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(四)


 俺は春菊を探さなかった。


 


 あいつは、もう二歳になる。


 もしかしたら、自分の死期を感じて出て行ったのかもしれない。


 俺もアイツの死の瞬間なんて見たくないから、これでいいんだ。


 そんな風に思っていた。


 


 だから。


 


 目の前の大仕事をこなすことで、そこから目を背け。


 銀行の残高が増えてゆくことで気をそらし。


 夜の街で遊んでは、気持ちを紛らわせた。


 


 それでも。


 


「つまんないよ、ケージ。遊ぼうよ」




 ひょいと立ち上がって鼻をヒクヒクさせながら、時々そんな風に言っていた春菊の姿を思い出す。


 放っておいた罪悪感と、なんともいえないやりきれなさに堪えかねて。


 俺は春菊のことを忘れるように努力した。




 努力しなきゃならないってコトは、忘れがたいってことなんだが。


 


 


 そんなある日、俺は接待を受けて、銀座のあるクラブにいた。


 


「お仕事は、何をなさってるんです?」(若いのに羽振りがいいわ)


「スーツ、お似合いですね」(うわ、このブランド高いんだよね)


「恋人はいらっしゃるんですか?」(金持ちっぽいから貢がせよう)


 


 女たちを適当にあしらっていると、別の女がやってきた。


 


「いらっしゃいませ、サヤカです」(へえ、これが例の交渉人ね)


「よろしく」


 


 ほう、俺が交渉人と知ってるのか。


 どうやらウラの世界と無縁じゃないらしい。


 生返事をしながら、俺がそう思ったとたん。


 


 女はおどろいた顔で、俺をじっと見つめる。


 


 そして。


 


「よろしくお願いしまーす!」(あなたも<言葉>がわかるのね!)


「……え……あ……いや」(…………!!!!!!)


 


 俺は絶句したまま、固まってしまう。


 状況を理解するまで、まるまる一分間。


 俺たちは見つめあったまま、硬直してしまった。


 


「サヤカもお客さんも、どうしちゃったの?」(こいつら知り合い?)


「あやしいな、昔の恋人?」(ちぇ、またサヤカかよ!)


「そうなのか、ケージ君?」(交渉人め、店のNo.1と知り合いか?)


 


 接待してくれてる政治家や、店の女の子のこと。


 すべてを忘れて、俺はサヤカという女に見入っていた。


 そのサヤカは、ひと足早く自分を取りもどしている。


 


「そんなんじゃないですよー! ステキだなーって思って」 


「おいおい、ケージ君やるなぁ。サヤカはカタブツで有名なのに」


「サヤカったら、珍しく積極的ー!」


 


 わいわいやってる間にも、サヤカの思考が流れ込んでくる。


 


(聞こえてるんでしょ? 変に思われるから何かしゃべって)


「あ、ああ」


(バカ! 口に出すのは別の言葉よ! 私には心で返すの)


「あ、いや、思わず見とれちゃって」(あ、そうか。すまん)


「おや、お安くないなぁ」(これで交渉人の機嫌が取れれば安いな)


「サヤカ綺麗だもんね」(おいしい客はみんな持ってっちゃうのね)


 


 今までは、一方的に他人の心を読んでいた。


 それが、今度はうっかりしゃべると自分の心も読まれてしまう。


 俺は恐怖に近いあせりの中で、なんとか時を過ごした。


 


 


 やがて酒宴は解散となる。


 俺は政治家先生と店の女の子に冷やかされつつ。


 サヤカとふたり並んで、夜の街を歩き出した。


 


 人気の無い公園を探し出して、そこでようやく向き合う。


 心を読まれて動転していたから気づかなかったが。


 こうしてみるとサヤカはすごく色っぽかった。


 


「情報交換ってことでいいかな?」(うわ色っぽい。綺麗な女だな)


「ありがと。でも、もう少し思考を隠す練習をしたほうがいいね」


 


 考えを読まれ、俺は真っ赤になってうなずく。


 


「あなたは、どうやって? 私は猫のビー玉なんだけど」


 


 もちろん、言葉の意味はすぐに理解できた。


 


「ハムスターだ。ハムスターの持ってたビー玉」


「ヒトでも動物でも、声を出してる相手の、心が読める」


「声が二重に聞こえる感じだ。慣れるまで大変だった」


 


 他人が聞いたら、ワケがわからないだろう言葉で。


 俺達は情報を交換しあった。


 細かい違いはあるものの、経緯はほぼ同じだった。


 


「それで、ハムちゃんは家に居るの? 誰かが見てる?」


「……いや。出て行ってしまった。そろそろ死期が近いからかも」


「はあ? どういうこと? あんたナニやってんの?」


「どうしようもないだろう。アイツの決めたことなんだから」


 


 俺は力なく肩を落とす。


 するとサヤカは、あきれ返ったという表情で俺を睨んだ。


 


「あんた、なんにもわかってないの?」


「どういうことだ?」


「あんたのハムちゃんが、どういう思いだったのかを!」


 


 サヤカは明らかに怒っていた。


 俺は彼女が何を怒ってるのか見当も付かず。


 ただ、途方にくれて立ち尽くす。


 


「ハムスターの寿命って、たしか数年よね?」


「ああ、ジャンガリアンで二年から、長くて三年ってところか」


「なのにその子は、放って置かれながら、半年間も待ってたの」


「まあ、そういうことになるか」


 


ぱん!


