序章18:冒険が始まる前の世間話
「体は大丈夫か?」
腰に巻いた帯に刀を差して、手に杖を持った小歳の言葉に、ディーノは頷いた。
「ああ、問題ないよ。
まさか一日寝込む嵌めになるとは思わなかったけどな……」
何処か辟易したように言うディーノは、装備に身を包み、ポニーテールに髪を結わえている。
二人は並んで冒険者互助会へと向かっていた。
「これが若さか……」
「いや、お前と年齢、変わらないからな?」
しみじみと、どこか羨むような響きを篭めた言葉に、ディーノは呆れたように返した。
「暦が同じとは限らんだろう」
「1年365日だけど、お前のところは?」
「同じ。ただ、偶に閏年がある」
「ウルゥドォシ? なんだそりゃ」
不思議そうに聞き返すディーノに、む、と小歳は目を瞬かせる。
言葉が通じないということは、この世界には閏年という概念がないらしい。
4年に1度だけ1年が366日になるのだ、と簡単に説明すると、へぇー、とどこか不可解げな、それでいて興味深そうな声を溢した。
閏年が存在しない世界の人間にとって、1年が1日伸びるというのは、何とも不可思議に思えるのだろう。
「1年が一定じゃないってのは、なんつーか不便そうだな」
「特に意識するものでも無いがな」
なんて和やかに会話をしていると、不意にディーノの表情が曇った。
視線の先を追うと、その先には倒壊した店舗がある。
小歳が歩く速度を早足より少し遅い程度まで上げると、ディーノが遅れまいと慌てて速度を上げた。
「ありがとうな」
「何がだ?」
小歳の言葉に、ディーノは細やかに微笑んだ。
それを区切りに会話が途切れ、沈黙が横たわる。
崩れた店舗が見えなくなって、冒険者の姿がちらほらと見え始めた頃、小歳が口を開いた。
「訊こうと思って先延ばしになっていたのだが」
うん? とディーノが小歳を見上げた。
「お前達の死者蘇生は、どうやって使えるようになったんだ?」
「使えるようにって……生まれた時からじゃないか。
気づいた時には使えるって意識してるようなもんだし」
予想外の答えに、むぅ、と小歳は呻いた。
特殊な訓練や儀式などなく、死者蘇生自体は生まれた瞬間から出来るもの。
それは小歳の常識からすれば異常極まる事柄だ。
故郷で死者蘇生を追いかけていた人間が聞いたら、怒り出しそうなくらいに。
「訓練や、形成法の時のような儀式も無くか?」
「ああ。私も物心が付いた時には使えるもんだって自覚してた気がするしな」
んー、と考えるように顎に手をやったディーノは、あ、と何かを思い出したように呟いて。
「あれだ、命の女神シャルーカからの人間への贈り物だってされてる」
「シャルーカ?」
その名前は、確か冒険者互助組合での講義で出てきていたのを小歳は思い出す。
どこぞの山に神殿があるとか何とか説明されていた筈だ。
「生命の守護神だよ、古い大戦で唯一生き残った神様だ」
「古い大戦?」
今更ながらに、この世界で戦争が成り立つのか小歳は疑問に思った。
死ねば即座に蘇る、いやそうでなくても、死者というものに極端に拒否反応が起こる世界だ。
例え相手を倒しても、自分で復活させてしまうのではないだろうか。
「もう御伽噺レベルだけどな、聞くか?」
「一通り頼む」
「あいよ。
それは昔々に神々が二つに別れて起こった大戦争。
っていっても、一柱の神様とそれ以外の神様に別れてのものなんだけどな」
総数はわからないが、酷いパワーバランスだった。
それは一方的過ぎて戦争とは言わないのではないだろうかと小歳は思う。
或いは、その一柱の神様はインドの神様並に桁外れて居たのか。
「一柱の神様は強い戦士や恐ろしい神獣を引き連れていて、それ以外の神様達と従う戦士を圧倒した。
それ以外の神様と戦士は次々に倒れて行き、最終的には命の女神シャルーカと一柱の神が相打った。
シャルーカは自分が居なくなっても大丈夫なように、死者を蘇らせる加護を人々に与えて息を引き取った。
――――ざっくりとこんな感じだな」
「概ねわかった」
