25話 足りないもの
圧倒的な力を目の前に人間は何ができるであろうか?
勝てないと分かりながらもその力に抗う?
実際は違う。
その圧倒的な力の前にただ、ただなす術なく立ち尽くすのだ。 そして絶望する。 己の力の無さに。 なんでもっとよく生まれてこなかったのだと。 己を呪うと同時に神を呪う。
「」
今、彼女も目の前の圧倒的な『物』になす術なく、自分の非力な『物』となんども比べ絶望の淵に立たされていた。 彼女も決して『物』がないわけではない。 だが、目の前の2人が圧倒的なのだ。
「ふむ、皆で何か成し遂げた後、一緒に入る風呂というのもなかなかいいものだね。 これは君たちの世界で言うところの『裸の付き合い』と言うやつだろ?」
「そう! 『裸の付き合い』だよ! と言うかマリーはこういうの嫌いだと思っていた」
「まぁいい大人が誰かと一緒に風呂に入るという機会なんて滅多にないからなぁ」
アミの目の前で楽しくワイワイやる2人。
わかってはいた、アミ自身も理解はしていた。
だが、実際目の前にするとその圧倒的な2人の二つの山に言葉も出ない。
圧倒的敗北だ。
彼らは今、雨に濡れた身体を温めるため、ベガに言われた通り全員で入浴中だ。 この屋敷には浴室は一つしかなく、男子たちは後回しにされ女子だけなのである。 しかし、この屋敷の浴室はその女子4人が入ってもまだ余る広さであった。 下手したら日本のそこいらの旅館のものよりもデカく、そもそもこの屋敷にはアミたちが来る前はマリーを含め3人しか住んでいなかったので完全にオーバースペックである。
先に身体を洗い終えたアミが湯船に浸かり、ふぅ、と息をつく。 バカみたいにデカイ風呂だとはここに来たときから思ってはいたが、今日に限ってはそれがありがたい。
アミは疲れた身体を伸ばし丁寧に足を揉んだり、マッサージを始めていたのだった。
そこまではいい、心も落ち着いていた。
しかし、後から湯船に入ってきた二つの巨塊を持つ者たちによってアミは追い込まれたのだった。
そんなイラクニャーダとの戦いを癒すために入ったお風呂で深刻なダメージを負い、マリーとダルの向かい側で何やら独り言を呟くアミ。
だが、異常なのは彼女だけじゃなかった。
もう1人湯船の片隅で縮こまっている人物がいた。
「それはともかくとしていつまでそこで縮こまっているんだね?」
マリーが呆れたようにその人物に声をかけるが、
「穢された………。 ううっっ…………」
と、サラは何やらうわごとのようなことを繰り返し、顔を羞恥で真っ赤にしている。
彼女もまた、マリーとダルの犠牲者であった。
しかし、アミの被害を自爆と見るなら、サラのそれは本当の意味で『穢された』のだった。
エントランスから浴室へ向かう際、なるべく早くお風呂を済ませて、食事にありつこうということで、全員で入ることとなった。
「ええい! なぜ貴様ら下等な種族と一緒に湯浴みなどしなければならんのだ!!」
しかし、サラだけが激しく反対する。
どうやら『森精種』のプライドというやつで『人間種』に裸を見られるのは嫌らしい。
「まぁまぁ、だってサラちゃん腕の骨折れちゃってたじゃん。 いくらアミが治癒魔法かけて治したって言っても無理はいけないよ。 私たちがお風呂に入るの手伝ってあげる」
そんな抵抗するサラをダルがなだめながら一緒に入るように説得する。
「そんなものいらん! 貴様らに面倒を見てもらうくらいなら湯浴みを我慢したほうがマシだ!」
しかし、サラは頑なに納得しない。
そこで、マリーは違う視点から攻撃を始めた。
押してダメなら脅してみろ、である。
「なるほど。 では、君は私たちの言うことが聞かないと。 そう言うことでいいんだね?」
マリーは深みのあるような言い方でサラに問いかける。 その口調にサラは、
「くっ! 卑怯な……」
と吐き捨てるようにいうのだが、明らかに先ほどより動揺している。
「で? どうするのかね、断ると言うなら断ってもいいんだぞ?」
「外道め! 今日のところは一緒に入ってやるがなんどもうまくいくと思うなよっ!?」
マリーのさらなるひと押しにサラは折れ、3人を押しのけ、先に浴室へ向かってしまった。
その後ろ姿を見ながら、やってやったという顔をする2人。
「ちょろいですな」
「ああ、私はお前たちも含めてああ言う単純なやつは大好きだぞ?」
「何やってんのよ、あんたたち。 しかも、ダル、あなた地味にディスられてるの気づきなさいよ」
そんな2人を見てアミは呆れたように突っ込むのであった。
「いまだ! 突撃!!」
「き、貴様何を…っ!? この外道魔女! 私に何をしたっ!?」
「ああ、その泡はな特別製で体につけると魔力が使えなくなるという代物だ。 それより随分洗いにくそうだったなぁ? 腕が痛むのか?」
「これしき、なんともないっ… うっ…………」
「はっはっは、強がらなくてもいいんだぞ? どれ、私たちが代わりに君の身体を洗ってやろう」
「くっ! 私の身体に触れるなっ! おい、どこを触って、ひゃぁんっ!!」
「おやおや、随分可愛い声出しますね、サラちゃん」
「お、おのれぇ。 身体を自由にできて…んっ! も、 はぁはぁ、心まで自由に、あぁぁん!、で、できるとは思うな」
「くくく、その強がりいつまで持つかな? 私が直々に弄ってやろう」
それがこの結果である。
いつもの強気なキャラは何処へやら、心が砕かれたサラは涙目で縮こまっている。 本来ならそれを止める役がアミなのだが、双子山ショックで気が動転してしまい、2人の暴走を止めることはできなかった。
「サラさん、意外に乙女だったんだね。 これぞギャップ萌えと言うやつだね! そういえば、サラさんもだけどアミさんもさっきから一言も言葉発してないよねって、あれ? 怒ってる?」
いつもならこんなことをしていたらすぐにでもツッコミそうなアミが黙ったままなのにようやく気付いたダルが空気も読まずアミに近寄り心配するように聞く。
だが、
「自分の胸に聞きなさいよっ!!」
アミも涙目になりそのまま湯船から飛び出て行ってしまった。
浴室が修羅場となっているちょうどその頃。
ある男も追い込まれていた。
「あ、あのー、体冷えちゃうんで早くして欲しいんですけど」
「あ、ああ」
男は生唾を飲む。
濡れた衣服の上を脱ぎ上半身が露わとなった彼のその、きめ細かい吸い付くような白い肌。
男は必死に理性を保った。
嘘だろ……。
これが男だと?
