序章17:確認のお時間
習い性とは全く以って素晴らしい。
目覚ましが無くとも決まった時間に目が覚める。
とはいえ、時計自体がないので、雨戸を外して伺った外の様子から、何時もの起床時間と判断しただけなのだが。
言うまでもないが、窓ガラスなんていう気の利いたものはない。
「…………体が鈍るな」
宛がわれた部屋での軽い柔軟体操を終わらせて呟いた。
板張りのベッドがある以外は、持込の虎徹が壁に立て掛けられただけ部屋。
家具が無いからこそ体を大きく動かしても問題は無い。
しかし小歳にとって、その程度の運動では物足りない。
毎朝の走りこみと素振りは、たとえ引き篭もりがちになっても欠かした事は無い。
いや、居なくなった兄と共に続けてきた事だったこそ、欠かすという行為を嫌った。
続ければ、いつか、いつものように、兄の姿が現れるかもしれないなんていう、幼子のような願望があったのだ。
部屋を後にして居間へ向かう。朝食には早いが、することもないのでそこで時間を潰すのである。
その途中。
「……ぉあよう」
「おはよう」
ふらふら、と眠たげというよりは、半ば寝ぼけたディーノとすれ違った。
階段から降りてきた彼女の髪は寝癖で乱れ、半眼のまま台所へと向かって行く。
日は未だに上っていない。小歳の体内時計はアバウトに五時前を示している。
朝食の用意を始めるには早いとも思ったが、調理に関しては薪から火を熾すところから始めるようなので、妥当な時間なのだろう。
小歳は、そう結論付けて居間へと足を進ませた。
「…………」
何やらディーノが憮然としているのを無視して、小歳は朝食を見据えていた。
本日の朝食は、ナン、温野菜という昨日のものに加えてカレーっぽい何かが付いていた。
カレーではない。カレーっぽい何かである。
まず見た目がカレー的でない。具は肉、根野菜、ジャガイモ的なのとカレーを思わせるが、色が半透明。
そして匂いがない。カレー独特のカレー臭ともいえるものどころか無臭だった。
「…………」
最初にナマコを食べた人は偉大というが、その次に食べた人も相当なもんだと小歳は思った。
目の前でどこか拗ねた感じでカレー的な何かを食べるディーノがいるというのに食指が働かない。
生臭みだろうが、刺激臭だろうが、臭いはあったほうがいい。無臭というのは逆に警戒心が沸いてしまう。
警戒心が沸いたからといって、出されたものを残すという選択肢は小歳には無いのだが。
ディーノがそうするようにナンを一口大に千切ると、トロミのあるカレー的なものを掬って口へ放り込む。
―――………カレー、ただしスパイス抜き。塩風味
感想はそんなもの。
出汁にカレールーを入れず、多めに塩を入れれば、そうなるだろうという味だった。
味は薄いが不味くはない。食べるに問題はどこにもない。
例え不味くても、小歳は文句の一つも言わないだろう。
居候の身分で文句を言う権利は何処にもなく、そもそも己の味覚とこの世界の住人の味覚が等しいとは限らないのだから。
*
食後の一服中。
手にしていたホーラ茶を机に置いた小歳は、ふと思い出したように言った。
「今日は何か予定はあるか?」
「特にはないな。ああ、街でも案内すっか?」
その提案に小歳は首を横に振った。
「それは今度だ。
それより武器を振り回すだけの広さがある場所は近くにないか?
