目覚める魔法剣
「あのー、学者さん、この像はなんですかいね?」
モンスが、その巨体と、強面の人相に似合わず、丁寧な態度で、エミリーに尋ねた。
彼の指さした像は、女神像のようで、薄布をまとった女性が、水瓶を担ぎ、膝をついている。
「それは、イシリスという女神です。この地方に伝わる神話によると、水を司ると言われ、大神オシウスの妻であり、妹でもあるとされているわ」
「ふうん。有名な女神の割りには、随分質素だな。それとも、金目の物は、盗られちまったのかな?」
「えっ、まさか……!」
カイルのセリフで、エミリーも身を乗り出し、拡大鏡を当てて、覗き込み、隈無く観察してから、溜め息を吐いて言った。
「あなたの言う通りだわ、カイル。私の記憶によると、女神イシリスは、いつも首のところに、しずく形の首飾り『イシリスの涙』と、ヘビの形をした水神で、水難から人々を護るとされている指輪を付けていたというのに、この女神像は、それらを身に付けていないわ。
私の見たところ、この女神像の作者が、それらを作らなかったのではなく、むしろ、本物が飾られていたんだと思われるわ。よく見ると、首の周りだけまだらになっているでしょう?
『イシリスの涙』は、しずく形の宝石をつなげた首飾りで、幅広のチョーカーのようなものなの。その宝石や、それらをつなぐ鎖の合間に、ほこりがかかっていたから、こういう跡がついているのよ。指輪のあったとされる左手の薬指も、見てみて。やっぱり、そこから先だけほこりがついていないでしょう?」
エミリーの説明の通りであった。
カイルを始め、賊たちも、それを認めた。
「ってことは、探検家や学者ではない、ただのシロウトが、またもや、そいつを盗って行っちまったのか?」
エミリーは、困ったように、カイルを見上げた。
「そうかも知れないわ。私が、学会で話を聞いた時は、それらの宝飾品は、健在だったとされていたから」
「なーんだ。ここの部屋をざっと見たところ、その首飾りと指輪が、一番のお宝みたいだったのになぁ」
カイルが、がっかりした声を出した。
「あなたのような盗賊が、『イシリスの涙』たちを、持って行っちゃったのかも知れないわね」
エミリーが、意地悪く言う。
「ちぇっ、しょうがねえなぁ」
結局、カイルたち盗賊が持ち出せたのは、宝飾のついた短剣、ろくに磨かれていない原石に近い宝石類、まあまあ値打ちものらしき鏡、燭台、皿、壺、杯などであった。
目端の利くカイルの目に留まったものは、そのくらいだった。
カイルたちがそれらを持ち出している間中も、エミリーは、ずっと、持って来た古文書や、羊皮紙、紙を綴って束にしたものなどを熱心に見ながら、作業に夢中になっていた。
カイルや部下の盗賊たちが、めぼしい宝を運び出して、休憩していても、まだ彼女は、王の墓の中にいた。
没頭していた彼女が出て来たのは、夜になった頃であった。
日が陰っていて、昼間の暑さは、大分和らいできていた。
「砂漠の夜は、意外に冷えるぜ」
焚き火の側にある、壊れて横たわっている石の柱に腰かけるエミリーの肩に、カイルが、毛布をかけた。
エミリーは、焚き火で沸かした湯に茶葉を入れ、それをこしてから飲んだ。
カイルの部下である大柄なモンス、小柄なキラザ、モヒカン刈りのグラテールたちはテントを張り、交代で見張りをすることになった。
焚き火を挟んで、エミリーの正面の石に、カイルは歩いていった。
「随分、熱心に調べてたなぁ。あんなことが、面白いのかい?」
カイルは呆れたようではなく、むしろ、感心して尋ねていた。
「ええ。想像を超えるものが、いろいろ見つかって満足だわ。これなら、思っていた以上に、いい論文が書けそう!」
エミリーには、彼に対して、最初の警戒心はもうなく、その笑顔は、朗らかであった。
「明日は、日が昇らないうちに、出発した方がいい。じゃないと、灼熱地獄の中を行くハメになるからな。それに、今夜は、こうして、一晩中、火を焚いておけば、魔物も近寄れないだろう」
それは、旅の終わりを意味する。もと来た道を辿って、都会に戻り、自分の研究室で、あとは、論文を仕上げるのみだった。
「そうね。研究のために、私は、ここに来たんだもの……」
