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序章11:彼のお話/天の御柱

 二重扉の先は石造りをした正方形の小部屋だった。

 狭く、両腕を広げれば手首の当たりで引っ掛かる程度の広さしかない。

 天井だけは板張りで、よく見れば錐で空けたような穴が幾つか目に付いた。

 床には複雑な模様―――文字なのかもしれないが―――で描かれた魔法陣が描かれている。

 取りあえずは組合員に言われた通り、扉に向かうようにして魔方陣の中心に座り込む。

 楽な姿勢でと言われていたので胡坐をとも思ったのだが、あれは咄嗟に動けないので逆に落ち着けない。

 なので正座をすることにした。幸いにして正座をすることに馴れているから、一時間だろうが問題はない。

 流石に床張りではなく石畳では、足が痛くなりそうであったが。

 姿勢を正して目を瞑る。起きているのも億劫なので、速やかに眠ってしまおう。

 不真面目と謗られるかもしれないが、個人的には形成法なんて受けたくはないのだ。

 ただ一つ後ろめたいことがあるとすれば、それはこの件に関して金を出させた身分であるということくらい。

 父親然り、世のお父さんは立派だな、などと考えながら小歳は眠りに落ちた。






* * *





 太陽が存在しないのに、昼の如くに明るい碧い空。

 石畳の参道は果て無く続き、左右へと視線を巡らせれば黄金の稲穂が地平の彼方までを埋め尽くしていた。

 吹き抜ける風は清涼で、佇む小歳の頬と稲穂を撫でていく。


「―――――」


 ここは何処か。これが形成法とやらによる儀式で訪れる場所なのか。

 眠ってから目覚めた記憶が無いことを考えれば、漫画やアニメによくある己が精神世界というやつか?