明後日に備えて体を慣らしておきたいんだが」
「そんなら裏庭でいいだろ。剣を振り回す程度の広さはあるし」
「……そんなに広いのか?」
小歳は首を傾げて問いかける。
暮らして数日は経つが、基本的に宛がわれた客室と居間、それにトイレ以外は小歳は出歩かないのもあって、間取りに関しては知識が無い。
そもそも戸建てとはいえ、一人暮らしの家で、そうまで広い庭があるとも思えないのだが。
「余所に比べて一回りくらいな。
家を建てる時に設計図を間違えたらしくてさ、予定よりも一回り小さい家になったらしいんだよ」
「…………それはいいのか」
「家主の婆さんは笑い話だつってたけど……まあ、うん」
苦笑いを浮かべるディーノに、小歳としても何もいえない。
家主の老婆が豪胆なのか、それとも歳をとって受け入れたのか、それとも気風として大らかなのか。
実際、大枚を叩いて家を建てたら設計図間違えて小さくなりましたテヘペロとかやられたら、よっぽど人間ができていても怒るのはなかろうか。
「広い分には問題はない。
先に行っている、武器と防具を身につけて後から来い」
ホーラ茶を飲み干して、小歳は椅子から立ち上がる。
その言葉が予想外だったのか、ディーノは目を瞬かせ。
「え、私もか?」
「当たり前だ。
防具を身につけて、どの程度動けるのか確認しておくのも大切だぞ。
あの手のものを身に着けてな、普段通りに動けると思ったら大間違いだ」
実感の篭った小歳の言葉に、ディーノは納得したように頷いた。
剣道の授業で始めて防具を身に着けた時、その動き辛さに困惑したのを小歳は覚えている。
家では素振りをするにも木刀か刃を潰した真剣だったし、竹刀で打ち合うにしても防具を身につけるということはなかった。
基本寸止めで、時折、止め損なって痣を作る。それが普通だと思っていたが、世では違うと知ったのはその時だった。
「確かに動きづらそうではあるわな。
わかった、片づけを終わらしたら直ぐに行くから待っててくれ」
小歳はこくりと頷くと、裏庭へと歩いていく。
廊下は使っている客室よりも奥に続いているから、その先だと当たりをつけて。
*
先日買ってもらった棒を片手に裏庭に出ると、そこは多少暴れても問題ない程度には広かった。
障害物になるようなものは無く、日当たりの問題からか、中央付近ではなく片隅に竿受けと、手押し式のポンプがあるくらいだ。
ポンプがあるということは、水道が通ってるのかここ………。
いや、湧き水をくみ上げているのかもしれないと考えて、地下迷宮があって湧き水?
やはり地下水道があるのか。
本気で技術レベルと文明レベルがわからなくなって、小歳が首を傾げていると、がちゃりと裏庭と家屋を隔てる扉が開き、完全武装―――というには些か語弊があるが―――のディーノが姿を現した。
その姿に小歳は、かつて見た中世欧州を舞台にした映画の登場人物を思い出す。
颯爽と馬に乗った甲冑姿の壮麗な騎士に率いられた、意気軒昂ながらも刃こぼれした槍剣、木の棍棒で武装した、よくて獣の生皮を羽織っただけのみすぼらしい農兵の姿を。
格好がみすぼらしくとも筋骨隆々としたマッスルな集団だったので、むしろ鎧なんて甘え、筋肉さえあればいい、とか全身で主張していて、僅かとも弱くは見えなかったが、しかし。
目の前に見えるディーノはどうだ。
例えるなら……例えるなら何になるのか。
小歳は脳内で色々と候補を挙げていくが、上手い例えが見つからない。
一番近いのは、ダークな感じのRPGで一番最初にエンカウントする人型エネミーだろうか。
みすぼらしい男ならぬ、みすぼらしい女的な。
「えっと、何かおかしいところあるか?」
小歳の視線に不安を感じたのか、自らの体を見下ろすディーノに、いいや、と小歳は首を振った。
クロースアーマー、作業着のような厚手のズボン、左に木の小円盾、右に布を巻いたままの剣。
流していた髪は動く上で邪魔になるとの判断からか、頭の高い位置で一纏めにしている。
格好そのものに何一つおかしなところは無い。
――――――だからこそ、その姿に。