 


 平手打ち。


 それから俺にヒトコトも言わせず、サヤカはまくし立てる。


 


「わかってるの? 半年って、人間で言えば約15年よ!?」


「……あ、いや……」


「あんたに一緒に暮らそうと言われて、たぶん、うれしかったんでしょう」


「…………」


「だから放って置かれても、15年間、ずっと待ってたのよ」


 


 サヤカは泣いていた。


 このときは、ずいぶん感情的な女だと思ったのだが。


 彼女が泣くには、それなりの理由があったのだった。


 


「その子はハムちゃんだから、上手に説明できなかったかもしれない。でも私のゴンスケは猫だから、脳の容量が多いんでしょう、詳しく説明してくれた」


 


 言葉を切ったサヤカは、俺をにらみながら泣き顔で言った。


 


「命の玉の話を」


「命の玉?」


「ビー玉のことよ。ビー玉の出所や作った者が何かは、動物たちもよく知らないらしい。生まれたときに持ってたとか、ある日どこかで拾ったとか、いろんなパターンがあるみたいだけど」


「そんなに色んな動物と話したのか?」


「当たり前でしょ? あんたみたいにすぐ金儲けなんて方が卑しい」


 


 そのとおりだから、黙り込むしかない。


 


「ハムちゃんは知らなかったかもしれないけど、ビー玉は盗られようと失くそうと、持ち主のところへ帰ってくるの。ゴンスケは猫の長老に聞いたって言ってたけど、長生きの動物はだいたい知ってるみたいね」


「あいつは知らなかったと思う。俺に取られて焦ってたから」


 


 俺は春菊とのやり取りを話して聞かせた。


 


「ふん、イジワルなオトコ。ただ、帰ってくることは知らなくても、コレだけは知ってたはず。ビー玉が命をやり取りできる装置だってことは」


「命をやりとり?」


「そう。ビー玉は命の力を取り出して、別の生き物に与えられるの。ビー玉に触らせて<言葉>の能力を与える代わりに、人間の命を分けてもらうのよ」


 


 俺は狼狽しつつ、サヤカに訴える。


 


「そんなこと、あいつはヒトコトも」


「知らなかったはず無い。それだけは自然にわかるのよ」


「いや、だって……」


「長老猫はそう言ってたし、ゴンスケもわかってた」


 


 言い放ったサヤカは、またも俺をにらむ。


 


「寿命でもいいし、体力や気力でもいい。それをビー玉を介して動物にあげれば、動物は長く生きられる。人間の方は、まあ寿命はイヤだから、気力や体力を分けてあげる。そして、その代わりに、<言葉>の能力を得るのよ」


「や、やりかたは?」


「私にはわからないけど、動物たちは知ってる」


「それじゃあ、なんで春菊は!」


 


 春菊と言う言葉にいぶかしげな顔をするサヤカ。


 俺はあわてて、ハムスターの名前だと説明した。


 


「春菊ちゃんには、上手く説明するのが難しかったのね」


「だからって!」


「一緒に住めば、時間をかけて説明できると思ったんでしょ」


「……そうか、それなのに俺は能力を確認するばかりで」


「エサとおもちゃだけ与えて、話そうともしなかった」


 


 そのとおりだ。


 


「あたしだったら、寿命をもらってるわね」


「……そんな」


「文句は言えないでしょう? すいぶん儲けたみたいだし」


「…………」


「でも、春菊ちゃんは、ただ待っていた」


 


 ……春菊、おまえ……


 


「体力でも、寿命でも、黙って持っていけばいいじゃねぇか」


「よっぽど、あんたが好きだったんでしょうね」


「そんな……春菊……」


「あんただったら待てる? 15年間ひとつ所に閉じ込められて」


 


 春菊……春菊っ!


 


「でも、さすがにもう、待てなくなったんでしょう」


「それは仕方ない。いや、当たり前だ! 俺なんか見捨てて……」


「バカじゃないの! 全然わかってない!」


 


 サヤカは完璧に切れていた。


 


「あんたを見放してたら、あんたは今頃、能力を失ってるの!」


「それは……?」


「他のヤツにビー玉を触らせれば、あんたの能力は消えるのよ」


「それじゃあ、あいつはまだ、誰にも命をもらってない?」


「能力が消えたら、あんたが困るからでしょ!」


 


 また平手打ちを食らうが、そんなことはどうでもいい。


 


「春菊……俺なんかのために……俺は放っておいたのに」


「あんたの体力のちょっとでもあれば、春菊ちゃんは生きられるのにね」


「体力でもなんでも、いくらでもやるのに!」


「本当に誇り高いわ。そのまま死んでゆく気かも知れないわね」


 


 限界だった。


 俺はその場に立ってられず、膝から崩れ落ちる。


 両手を地べたについて四つんばいになり。


 


「ああああああああああ!」


 


 大声を上げて泣いた。


 


 春菊を思うと、胸が張り裂けそうだった。


 切なくて、苦しくて、どうにかなりそうだった。


 腹の底からわいてくる何かを、吐きだすように。


 


 俺は泣き続けた。


 


「いい加減にしなさいよ。泣くのがあんたのやること?」


 


 厳しいが、さっきまでより少しやさしい口調でサヤカが言う。


 


 そうだ、泣いてる場合じゃない。


 


 春菊を探すんだ!


 


「春菊を探す方法を知らないか? ビー玉の力か何かで」


「言い出すのが遅いのよ! 付いてきなさい!」


「わかった! ありがとう!」


「あんたのためじゃない! 春菊ちゃんのためよ!」


 


 ああ、だからこそ、ありがとうなんだ!


 


 俺はサヤカに続いて、夜の街を走り出した。


 


 

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