 しかし自身の内面世界にしては、些か健やかに過ぎるのではないか。

 戸惑いながらも小歳が訥々と考えていると。


「始めまして我が末の民よ」


 背後から、そんな言葉が投げかけられた。

 その声には隠しようのない優しさと、溢れるような喜びが満ちていて、敵意を微塵と感じさせなかったからだろうか。

 突然のことにも関わらず、驚きも無く受け入れられたのは。

 ゆるりと振り返れば、そこには自分と差して変わらぬ年頃と思わせる女が立っていた。

 白無垢を思わせる装束、星のない夜空のような長く黒い髪。

 顔は白布に隠されているが、恐ろしいまでに整っているのが何故だか理解できた。

 それは初めて目にする、しかし生まれたその日から知っている誰かだった。

 確かに初見だというのに、確かに知っている―――否、それすら通り越して毎日のように顔を合わせていたとすら思える親近感に内心で首を傾げる。

 背丈は小歳より低く、自然と見下ろす形になるのが不敬と感じた小歳は、地面に片膝をついて俯いた。



 そう、この目の前の存在は敬意を払うべき相手だと本能が語り―――



 ―――理性が告げていた。

    これは人の形をした人でなきもの。六度、その身を斬り裂いてなお命に届かぬ超越存在だと。



「変わりませんね。

 貴方達は人の枠組みを置き去りにして、私達を尊んでくれる」


 それが何よりも喜ばしいと、女は嬉しげに、太陽のように明るく上品に笑った。

 心なし空が明るさを増したように思えるのは、気のせいではないだろう。

 地面からの照り返しが強くなっている。暑い。


「貴方に三つの加護を下賜しましょう」


 背に掛けられる美しい声は、優しくはあるが同時に抗いがたい厳かさに満ちている。


「異世界にて命を繋ぐための守りの加護。

 異世界にて意思を通じさせる言葉の加護。

 異世界に携えた剣を万全に保つ加持。


 これは異世界よりの帰郷という行為に対する餞であり、帰郷と同時に失われるものと知りなさい」


 断る理由は無い。

 これは単に生きることが出来るというだけの加護だ。

 剣に関しても空気に何か含まれている以上は、急激に錆びたり、強度を落としたりという可能性が否めず、結局のところ地球上と同環境下に置くというのと変わらない。

 ただ言葉に関しては――――。


「文化文明の成り立ちも、歴史も、種族も、何もかも違う、直接的、間接的な繋がりすらない世界の言葉を覚えるのは容易ではありませんよ。

 今なお密林や荒野には、隔絶されていたが故に、解明されない言語を用いる者達がいる事くらいは知っていましょう」


 言外に、お前じゃ無理だ、座ってろ、と言われたような気がするが、事実なので受け入れる。

 何処かで聞いた話だが、隣り合った位置関係にある部族ですら理解できない言語を用いる僅か十数人の部族が居るとか居ないとか。

 そういったことを考えれば、確かに言葉を覚えるだけでも一生は掛かりそうな気がしないでもない。


「道具を保つにしても、出来るならば持って帰って欲しいのです。

 些細なものであれ、あれも世界の一部(しげん)ですから」


 なるほど、と納得する。

 確かに自分がそうであるように、虎鉄もまた異世界に連れ去られた―――いや、盗難されたものだろう。

 出来るなら、それを取り返そうとするのは当然といえば当然か。


「ですが、それ以上はありませんし、与えません。

 我らが行う手助けは、不可能を可能にするまでです。


 最低限の手助けを最大限行う……こればかりは今も昔も変わりはしない」


 竜に通じる武器や道具は与えるが、それで竜を討てるかは与えられた人間の能力次第。

 それはただそれだけのことで、古の英雄が英雄と呼ばれる所以である。

 そう、攻略不可能が可能になっただけで難行である事実に違いは無い。


「………人の身を上回る悪鬼を討とうとする人の決意は、それだけで貴いのです。

 例え敵わずとも、その貴さが穢れることはありません。


 難行を容易に成せる力を与えては、それこそ人への不敬であり、侮辱でしょう」


 親愛に満ちた声、慈しむような視線は、驚くほどに重かった。

 例えるならば、何十万という人間の意思が、視線が束ねて向けられたような、そんな重み。


「さあ、最後です。言葉を発し、面を上げることを許します、望む問いかけを発しなさい。

 この()が知る限りのことを、私が許す限りにおいて答えましょう」


 ならば―――と小歳は開きかけた口を噤み、歯が砕けるのではないかというほどに食い縛る。

 その姿を、向かう女は優しげに見守って。


「……何故、私は異世界などに居るのですか?」


「不器用な子……ですが、そうでなくてはアナタではないのでしょう」


 痛みを堪えるように、搾り出すようにして口にした言葉に、女は憐れみと共に呟いた。

 聞きたいことは別にあった。この存在ならば、間違いなく確かな答えをくれるだろうという確信があった。

 だが、それは筋を違えている。ここで聞くべき事ではない。

 兄の行方を聞きたいと望む感情を、理性を持って小歳はねじ伏せた。


「異世界への移動を大まかに、合法、非合法、事故の三種類に区分できます。


 まず合法とされるものとしては《世界》という大枠同士による融通になります。

 世界が内包する全てを持って対応できない時、異なる世界に要請して対処可能な存在を融通して貰うことで解決を図ります。

 これは毒に対して抗体を与えるようなもので、拒否権も選択権もなく私達神格すらも手出しはできません。


