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序章6:大切なこと



「取りあえず茶でも淹れるか。

 ホーラ茶で……って言ってもわからないか」


 言いながら立ち上がった少女に彼は無言で頷いた。

 しかし、この言語翻訳はどうなっているのか。

 ホーラという固有名詞らしき単語は音として伝わり、茶という単語は日本語に訳されて伝わる。

 意味を直接的に翻訳するものであれば、ホーラ茶という言葉も、何々に生える云々な茶を用いたお茶、といった風に訳されるのではないだろうか。

 それだと会話がエキサイティングしてしまって碌な会話も不可能になるだろうが。

 彼が内心で首を傾げながら諾々と考えていると、少女がホーラ茶について解説してくれた。


「ホーラっていう草の茎を焙じたもんでさ。

 香りがよくって苦みがない、スッキリした味の茶だよ」


「要するに焙じ茶か?」


 二番目の姉は薬っぽいと嫌っていたが、自分と兄は好きだった。

 二人で金を出し合って買った最高級品、それが出がらしになって白湯になるまで茶葉を交換せずに飲み続けたのは、彼にとって良い思い出である。

 その思い出には四番目の姉に飲み尽くされ、竹刀での殴りあいになるという落ちが付くのだが。


「そうそう。まあホーラは渋みが強すぎて焙じないと茶としては使えないんだけどな」


 前提として焙じないと飲料に適さないお茶らしい。

 基本的に焙じ茶は、煎茶や番茶、茎茶などの三級品の安い茶葉を焙じて作るものなので、恐らくは彼の知っている焙じ茶とは違うものなのだろう。

 少しばかり興味が沸く。身近にない、異国の食べ物を前にした時のような期待感。


「そんじゃ淹れてくる……いや、居間に移るか。

 ここだと置き場もないしな」


 部屋を後にする少女に続く。

 彼としても、場所を変えてくれるというのは有り難くはある。

 性欲がないとはいえ、年頃の少女の部屋に一人というのは、それはそれで気疲れしそうだったからだ。

 え、姉が居るなら馴れてるだろうって?

 ハハッ、姉は姉という生物であり、姉という性別であって、異性とは似て非なる者なので論外です。

 とはいえ、付き合いらしい付き合いのある同年代の女性は親族に限られるが、それを相手にした経験から姉とは別ベクトルで面倒くさい存在と認識と思っている。












 台所へ向かうという少女と別れ、こげ茶色の長暖簾を潜って居間へと足を踏み入れる。

 広さは三十畳ほどか。燭台が置かれた石造りの暖炉と重厚な作りの天井もあって、それほど広くは感じない。

 床は板張りで敷物のようなものはなく、硝子の嵌っていない大窓からは昼時を思わせる強い日差しが差し込んでいる。

 家具らしい家具は、それこそ部屋の中央部に置かれた大き目の机と四脚の椅子くらいのもの。

 質素というよりは簡素さを感じる飾り気の無い部屋は、家主の人となりを表したものか。



 ――――中世欧州程度か?