遊びに来たのではないが、念願の遺跡調査が終了してしまうことに、淋しさを覚えていた。
それと、意外に人の好い盗賊たちとの別れも、名残惜しい気さえしていた。
そして、目の前にいる、ハンサムだがうさん臭く、軽薄に見えた男とも。
焚き火に照らされ、彼の金色の髪は輝き、彼が座る時に、腰の剣が、きらきらと輝くのが、彼女の目に留まった。
「あら、随分高価そうな剣を見つけたじゃない」
カイルは気付いて、自分の剣の鞘に、視線を落とす。
「ああ、これは盗品じゃないぜ。もとから、俺が持っていたもんだ。今まで、一緒にいて気付かなかったのか?」
「そうだったの?」
エミリーは、まじまじと剣を見つめた。
「……その剣、どこかで……」
思い出したように、羊皮紙を取り出す。
「あったわ。その形に、その宝飾の模様、間違いないわ。それは、ヴァルス帝国のフィリウス王子が使っていたという、伝説の魔法剣じゃないかしら?」
カイルは驚いて、目を見開いた。
「へえ、この剣のことも、知っていたのか」
エミリーは、不思議そうな、好奇心をそそられた顔で、カイルを見ていた。
「どうして、あなたが、それを持っているの?」
「この剣は、俺の故郷で世話になったばあちゃんが、餞別にくれたものなんだ」
カイルは、エミリーに笑いかけてから、遠くを見据えた。
そんな淋しそうな彼の笑顔を初めて目にしたエミリーは、彼から視線を離せなくなった。
「骨董品屋を経営していたばあちゃんのところに、病を患っていた旅人が、立ち寄った。その旅人が、親切にしてくれたばあちゃんにって、今際の際にくれたのが、この魔法剣なんだってさ。今の学者さんの話で、ヴァルス帝国の伝説を確信できたぜ。その病で亡くなった旅人っていうのが、ヴァルス帝国唯一の生き残りだった、フィリウス王子その人だったんだ」
「まあ……!」
エミリーは、驚いて、口に手を当てた。
カイルは、焚き火の炎を見つめて、続けた。
「俺は父親の顔を知らない。母親も、男と蒸発しちまった。俺を引き取って、育ててくれたのは、母方の親戚だったが、貧乏で子だくさんだったその家では、はっきり言って、俺は厄介者だった。家が居辛かった俺は、村のあちこちを遊び歩いていた。そんな俺を可愛がってくれて、本当の肉親みたいに接してくれてたのが、そのばあちゃんだったんだ。
だけど、ばあちゃんは、店に強盗が入って、殺されちまった。……ショックだった。未だに、それを、引き摺っちまっててな。時々思い出しちゃあ、ずーんと落ちこんじまって。……ばあちゃんの死に目に間に合った時、形見のこの剣をもらい、俺は、村を出たんだ」
エミリーは、思いもよらなかった彼の生い立ちを聞いているうちに、胸が締め付けられるような気になった。
「そんなことがあったなんて……。あなたを見ていて、全然、そんな辛い過去があったようには、思えなかったわ」
同情されているかも知れないと思ったカイルは、慌てて笑顔を作ってみせた。
「俺が十三のガキだった頃の話さ。ま、そんな生い立ちだからよ、今では、盗賊団の頭になんかまで、なっちまったんだな。ちゃんとした教育を受けて来た学者さんとは、比べものになんか、ならねえよな」
エミリーの茶色の瞳は、炎の明かりに照らされて、潤んでいるように光っていた。
「そんなことないわ。盗賊団って言っても、あなたたちは、とても紳士的で、私の旅に付き合ってくれたわ。それに、義賊って言ってたじゃない。ただの盗賊団じゃなくて、ちゃんと信念を持った人たちだってことがわかったわ。盗賊にも、そういう人たちがいたのを、あなたは教えてくれたわ」
カイルは、エミリーを見つめた。
「俺たち盗賊を、そんなふうに言ってくれるのか?」
二人の視線は、炎を挟み、絡み合っていった。
互いの鼓動が、炎を通して聞こえてくるように感じる。
カイルが立ち上がるのに、つられるようにして、エミリーも立ち上がった。
月明かりに浮かぶ二人の頬は、炎に照らされ、紅潮していた。それは、炎のせいではないとも言えた。
カイルが、エミリーの肩に手をかけた。
エミリーと近い年頃に見える彼は、彼女よりもずっと背が高かったことに、改めて彼女は気付かされた。
