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Trick or Sweet 〜トリック・オア・スイート〜  作者: かがみ透
第二夜 『砂漠の夜の夢』
8/16

遺跡調査

「砂漠に入れば、オアシスがあるんだが、それまでの道のりは、天候次第だな。おい、モンス、天気の方はどうだ?」


 太った野盗の男に、カイルが声をかけた。


「へい、親分。天気専門の占いじいさんに聞いてみやしたら、大丈夫だろうってことでした」


「よし。ところで、学者さん、喉乾いてないか? キラザ、学者さんに、飲み水を用意しろ」


「へい」


 カイルに命じられた、小柄な男が、円形の水筒を持ってくる。


 カイルは、手下を三人ばかり連れ、旅に同行させていた。

 皆、ひとり一頭ずつダグラに乗っている。エミリーもひとりで乗っていた。


 ウマよりも長身のダグラに乗るには、ダグラを座らせ、跨がってから立ち上がらせる。乗ってしまえば、後はウマと同じ要領で良かった。


「きゃあっ!」


 突然、エミリーが悲鳴を上げる。


 モヒカン刈りの男が、エミリーのブーツに手をかけていたのだった。


「なにをするの。放して!」


 エミリーが騒いだので、すぐに、カイルがダグラを近付ける。


「こら、グラテール、何やってんだ」


「へえ、親分。学者さんのお靴が、砂で汚れてたんで、払って差し上げようかと……」


「バカ野郎、そんなこと、いきなりやったら、普通びっくりするだろーが。砂漠に入ったら余計汚れんだから、今はいいんだよ」


「へい、親分」


 モヒカン頭のグラテールは、エミリーにも謝ると、後ろへすごすごと引き下がった。


「わりいな、学者さん、こいつら、悪気はないんだが、女の扱い方が、イマイチよくわかってねえんだ。許してやってくれよな」


 カイルがすまなそうに言った。


 エミリーは、まだどこか野盗たちが怖かったものの、徐々に慣れていくしかないと、心に言い聞かせた。この旅は、彼らと行動を共にするしかないのだから、と。


(みんな、この男が悪いのよ)


 そして、隣にいるカイルを、横目で睨んだ。


 そんな彼女の心境など、わかっているのかいないのか、彼は、道中、仲間達と楽しげであった。


 そうこうしているうちに、砂漠へのゲートへ辿り着く。


 カイル率いる山賊たちは、麻布を被り、できるだけ顔を隠し、事前に用意しておいた偽物の通行証で、無事、国境を越えることができた。


 砂漠から入国するのは、一般の国境を越える時ほど、関門は厳しくなかったせいもあっただろう。


「まさか、そんな偽造通行証を持っていたなんて……。あなたたちは、いったい、普段は、どんなことをしているの?」


 エミリーは、そう聞かずにはいられなかった。


「そうだなぁ、……詐欺とか?」

「なっ……!」


「通行料で儲けた金で、(まかな)ってるかな。ああ、そうそう、悪い領主からごっそり頂いた金品を、売りさばいたりしたこともあったなぁ」


 砂漠へ入れば、他の人々に聞こえる心配もなかったので、カイルが、罪悪感もない調子で答えた。

 品行方正で常識的なエミリーからすれば、驚く答えばかりが返ってくる。


「詐欺に、タカリに、盗みもやっていたというの!?」


「誤解しないでくれよ。俺たちは、あくまでも義賊だぜ。金だって、悪いヤツから巻き上げてるだけで、一般市民には手ぇ出してねえよ。詐欺もそうさ。儲けた分は、時々は、貧乏なヤツにだって、分けてやってるし」


「でも、通行料は、一般人から取ってるんでしょう?」


「それだって、金持ちそうな外国人狙いだし、そんな大金じゃねえよ。危害を加えてまで、いただいちゃいないぜ」


 エミリーは黙ってカイルを見る。


「なんだ? また呆れちゃったか?」


 カイルは、おどけた調子で、エミリーを覗き込んだ。


(どうやら、義賊っていうのは、本当みたいね)


 エミリーも、その点だけは、感心したように、小さく笑った。


 始めのうちは、そのように話もできたが、砂漠を進んで行くうちに、日差しはますます強まっていき、ダグラに乗って進んではいるものの、汗でびっしょりになっていく。


 彼らの口数は減り、乾いた喉に、水を流し込むのが精一杯になってきていた。


「親分、もうすぐオアシスですぜ」


 片手望遠鏡を手にした、小柄なキラザが、カイルに告げる。


「よーし、皆、もうひと頑張りだぜ! オアシスに着いたら、なんかうまいモンでも食おうぜ!」


「おお!」


 彼の声に、賊たちは拳を振り上げて応えた。


「はあ、皆、元気ね……」


 この暑さの中、エミリーは、食欲などは湧かなかった。




 一行がオアシスに辿り着くと、そこは、砂漠のゲートの時と同じように、人々が行き交い、活気があった。


 さっそく、いくつかある食堂へと向かうが、混雑していた。


 街中で見掛ける食事よりも、大分質素なもので、この気温では、すぐに腐ってしまう肉類、野菜類は、香辛料を効かせ、火を通してある。

 他には、穀類があるくらいであった。


 食べ慣れない味だったので、エミリーは我慢しながら、少しずつ食べていたが、カイルたち賊は、一心不乱で、がっついていた。


「ちゃんとした食事は、この先、砂漠を越えるまではないと思って、しっかり食っておいた方がいいぜ」


 カイルは、エミリーに、何気なく言った。

 そのついでに、店の隅のテーブルに、目を留めた。

 そこには、ひとりだけ黒いフードを頭からすっぽりと被った客がいた。


(こんなところに魔道士か? 珍しいな)