 これまでに獲た情報から推測した年代……というよりは、時代を内心で呟く。

 窓ガラスに使うような板ガラスが発明されたのは二十世紀に入ってから。

 それ以前の時代では、窓ガラスを使うのは主に裕福そうに限られていた……と親に連れて行って貰ったガラス工芸博物館で教わった気がする。

 如何せん子供の頃の記憶なので曖昧だ。

 それに少女が着ていた薄茶のTシャツと茶色のロングスカートは、工業製品という風ではなく、何となく手作り間があった。

 物作りが得意だった兄であれば、もう少し厳密な時勢……それこそ何世紀に当たる文明かくらいまでは読み取れたろうが、残念ながら彼にはそこまでのことは叶わない。


 ―――しかし、遅い……いや、薪か


 先の推測が正しければ、時代的にも電気ポットやガスコンロの類は無いと考えていい。

 薪で火を熾してお湯を沸かしているのだと考えれば、時間が掛かるのも当然だ。

 なんせガスコンロと違ってツマミを回せば火が出て止まるという訳ではない。

 火の始末のことも考えれば、少女が戻ってくるまで、まだだいぶ時間がかかる筈だ。

 なら、この間に質問すべき内容を纏めておくのも良いかも知れない。

 そう考えて思索に耽ること体感で二十分。


「悪い、待たせた」


 湯気の沸き立つ湯飲みを載せたお盆を手にした少女が長暖簾を潜る。

 特に待ってもいない、と首を横に振る彼の傍らを通り過ぎ様に、目の前に湯飲みを置いて対面へ。

 自分の分を机におくと、椅子に腰掛けて空になったお盆を隣の椅子の背もたれに立てかけた。


「そんで……何から話せばいいんだ?」


 難題を前にしたかのような、悩ましげな、難しげな表情をして少女は言った。

 何も知らない異世界人に、自らの世界について説明しろと言われても内容に困るのは当然だろう。

 相手の世界についてある程度知っていれば、比較したり、共通している部分を省いたりして語れるが、そうではないのだ。

 悩む少女に、彼は静かに言った。


「そうだな。

 なら、先ずは大切な事をしておこうか」


「大切なこと?」


 その言葉に、少女は怪訝そうに首を傾げる。

 先ほどの表情もそうだが、コロコロと表情を変えるのに、妙に難しげなものが多くて、不思議とそれが似合う少女だと、彼は少しばかり口元を綻ばせた。

 とはいえ、それは感覚的なもので、のっぺらぼうになってしまった今では、外からは如何なる表情をしているかも解るまい。

 それでも雰囲気から読み取ったのか少女が訝しむように片眉を上げた。


「俺の名前は、夜万小歳という」


 突然とも言える名乗りに、少女は虚を突かれたかのようにぽかんとして、それからおかしげに笑って言った。


「ああ、確かに、それは大切なことだよな。

 うん、色々あって名乗るのも忘れてた……私はディーノ・ユリアンティラだ。


 よろしく、ヤヨロズ」


 少女――――ディーノが身を乗り出すように差し出した手を、半ば立ち上がる形で握手に応じた。

 彼女の手の平は繊細ではあるが、少しばかりささくれ立った、力強さに満ちたものだった。


「宜しくお願いする、ユリアンティラさん」


「ディーノでいいさ。さんも要らない」


 どちらともなく握っていた手を放しながら腰を下ろして、決まりが悪そうにディーノは言った。

 ユリアンティラと呼ばれるのに馴れないのか、或いは、さん付けされることにか、それとも両方か。

 それが解るほどに付き合いがあるわけではないし、もしかしたら、この世界では基本的にさん付けで相手を呼ばないのかもしれなかった。


「なら、俺も小歳と」


 ディーノは惑うように僅かに眉根を寄せて、それから直ぐに表情を緩ませる。


「お前のところは家名が前で、名が後ろなのか」


 面白いな、と呟いて、それからショーサイ、ショーサイと馴らすように口ずさむ。

 どうやら相手にはちゃんと音で名前が伝わったようで、やはり翻訳がどのように働いているのか気になった。

 小歳というのは十二月の古い呼び方の一つなので、十二月、下手をすれば年末と伝わるのも覚悟していたのだが心配のしすぎだったようだ。

 名字としてならば兎も角、名前として十二月、年末と呼ばれるのは些か辟易するし、何よりも自分の名前には愛着がある。


「それで、幾つか訊いてもいいか?」


「ん、ああ。そうだな、私が話すより、お前が訊いて私が答えた方が早いか。

 つっても私はただの町娘だからな、大抵のことは詳しく知らない。そこら辺は解っといてくれ」


 弁えている、と小さく頷く。

 自分だって、自分の世界について訊かれたとして、それに詳しく正しくは答えられる自信はない。

 ネットのようなものがあるならば兎も角、自身の持つ記憶と知識頼りならば尚更だ。


「まずは、俺が斬ったアレは何だったんだ?」


 考える余力も、取り乱す余裕もなかったが、今になって振り返れば、アレは一体なんだったのか?