小歳は生まれた感情を圧殺して、場所を譲るように位置をずらした。
先ほどまで立っていた場所から三歩離れ、棒の真ん中よりも高い位置、三分の二程度の場所を右逆手に持って杖で地面を付くようにして構えると、ディーノに真っ直ぐに向き合うように直る。
「まずは軽く手合わせと行くか」
「は?」
きょとん、と間の抜けた声を出したディーノ。
「お互いの実力を知るには、ちょうどいいだろう」
「え、いや、だってお前、剣は? あの細っこくて曲がってんの」
「世辞にも心得があるとはいえんが、杖が使えないわけじゃない」
何を言っているんだお前は、と言った表情でディーノが顔の前で手を振った。
「いやいやいや、木の棒だぞ!? 剣で叩いたら普通にへし折れるだろ」
「剣で木を切るのは中々に難しいぞ。
それにな、俺の故郷では強敵との戦いを前に、丸太は持ったな、いくぞ、と声掛けする物語があるくらいに木材は強い武器とされている」
ディーノに怪訝を通り越して、筆舌に尽くしがたい視線を向けられるも、小歳は動じない。
実際、その携帯性の高さもあって古くから使われた武器なのだ。木の棒こと木の杖は。
彼の二枚舌と書いてジョンブルと読む国では、ステッキ術というものが護身術として存在したくらいである。
「お前の国がマジでわからん」
「普通の国だぞ?」
なに言ってんの的な視線が強まるが、小歳は難なくスルー。
「いいから構えろ」
「いや、でも怪我させたら……」
口ごもるディーノに、小歳は白々しげに笑ってみせて。
「ここで傷を負う程度なら、迷宮に挑むなぞ夢のまた夢だろうよ」
うっ、とディーノは言葉を詰まらせて、何か言い返そうと逡巡して、結局、武器を構えた。
小歳に対して正対するように立ち、左腕の肘は曲げて盾を胸の高さで掲げるように、右腕の肘も同じく曲げて剣の切っ先を空に向けるようにして、武器を構える。
その立ち姿に、小歳は呆れを通り越して苦々しげに眉根を寄せた。
幾らなんでも酷すぎる。子供だってもう少しそれらしい構えをするだろう。
しかし、どこかで見た構えな気もして内心で首を傾げる。
「行くぞっ!」
気合に満ちたディーノの言葉。
ああ、あれだ、あれ、と心当たりに行き着いて、納得に小歳は頷いた。
それを返事と思ったが、ディーノが剣を振り上げながら5mの距離を撥ねるように三歩で詰める。
そう、ディーノの構えは、古いRPGの主人公に似ているのだ。
イラストはなく、ドット絵が正面を向いたときの絵柄に。
「やっ!!」
袈裟。右肩口へ斜めに振り下ろされた一撃に、小歳は左足を引いて右足を軸に体を反転させつつ、逆手に持った杖で、真横から押しのけ、そのまま峰に杖を乗せるようにして剣を地面に向かって押し込んだ。
勢いも相まって体勢を崩したディーノは、ガッ、と剣を地面に勢いよく打ちつける。
「ふぁっ!?」
驚愕に目を見開くディーノは、混乱に目を瞬かせる。
何が起こってこうなったのかわからないというように。
けれど、それは小歳も同じこと。構え、立ち姿、距離を詰める上での走り方。
わざとやっているかのような、喜劇の登場人物染みた間抜けさがあったのに、剣を振り上げ始めてからは何もかもが違っていた。
踏み込みは適切な位置であり、振り下ろす一撃は腕力のみならず腰の捻りを生かし、確りと剣は刃筋を立てるようにして振り下ろされていた。
何かもが未熟ではあったし、何もかもが足りていなかったが、あの体勢、あの状況で振るうのならば、荒削りながらにまこと理にかなった動きで、その一連の動作を見ていた小歳は、まるで外から押し込まれるように、或いは糸引くように動きを補正されたかのように感じられた。
そんな風に考えながら小歳は、剣を押さえた杖を手首の動きだけで喉へ向けて、僅かに腕を押し込んで突きつける。
「っ!?」
ぎょっと体を強張らせて息を飲むディーノは素人そのもので、先ほどの一撃を放ったのと同一人物とは思えない。
これこそ形成法によるスキル。《武器熟練:剣》の効果ということだろう。
