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(一)

 


 思いのほかよく晴れた空の下。


 気温はずいぶんと上がり、初秋だというのに汗をかくほど暑い。


 こりゃあいいやと、バイクに乗って走り出したのだが。




 峠道を駆けてる途中で、ポンコツのエンジンが悲鳴を上げた。




 てっぺんの休憩所で、おつかれ気味のエンジンを休ませ。


 誰もいない駐車場を眺めながら、タバコを一本つける。


 晴れあがった秋の空は、やけに気持ちがいい。


 


 と。


 


 ころころころ


 


 ドコからだろう、俺の足元にビー玉が転がってきた。


 ガラス球の中に赤いリボンが踊る、よくあるタイプのビー玉だ。


 何気なくつまみ上げようとすると、風もないのにころころと転がって、俺の指先から逃げてゆく。別に放っておいてもよかったのだが、なんとなくムキなってしまい、立ち上がってビー玉を追いかけた。


 


 側溝に落ちる寸前、なんとかブーツの底で踏みつけ。


 つまみ上げようとすると、今度はチーチーと妙な音がする。


 かがんだ姿勢のまま、音のする方へ視線を移すと。




「ハムスター?」




 五センチくらいの小さなげっ歯類が、後ろ足で立ち上がっている。


 縁石の上で騒いでいるコイツは、ジャンガリアンハムスターだ。


 昔、飼ったことがあるから間違いない。




「おまえ、どうしたんだ? 野良猫に食われちまうぞ?」




 そう声をかけると、ヤツはこちらに向かってチーチー叫ぶ。


 小さな身体で懸命に伸び上がる姿に気を取られながら。


 俺は、ほとんど無意識にビー玉をつまみ上げる。


 


 とたん。


 


「あー! さわっちゃった!」




 小さな叫び声がした。


 驚いて後ろを振り返るが、誰もいない。


 すると、その声は続けて言い放った。




「こっちこっち! 目の前!」




 恐る恐る声の方を見る。


 つぶらな瞳をこちらに向けながら、立ち上がってわめいているのは。


 どう見ても、先ほどのジャンガリアンハムスター。




「うっわ、マジでやべぇ。俺、そーとー疲れてんだな」




 独り言ちながら頭を振るが、しかし、現実は厳しい。




「そんなの知らない。ビー玉を返して!」




 声はやっぱり、目の前のハムスターから聞こえてくる。


 まさかそんなわけないだろう、と思いたいのだが。


 しかしそういえば、叫び声なのに音量がやたら小さい。


 


 俺は驚いたまま呆けてしまって、何も答えられないでいた。


 するとハムスターは、ぷりぷり怒りながら詰め寄ってくる。


 いや、ハムスターの表情なんて見分けつかないから、『たぶん』怒ってる。


 俺は途方に暮れて、その場へ立ち尽くした。


 


 


 最初の衝撃から覚めた俺は。


 ごくりとつばを飲み込んでから、恐る恐る話しかけてみる。




「な、なんで言葉を話せるんだ?」


「そっちがわかるようになっただけ」


「お、俺が? なんで?」


「いいからビー玉を返して!」




 ケンマクに押されて、つまんでいたビー玉を差し出す。


 宝物でも受けとるように、両手でビー玉をつかんだハムスター。


 くるりときびすを返すと、後ろ足だけでにごにご歩き出した。




「ちょ、待った! 説明してくれないか!」


「なにを?」




 くるりと振り返ったハムは、黒目ばかりの瞳をこちらに向ける。


 小首をかしげる様はなんとも可愛らしいのだが、今はそれどころじゃない。


 この奇妙な状況に、合理的な説明が欲しいのだ。


 俺の精神安定のために、どうしても。




「なんで動物の言葉をわかるようになったのか説明してくれ」


「ビー玉に触ったから。ダメって言ったのに」


「ダメって言った? ああ、チーチー鳴いてたアレか」


「でも、触っちゃったから、すぐ死んじゃう」




 とんでもない言葉を吐いて、ハムスターは歩き出す。




「おい、ちょっと待てってハムちゃん! 死んじゃうってなんだ?」




 ハムスターは、キッっとこちらを見返すと、イキオイよく叫んだ。




「ハムちゃんじゃない! 春菊だよっ!」


「シュンギク? そらまたにがそうな名前だな」


「ニンゲンのバカー! すぐ死んじゃうくせにー!」


「だから、なんだその物騒な話は。どういうことだ?」


「ビー玉に触ったから死ぬの。決まってるんだよ」


「決められてたまるか!」




 どうも、このハム……春菊の話は要領を得ない。


 しかし、『ビー玉に触った瞬間から、ハムスターと会話できてる』と言う奇妙な事実が、理由や理屈に関係なく、『死ぬ』という言葉への真実味を、実に強く感じさせる。俺は狼狽しながら春菊に話しかけた。




「ど、どうして死ななきゃならないんだ」


「ニンゲンはビー玉に触ると死ぬの。だいたいひと月くらい。わかった?」




 まったくわからんし、わかりたくねぇ。




「じゃあボクは帰る、バイバイ」




 春菊はビー玉を抱いて、よちよちと歩き出した。


 このまま帰られちゃ困るので、俺は強硬手段にでる。


 すばやく春菊をつまみあげ、ビー玉を強奪したのだ。


 春菊はつままれたまま、おどろいて固まってしまう。


 それから我に返り、盛大にわめきだした。




「はなせー! かえせー! 鬼! 悪魔! ニンゲン!」


「最後のは暴言なのか? まあいい、よく聞け春菊」


「いやだー! かえせー!」


「だったら、ちゃんと詳しい話を聞かせろ!」


「ニンゲンのばかー!」




 どうにもらちが明かない。




「よしわかった。じゃあ俺は今から、ビー玉ごと雪山に行って死んでやる」


「……?」


「雪山で凍って、百万年くらいたってから、マンモスと一緒に発見されてやる」


「マンモスってなに?」


「食いつくべきはソコじゃねぇよ! ビー玉は返さないって言ってんだ」


「そんなのずるいよ! ボクのなのに!」




 背中をつままれてぶら下がったまま、春菊はチーチーと文句を言う。


 その身体を、目のまえに持ってくると。


 ゆっくり、はっきり、俺の言い分を聞かせてやる。




「春菊がビー玉を転がしたから、触っちゃったんだ。俺は悪くないだろ?」


「……そう?」


「つまり全部おまえの落ち度で、悪いのはおまえだ」


「でも……」


「いいや、悪いのは絶対におまえだ。おまえは俺を助けなきゃならない」


「なんで?」


「俺のオフクロに怒られるんだぞ。ものすげぇ怖いんだぞ?」




 ナニが悲しくて、ハムスターを脅迫してんだろう、俺は。




「怒られるの?」


「怒られるね、間違いなく」


「怖いの?」


「怖いなんてもんじゃねぇよ。ビビってメシ食えなくなるぜ?」




 ヘコんだ春菊は、下を向いて鼻をヒクヒク動かしている。


 今までの会話から考えて、春菊はそれほど賢くない。


 おそらく小学校低学年くらいの知能だろう。


 ここは一気に畳み込んでやる。




「でも、それじゃあ可哀想かなぁ」


「じゃあ、かえしてくれる?」


「ああ、いいよ。ただし、俺が死なないようにしなきゃだめだ」




 すると春菊は、口を半開きにしたまま、俺を凝視する。


 おい、なんで固まってるんだ?


 なんだよ? ダメなのか? 触ったらゼッタイに死ぬのか?


 


 いやな汗が、背中をつーっと流れてゆく。



 

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