それを頼もしげに、エミリーはカイルを見上げると、彼の熱のこもった視線を、ドキドキと胸を高鳴らせながら、受け止めた。
その彼の、透き通る、切れ長の青い瞳を見つめ続けていることに、耐え切れなくなり、彼女は、まぶたを閉じた。
カイルの手が、ゆっくりと、エミリーの顎を持ち上げる。
唇が重ねられようという時であった。
「大変だ! 魔物だぁっ!」
見張りのモンスが上げた、野太い声によって、すべては遮られた。
砂漠を、黒いものが、スーッと移動し、近付いて来るのが見える。
それは、黒い煙のような、靄のようなものであったが、中心には、飛び抜けて高い黒い影が見える。
「おめえら、油断するんじゃねえぞ」
「へい、親分!」
モンスの叫び声でかけつけた盗賊たちは、それぞれの武器を手に、身構えた。
エミリーは、カイルの後ろにかばわれ、身体をこわばらせていた。
魔物に対抗するには、対魔物用の武器でなければならない。
彼らの武器には、いずれも、その対策がしてあった。
事前に、盗品で手に入れておいた魔除けの札を、武器に貼付けているのだ。それならば、ある程度の魔物は、追い払うことができる。
黒い靄の集団は、やがて、カイルたちの目で、はっきりと確認できるところにまでやってきて、止まった。
よく見ると、中央に見える背の高いものが、人間であることがわかった。
その黒ずくめの男が、口を開いた。
「貴様たちは、盗賊だな? 私の留守に、宝を盗む気か」
黒いフードにすっぽりと覆われたその人物は、昼間に出会った魔道士たちと似たような、言葉に抑揚のない、威圧感のある態度であった。
カイルは、ピンときた。
「お前、確か、オアシスの食堂にいた魔道士だな? 魔物を引き連れているところを見ると、『魔道士の塔』の奴等とは違う、ヤミ魔道士ってやつか。魔物が出るという怪事件も、もしかしたら、お前の仕業なんじゃねえの?」
フードの中から、ヤミ魔道士の鋭い目が覗く。
「ほほう、小僧、よい勘をしている。私の名は、デュオヌス。ここは、私のテリトリーなのだ。宝に近付く人間は、追い払うのみ」
ふと、エミリーが、魔道士の首に光るものを見つけた。
「そ、それは、……『イシリスの涙』!?」
「なんだと?」
カイルも手下たちも、魔道士の首に注目する。
しずく形にカットされた宝石を連ねた、幅の広いネックレス、エミリーの説明と同じ物が、魔道士の首の合間から覗いているのがわかる。
「お前が『イシリスの涙』を盗んだのか?」
カイルの目が鋭く、魔道士を睨む。
「ほほう。このネックレスのことも知っているとは。これは、お前たちのような盗人の手に渡るよりも、私のような魔力の高い者の方が、ずっと、このネックレスの価値を引き出せるというものよ。これには、魔力に耐えられる石が使われている。すなわち、これを身に付けた私には、常人を超える魔力を引き出すことができるのだ」
カイルは、魔道士の手にも、目をやった。思った通り、そこには、銀色に光るものがある。
「やはりな。てめえ、指輪もしてやがるな?」
カイルのセリフに、エミリーも盗賊たちも、魔道士の指を見る。
宝石のついた杖を握る手には、エミリーの言った通りの形状である、銀色のヘビが、指に巻き付く格好で、つけられていたのだった。
「このネックレスに、この指輪。ふたつが揃った満月の夜に、私の魔力は、最高に高まるのだ」
ヤミ魔道士デュオヌスは、両手を広げた。
周囲を取り囲む黒い靄ーーダーク・シャドウたちも、大きく揺れた。
「あなたが、いくら脅かしてみせても、そんなことしていられるのは、今のうちだけよ。あなたのことは、魔道士の塔の魔道士が、すぐに見つけるわ」
エミリーが、カイルの背後から、勇気を振り絞って言った。
じろりと、デュオヌスは、エミリーを見る。
「魔道士の塔だと? それは、もしかして、こいつらのことかね、お嬢さん?」
デュオヌスがマントで、ばさっと、近くにいたダーク・シャドウを仰いだ。
黒い靄が、よけるように引いて行くと、そこには、何かが積み重なっているような、黒い塊が見えた。
「はっ! あれは……!」
全員が、息を飲んで見つめる先は、昼間出会った魔道士と思われる三人が、血まみれになって倒れ、折り重なっている姿であった。