例え素人でも、最低限のやり方を教わった程度には剣を震えるようになるということか。
「………まず、構えがおかしい」
「え、あ」
杖を引いて距離を取った小歳と地面を叩いたままの剣を交互に見比べる。
何が起こったのか、未だに把握しきれないのだというように。
いや、実際に把握できていないのだろう。
明らかに実力差がある相手と打ち合った時、或いは自身が知らない動きをされた時、何が起こったのか本気で把握できないのだ。
そういった知らない動きに対して脊髄反射だけで対応できるようにする為に日々の鍛錬があるのだ、と教わった自分と、目の前のディーノが重なって、小歳は微笑した。
「わ、笑うなよ。仕方ないだろ、剣を振り回すのなんて初めてなんだから」
剣を引きながら拗ねたように言うディーノに、小歳は反応に困って、結局、言葉を続けた。
「構えというのは、要するに剣を振る上で体を動かしやすい体勢を言う」
言いながら、杖を刀をそうするにように持って正眼に構える。
喉元に向けられた切っ先に、ディーノは逃れるように、或いは居心地が悪そうに身じろぎする。。
このように、喉に何かを突きつけられると本能的に逃げようとするし、前にでれば自ら刃に突き立ちに行くようなものなので攻めがたい。
守りに長けながらも即座に攻めに移れる万能にして基本の一つ。
「当然、用途に応じて構えは異なるが、最初は汎用性に長けた体勢を取るようにするといい」
杖を下ろし、逆手に持ち直した小歳に、ディーノは、ほっ、と一息ついて言った。
「構えって言われても、どうすりゃいいんだ?
動きやすいって言われてもわからん」
「………俺の国だと盾は持たないからなあ」
そうだな、と首をゆっくりと回しながら熟考する。
自分が盾を持ち、片手で剣を振るうならどうするかを、小歳は脳内でシュミレートする。
盾は防具であるが、同時に鈍器である。状況次第でナックルダスター代わりに使うものと思えばいい。
そして、あの小盾ではまともに受けられない。どちらかといえば、受け流すために使うべきだ
ふむ、と一つ頷いて。
「右足を引いて半身になって、盾を持つ腕は適度に肘を曲げて胸の高さに、剣は腰だめにするようにしてみろ」
ディーノは素直に、言われたとおりの構えをとった。
そのまま、そのまま、と意識して怪しげな口調で小歳は言うと、ディーノの周囲を一周しておかしなところが無いか確認していく。
力みすぎているが、まあ初めてだし、これでよかろうと小歳は結論する。
この力みは一朝一夕でどうにかできるものでもない。
小歳は一歩離れると言った。
「目の前に敵がいると思って突いて見ろ」
ディーノは頷いて剣を突き出した。
拳を打ち出すような綺麗な刺突に、小歳は無貌の奥の両眼を細める。
突き出している最中に切っ先に揺らぎが殆どないのに、突き抜いた後に途端に揺らぐ。
それどころか引くという動作を考えていないから、突いた後に上半身が前に流れて体勢を崩してしまっている。
「突きを打つ時は、腕を引くことを意識して振るってみるといい」
ディーノは頷くと、言われたとおりに突きを繰り出してみせる。
突き抜いた後に切っ先が揺らぐのは変わらないが、上半身が流れるのは抑止できている。
覚えが早いのか、それとも形成法の効果なのか、小歳には解らない。
この調子なら最低限は身を守れる程度にはなるだろう。
「…………突きは威力に対して隙が多い。
避け、防がれるのみならず、相手に突き立った時、そのまま引き抜けなくなって反撃を受けることもあるから、狙うなら注意しろ」
「抜けなくなるってどうしてだ?」
剣を下ろして小首をかしげるディーノに、小歳は自らの脇腹を指差して。
「腹に突き立ったとしても即死はしないし、更に言えば腹筋が絞まって抜けなくなることがある。
素直に剣から手放すか捻るかすればいいんだが、咄嗟には難しいからな。
そこで迷うと反撃で頭をカチ割られる」
「………実際に、刺したことはあんのか?」
何を、誰を、とは言わなかった。
どこか渋い表情のディーノに小歳は緩やかに首を振る。
「祖父の教えだ。あの人は戦争の経験があったからな」
