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(五)



 ニンゲンのことはニンゲンって呼んでた。


 ニンゲンはボクのことをネズミって呼ぶ。


 ネズミじゃないよ、春菊だよって言っても呼ぶ。


 だからボクもニンゲンって呼んでた。


 


 ニンゲンはすぐ死んじゃうから、哀しかった。


 


 ケージはケージって呼べって言った。


 ケージはボクを春菊って呼んだ。


 ケージはバイクでびゅーんって走ってくれた。


 ケージはニンゲンじゃなくてケージ。


 


 ケージは死んじゃだめ。


 


 ビー玉をもったときから、わかってたんだけど。


 いろんなことがケージに上手く教えられない。


 ケージの元気をちょっともらうと、ボクは長生きできる。


 上手く教えられたら、ケージならちょっとは分けてくれたかな。


 


 ケージは忙しくなったから、分けてくれないかな。


 


 おいしいご飯と、いっぱいおもちゃ。


 たくさん遊んだけど、誰もいないとちょっとさみしい。


 ケージが帰ってこないから、ボクは冒険に出た。


 マンモスを見に行くんだ。


 


 ビー玉が重くて、なかなか進まない。


 誰かに触られたらケージが困るから、隠れて冒険。


 たまに猫に見つかると、逃げるのが大変。


 でも、猫はホンキじゃないから、何とか逃げる。


 


 ボクより、カリカリの方が美味しいんだって。


 


 マンモスは雪山にいるんだ。


 初めて会ったときケージが言ってた。


 雪山に行くには電車に乗るんだ。


 ボクはいっぱい旅をしたから知ってる。


 


 何日も歩いて、やっと駅に着いた。


 駅にはたくさんニンゲンがいた。


 見つかると困るから、隠れて駅の中に。


 もう少しで駅に入れると思ったら。


 


 すごく大きな猫に見つかった。


 


「おい、おまえは春菊か?」


「なんでボクの名前を知ってるの?」


「俺はゴンスケ。サヤカの猫だ。おまえを連れにきた」


「サヤカってだれ? ボクは美味しくないよ?」


 


 ボクはドキドキしながら、猫に食べないでと言った。


 


「食わないぞ。カリカリの方が美味しい」


「ああ、よかった。食べられたらケージが困るんだよ」


「放っておかれたんだろ? 別にいいじゃないか」


「ダメだよ。ケージはニンゲンじゃないんだ。ともだちなんだ」


 


 ともだちと言ったら、猫はクスッっと笑った。


 


「まあ、いい。こっちに来い。くわえて運んでやる」


「食べない?」


「大丈夫だ。食ったら俺がサヤカに怒られる」


「サヤカ怖いの?」


「ああ、怒ると怖いぞ。普段はやさしいけどな」


「ケージはいつもやさしいよ」


 


 また猫がクスッと笑った。


 


 猫がそうっとボクをくわえた。


 痛くはないけど、ちょっと怖いや。


 それから猫は、すごいスピードで走り出した。


 


ひゅうっ!


 


 ボクの横を風が吹き抜けてゆく。


 うわぁ、速いや。ケージのバイクより速いかも。


 猫にくわえられて怖かったけど。


 びゅーんって速いのは楽しかった。


 


 


 


 ドアに穴が開いてて、そこにぱたぱたがあった。


 ぱたぱたをくぐると、お部屋の中だった。


 中には、変なにおいのするニンゲンの女と。


 ケージが立っていた。


 


「ケージ! 元気だね!」


「元気じゃねえよ! 心配させやがって!」


「あのね、冒険なんだよ。マンモスを見に行くの」


「そうか、そうか……よかった! ホントによかった!」


 


 ケージが泣いてる。


 


「こんにちは、春菊ちゃん。サヤカよ」


「サヤカは怖いんだよ。猫が言ってた」


「ちょ、ゴンスケっ! あんたなんてコト言ってんのよ」


「事実を述べたまでだ。ケージ、こいつ、おまえが優しいとさ」


 


 ケージはいっぱい泣きながら、ボクを手に載せた。


 


「春菊、放っておいてゴメンな?」


「ケージ、忙しいから仕方ないんだよ」


「俺の元気とかチカラとか、おまえにあげるよ」


「本当? うれしいな! ケージえらいよ!」


 


 ケージは泣き笑いしながら、指先でボクをなでる。


 気持ちがいいや。


 それからボクは、猫に向かって言った。


 


「ほらね、ケージはやさしいんだ」


 


 猫はふんと言いながら、ちょっと笑う。


 


「ああ、わかった、わかった。いいからまずはチカラをもらえ」


「そうよ、春菊ちゃん。ぼろぼろになってるじゃない」


「毛づくろいする暇がなかったんだよ。冒険だからね」


「やり方はわかるのか?」


 


 僕は猫にうなずきながら、ビー玉でチカラをもらう。


 


「ケージ、大丈夫?」


「ああ、ちょっとダルくなったが、全然平気だ」


「ボクはいっぱい元気になったよ!」


「そうか、よかった! ホントによかった!」


 