普段であれば御伽噺と認識するか、何らかの情報があるかも知れない伝承と受け取る所だが、自らの世界の存在とはいえ、小歳は既に神格に出会い、そして加護を賜っている。
神が―――或いは、自らを神と名乗るだけの力を持ったものが存在し、それ相応の力を振るっているのを体験している以上は、この内容は軽々には扱えない。
要するに、最後に生き残った神様が余力で死者蘇生を与えた、という事になるのだろう。
しかし余力にしては随分なものだと思う。命の神というからには、死者蘇生こそが本領だったのか。
故郷では、死者の蘇生なんて神様でも不可能な領分に入った筈なのだが。
「小歳のところは、こんな感じの御伽噺とか無いのか?」
「あるぞ。俺はそう詳しいほうではないが、地域別に」
「地域別!?」
ぎょっ、と驚いたようなディーノに、小歳は不思議そうに首を傾げた。
「いや、なんで不思議そうなんだよ。
おかしいだろ、地域別に別々の最終戦争があるとか」
「ああ、いや、地域別に異なる神話って意味で……いや、それぞれの地域で最終戦争あるな」
「お前の世界はどんな地獄なんだよ……」
その詳しい内容を小歳は知らない。
知っているのは精々が最終戦争が無いほうが珍しく、神々が死に絶えて人の時代が始まる程度だ。
とはいえ、実際に魔法があり、つい最近、神の実在を知った小歳よりは、ディーノのほうが神なるものは身近なのだろう。
そんなディーノからすると、小歳の世界ではそこらじゅうで神々の戦争が幾度も引き起こされたように思えるのかもしれない。
「極々普通の世界だぞ」
冗談めかしていう小歳に、ディーノは顎に手を当てて小難しげな面持ちで考え込んだ。
小歳が言うところの、極々普通の世界というものが思い浮かばないのだろう。
けれど、それは小歳とても同じこと。ディーノの言う普通が小歳には解らない。
「薄氷の渡しを往くようなものの筈なんだが」
奇跡的に出来上がった薄氷の橋を進むような筈なのに、そんな気が全くしないのは何故だろう。
危機感の類まで、母親の胎の中に忘れてきた訳でもないのだが、と自嘲気味に胸中で呟いた。
「何か言ったか?」
「いや、思えば出会って四日程度なのだなと」
呟きに気づいて表を上げたディーノに、そう誤魔化すように答える。
それにディーノは少しばかり不服そうに眉を寄せて。
「五日だよ」
「何がだ?」
「私とお前が出会ってからの日数が。
今日で五日目だ……で、それがどうした」
そっぽを向いてぶっきらぼうに言うディーノに、小歳は日々を回想して思い出す。
確かに、自分は一日寝込んでいたらしい。それを含めれば、なるほど五日だ。
「そうか……いや、不思議と四日、五日どころではない付き合いな気がしてな」
それは他者からはなんて事無く言っているように聞こえる、けれど小歳にとっては深い感慨が籠もった声。
思えば、こんな付き合いが出来た相手は、小歳の人生では家族親族を除いて存在しなかったのだ。
「――――ああ、うん、言われてみりゃ私もだ。
半年かそこらの付き合いはある気がするけど………きっと出会ってからが強烈だったからな、そのせいだろ」
小歳に振り向いたディーノは、どこか気取った気障な笑み。
それは何とも少年のようで、とてもとても彼女によく似合っていた。
それに向かう自分は、どんな面持ちをしているのか気になって。
顔を撫でようとして、ディーノのような佳い表情をしていればいいな、と望むに留めた。
「お、着いたな」
僅か惜しむようなディーノの呟きに小歳は頷いた。
目の前にある冒険者互助組合からは多くの冒険者が出入りしているのが見て取れた。
向けられる視線を小歳は無視する。煩わしくはあるが、この異形では仕方が無い。
「往くか」
「ああ」
気負い無い小歳に、ディーノも同じように応じて。
二人は冒険を始めるために、冒険者互助組合へと並んで足を踏み入れた。
そうして二人の旅路は、このように始まり続くのだ。
いつか、どこかで向き合うその日まで。
序章は終わり。
ぶっちゃけ1,2,3章と終章くらいしか構想がない。