「……なんて、ひどいことを……!」
エミリーは、掠れた声を上げた。
カイルの瞳は細められ、部下たちも、顔をしかめる。
デュオヌスだけが、上機嫌に笑っていた。
「例え、正規の魔道士の連中が、束になってかかってこようと、この私の前には、赤子も同然!」
笑い声を上げる彼を、カイルが遮った。
「正確に言うと、『イシリスの涙と水神の指輪の前には』ーーだろ?」
途端に、デュオヌスは、笑うのをやめた。
「へへん、図星だろ? 本来、お前ひとりの力じゃあ、あの魔道士たち三人を一気にやっつけるなんざあ、到底無理なんだろう。だから、それが出来て、嬉しくてしょうがねえんだな」
と、カイルは、小馬鹿にしたような笑みを向けた。
この期に及んで、魔力の増強されたヤミ魔道士を、挑発するのかと、エミリーも手下たちも驚いて、カイルを見た。
魔道士の冷ややかな青い視線が、カイルにだけ注がれる。
「小僧、貴様、私の実力が、まだわからんようだな? いいだろう。貴様のような、たかが盗賊如きには、想像を絶する力だということを、思い知らせてやろう! 見るがいい!」
マントをはためかせた魔道士の周りで発生した靄が、もくもくと、カイルたちに向かっていった。
「へんっ! こんなの、朝メシ前だぜ!」
カイルも手下も、魔物対策用武器で、切り裂いて行く。
「すごいわ! カイル、皆さん、頑張って!」
エミリーの声援に、満足げな笑みを浮かべるカイルであった。
(もうちょっと、俺のカッコいいところを、見せておくか)
暢気にも、そのようなことを考えていたところだった。
「砂漠のハイエナーーサンド・ウルフよ。お前の求める生きた人間の肝を、喰らうがいい!」
丸い月だけが浮かぶ暗い空に、いんいんと、デュオヌスの声が響いていくと、灰色の雲のようなものが、浮かび上がる。それは、大きさを増して行き、突如、地面に降り立った。
灰色をしたハイエナが、そこに現れた。
黄色く光るガラス玉のような目と、長い舌をたらし、息を荒げているその部分だけが、本物のハイエナと似ていたが、顔や胴体、肢体などは、すべて、砂のような細かい粒子でできているのだった。
それは、自在に変形し、形をとどめず、さーっと飛んで移動したと思うと、大きな槍に変身し、襲いかかっていく。
盗賊たちは、バラバラによけ、カイルは、エミリーを抱えて、横に飛んでよける。
ハイエナは、数百本という矢に化け、彼らに向かっていく。
バラバラによけても、逃げ切れず、カイルたち四人の盗賊は、武器で攻守に転じた。
だが、叩き落とされた矢は、また砂状に戻り、集まって行くと、元通りのハイエナの姿になる。
その繰り返しであった。
「サンド・ウルフよ、戻れ。出でよ、デビル・ナイツ!」
魔道士の呪文を唱える声が、またもや響くと、砂のハイエナが去り、長い円錐形の柄の先に、尖った穂先の付いたランスを手にした、二つ頭を持つ黒い甲冑の騎士が、黒いウマに乗って、空中に現れたのだった。
「なんだぁ、ありゃあ!?」
普通の人間の二倍はあろうという黒い甲冑の騎士が、重苦しい空気とともに、やってくる。
口を、あんぐり開けて、それを見ていたカイルが、思わず呟く。
「ウソだろ? あんな魔物は、見たことないぜ!」
ゆっくり見物などしている間もなく、早くも、甲冑の騎士が、ウマを駆り立て、地面に降り立つ。
そこが、砂漠の上だというこも忘れさせられるほど、スムーズに向きを変えられ、時々ふわりと飛び上がる。
そのスピードといい、身のこなしといい、人間業ではないことは、一目瞭然である。
二つ頭の騎士が、ランスを突き出す。
全員よけることが出来たが、それが突き刺した地面は、砂が崩れていき、さらさらと、砂地獄のように、流砂が起きた。
「まるで、砂漠の地面に穴を開けてるようだ!」
キラザが身震いしながら、声を張り上げた。
騎士が狙うのは、人間の身体ではなかった。
何度となく、騎士が人間たちを追いかけ、その度に、ずさっ、ずさっと、地面を突き刺し、流砂の起きる場所を、増やして行く。
とても太刀打ちできる相手ではないと判断した一行は、流砂に足を飲まれそうになりながらも、なんとか逃げ回っていた。
魔道士の笑い声が響く。