 カイルは、ちらりと、その魔道士を見ただけで、あとは、食べ物をかっこむのに夢中になった。




「あんたの地図でいうと、あの辺りだぜ、遺跡が眠ってるっていうのは」


 そこから、遠くに見える石造りの、建物らしきものを指さした、カイルが言った。


 エミリーの地図によると、そこは、エウリュリュイス・エリアと呼ばれる、エウリュリュイス王国や、砂漠周辺の小さな諸国に、古くから伝わる過去の王国であった。


「あの建物は、エピュリケス王国の城跡よ。その昔、砂漠を襲った豪雨が大洪水を起こし、滅びてしまって、今となっては、残骸だけが、あのように残っているだけだけれど、まだまだ謎の多い遺跡ではあるわ」


 気を引き締めた表情で、エミリーが語った。


「エピュリケス王国は、今から約二〇〇〇年前に、この地域で、最も栄えた国と言われていたわ。だけど、それは、文字通り、砂の城でしかなかった。天変地異のような、それまで起こったこともない凄まじい豪雨によって、建物は崩れ、人々は、砂に飲まれて死んでいったと言う。残ったのは、当時の王たちの墓として作られた、巨大な神殿だけ。それさえも、二〇〇〇年という歳月が、砂で覆い隠してしまっていた。


 世界中の学者の集まる学会でも注目されるようになったのは、ここ十年足らずよ。とある探検家が、遺跡を発見してから、学者たちが動き出したの。その王の墓からは、当時の生活様式から文化、人類の起源までがわかると言われているの。なにしろ、墓は、かなり頑丈に作られていたし、それまでヒトの手も入らなかったから、保存状況もいいらしいのよ」


 エミリーの表情は、話を続けていくうちに、つやつやと輝いてきていた。


(ふ~ん、学者魂……か)


 カイルは、そんなエミリーに、少し感心したように、その横顔を眺めていた。


「親分、あそこに、お宝があるんっすか?」


 太ったモンスが、顔をほころばせている。


「ああ、どうも、そうらしいぜ」


 答えたカイルも、わくわくしているのを、抑えているように答えた。


 それには、気分を害されたエミリーは、少しだけ彼らを睨むが、それよりも、目的地が目の前だということの方が、勝っていたので、あまり気にならなかった。


 小柄なキラザと、モヒカン刈りのグラテールが、遺跡の場所に辿り着くと、さっと調べて報告する。


「……どこも、砂だらけですぜ?」

「折れた柱とか、壊れた壁とかばかりですわ」

「しかも、こんなモンまで落ちてましたぜ」


 グラテールの手にしている白っぽい個体を、皆で覗き込むと、どうやら、それは、人間や動物の屍骸が白骨化したものの一部であった。


 エミリーは叫び声を上げそうになって、両手で口を押さえた。盗賊たちは、怯えはしなかったものの、骨を見ながら、嫌な気分になっていた。


「親分、こんな廃墟に、お宝なんて、本当にあるんですかね?」


 モンスが、布で、巨体の汗を拭いながら、カイルに言った。


「学者さんよ、こりゃあ、ただの廃墟みたいだぜ。見渡す限り、崩壊した建物の跡と、砂ばかりだ。おまけに、あの骨、な~んか変じゃなかったか?」


 そう言うカイルに、エミリーが注目した。


「変って……?」


 カイルの目は、鋭く細められた。


「キラザたちが集めて来た白骨を見て、不思議に思ったんだが、どうも解せねえ点がある。まず、この骨が、この失われた王国の民のものじゃないことは、俺でもわかる。さっきの学者さんの話によると、皆流されちまったらしいからな。それに、二〇〇〇年も経ったようには見えねえ。もっと新しいものに見えねえか?