そっか、と少し安心したようなディーノを小歳は勤めて無視して言った。
「次は盾受けでもしてみるか」
「………いや、お前の一撃とか受けられる自信ないんだけど」
どこか慄くようなディーノに、小歳は小首を傾げて、それから思い出す。
そういえば初めて出会ったとき、剣を振るうところを見せていた。
「安心しろ、ゆっくり打つ」
「……わかった」
ディーノの返事を受けて、小歳は正眼に構える。
それを受けて、ディーノは先ほど小歳が教えた構えを取った。
盾を胸よりも僅か高めに、心無し喉元を守るように構える姿に小歳は感心する。
その構えならば、正眼からの突きにも対応できる。
スキル云々よりも、単純に飲み込みがよいのだな、と小歳は判断して。
「額を打つ」
ディーノが緊張の面持ちで頷いた。
それを見てから、小歳は緩やかに振り上げて、額に向かって打ち下ろす。
それは受ける側のディーノですら戸惑うような、横から素手で掴むのも容易い緩やかさ。
ディーノが盾を掲げる。杖に向かって垂直に受けるように。
盾と棒がぶつかる、カンという軽い音。
「盾で受けるときは、垂直ではなく斜面を作って受け流すようにしたほうがいい。
腕に固定しているなら兎も角、手で持っている以上、モロに受ければ手首を挫く」
「……んー、わかった。もう一回、頼む」
頷いて応じ、再度、緩やかに打ち込んだ。
今度はディーノは、剣に対して斜めに受ける。
弾かれるというよりは、滑るように棒は盾の上を走り、そのまま地面を打った。
「おお!」
嬉しげなディーノの声。
「出来るなら、盾に当たった瞬間に外側に押し出してやるといい」
「……そうすると、さっきの私みたいになるわけな」
「ああ。盾で武器を打ち払えば、ほぼ確実に体勢は崩れるからな」
小歳は頷く。
確かディーノのスキルには、パリィがあった。
これだけ教えておけば、後はまあ上手くやるだろう。
あまり宜しいこととは思えないが、今は頼れるものに頼っておいたほうがいい。
「後はアクティブスキルか……一通り使って、感覚を掴んでみるといいんじゃないか? うん」
「おい、なんでいきなり曖昧になるんだよ」
どこか憮然としたディーノに、小歳はだってなぁ、と呟いて。
「アクティブスキルとか俺は使えんし使える人間も知らんから、アドバイスも何もできん」
そもそもアクティブスキルを使うという感覚自体が、小歳には理解が出来ない。
使おうと意識した時には振るっている。
コップを掴むのに手を伸ばすのと同じ、意識して息を吸うにも横隔膜を意識して動かさないのと同じ。
その仕草を一々意識しない。
そうしようとしただけでその動作は自然と出るし、咄嗟であれば考える前に出るのが当然なのだ。
「最初のアレはスキルじゃないのかよ」
「あんなものただの遊びの類だろう。真面目にやってれば誰でもできるようになる」
小歳の投げやりともいえる言葉に、マジかよ……とディーノが戦慄する。
段位持ちと、初めて武器を振るう人間がやりあうようなものなので、ああなるのも当然だろうと小歳は思うが、やはり常識の違いかと内心で小首をかしげた。
「まあわかった。やってみる」
ディーノの言葉に、小歳は頷いて距離を取る。
よく観察したい、というのもあるが、近くの相手にオートホーミングしてスキルが飛んでくるとかいうゲーム的な機能があったら堪った物ではない。
小歳が離れたのを見て取って、ディーノが構え、前に勢い良く飛び出して剣を突き出した。
先ほどまでの突きとは違う、最後まで切っ先に揺らぎが無い見事な刺突。
思うところはあるが、しかし今日初めて剣を握った人間であると考えれば、異常としか思えない動き。
胸を打ち抜き心臓に刃を突き立てるに十分な威力を秘めているのが見て取れた。
だが―――――
「ディーノ、いいか?」
「ん? なんかおかしな所でもあったか」
ディーノは突き抜いた体勢から改めて取っていた構えを解くと、小歳に向き直る。
「いや、俺が初めて剣を振るった時とは比べものにならん」
「そっか」
気恥ずかしげに、ディーノははにかんだ。