というかなんつーエロい体してるんだ!
しかも前をシャツで隠してるし!
先ほどから仕草のひとつひとつが男とは思えない。
大和撫子
そう、今目の前の彼にぴったりの言葉が大和撫子だ。 その妖艶な後ろ姿となぜか頰を染める彼を目の前に理性を保てる男などこの世にいないだろう。
そんな中、ポルタは必死に首の皮一枚で繋がっているような理性の糸を必死に守る。
最初は脳内で目の前のやつは汚いおっさんだ! と何度も変換しようとした。 だが、全ては無駄だった。 目の前の超絶美人にはポルタの拙い妄想など全く役に立たなかった。
「あ、あの、ポルタ?」
先ほどからピクリとも動かないポルタを心配して上目遣いでこちらの様子を伺うアトス。
その動作ひとつひとつが俺を止まらせている原因なんだと分かれ、バカ!
ポルタはそう叫びたくなる衝動を必死に堪える。
「わ、悪い。 ちょっと雨に打たれて風邪をひいたのかも、ぼーっとする」
ポルタは苦し紛れの笑いで嘘をつく。
「大変じゃないですか! 僕なんか解放している場合じゃっ!」
バレるかと思ったが本気でアトスに心配された。 どうやら、下手な演技も風邪のせいでおかしいと思われたらしい。
「いや、大丈夫だ! これくらいじゃなんともないさ。 あったかい風呂と腹一杯の飯を食って寝れば治る!」
「そ、そうですか」
ここで素直に断ってアルか誰かに任せるという手もあった。 だが、それじゃあまるで逃げているように思えたので情けないと思った俺はせっかくの状況を打開できるチャンスを棒に振った。 男のプライドというのは難儀なものである。
このままだと、アトスを騙すのも何より俺の心も限界だ。 意を決してベガが持ってきてくれたぬるま湯が入った桶にタオルを浸してぎゅっと絞る。
そしてそれをアトスの背中へとゆっくり近づける。
ええいっ! 迷ってても解決しねぇっ! ここは男らしく一気に!
ここまでためらっていて男らしくも何もないのだが、俺はアトスの身体を吹き始める。
するとタオルが触れた瞬間、
「………んっ……」
ええー、なんつー色めかしい声を出しているんですかね、アトスさん………。
不覚にもくらっときた。
油断していたところに右フックを食らったかのような、まさにKOされかけた。
たが、そんなこと悟られるわけにはいかない。
俺は平然を装い作業に没頭しようとする。
しかし、身体をこすれば擦るほどアトスの艶かしい声は俺を責め続ける。 それを忘れようと必死に我を忘れてひたすら擦る、擦る。
そして…………
俺は気づくとアトスに馬乗りになっていた。
アトスの方もアトスの方で驚くのでもなく、抵抗するのでもなく慈愛顔で俺の方を見つめる。
「ポルタ…………」
「アトス……………」
「あのー、お二人は何をなさってるのでありますか?」
「いや! ベガこ、これは違うんだ!!」
「そうです! 僕はただ身体を拭いてもらっていただけで!!!」
「私は何も見てないであります………。 別に私はそういうの否定するとか人の趣味はそれぞれだからそれはそれでいいと思うでありますよ。 それでは」
「勘違いだって!!! ちょ、待てって!」
「行っちゃいましたね」
「どうすんだ、これ?」
「そ、その、僕は嫌じゃなかった、です」
「え?」
「いや! そういういやらしいとかいうやつじゃなくてですね、拭いてくれる感じが痛くもなく弱くもなくちょうど良かったので!!」
「あ、ああ! そういうことね!」
「だから、その、また汗かいちゃいましたし? そのも、もう一度お願いしてもらっても………」
「じゃ、じゃあ、そ、そこまでいうなら仕方ないかな? うん、いやらしいとかじゃないもんな。 ただ体拭いてるだけだし!」
「あ、あはは、で、ですよね。 そ、それじゃあ、またお願いします」
これを気になんとなく、俺はアトスと前より仲良くなった気がした。
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