見た方がいいぜ。すごいことになってるからな」


「すごいこと?」


「そうだ。『小説家になろう』で検索してみてくれ」


「『小説家になろう』?」


 聞き慣れない言葉であったが,清水は来田の指示に素直に従った。

 通話状態のまま,検索エンジンを開くと,ボックスに「小説家になろう」と打ち込む。


 トップに「小説家になろう」という大文字が表示されて初めて,清水はそれがサイトの名前であることを知った。

 清水はその大文字をタップする。



「見つかったか?」


「ああ」


「じゃあ,日間ランキング1位になっている作品を見てみてくれ」


 来田の指示はイマイチよく分からなかったが,画面上に「ランキング」の文字が見えたため,清水はそこをタップした。



「…異世界〔恋愛〕?」


「そこじゃない。『ジャンル別』となっているところを『総合』に切り替えてくれ」


 来田の指示にしたがうと,また画面が切り替わった。



「清水,1位になってる作品のタイトルを読み上げてくれ」


「…『異世界転移で日本社会をよくします』」


「それだ! それをタップして読んでくれ」



 それはまさしく今日,そして今清水がいる議員会館を舞台とした小説だった。

 登場人物の大野喜三郎は,今清水の目の前で倒れている小野喜十郎と名前も境遇もよく似ている。



 

「来田,これって…」


 小説を最後まで読み終わった清水の全身には鳥肌が立っていた。



「そうだ。この小説は,小野の殺人を予告してるんだ。この小説で予告された日,予告された場所で,予告通り小野が殺されてるだろ」


 それだけではない。

 現場に臨場している清水は,さらに奇妙な一致点に気が付いている。撲殺という殺害方法,さらに何者かが「密室」である面談室に突然現れ、悲鳴をあげさせないまま被害者を殺害しているという点まで一致しているのである。



「この小説がアップされたのは3日前だ。今,ネット掲示板はこの小説のことで話題が持ちきりだぜ」

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