「ただな、見ていて動作の始まりと終わりに違和感がある。
それを使ってる感じって、どんな風なんだ?」
「どんなって言われてもな……、スキルを使ってる間は、体を動かされてるって感じ。
いや、こう、自分で動かしてる感じはあるんだけど、流されて動いてるっていうか……。
んー、川流れしてるって言えば解るか?」
いや、解らん。小歳が首を振ると、ディーノは悩むように眉間に皺を寄せて。
「なんて言うかさ、自分の意思で泳いでるんだけど、泳ぐ方向とか速度とかは水流次第みたいな」
「…………動作の細部が自分の意思とは無関係に行われているといった感じか?」
「あー、そうそう。そんな感じ。
スキルを使うって思うと体の動きが後押しされて、終わると後押しが無くなって自由に動かせる」
「なるほど、なるほど? 邪魔をした、続けてくれ」
首を傾げながら小歳がそういうと、ディーノは改めてスキルを繰り返す。
前に出て突きだし、また下がる。恐らくは《チャージ》と書いてあったスキルだろう。
それを小歳はじぃと観察した。
確かに動き出そうとする瞬間と動作の終わりに、僅かな奇妙な間があった。
恐らくは後押しを受ける瞬間と、終わった瞬間に発生する齟齬。
自分の意思とは異なった何かによって体を補佐されているが故に発生する、動作の隙。
体の動作を預けてから動き出すまでと、預けた動作を取り戻して自身で動かすまでのタイムラグ。
ああ、要するに腕を動かすという意思は本人のものだが、その腕をどう動かすかはスキルに依託されているのだろう。
だから、動かし出す前と動かし出した後に間が生まれるのだ。肉体の操作を預け、そして取り返すのだから。
水流次第とはよく言ったもの。実質的に決まった流れ(動作)しか出来ず、応用がない。
格闘ゲームでコマンド入力した技が、常に同じモーションになるのと同じなのだろう。たぶん。
「……………」
そう結論を出して、小歳が動きを見聞していると、動作を終わらせたディーノが、不意に身を震わせた。
「ん、どうした?」
「い、いや、寒気が……」
「流石に傷つくぞ、俺に見られただけで怖気走るというのは」
「いやいや、そういうんじゃねえよ!?
…………ただ、なんて言うか、こう、命の危険に晒されたって感じがしてさ、何でか知らないけど」
ああ、勘が良いな、と小歳は内心で独りごちた。
敵意があったわけではない、殺意など元より持ち合わせてはいない。
ディーノの動きから差し込める瞬間を測っていただけなのだが、それでも感じ取るものはあったのだろう。
「そういう事もあるだろうさ。
さて、アクティブスキルにも馴れてきたろうから、そろそろ手合わせをしておくか」
「あいよ。お手柔らかに」
小歳は無言で頷いて、先ほどと同じように構えるとディーノの前に立ち塞がるのだった。
*
「知っているか。歳を取るとな、筋肉痛が一日遅れで来るらしいぞ」
「な、なんでお前は余裕なんだよ………」
「人生の大半を剣を振るうばかりに費やしているからな。
鍛え方が違う」
全身を筋肉痛に襲われ机に突っ伏したディーノの呻くような言葉に、小歳は笑って応じた。
人間というものは無意識的に普段から使っている筋肉を使うものだが、ディーノの場合はスキルとやらのせいで普段使っていない筋肉を酷使されたのだろう。
結果として僅か一時間かそこらの運動で、重度の全身筋肉痛へと陥ったのだ。
「ぉぉおぉぉぉお………」
「明後日に残さないように、ゆっくり風呂に浸かって確り休め。
………そういや、この家って風呂あるのか?」
ディーノは突っ伏したまま、顔だけを小歳に向けて言った。
その面持ちは、筋肉痛からか、苦痛に歪んでいる。
「家にあるのは、金持ちくらいだ。公営の湯屋があるから、私らはそっちを使うな」
「なんかローマっぽいな」
「ロォマってなんだ?」
突っ伏したまま、器用に首を傾げたディーノに古代ローマを説明していく。
大体三割くらい嘘を混ぜ、更に三割漫画ネタを仕込み、三割イメージで語り、一割授業で習った内容で。
こうして一日は過ぎていく。