 正直、真っ当な生き物とは思えない、漫画などに出てくるような人狼を不細工にしたような外観の化け物。

 あまり考えたくはないが、世界が違えば生態系も異なるのは道理であり、アレはこの世界において野犬程度の存在なのかもしれない。

 とはいえ戦った限りでは、なまじ人間に近い……というよりは人間そのものな体つきだからか、攻撃も爪を振り回すばかりで避けやすく、野犬のほうがよっぽど怖いというのが彼の嘘偽りない感想だった。


「アレって……ありゃ魔物だよ」


「魔物って、魔物?」


 小歳は無貌の下の双眸を驚きに目を見開きつつ、半ば無意識に繰り返すようにして聞き返す。魔物、モンスター。

 ゲームやアニメ、漫画の中でなら、飽きるほどに聞いた単語だが、現実のものとして聞くのは初めてだった。

 いや、実際、斬り殺してもいるし、あれがそうなのだ、と言われれば納得しかできないのだが。

 フィクションの世界の住人が、普通に存在すると聞けば、実物を目にしていても流石に驚きを禁じ得なかった。


「え、お前の世界には居ないのか、一匹も?」


 僅か驚きと戸惑いが入り交じったような面持ちで、ディーノが言った。

 彼女からすれば、存在して当たり前のものがない事に驚きや違和感を感じるのだろう。

 例えるならば、鳥という区分の生物自体が存在しないというように。


「ゲー……いや、本か神話の中の住人だな」


 ゲームと言いかけて言い直す。

 自分にとってゲームと言えばテレビゲームだが、この世界だと恐らくはまだチェスやカードだろうと気づいたからだ。


「へぇー羨ましいな……っていっても、まあ三百年くらい前までは居なかったらしいけどな、この世界でも」


「そうなのか?」


「ああ、三百年くらい前に、いきなり湧いたらしい」


 いきなり沸いた、という処に首を傾げる。

 その言い方から、まるでシンボルエンカウント型のRPGか何かのように、モンスターがポップし始めたかのように聞こえたからだ。


「いや、私も見たことがある訳じゃないんだけどな。

 こう、二、三十匹くらいの魔物の群が、ぽん、と世界各国の町中とかに前触れ無く現れて人を襲ったんだと」


 何処かウンザリとした面持ちのディーノの言葉からは、それによって生まれた阿鼻叫喚の様相が容易に想像できた。

 いきなり町中に現れて人々を襲い始めた化け物。悲鳴を上げて逃げ惑う一般市民。積み重なっていく死体の山。

 人々は突然のことにまともに抗えなかったに違いない。

 自分だって武器がなければ、自らが死ぬ瞬間まで時間を稼ぐ以外はできなかったろう。

 

「聞いた話じゃ、余所だと今でも数年に一回くらいは町中に群が沸くことがあるらしいぞ」


「……この町では魔物が沸くことはないのか?」


「ない。這い出してくる事はあるけどな」


 疑問に対するディーノの答えは断言だった。

 しかし湧き出る事は無いが、這い出てくる事はあるという。

 何となくゲーム的なお約束が脳裏を掠めた。

 まさかとは思ったが、そのまま口に出してみる。


「地下に何か……迷宮でもあるのか?」


 その言葉に、ディーノはきょとんと数度瞬いて。


「なんだ、よくわかったな」


 どこか感心したかのようにして言った。


「這い出てくるって言ったからな。

 地下に何かあるんだろうと考えたら、地下迷宮を題材にした物語を思い出した」


 自分の名前を付けたキャラが灰になった思い出は、小歳の脳裏に今も焼き付いている。

 全滅したパーティを必死の思いで回収した結果が灰だよ!


