26話 私たちは…
「どこへいくの?」
全員が昨日今日の疲れでぐっすりと寝付いた真夜中。 1人部屋を抜け出そうとしたナナをアミが呼び止める。 どんなに疲れていようとも子どもの身動き1つで起きれるところは流石保母さんをやっていただけはある。
「…………」
アミに問いかけられたナナは扉に手をかけ半開きのまま黙って俯いたままだ。
暗く、月明かりだけが照らす部屋の中ではその表情までは確認することはできない。 だが、アミにはナナの感情が手に取るようにわかった。
「さぁ、もう寝よ?」
アミはそんなナナの手を取ろうとする。 しかし、それはナナによって振り払われてしまう。
「ナナちゃん……」
「……………遺跡に戻る」
困ったような顔をするアミにナナは沈黙を破り、そう言い放つ。
「どうして? ここは居づらい?」
「ナナはバケモノだからここにいちゃいけないの!!!!」
「……………」
「だってナナが居たらまたみんなが痛くなっちゃうかもしれない! 怖くなるかもしれない………それにナナはっ!」
声を興奮し荒らげるナナを優しくアミは抱き寄せる。
ナナはナナなりにその小さな身体にいろいろな不安を抱えてきたのだろう。 いくら伝説の勇者の遺物だと言っても心はまだまだ幼い子どもだ。 どう考えても今の状況には小さな少女には荷が重すぎる。
そんなナナのことを思ったら自然と身体が動いた。
ナナは突然のことに戸惑ったがアミから香る優しい心の落ち着くお日様の様な匂いに自然と心が休まる様に感じた。
そんなナナをまるで我が子の様にあやしながらアミはゆっくりと語りかける。
「人間じゃないから?」
ナナは静かに頷く。 その顔には戸惑いと不安が目に分かるほど現れている。 自分はみんなとは違う。 それが彼女の心を強く縛り付け、痛めつける。
「あいつが言ってた! お前は災いの元だ、お前にその気がなくてもいずれアミたちを傷つけるって!」
ナナは感情の堰が破れた様に涙が止まらずアミの胸の中で泣きじゃくる。
アミはそれを黙って背中を軽く叩きながら聞く。 そしてひとしきり泣き叫び終わり落ち着いたところで今度はアミがナナへ語りかける。
「ナナちゃんが人間じゃないってことが気にならないかって言われたら嘘になるわね。 マリーからナナちゃんのことはある程度聞いたし、それにまたナナちゃんがらみで怖い目にあうかもしれない」
それを聞いたナナの顔は強張り、アミのシャツをギュッと固く握る。 そんなナナにアミは優しく笑いかける。
「でも私、ううん、私もダルもポルタもアトスもそしてマリーだってそんなこと知る前にみんなナナちゃんのこと好きになっちゃったから」
「え?」
その言葉にナナははっと弾かれた様に顔を上げる。 そこには月明かりに照らされた柔らかいアミの笑顔があった。
驚くナナの頭を撫でながらアミは続ける。
「そもそも私たちだってここの世界の人間じゃないんだもの。 私たちも似たようなものよ。 それに仮に嫌いになってナナちゃんと距離を取るようなことになってもそれは私達が決めることだわ。 私たちで勝手に好きになったんだから、嫌いになるときも私たちで決めるわ。 まぁ、そんな機会永遠にないけどね」
「……ナナ、ここにいてもいいの?」
「もちろん。 勝手に出て行くなんて許さないわよ?」
「…う……ぅわぁぁぁぁ……ん… うぁぁぁぁぁぁん!!」
そう言ってナナは再びアミの胸の中で泣きじゃくる。 しかし、その涙は先ほどのものとは違い、暖かなものであった。
「マスター、お茶が入ったであります!!」
いつも通りモニターの明かりだけの薄暗い部屋で一人作業は取り組むマリーの元へベガがお茶の差し入れを持ってくる。 特にここ数日でいろいろな研究材料が手に入り、さらには優秀な森精種の研究者まで手に入れた。 彼女は未だ見ぬ未知との遭遇に心を躍らせていた。 そんな一度興味があることがあると何もかもを忘れ没頭してしまうマリーの世話をするのも人造人間であるベガの仕事だ。 彼女はお茶を持ったお盆を抱え部屋に入る。
「………………………」
「それでは今ご用意するであります! 今日のは特別製で今皇都で人気のお茶屋さんのものなのでありますよ?」
「いい加減芝居をよせ。 何の用だ」
さっさとお茶の準備をするベガにマリーは鋭く言い放つ。
「な、なんのことでありますか?」
「とぼけなくてもいい。 そんなチンケな魔法でお前の師匠である私を騙せると思ったのか? それより本物のベガの方はどうした」
ベガを睨みつけるマリーの目は相手を貫くかのごとく鋭く、さらに漏れ出る魔力にはさっきが溢れている。
そんなマリーの様子を見たベガは愉快そうに笑い出し指をパチンと鳴らす。
すると今までベガだったその姿はあっという間に凛々しい好青年のものへと変わる。
「いやー、流石先生。 何年たっても敵わないなぁ。 彼女には少し眠ってもらっただけだから心配しないでよ」
「そう思うならその挑発的な魔力は引っ込めたらどうだい? この部屋は今貴重な資料で溢れてる、だから暴れまわってもらっては困るのだが?」
「だったら師匠もこの首元に伸びてきている影を引っ込めてよ。 僕は今日は戦争じゃなくて話し合いに来たんだ」
「話し合い?」
「そうちょっとした世間話さ。 ちょっと休憩がてら付き合ってよ」
そう言って突然現れた好青年はお茶を入れマリーへ差し出し、自分は机と椅子の上に散らかった資料を退けてそこに座る。
「こんな夜中に来たのは詫びるよ。 というより誰にも見られたくはなかったからね。 それより飲まないの? ほんとに皇都一美味しいお店のなのに。 ああ、毒を気にしてるなら心配しないでよ。 いくらなんでも毒程度じゃ先生を殺せないことくらいわかってるよ」
「そんなことはどうでもいい。 要件をさっさと言ったらどうかね?」
「要件と言ったらまぁ1つしかないだけど」
「ヨシュアのやつ、余計なことを」
そう問われた青年はニヤニヤと笑いながらそう答える。 それにマリーは舌打ちをし苦々しい表情を浮かべる。
「おいおい、ヨシュア二佐のことは関係ないだろ? 彼からは喋ってないよ。 僕が独自に調べて確認のため彼に聞いただけだ。 彼は先生のことを立てていたけど僕が先生の弟子だって言って納得させたんだよ」
「ほんと君は昔から食えないやつだよ。 悪いがあの子はやらんぞ?」
「僕と殺しあうことになっても?」
「ふん。 君に殺されるほど私もまだ落ちちゃいないよ。 なんならやってみるかい?」
「あはは、ほんとに敵わないなぁ。 いやね、そういうと思って取り引きしに来たんだよ」
再びの殺気をもろともせず、青年は笑って答える。
「取り引き?」
「うん。 伝説の勇者の品に関する取り引き」
「ふん。 いっちょまえに何をいうかと思ったら…………、それじゃあその話を聞こうか?」
その言葉に悪態を吐くが青年の提案に興味を示すマリー。
彼女は今日はとても気分が良かった。 だから、新たな研究のネタが増えることに底知れぬ探求欲が駆り立たされる。
その様子に青年はニッコリと笑い本題を話し始める。 そのかつての師匠と弟子の話し合いは夜遅く空が白くなるまで続いた。
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