41話 邪龍の痕跡
魔王軍の上陸を見事防いだ海岸の防衛戦から5日がたったころ、根っからの戦闘娘であるダルは魔女の館から離れたとある街のカフェまで一人で来ていた。 普段の彼女ならそんなこと滅多にないのだが、今日はちゃんと外行きの服を着て年相応の女の子に見える。
そんな彼女の普段の性格からは想像出来ない今日のダルは何のためにわざわざ遠い街まで来ていたかと言うととある人と待ち合わせをしていたからだ。 すると、彼女が座る席に男性が腰掛ける。 高身長かつ顔も整っており、衣服もシンプルながら清潔感のあるまとまったコーディネート、どこからどう見てもイケメンの部類に入る男性であった。
「三佐遅くなってすみません」
彼はダルにそう頭を下げ、注文を取りに来た店員にてきぱきと注文を済ませる。
「いーよ! タネハル! 私も来たばっかだし」
ダルはタネハルにそう返すとついでに自分も紅茶のおかわりを頼む。
「それより二人きりで話したいことって何なの?」
「はい。 先日のお礼と一応我々があの戦いのあとにおこなった調査のデータです。 これは三将がマリー殿に、と」
そういって手提げ鞄から茶封筒を取り出し、ダルに渡す。
「ふーん、分かった。 渡しておくよ! 話したいことってこれだけ?」
そう、この程度のことならわざわざダルが帝都まで来る必要はなくデータや用件を送るだけでもよかったのだ。 しかし、タネハルはそうはせず元上官でもあるダルを呼び出したのだ。
「この街に呼び出したってことはいつもの軍がらみでないしょの話ってことだよね。 でもいいの? 私盗聴されてるかもよ?」
ダルはそう言って自分の耳を指差す。
彼女が現在魔女マリーの元に軟禁状態になっているのはタネハルも知る所ではある。よって、いくら魔女の館を離れたからと言って何らかの手を使いダルの行動を監視しているというのは充分ありえることだ。 しかし、彼は問題ないといった表情で、しかも大胆にも笑顔を浮かべる。
「マリーさんに知られるには別に問題はないんですよ。 いえ、むしろ三将の古い友人ということでいざというときは協力してもらいたいくらいです」
「ならいいけど…。 でも、私はこんな話されてもいつも通りタネハル任せになっちゃいうよ?」
「今回は三佐にも関係大ありですよ」
そこで区切るとタネハルは声のトーンを落とし、周りに怪しまれない程度にダルに近づき細心の注意を払い、耳打ちをする。
「最近、軍のなかで妙な派閥が現れました」
しかし、ダルは全く興味のなさそうな顔でケーキの最後のひとくちを口に放り込む。
「だから、私はせーじとかそういうの興味ないって」
「話は最後まで聞いてください。 実はその連中のバックにはある存在が噂されてるんです」
タネハルはダルがそう返すことも分かっていたかのように特にそれに対してリアクションをすることも無く、声のトーンを変えないまま彼女に話の続きをする。 そして、次に彼の口から放たれた言葉が全く興味を示さなかったダルの態度を大きく帰ることとなる。
「それがあの『例の教団』らしいのです」
「それって、『あの事件』のやつだよね」
「ええ、ちょうど私と三佐が同じ隊になって初めての任務のやつです」
小声で話すダルの顔がみるみる険しくなる。
彼女にとって入隊してからの初任務は思い出したくない思い出のようだ。
「基本私はこんなんだからいつもタネハルに任せてるけど、この件ははっきりと覚えてるよ。 でも、あいつらは……」
「はい、あの事件以来壊滅、解散しました。 しかし、どうやら再結成したとの話で」
「タネハル」
「はい」
「今度はあんな思いはしたくないし、させないよ」
「もちろん私もです。 それではまた詳しい情報が入りましたら」