「そんなのがあるのか、少し読んでみたいな」


 好奇心が零れるような微笑みを浮かべてディーノは呟いた。


「すまんな、俺の持ち物は刀だけだわ」


 全財産刀一本。とはいえ、銘は長曽根虎徹なので一財産だ。

 ちなみに兄は祖父が戦場に持って行った孫六兼元を好んでいて、研ぎにだしたそれを持ち帰る最中、一緒に行方不明である。

 兄弟共に、刀を持ち歩くと行方知れずになる呪いでも受けたのか……。


「いや、気持ちは嬉しいけどさ、言ってみただけだ。

 それに本なんて高いもん、持ち歩く奴なんていないだろ」


 その言葉に、社会だったかの授業で、日本の識字率が昔から高いのは製紙技術が優れていて本が身近にあったからだ、という話を思い出す。

 本が高いということは、印刷か製紙のどちらか発達せず、本が一般化していないのだろう。

 しかし、その割に識字率は高そうにも感じる。少なくとも、一般市民であるディーノは本を読めるらしいからだ。

 もしかしたら寺子屋のようなものがあって、江戸時代くらいの識字率があるのかもしれない。


「んで、話を戻すけどさ。

 何でかは知らないけど、地下にある迷宮に魔物が湧くから地上じゃ湧かないらしい。


 だから、ここら一体は余所に比べりゃ安全なのさ」


 なるほど、魔物は湧きやすい場所に優先して湧くらしい。 

 と、そこまで聞いておかしな処に気がついた。


「いや、まて、ならお前が襲われてたのは何でだ?」


 そう、あそこは間違いなく地上で町中だった。

 地上に、町中に魔物が湧かないというのならば、何故、ディーノは魔物に襲われていたのか。


「這い出てくるって言ったろ。


 《侵食》っていうんだけどさ。

 中で一度に大量に湧くと、迷宮から魔物が溢れ出てくんだよ。


 んで、町の中心には迷宮の出入り口がある」


 そういうこった、とディーノは眉間に皺を寄せて、苦々しげに言った。


「なんでそんなものを町の中心に据えた……」


「そりゃ元々この町が迷宮を封じる為のもんだからだよ。


 世界中が魔物発生の原因を探してさ、ここの迷宮が見つかったんだ。

 んで、迷宮を封印する為に出入り口を壁で囲んで、それを中心に町ができた訳だ」


「いっそ埋めてしまえば良かろうに」


 呆れたように言うと、ディーノは首を横に振って。


「それな、壁で囲む前にやったらしい。

 そしたら、そこら中の地面から魔物が掘り出てきて大惨事だ」


 嘆息と共に吐き出されたディーノの言葉に、蟻の巣穴を思い出す。

 アレは出口を全て塞ぐと、別の場所に出入り口を作るのだ。

 それと同じような事が大規模に起こったのだろう。


「……埋めたらなら兎も角、壁で囲って発生頻度が落ちるのか」


「それは私も思った。まあ実際減ってるらしいからな、何かあったんだろ」


 言いながらも、ディーナは釈然としない面持ちを浮かべていた。

 魔物が空を飛んだりして移動しているなら兎も角、いきなり湧くのだ。

 その湧くものが、迷宮を埋めたわけでもなく、ただ囲っただけで発生し辛くなるとはどういう事なのか。

 釈然としない気持ちもよく分かる。


「結局、魔物っていうのは、いきなり湧き始めた、よくわからない危険生物って認識でいいのか?」


「まあ、うん、それで合ってる。優先で人間を襲うからな、あいつら。

 ……ああ、あと、金蔓」


 金蔓。

 倒すとゴールドを落とす、RPGのお約束は有効のようだった。

 いや、狩りゲー宜しく素材が高価なのかもしれないが。


「倒すと宝石とか砂金とか残して消えるらしくてさ、それを目当てに迷宮へ潜る連中も居るくらいだ。

 迷宮の中の魔物を倒してくれれば、地上に出てくる割合も減るから助かるんだけどな」


 貴金属とかの価値が暴落しないのだろうか。

 まあしないで居るから、経済が回っているのだろうが。

 そこで、ふと、思ったことをそのまま口に出した。


「俺が斃した魔物からは何が出たんだ?」


