表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

序章3:彼女のお話/その価値を今は正しく知らねどもⅡ







「――――――ふぇ?」




 歩みは亡者のように。

 地を滑る幽鬼のような足取りで、見知らぬ男が反り返った刃を片手に少女と魔物の間に割り込んだ。

 その姿は彼女にとって理外の何かで、だからそれが何なのか咄嗟に理解できなかったのは当然のこと。

 だから、ただ突然のことに、現実を忘れたかのような間の抜けた声が漏れた。


「――――ォオッ!!」


 先ほど自分が躓いた人物だと気づくが早いか、雄叫び染みた声を発して男が魔物へと飛びかかる。

 それを見て、彼女は助かった、と湧き上がった歓喜と安堵の想いに胸を撫で下ろそうとして。


「ガッ――――カアァァァァァァァッ!」


 血を吐き踏鞴を踏んで、そして叫ぶ男の横顔に明らかな死相を垣間見て、歓喜も安堵も一瞬で消し飛んだ。


「おい、まて、なんで」


 状況も忘れて、ただただ呆然と見知らぬ誰かに問いかけた。

 自分以上に死に瀕した人間を前にしたからか、或いは安全が確保されたからか。

 恐怖に震えていた心が、冷や水を浴びせられたように冷静さを取り戻す。


「なんで」


 もはや死に体。目の前の彼は、もう死ぬしかない体を動かしている。

 安らかに死を受け入れるべき体を、苦痛と引き替えに動かしている。

 死ぬべき、死んでおくべき人間が、血を吐きながら刃を振るっている。

 なぜ? なんで? どうして? そんなのは決まっている。

 馬鹿でも解る。自分が助けを求めたからだ。

 幸いにして、最後の弱音(あきらめ)が届いたからだ。




 ――――何一つとして間違いは無い。道理に適っている。




 疑問を差し挟む余地などない。

 生きているのならば、どれだけの、どれほどの苦痛を伴おうとも、その命を絞り尽くして自らを助けるのは当然のことだ。

 何一つとして、間違ってはいない。道理に適っている。

 彼は至極当然の、当たり前のことをしているだけだ。

 特に驚くべき点はない。特筆すべき事実はない。この場において彼の行いは最善だ。

 何一つとして、間違ってはいない。道理に適っている。


「なんで」


 なのにどうして、その姿は胸を打つのか。

 胸に締め付けられるような痛みがある。

 頭の中では、なぜ、なぜ、なぜ、と疑問が絶え間なく浮かんでは消えていく。


「どうして」


 助けの言葉は堪えきれずに零れただけであり、何か意味があった訳ではない。

 特別な生まれではない。因縁めいた過去があるわけでもない。何かを秘めているなんて在り得ない。

 ただの女だ。平凡な生まれの、平凡な家庭に生まれた。ただ面倒臭いだけの女だ。


「なのに」


 何一つとして間違っては居ない。道理に適っている。

 死にかけの彼が、私の存在に奮起して、命を懸けて私を助ける。

 この流れに異論を差し挟む余地は無い。万人が道理と頷くだろう。

 たとえ魔物と相打って彼が死のうとも、自分が生き残ればそれは正しい。

 間違っていない。正しい。この考えは正しいのだ。



 なのに、どうしてだろう。



 これは駄目だという想いが胸を焦がした。

 自分のような平凡な女のために、そこまでしては駄目だと。

 瞬きすらも疎むほどに、死に体とは思えぬ泰然とした背中から目を離せない。

 そこまでするのならば、何か特別なもののためであるべきだと。

 わからない。わからない。訳がわからない。

 幸いにして、彼が戦うそれを除いて周囲に魔物の気配は無い。

 だから、例え彼が死に絶えようとも、私は確実に助かるし、それは正しく、どうにでもなるのに。


「GYL――――」


 振り下ろされる魔物の爪は空を裂いて、そうと定められたが如くに魔物の首が零れ落ちる。

 何が起こったのか、何が起きたのか、彼女には理解できはしないけれど。

 彼が手にした、見たこともない浅く反った細い剣を振るって血払いをしたことで、戦いが終わった事を理解して。


「■■■、■■■■■■■■」


 振り返った彼が、彼女には理解できない言葉を口にした。

 それが何かを彼女が理解しようとする前に、ぱたり、と糸の切れた人形の如くに彼は地面に倒れこむ。


「っ!?」


 彼が死んだところで何の問題がないのは解っているのに。

 それでも彼女は彼に駆け寄らずにはいられなかった。






追加:眠っている小歳に対するディーノ独白。


昏々と眠り続ける彼を前に考える。

ああ、もうずっとずっと考えている。

彼が目覚めるまで、後どれだけだろう。この調子なら、日が昇るまでだろうか。

解らない。けれど、考える時間だけは山ほどある。

いいや、違う。在るのは考える時間じゃない。覚悟を決める時間だ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