「ふはははは。今までのハイエナは、これを召喚するために時間稼ぎでしかなかったのだ。これが、我が最大級の召喚魔法『デビル・ナイツ』だ! その名の通り、『悪魔の騎士』だ!」
デュオヌスは、いつの間にか、離れたところで宙に浮いていて、悦に入った笑い顔で、逃げ回る人間たちを見下ろしていた。
「カイル!」
カイルに手を掴まれて、一緒に走りながら、エミリーが呼びかけた。
「なんで、魔法剣の力を使わないの?」
「魔法剣の力なんて、使ったことねえよ」
エミリーの目が大きく開かれる。
「なんですって? 今まで、使ったことないの?」
「俺だって、フィリウス王子の伝説は聞いてたけどな、実際に、この魔法剣で、どんなことが出来るかまでは、知らないんだよ。例え、魔法が使えたとしても、どうやったら出来んのか、わかんねえんだ!」
カイルが逃げ場を、目で咄嗟に探しながら、エミリーの手を引くが、すぐ横で、ランスの先から発射された光線が、地面を貫く。
「危ねえっ!」
カイルがエミリーを抱えて、横に飛ぶ。
危うく、流砂に飲み込まれそうになりながらも、なんとか逃れたものの、デビル・ナイツは攻撃の手をやめない。悪魔のように、人々の精神を追い込むウマのいななきも、やむことはない。
二つ頭を持つ悪魔の騎士は、宙をウマで駆け巡りながら、狩りでも楽しむように、人間たちを追いつめていった。
逃げながら、なにかを思い出したように、エミリーは、先ほどの羊皮紙を取り出した。
「何してんだ、エミリー、危ねえぞ!」
カイルが、黒騎士の光線を、剣で弾き返す。その背に隠れたエミリーが、興奮して言った。
「あったわ、魔法剣の使い方が! 私の調べたところによると、……いい、カイル、念じるのよ、強く。あなたの精神を統一して、信じるのよ、魔法剣を。そして、自分を……!」
「そんなんで、魔法が使えるっていうのか? そんなことくらいなら、今までだって試してみたけど、全然出来なかったぜ!」
その時、悪魔騎士の光線が、盗賊の巨体を襲った。
「うぎゃあああっ!」
「ああっ、モンス!」
モンスは、背中から、焼け焦げた匂いをさせ、どっと倒れた。
近くにいたキラザが駆け寄るが、流砂に足を取られてしまい、身動きができない。
それどころか、もがけばもがくほど、ますます砂に埋もれてしまう。
「モンス! キラザ!」
グラテールが二人を助けようと、岩陰から出て行くが、デビル・ナイツに正面から立ち塞がれると、恐怖のあまり、立ち尽くしてしまった。
二つ頭の悪魔の騎士の表情は、二つとも兜で覆われ、見えはしない。もとより、表情などあるのかすら定かではないが、兜の奥で、にたりと、それぞれの瞳が笑ったと思われた瞬間だった。
「魔法剣よ、俺に力を貸してくれ!」
仲間たちを助けたい一心で、カイルが両手に構えた剣を向け、そう叫びながら、騎士に向き直った時だった。
凄まじい振動を手に感じると、仲間を助けたい心が通じたかのように、彼の持つ剣からは、銀色にきらきら輝く霊気のようなものが、荒れ狂う風のように渦巻き、勢いよく迸る。
「なっ、なんだ、この凄まじい威力は!?」
空中にいたデュオヌスは、驚いて、この様子を見ていたが、我に返る。
「い、いかん! デビル・ナイツ! その霊気からは、凄まじい魔力が感じられる! 殺られるぞ! 戻るのだ!」
デュオヌスがそう言った時には、もう遅かった。
銀色の渦が、悪魔の騎士を飲み込んだ。
いや、騎士の身体を、通り過ぎたようにしか見えなかったのだが、騎士の頭のひとつと身体が、縦半分だけ、なくなっていた。
削り取られたとでも言おうか。刃物などで、真っ二つに割ったというよりは、奇妙なことに、霊気の触れた部分だけ、この世から消滅したとでも言うべきか、そのような印象を受ける。
デビル・ナイツは、しゅうしゅうと黒い煙を吹き出させ、みるみるうちに、ぼわぼわと姿を消した。致命的なダメージをくらったらしく、自ら消滅してしまったように。
「……いったい、何が起きたというのだ……!?」
空に浮かぶ魔道士は、茫然と地上を見下ろす。
「すごいわ、カイル! 素晴らしいわ!」
エミリーが、カイルの首に飛びついた。
当のカイル自身も驚いていて、すぐには実感が湧かなかった。