「…………あ゛」


 ディーナは表情を引き攣らせると、言い辛そうに言葉を紡いだ。


「悪い、そこまで頭が回らなかった。もう誰かに拾われちまってると思う」


「いや、謝られるような事でもない。此処まで連れてきて介抱してくれただけでも十分だ。

 少しばかり気になっただけだ、気にしないでくれ」


「そう言ってくれると助かるよ」


 ディーナは申し訳なさげな、弱ったような笑みを浮かべて言った。

 その姿に小歳は内心で嘆息する。失敗した。別段、他意はなく、ましてや責めるつもりなど微塵もなかった。

 ただ興味がそのまま口から出ただけだ。

 謝るべきかと考えて、それを留めた。謝罪をすれば、彼女はより自責するのは想像に難くない。

 取りあえずは、話を進めて気分を誤魔化すのが一番だろう。

 此処までの話で、アレが魔物と呼ばれる物であり、斃せば金になり、それが蔓延る迷宮があり、職業として迷宮へ潜る者がいる事は解った。

 最優先事項である処の生活費の稼ぎ方には目星が付いた。なら、後は。


「あー、その、魔物については解ったし、地下迷宮があるのも理解した。

 それで、これが一番大切な質問なんだが………異世界へ通じる道とか、門とか、行き方とか、そういった話を知らないか?」


 質問の内容から趣旨を……何を求めているかを理解したのか、ディーノは表情を引き締めて。

 しかし何かに気づいたように目を僅かに見開くと、迷うように俯き視線を泳がせる。

 言うべきか、言わざるべきか、どちらが正しいのか迷うように。


「ディーノ」


「いや、そのな」


 言葉を濁すディーノに、小歳は毅然と、ただ当たり前の現実を口にした。


「俺は帰らねば死ぬしかない。如何なる手段であれ、早いか遅いかの違いに過ぎん。

 どうあれ、お前が気に病む必要は微塵もない」


 その覆し得ない事実に、ディーノは堪らず息を飲み込んだ。

 そう、どう転んでも死ぬしかないのだ、帰らない限りは。

 大気が毒であるならば、水や食物はどうだろう? 何れも都合良く毒でないなんてことはありはしまい。


「俺にとって毒であるものが、お前達にとって毒であるとは限らない。

 お前達が当然に食べるものが、俺にとっては毒ではないと限らない。


 そして俺には、それを判別する術がない」


 即座に症状が出る類ならば、まだいい。遅効性であったり、累積する類の毒だった場合、目も当てられない。

 飲み食いをする事に賽子を振ってファンブルを避け続けるようなもので、日々を続けるごとに無制限にリスクばかりが跳ね上がっていく。

 それを察したのか、ディーノから焦燥にも似た感情が滲み出す。


「詰んでるじゃねえか……」


「そうだ。退路はない。停滞もない。死ぬより速く駆け抜けるしかない。

 俺にはそれしか道がない。故に、気にするな、ディーノ。


 どう転んでも、お前のせいでは断じてない」

 

 全ては己の責任だと小歳は言い切った。

 死ぬのはいい、だが、生きているのならば生きられる限りに生きねばならない。

 それに、ディーノはいきり立ち目を見開いて、何かを言おうと大口を開けて―――しかし何も言わず、力なく落ちるように腰を下ろした。

 そして俯いたまま唸るように、絞り出すように言葉を紡ぐ。


「迷宮の最下層に、別世界に通じる扉があるって話がある。

 その扉が魔物の世界に繋がったせいで、魔物が出てきてるっていう与太話だ。


 私が知ってるのは、それくらいだよ」


「ありがとう、ディーノ。いい奴だな、お前さんは」


 俯いたまま、上目使いにギロリとディーノが睨む。


「この流れで言われても嬉しかねえよ」


 歯を剥き出しに唸るディーノに、小歳は小さく笑って。

 他人のために親身に感情を動かせる―――きっと、こういう人を佳い女というのだろう。

 そんなことを小歳は思った。





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