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序章15:買い物へ行こう!






 小歳は居間の椅子に腰掛けながら、習い性だな、と独りごちた。

 長く、それこそ物心が付いた頃からの日課だったからだろう。

 朝に起きて鍛錬を行わないというのが、どうにも落ち着かなかった。


「できたぞー」


 そんなことを考えていると、二人分の朝食を両手に持ったディーノが姿を現した。

 食卓の中心に、ナンの如きパンを入れたバスケットを置いて、それぞれの前に食器と塩茹での野菜サラダを並べていく。

 昨晩のような保存食アレンジといった内容とは違って、随分とちゃんとした献立だった。


「悪いな、貧相で。

 今日の夕からはまともなもんを出すから勘弁してくれ」


 微苦笑しながら向かいの椅子に腰掛けるディーノに、、小歳はゆるりと首を振る。


「食わせて貰っている身だ。文句は無い。

 正直なところ、まともに食えるだけでありがたいからな」


「その言い回しは遠まわしに貶められる気分になるんだが………」


 何故、と首を傾げる小歳に、ディーノは曖昧に笑って応じるばかり。


「ほら、食べんぞ。冷める」


「そうだな。……頂きます」


 ディーノが黙祷とも黙礼とも取れる食前の祈りを終わらせるのに合わせて、手を合わせる。

 まずはナンのようなパンを手にとって食べてみると、それは正しくナンであった。

 もちもちとした食感は、慣れ親しんだものではないが、しかし確かに覚えがある。

 続いての塩茹で野菜はブロッコリー的なものとジャガイモらしきもの。

 それに人参の如きものがサラダ皿に盛られている、

 似ているとは言え、味が同じとは限らないし、何よりも恐ろしいのは毒性である。

 人間が葱を食べても問題ないが、しかし犬が食べたら死ぬ。

 人間が烏賊を食べても問題は無いが、しかし猫が食べたら腰を抜かす。

 一つ一つを確かめるように口にしていき………無貌の下の目を丸くする。


「不味かったか?」


 動きを止めた小歳に不安を感じたのだろうディーノに、小歳は首を振る。

 驚きもするだろう。これらは小歳からすれば異世界のものだ。

 毒性がなくとも、外見が同じだけで全く違う味ということを覚悟していた。

 だが、その味はまさに塩茹でのブロッコリーであり、ジャガイモであり、人参だったのだ。


「いや、俺の故郷にある食べ物と似ていてな、味は違うだろうと思ったが同じだった」


「へぇ……ま、どっちも人間が居るんだし、同じように野菜があってもおかしくはないんじゃね」


 ディーノの言葉に、小歳は感心したように頷いた。

 確かに異世界に人がいるのだ、異世界に人参やブロッコリー、ジャガイモなどの野菜があってもおかしくはないだろう。


「異世界だからと、些か気負いすぎていたか」


「まあ、安心しすぎるのもどうかと思うけどな。

 お前にとっては完全に異境であることに違いはないわけだし」


 ああ、と小歳は頷いて、ディーノがそうしているように、ナンで野菜を巻いていく。

 マヨネーズの類が欲しくなる味になったが、この世界にあるのだろうか?

