10話 魔女の実力
「マスター!! 新たな敵であります!!」
モニターを見つつ、勇者4人に指示を飛ばしていたベガが叫ぶように新たな敵の出現をマリーに知らせる。
しかし、慌てているベガとは対照的に彼女はとても落ち着いており、冷静に状況を確認する。
「ふむ。 遺跡の方向からか。 数は5,60といったところか」
「はいであります。 この軍団の他にも後からぞろぞろと!」
「はぁ、仕方ない」
そういって白衣を脱ぎ、部屋を出て行こうとするマリー。
そんな彼女にベガは声をかけた。
「どちらに行かれるのでありますか?」
「さすがにその数を彼らだけでは相手できないだろ。 ここでみすみす彼らを失うわけにはいかないからな。 この『天災の魔女』が手を貸すだけさ。 それよりベガ、無線で奴らにこのことを教えてやれ」
マリーはニヤッとベガに笑いかけ、部屋を出ていってしまう。
「わ、わかったであります!!」
ベガは慌てて、勇者たちに無線を飛ばす。
彼女は知っていた。 あの目は、あの顔はかつて彼女が『天災の魔女』としてあらゆる戦場を荒らし回っていた時と同じ表情だということを。
マリーは屋敷の最上階にある彼女の部屋、そのバルコニーに出ていた。 今日はどんよりとした曇り空。 彼女の肌を湿った重い風が撫でる。 今にも雨が降り始めそうだ。
「実にいい天気だ。 さて、条件はいいのだが、そこそこでかい魔法を使うのは久しぶりだな。 暴発するかもしれんからここは詠唱ありでいくか」
そう言ってマリーは大きく深呼吸をし、静かに言葉を紡ぐ。
「我こそ天の御心なり。天に逆らいし身の程も弁えぬ愚民たちの骨を砕き肉引き裂き永遠の苦痛と恐怖を与えよ。 裁きの雷撃で2度と群青の空を見れぬ奈落の底へ叩き落とせ」
「『天雷』」
辺りは、いや視界が一瞬で真っ白になった。
そして、気づいたら俺は地面に寝転んでいた。
いつの間にか雨も降っており、状況は全くわからない。 耳はキィィィンという耳鳴りでまともに音を聞くこともできない。 朦朧とする意識を奮い立たし、辺りを見渡すと他の3人も同じように転がっている。
「おい、大丈夫か?」
俺は一番近くにいたアトスの肩を揺する。
「な、なんとか耳が痛いですがなんとか大丈夫です。 なにがあったんですか?」
アトスは片耳を抑えながら、今の状況を聞く。
「わからん。 他の2人は」
「ううっ、耳がぁ………」
「なんなのよ、いったい」
2人とも吹っ飛ばされてなんらかのダメージはあったもののどうやら無事なようだ。
「それより魔物は…………っ!!!」
俺は未だ耳鳴りのする重い頭を抑えながら、魔物が来ていた方向を見る。
すると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
なんと表現するのが良いのだろうか、難しいところであるが一言で言いあらわすならまさに『天災』であった。 あたりに生えていた木々や植物たち、そして襲いかかろうとしていた魔物を全て真っ黒な炭に変えてしまっていたのだ。 その炭はもはやどれがなんだったのか区別がつかない。 ただただ、あたりを雨でも洗い流せない焦げた匂いが支配するだけであった。
「これは…………いったい?」
これには他の3人も言葉を失う。
目の前の光景に呆然としていると無線から全く緊張感のない声が聞こえてくる。
『あ、あー。 聞こえてるか、君たち』
「おい! これはなんなんだ!!」
『あのままじゃ君たちが魔物に殺されかねなかったからね。 私が魔法で消しとばしたんだよ。 すまなかったね、久々すぎてオーバーキルになってしまった、はっはっは』
マリーは俺らに謝りつつも笑いながらそう答える。
よくよく見て見ると少し離れたところにはまるでミサイルでも打ち込んだかのような大きなクレーターができていた。