そう言ってタネハルは強い意志のこもった目のダルに頷く。
「はぁ、てか何で俺たちまで」
「仕方ないぜ。 ポルタの兄貴も戦ったんだから文句言わずに従うしかないぜ」
「まぁまぁアルの決死の突撃がなければ僕達あそこでダメだったかも知れませんし」
ダルが街へ出ている頃、ポルタ、アトス、アルタイルの男3人の姿はとある草原にあった。 彼らの手にはスコップと例のなんでもたくさん入る麻袋、もちろん彼らは好きでこんな格好をしている訳では無い。 彼らはあの魔女から先の巨大な塊を調査した際、魔鳥族との戦いで墜落させ大破させてしまったF4戦闘機の罪滅ぼしとして雑用を押し付けられているのだ。
「マスターからの情報だとこの辺がいいみたいだぜ!」
アルはタブレットを見ながらそう言って止まる。 場所は草原のど真ん中、これから夏に向けてまだまだ伸び盛りな青々とした草が生い茂るそんなところだった。
「ここですか? とりあえず掘ればいいんですよね?」
「ここ、というよりこの辺一帯って感じだぜ! ここがその中心ってだけで」
こんななにもなさそうなところをただ掘れと言われても釈然としないのだが、やらなきゃもっと面倒なことになるので俺たちは渋々作業に取り掛かる。
すると1〜2メートルほど掘ったところで目的のものが現れ始める。
「うわぁ……。 ほんとに出てきたよ、仏さん」
「僕らやってることってただの盗掘ですよね? 静かに眠ってるところを掘り起こして」
俺らがマリーから頼まれていた仕事というのはこの堀たてホカホカの骸骨をできる限り集めて持ち帰るというものだった。 本来ならこんな罪深いことお断りなのだが、彼女に言われたら逆らえないというのが現実だ。
それに、この仏さんたちは意図的にここに埋まっていたものではない。
「アトスの姉貴、だからマスターも説明してた通りここは昔の戦場だから静かに眠ってるということはないんだぜ? むしろ未練タラタラ、だったら俺たちで場所を移して供養しようと説明受けたじゃないか」
「マリーのことだから絶対持ち帰って実験台になること間違いないんだけどな」
アルが最もらしいことを言って納得させようとしているのに俺は毒を吐く。
しかし、アルの言っていることも事実でここは遥か昔、戦場であった。 しかもただの戦場ではなく現在進行形で問題になっている例の大きな塊、『邪龍』と人間との壮絶な死闘があったと言われる場所らしい。 俺たちはマリーからの命令でこの場所で邪龍に対するなんらかの情報を探るように言われてきたのだが、そんな遥か昔に起こった出来事の情報がこんなだだっ広い草原に残っているわけでもなく、もっぱらついでに頼まれた遺骨の回収に精を注いでいるというのが現状だ。
その後も俺らは掘って見つけて拾って袋に入れるという作業を淡々とこなしていき、気付けば日が傾き始めていた。
「だぁーっ! 全身もう限界! そろそろ終わりにしようぜ!!」
俺はスコップを投げ出し、ゴロンと寝転ぶ。
結局俺たちは数時間で100を超える遺骨の収集をすることができた。 これだけあればマリーも文句言うまい。
「ですね。 帰ることもそろそろ考えないと。 こんなとこで野宿はごめんですから」
「おーい、アルー! もう帰ろうぜ? これくらい集めりゃいいだろ」
俺は離れたところでまだ作業を続けるアルにそう叫ぶと、
「ちょっと待ってくれだぜ、ポルタの兄貴!! ここから何か出そうな予感がするんだ! 最後にここだけ掘らせてくれだぜ!」
そう言ってアルは新たな場所を掘り始める。 俺とアトスはその様子に呆れつつ、そんな彼を手伝う。毎度のように少し掘ると遺骨が出てくる。 しかし、これは他のどれとも違った。
「「「ん?」」」
遺骨を見つけた3人が同じような反応をする。