 あれば嬉しい。小歳はマヨネーズのレシピを知りはしないので、再現だって無理なのだ。

 精々が卵を何とかするくらいの知識しかない。


「でさ、今日は武器と防具を買いに行こうと思うんだけど、それでいいか?」


「ああ。荷物持ちは慣れているからな、任せろ」


 小歳は力強く頷いた。

 子供の頃から兄共々姉達に荷物持ちとして振り回された。

 労力的には日々の鍛錬よりもよほど楽なのに、比べ物にならないほど疲労する不条理は胸に刻み込まれている。

 そんな小歳に、ディーノは何処か呆れたような表情を浮かべ。


「いや、お前の分も買うからな?」


「……装備制限」


「あ」


 間の抜けたディーノの声。

 基本的に小歳は防具を装備できない。

 輪郭こそ人間から逸脱していないものの、細部は明らかに人からは外れている。

 露骨な角や突起こそないが、ベルトのバックル程度の凹凸が通常の人体ではありえない程度に存在しているのだ。

 それこそ全身タイツ……とまでは行かずとも、ライダースーツに小振りなヘルメットを付けた奇人ともいえる外見である。

 そんな人間が防具を纏うのならば、それを前提としたオーダーメイドを作る必要があるだろう。

 武器こそ《装備制限》に引っ掛からないが、持込の虎鉄以外を使う理由が小歳にはない。

 武器を再生させる加持があるし、何よりも刀を扱う技術を修めている。そして何より費用が掛からない。

 費用が掛からないのだ。


「じゃあ、どうする? 家で待ってるか」


「建て替えてくれるなら、二つほど欲しいものはあるんだが……」


 言っておいて、本格的にヒモだな、と小歳は内心でうな垂れる。

 もう情けなくて泣きそうであった。姉の誰に知られても殺されそうであった。

 18歳で同年代の少女のヒモとか許されざるよ………。


「言ってみ」


「刀を止める帯と10フィート棒」


 前者は刀を持ち歩くのに、後者は冒険者達が見出した最強にして最高の道具だ。

 迷宮、ダンジョンに潜るのならば、持っていきたいアイテムNo1を欠かすわけには行かない。


「帯は余り布があるからいいとして……10ふぃー棒? なんだそれ」


 怪訝そうな面持ちのディーノに、小歳は何故通じていないのかと首を傾げ。

 そういえば10フィートが何センチに当たるのかを自身が把握していないことに、小歳は気が付いた。

 なるほど、自身が曖昧にも把握していないものは、翻訳してはくれないらしい。


「四尺の長さの棒だな」


「要するに長めの棒か」


「ああ、120cmの長さの棒があれば、大抵は何とかなるだろうさ」


 そういうもんなのか、とディーノは腑に落ちないという風に小首を傾げる。

 どうやら単位に関しては、その単位について把握していればちゃんと通じるようだった。

 しかし10フィートって実際のところ何センチだったか。

 思い出そうとしても思い出せないので、小歳は疑問を放り投げた。

 長物は確かに強いが、戦場が閉鎖空間である以上は取り回しによほど熟達していなければ邪魔にしかなりはしまい。

 実際に昨日、冒険者を観察した時には長物を持っている人間は居たには居たが、決して多くはなかった。




 *




 そうして朝食も終わり、小歳にとっては異国情緒溢れる街を買い物篭片手のディーノと共に移動する。

 人が疎らなのは、まだ時間が早いからか。

 石畳の道と石煉瓦の家々は、昔にプレイしたゲームを小歳に思い出させる。

 それなりにナンバリングを持ったタイトルで、舞台となる時代を最大限忠実に再現することに心血を注いでいた。

 そのゲームから得た知識に照らし合わせるに、恐らくは15世紀前後のように思える。

 ただ昨日に見た冒険者達は銃を帯びてはいなかった。

 15世紀というのは銃が台頭し始めた時代らしいので、それ以前か、或いは魔法の存在によって銃が生まれないか、発展しないかしたのだろうか?

 単に迷宮へ潜るに銃が不向きか、魔物に対して有効でないので誰も帯びては居ないのか。

 ただ、道の脇には排水溝らしき溝も見えて、明らかに衛生観念は発達している。

 この時代の西洋は不衛生極まっていたはずなので、結局は技術の進歩が自分の世界とは違うのだろう。

 異世界なのだから、自分の世界と同じように発展するほうがおかしいのだ。

 実際、血の一滴から何かを分析してスマホ的に表記する謎の羊皮紙的なものもあったわけだし。

 だから、魔法によって発達した15世紀くらいの文明社会と小歳は結論付けて、それは結局のところ何も解っていないのと変わらないと苦笑した。

 所詮は18の小僧だ。知識も、経験も、何も足りてはいないのだ。


「どうした?」


「いや、何でも」


 首振った小歳に視線を向けていたディーノは、そか、とだけ言って視線も戻す。

 そうして暫し歩いて、目的の店へとたどり着いた。

 他の家々と同じ、石煉瓦の店舗に足を踏み入れる。

 天井から吊るされたランプから発せられる、蛍光灯のような明かりに照らされた店内は明るく、時刻の早さもあってか客の姿は見当たらない。

 奥の会計らしき場所では、筋骨隆々とした男が腕を組んで椅子に座っており、こちらを一瞥すると冷やかしと判断したのか直ぐに目を閉じた。

 店内に並べられた武器立てには、所狭しと抜き身の武器が立て掛けられている光景は、現実でありながらも、どこか現実味が薄く、まるでファンタジーのゲームの中に入ったようで、少しばかり感動する。