 非合法なものは、異世界の神格や知性による召還です。

 何らかの目的のために、別の世界の存在を引きずり込む。

 これには拒否権も選択権もあり、また私達神格が察知した場合は阻止に入ります。

 知らずに受諾する場合が多いのですが、してしまったら私達でも手出しは出来なくなりますし、場合によっては帰郷も不可能になります。

 そして受諾せずとも異世界に完全に入り込んでしまうと殆ど手出しができません。

 無理に引き出そうとすると、連れ帰ろうとする人間を潰してしまいますから。


 後は事故ですが、これは世界同士が交錯した瞬間に異世界に移ってしまうことがあるというだけです。

 私達神格からすると、碌な痕跡も無く消えてしまうので、一番たちが悪くどうしようもありません。

 たとえ痕跡があっても、そこから辿った頃には間に合わない場合が非常に多いです」


「私は二つ目……なのですか?」


 召還された記憶も、それに応じた記憶もない。

 半信半疑と言った風情で首を傾げる小歳に、ええ、と女は答えた。


「アレは世界移動者の業に近いものですが、半分は事故ですね。

 異世界側に弾き飛ばされた結果、私達の世界が引き戻そうとする引力よりも、異世界の引力が勝りました。


 まあ異世界側は引き寄せようとしていた訳ではないのですが……」


 今ひとつ解らないが、要するに地球に戻ろうとしたら月の引力に引き寄せられてしまった……という認識でいいのだろう、きっと。

 そんな風に小歳は自分を納得させた。そもそも異世界が、世界が云々と言われても知識がないのでピンとこないのだ。


「次があれば世界構造について説明してあげましょう。

 ここ二千年と少し、人の子と語る機会もありませんでしたし」


 機嫌よさげに弾む女の声は、話好きという訳でもなく、ただ只管に人と関わるのが楽しくて堪らないといった風に小歳には感じられた。

 気のせいでは、恐らく無いのだろう。

 僅かな会話ではあるが、しかし目の前の存在から感じ取れる好意は偽りがないと根拠はないが察せられる程だからだ。


「さて、他には?」


「…………その」


 急に歯切れが悪くなった小歳に、女は不思議そうに小首を傾げた。

 何を言い辛くしているのか、解らないのだろう。

 人でないとはいえ、コレに関して女性の姿をした存在に対してハキハキと居えるほど、小歳は老いてはいないのだ。


「男性機能が、その」


「ああ……神の加護を受けるということは、加護が強ければ強いほどに影響を受けます。

 ものによりますが思考か体質の何れかに。

 これらは北欧の神々あたりに言わせれば、思考偏向など無粋極まる、人は人のままに足掻くから面白―――いえ、話が違いますね。


 私は処女神で、処女神というのは生殖機能を有していても使わない神ですから、私の加護を強く受けた貴方は加護を失うまで――基本的には帰郷するまで男性機能が不能になります。

 機能不全ではなく性欲の消失に伴う限定的なものですから安心なさい」


 慈悲に満ちた声、慈愛に満ちた女の視線に、小歳は内心で是非も無し、是非も無し、是非も無し、と安堵の余りに繰り返した。

 小歳は決して感情的な方ではない。情動は他人に比べて薄いほうだ。

 いや、むしろ薄いからこそこの程度で済んでいるともいえる。

 18の若さで異世界送りからの男性器機能不全というのは、精神的にへし折れる通り越して砕け散ってもおかしくはないだろう。


「そろそろ時間切れですが……最後に何かありますか?」


「………御身は如何なる存在に在らせられるか?」


 その問いかけに女は苦笑した。

 小歳が気づいていなかったことにか、或いは自らが名乗っていなかったことにかは解らないけれど。


「日輪、日天、天道、太陽、或いは、宙を照らす恒星に坐する柱。

 タカマガラハラの長、遍く(せかい)を照らすもの」


 何よりも誇るように、いとおしむように、天は謳い上げる。

 その名こそ何よりも大切なものなのだというように。

 そして同時に小歳は納得する。

 なるほど、毎日顔を合わせているような親近感を感じるはずだ。

 小歳が生きてきて太陽が昇らぬ日なんて一度として無かったのだから。


「―――――む?」


 恰も深い霧が立ち込め始めたかのように視界が白く染まり始めて、小歳の口から困惑の声が漏れた。


「時間切れです。


 ――――――それと、貴方の兄君に関して私達は手出しが出来ないものでした。

 誇りなさい、誇るに値する行いをなしました」


 その言葉に勢い良く小歳は顔を跳ね上げる。

 白く染まり往く視界の中、表情を伺えない白布の奥で苦笑いしているような気がした。


「いけませんね。私達は人の子を甘やかしすぎて駄目にする、そう古き子に窘められたのに。


 ―――さあ、我が末の民よ、挑むように駆け抜けなさい。

 私達は彼方の帰郷を夢見るように望んでいる」


 その言葉を最後に意識がゆっくりと遠ざかり。





 どれだけ眠っていたのか解らないが足が痛かった。

 立ち上がってほぐす様に足を動かす。

 痛んでいるのは筋肉ではなく、骨と間接なので気休めにしかならないが。

 実りの多い時間だったが、結局のところ体には何の変化も無い。

 形成法とやらはちゃんと施せたのか。

 施せなかったなら、施せないで、それはそれでいいのだが。

 小歳は首を捻りながら小部屋を後にするのだった。




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