 ケージはまた泣いてる。


 目玉が壊れちゃったのかなぁ。


 チカラをもらい過ぎたのかなぁ。


 


「春菊、あのアパートも俺のマンションも引き払ったんだ」


「ひき……なに? もう住まないの?」


「そうだよ。仕事もやめた。田舎に行こう」


「仕事やめたの? 忙しくなくなった?」


「ああ、いっぱい遊ぼう! 田舎で暮らそう」


「うわあ、すごいや!」


「遊んだり、冒険したりしような」


「うわ、うわ、うわ……」


 


 ボクはうれしくて声が出なくなる。


 


「喜びすぎんな! またヒキツケ起こすから!」


「よかった、いつものケージだ。目玉、治ってよかったね」


「目玉? ああ、そうか。うん、もう泣かないよ」


「よかったねえ」


 


 でも、またケージは泣いてる。


 サヤカも泣いてる。


 ふたりとも、やっぱり目玉がおかしい。




 猫は笑ってる。


 


「俺はゴンスケだって言っただろ」


「ゴンスケはボクを食べないから、一緒に遊ぼうよ」


「あん? ……ま、いいか」


「私も遊ぶよ」


「サヤカはお風呂に入らないとダメだよ。変なにおいがする」


 


 サヤカは黙ってしまった。怒ったのかな?


 怒ったら怖いから、イヤだなぁと思った。


 そしたらゴンスケが教えてくれた。


 


「サヤカのにおいは香水って言うんだ」


「へえ、なんでくさくするの? 敵をやっつけるの?」


「まさかスカンク扱いされるとは思わなかったわ」


「スカンクってなに?」


 


 サヤカは「今度はお風呂に入ってくる」と笑った。


 うん、その方がいいよ。


 でもスカンクってなにかは教えてくれないみたいだ。


 


 すると、ケージがビー玉をとった。


 


「ダメだよ、ケージ! ボクのだよ!」


「こいつは俺が預かる。重たいだろう?」


「でも、なくなっちゃうと困るよ」


「なくしても戻ってくるらしいが、誰かに触られちゃ確かに困る」


 


 ケージはニコニコしながら、ビー玉をポケットに入れた。


 


「なくさないように仕舞っとく。使うときは言え」


「でも……」


「いつか俺が死んだら、自然に戻ってくるさ」


「そうなの?」


 


 するとサヤカとゴンスケが、笑いながらうなずいた。


 


「だから俺が死ぬまで、お前は俺のチカラをとって生きろ」


「でも、ケージは疲れちゃうよ」


「そしたら縁側で日向ぼっこしながら、おまえと昼寝するさ」


「うわあ、すごいや! ボク、いっぱい生きられるね」


「当たり前だ! お前は俺が死んでもずーっと生きろ」


 


 ケージがいないと、さみしいなあ。


 


「そのころには、俺の子供がいるさ」


「そうなの? どこにいるの?」


「今はいないけど、そのうち生まれるよ」


「サヤカが生むの?」


 


 ケージは真っ赤になってふにゃふにゃ言ってる。


 サヤカは「かもね」と笑いながらケージを見てる。


 ゴンスケはあくびしながら、「どうでもいい」って言った。


 


「あはは、ケージ、カワイイね」


 


 そしたらみんながそろって、大きな声で笑った。


 


「おまえのが、百倍カワイイわ!」


 


 ケージが笑って、サヤカが笑って、ゴンスケがあくびして。


 


 ボクはなんだか、とてもいい気分になった。


 うれしくて楽しくて、でもヒキツケないように気をつけなくちゃ。


 ボクはケージに向かって言った。


 


「ねえ、ケージ。マンモスを見に行こうよ!」


 


 するとケージは、ちょっと困った顔で笑ってから。


 


「そうだな。それじゃまず、このハンカチで身体をくるめ」


「なんで? 寒くないよ?」


「これから寒くなるんだよ。バイクに乗るんだから」


「うわっ! バイク! ケージえらいよ! うわ、うわうわ!」


 


 ケージが「ヒキツケるぞ!」って言ってる。


 でも、うれしいのは止まんないからしょーがないよ。


 だって、バイクに乗るのは久しぶりだからね。


 


 するとケージが、ニヤニヤしながら言った。


 


「そうだ、春菊。途中であそこに寄ろうか」


「どこ?」


「ひまわり畑」


「ひまっ、ひまわっ、ひっひっひいい!」


 


 ボクはうれしくてヒクヒク。


ケージが驚いて、「やめろ、喜びすぎんな!」って怒鳴る。


 するとサヤカが、ケージの頭をゴツンてやった。


 


「いっぺんに喜ばすからでしょ! 春菊ちゃん、疲れてるのに」


 


 ケージがサヤカに怒られてる。


 ゴンスケはこっちを見て、おおきなあくびをした。


 ボクはあんまりうれしかったので。


 


 ひまわりダンスを踊った。


 


 


 窓から見える空が、とっても青かった。


 


 


 


 


こんなにも青い空の下で/了

 

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