「まさに武器屋といった感じだな」


「まあ武器屋だからな」


 小歳よりは身近な光景なのだろう。

 何を言っているんだ、と呆れた風情で小歳を一瞥したディーノは、剣が並べられた武器立てへと近づいていく。

 恐る恐ると言った手つきで武器を手にするディーノ姿は何とも危なっかしく、見ている小歳としては今にも怪我をしそうで心臓に悪かった。


「剣にするのか? 俺としては長物を勧めるが」


「武器熟練が剣と弓だからな……。

 んー、刀身が長いやつにしとくか」


「盾を使うつもりなら、手首から肘より拳一つ長いくらいのにしておくといい。

 片手で振るなら、それぐらいじゃないと武器の重さに振り回されるぞ」


「……そっか、そうだな。解った」


 ディーノは少し考えるそぶりを見せて、しかし直ぐに頷いた。

 そして小歳が指摘した通りの長さの剣がある場所へと移動する。


「……………結局、どれがいいんだ、これ?」


「肩の高さで真っ直ぐに突き出して、10秒保持できる重さのものにするといい。

 重いほうが威力は出るが、繰り返し振り回すには体力がいる。

 扱いに慣れるまでは心なし軽めのものを選ぶのが無難だな」


「片刃と両刃での違いってなんだ?」


「片刃なら峰を鈍器に出来るし、両刃なら切れ味が落ちたときに持ち替えだけで何とかなる。

 ここら辺は比べてみて手に馴染むのを選べばいいんじゃないか」


 解った、とディーノは笑みと共に頷いて、言われた通りに確認していく。

 しかし回りに人が居ないとはいえ、危なっかしくて目が離せない。

 スキルで《武器熟練/剣》とあったが、あれが本当に作用しているのか不安になってくる光景だった。


「うん、これにするわ」


 ディーノが選んだのは、変哲のない、やや肉厚の片刃の剣だった。

 腕の細さからして重すぎるとも小歳は思ったが、あのステータス表を信じるのなら、ディーノは小歳を上回る腕力を平均して持っている筈なので、これ位のものでも問題はないのかもしれなかった。