あの魔女、どうだけ強力な魔法を撃ち込んだんだよ………。
「笑い事じゃないよっ! 私たち巻き込まれかけたんだよ!?」
「だから、すまなかったと謝ってるじゃないか。 それにカステルを生き残った君たちだ、無事だとは信じてたよ」
地団駄を踏むダルをマリーはなだめながら、俺らが無事だとわかると次なる指示を出してくる。
「本来だったら魔物の死体を回収して戻ってこいと言いたいところだが、全部灰にしてしまったからなー。 しかたない君たちはそのまま帰還するように。 ああ、雨に濡れたままだと風邪引くだろうからベガに風呂を入れさせておこう」
「全く、無茶苦茶だ」
「君たち、『勇者』やめたとは言うものの、なかなか戦えてるじゃないか。 それにちゃんと生きて帰って来た」
そう言って帰って来た俺たちをマリーは労うのだが、俺らはみな、彼女に冷たい視線を向ける。
「誰かさんのせいで炭にされるところだったけどね」
「結果オーライというやつだ。 君たちは運のいいやつだと信じてたよ」
とマリーは笑ってアミの嫌味を華麗にスルーする。
俺たちが彼女に何を言っても無駄なのだ。 自由気ままに自分の好きなように生きるそれでこそ彼女の真骨頂というところである。 それに付き合わされる方はたまったもんじゃないが………。
「さすが『天災の魔女』と言う感じですね」
基本フォローに回るアトスもマリーの今回の所業には空笑いである。
「もう私たちの癒しはナナちゃんだけです!!」
「うわぁっぷっ!! ダル、苦しい」
ダルはダルで先程から俺らに温めたおしぼりを渡してくれているナナに抱きつきベソをかく。
とにかくみんな心身ともに疲れ切っていた。
「でも、いいのかよ。 普段のマリーなら研究のためとか言って死体の1つや2つ持帰らせるのかと思った」
「調べたくとも手加減間違えてみんな炭にしてしまったからしらべようがないんだ。 それでもなにか役に立つものがないかアルタイルに調べに言ってもらってるがな」
そういえば帰って来てからアルの姿を見ていない。
なるほど、さすがに魔物を退け、疲労しているところにあの魔法を食らった俺たちをその後も働かせるほど鬼ではなかったようだ。 とは言ってもやってることはそもそも鬼畜そのものなのには変わりはない。
「役に立つものねぇ。 そういえば、この屋敷って今まで魔物が襲いかかって来た時はどうしてたの? 今は私たちがいるから魔物を撃退できてるけど、来る以前はさっきみたいに魔法で消しとばしたてたの?」
「いや、アルタイルが相手をしていた。 そもそもアルタイルは私が『勇者』を模して作ったものだからな。 まぁ、実際失敗作ではあったんだが、勇者には及ばないものの戦闘能力やなんやらは高かったから主に彼がそういった魔物の相手や調査はしていたな」
「アル1人でなんとかなるもんなのか? 実際こんなペースで来られたら俺らだってたまったもんじゃないぞ?」
「そもそも、魔物がここを襲うこと自体が珍しいんだ。 今まで年に何回かあるくらいだったのが、ここ最近その回数が多い。 魔物除けのも正常に作動してるのに関わらずだ。 もしかしたら結界の外でなにか起きてるのかもね」
マリーはこの異常らしい状況をそう分析する。
結界の外か。 確かこの屋敷は広い森に囲まれていたはずだ。 つまり外の森に何かしらの影響があり魔物が結界を破るようになったと考えられるだろう。
「その何かとはやはり、ナナちゃんにも関係あるんでしょうか?」
アトスがナナの方を見ながらマリーに尋ねる。
「わからん。 今の時点では情報が無さすぎる。 とにかく今はアルの帰りを待ってからだね」
マリーはそうアトスに答えた。
どうやらこれからしばらくはまだ、面倒ごとから逃れられそうにもないな。
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