「曇りもないし、歪みもなく欠けもない……悪くないんじゃないか」


 製鉄業と鍛冶師の両刀である父なら、刀身を叩いて更に詳しく判別もできたのだろうが、小歳には外見から何となく読み取る以上のことは出来ない。

 ただ刀身の輝きからして鋼とは思えなかったが、売り物として並ぶ以上は武器としては十分使える水準にはあるだろう。


「そんじゃ、買ってくるわ。待っててくれ」


「いや、俺も行こう。聞きたいことがある」


「聞きたいこと?」


 首を傾げるディーノに頷いて、並んで会計へ。

 机の上に剣を置くと、店主が椅子から立ち上がって小歳とディーノを交互に見比べた。


「どっちが使うんだ?」


「あー、私です」


 店主は机に置いた剣を手に取って刀身を調べてから言った。


「新米冒険者か?」


 気圧されたのか、緊張気味にディーノが頷くと店主が破顔する。

 厳つい顔付きの人物だったが、笑うとどうにも愛嬌があった。


「悪くない目利きだ。

 新米はデカくて見栄えのいいモンを選ぶもんなんだがな。


 お前さんは幸先がよさそうだ」


「何を選べばいいのか教えてくれたのはコイツで、私は長いのを選ぼうとしてましたよ」


 表情を心なし綻ばせたディーノが小歳に視線を向ける。

 店長の顔が向くに合わせて、小歳は小さく会釈した。


「…………お前さんが選んだのか?」


 無貌を前に気後れしたような、訝しげな店長の言葉に小歳は頷いて。


「体格にあった剣を選べ程度にアドバイスをしただけです。

 実家が鍛冶屋なので、まあそれなりの知識はありまして」


 なるほどな、と店主は納得したように頷いた。

 鍛冶屋というところに親近感を得たのか、或いは実家という言葉に人間味を見出したのか、店主の表情が明らかに和らいだ。


「失礼ですが、ここにある剣の材質は何か教えていただけますか?」


「珍しいことを聞くな? 大抵が軟鉄で、まあ安いのが鋳鉄だよ。

 中でも高いのは銑鉄が混じったものだ」


 不思議そうに顎を撫でながら答えた店主に、小歳は、ふむ、と考える。

 鋳鉄、軟鉄、銑鉄。

 本分ではないのでそこまで詳しくは無いが、確か何れも古い時代、鋼を使い出す前に使われていた鉱石だ。

 特に銑鉄と軟鉄は古代ローマのグラディウス辺りに使われて、その名を轟かせたとか兄が言っていた記憶がある。

 知識の源泉が兄からの伝聞なので、些か怪しいがまあ仕方ない。


「鋼の武器は無いので?」


「それなら店の奥にしまってある。

 アレは高いからな」


 鋼の武器はあるが、店頭には並ばない。

 大量生産されるものではなく、また単純に高価なのだろう。

 単に作れる技術を持った人間が少ないのか、材料費の問題かは解らない。

 中世に入った頃には主流だったはず、ああ、いや制度、商売のやり方の問題かも知れぬと小歳は考えて、そこで思考を打ち切った。

 そこら辺の関係が些かに気になる所ではあるが、ここで聞いても答えが得られることは無いだろう。

 とりあえず懸念が一つ消えて、新しい心配事が生まれたことに内心でため息を吐き出した。


「そうでしたか。武器は見慣れていましたが、ウチは作るだけでしたので。

 しかしこれだけ並んでいると壮観ですね」


 小歳の言葉に、そうだろうそうだろう、と店主は上機嫌に相槌を打つ。

 生まれた国、生まれた時代の関係上、武器が並んでいるという光景は、それこそ目にする機会は全く無い。

 ネットで海外の銃砲店の画像を目にしたこともあったが、槍剣の類ばかりが並んでいるというのは、銃とはまた違った、力強い印象を強く受けるものだった。


「あー……と」


 話題に完全に置き去りにされ、どこか居場所がなさげだったディーノが気まずげに声を出す。

 それに店主は申し訳なさげに表情を緩め、小歳は半歩下がった。


「おお、悪いな嬢ちゃん」


「いえ、それで、この剣はお幾らですかね?」


「銀貨25のところを、大負けで銀貨22って所だな」


「にじゅうにっ!?」


 提示された値段にディーノは身を仰け反らせ目を見開き表情を強張らせる。

 小歳には高いのか安いのかも解らぬ、そもそも貨幣価値自体知らぬ、だがディーノの反応を見る限り高いのだろうなあ、と他人事のようにのんびりと内心で独りごちた。


「た、高すぎません?」


「さっき話してたが、コイツは銑鉄と軟鉄の合わせモンだからな。

 店頭に並んでる品の中じゃ高いグループになる」


 ディーノは振り返って店内の商品と店主の手元にある剣を見比べて、そして判断がつきかねたのだろう。

 どこか気弱げな、迷うような面持ちを小歳へと向けた。


「なあ、小歳。どうすればいいと思う?」


「鋼の武器が買えないなら、多少高くてもそれを買うべきだろう。

 弘法なら兎も角、荒事において道具の良し悪しは生死に直結するからな」


 ――――そも、出来るならば槍の類を選ばせたい。


 その言葉だけは小歳は飲み込んだ。

 金を払う訳でもない、家計の助けになっている訳でもなく、付き合いが長くも深くも無い。

 今の小歳はヒモに等しく、そんな人間が他人の選択を歪ませるわけにもいかない。

 剣を使うとディーノが選んだのなら、剣を使うことを前提に考えるべきなのだ。

 出来るのは、すべきなのは、あくまでも真摯に意見を述べるのみである。


「コウボーってのが何なのかは解らないけど、言いたいところは解った」


 難しげに眉根を寄せて、ディーノは暫し考え、挑むように店主を見た。

 強い眼光。それは生活を一人背負い、一人稼ぎ、浪費は明日の食事に直結し、それ以降の貧困を呼ぶことを知る女の瞳。

 小歳であればノータイムで視野の外に逃亡する眼光にも、店主の筋骨隆々とした肉体は微塵も揺らがない。

 ディーノは静かに息を吸って。


「買った!」


「売った!」


 迷いを投げ捨てるような叫びに、店主がニヤリと笑顔で応じた。

 未練を断つが如くに机に叩きつけられる大銀貨2枚と銀貨2枚。

 がっはっは、と店主は笑いながら机の下から布を取り出して刀身へと巻きつけていく。

 どうやら鞘のような気の利いたものは無いらしかった。

 そういえば、昨日、目にした冒険者の中にも武器に布を巻いただけなのが居たな、と今更ながらに小歳は気がついた。

 ディーノが布を巻かれただけの剣を受け取ったところで、会釈をして踵を返す。


「嬢ちゃん」


 背に投げかけられた店長の声に、はい、とディーノが振り向いて、それに合わせて小歳も足を止めて上半身だけで振り返る。


「その兄ちゃんと仲良くしときな。長生きするぜ」


「もう生き長らえました」


 ふ、と笑った気配がしてディーノが言った。

 位置からして小歳には、どんな面持ちをしていたのかはわからない。

 ただ、その声は―――――



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