 となると、この砂漠で、食料や水が尽きて、死んでいった旅人やウマ、ダグラなどの動物たちの骨が、ここまで、風と砂によって運ばれてきたとも考えられる。しかし、それにしても、おかしなところがある。この骨は、……なにかに砕かれたような跡があるぜ」


 カイルの手にしている骨を、エミリーが、おそるおそる覗いてみる。


 彼の考え通り、骨は、そのままの形ではなく、何かに破壊されたような、それは、長年の風や砂の仕業(しわざ)でないことが明らかなのは、骨の断面から見て取れる。


「確かに、そんな感じがするわ。自然によるものじゃないという気が……」

「そ、それじゃあ、親分、いったい誰が、そんなことを?」


 神妙な面持ちで、グラテールがエミリーに続いた。


「わからねえ。だが、もしかしたら、……魔物の仕業かも知れねえ」


 カイルの目は、油断なく、辺りに注がれている。


「魔物ですって!?」


 エミリーは、再び口に両手を当てた。

 賊である手下たちの顔も引き締められる。

 慎重な表情のままで、カイルは続けた。


「砂漠には、そこで命を落とした者たちの魂が死霊となって、毎晩彷徨っているって、聞いたことがある。魔物に関しては、夜になれば、どこにでも出るって聞くしな。こりゃあ、明らかに、人為的なもんじゃねえぜ」


 エミリーも盗賊たちも、互いの顔を見合っていた。


「まあ、そういうことだからよ、お宝探しは、日の高い今のうちに、やっといた方が無難だな。ただでさえ、墓荒らしみてえなもんなんだからさ」


 カイルが肩を竦めた。


 皆が無言でごそごそと、めぼしいものを探し始めたところであった。


 ふと、カイルが空を見上げる。

 他の者たちは、それには気付かず、そのまま作業を続けていたのだが、彼の見つけたものは、上空から地上へと、皆の目の前へ降り立ったのだった。


「お前たち、そこで何をしている?」


 その者たちは、平淡な威圧した物言いで、そう尋ねた。


 空から舞い降りて来た者は三人いた。三人とも、黒いフード付きのマントを、頭から被っている。


 エミリーは驚いて、カイルの後ろに隠れ、モヒカンたち盗賊は、いつ戦闘が始まってもいいよう、その場で身構えた。


 カイルには動じる様子もなく、キッと三人を見据えて、答えた。


「人にものを尋ねる時は、そっちから、身元を明かすもんだ」


 三人のうちのひとりが、冷たい目で、カイルを見ながら、口を開いた。


「私たちは、『魔道士の塔』の者だ。このあたりに、不審なものが出現するという怪事件の噂を聞き、調べにきたのだ」


 男は、証拠として、黒いマントの中から、紫色をした石を取り出してみせた。

 石には、銀色の模様が刻まれている。


「あの刻印は、ルーナ文字を模様化したものだわ。間違いなく、『魔道士の塔』の印よ」


 エミリーの声が聞こえた魔道士は、当然のような顔つきで、石をしまった。


「これでいいか? 次は、お前たちの番だぞ」


 どうやら本物の魔道士らしいとわかったカイルが、今度は答える。


「俺たちは、ここにある遺跡を調べにきたんだ。こっちが、考古学者のエミリー・ワイズ先生で、俺たちは助手だ」


 どう見ても助手には見えなかっただろうが、魔道士たちは、エミリーとカイルたちを観察してから言った。


「ふむ。どうやら、お前の言うことは、本当らしい。お前たちの誰にも魔力は感じられない。それでは、魔物を操ることは出来まい」


「魔物を操る……だと?」


 カイルは顔をしかめた。


「それが、この辺りで聞く変な噂だっていうのか?」


「そうだ。この辺りには、魔物が出現するというのでな。お前たちも、せいぜい気を付けることだ」


「邪魔をしたな。それでは、失礼する」


「ちょっと、待て。オアシスにいたのも、お前らの仲間か?」


 魔道士たちは、早々に立ち去ろうとしたが、カイルの声に、振り返った。


「小僧、今、なんと言った?」


「さっき、オアシスの食堂に、魔道士みたいなヤツを見かけたぜ。お前たちみたいな黒いマントを着てさ」


 魔道士たちは、顔を見合わせた。


「小僧、その者は、ひとりであったか?」

「ああ、ひとりだったな」


 三人の魔道士は、もう一度、顔を見合わせた。


「その者、ヤミ魔道士だろうか?」

「だとすれば、怪事件と関係があるかも知れぬ」


 小声でぼそぼそと話していた三人は、突然、空に舞い上がると、飛んで行ってしまった。


 皆は、それを呆気に取られたように見上げていた。


「……今のは、一体なんだったんすかね、親分」


 モンスが、そろそろとカイルに近寄っていった。

 カイルは、腕を組んで、辺りを見渡した。


「やつらの話じゃあ、この辺りには、本当に妙なモンが出るらしいな」


 エミリーが身震いする。

 それを確かめるように見ながら、カイルが、意地悪く笑ってみせた。


「どうする、学者さん? 引き返すかい?」


「じょ、冗談じゃないわ。せっかくここまで来ておいて」


 というと、エミリーはむきになったように、さっそく調べ始めた。


 皆も、何か遺跡と関係のありそうなものを、探し始める。


 しばらくすると、エミリーが、建物の残骸で、なにかを見付け、地面の砂を払い始めた。


「何してんだ?」


 気付いたカイルが、それを覗き込む。


「ここの砂を払うのを手伝ってくれないかしら?」


 カイルたちは、エミリーの代わりに砂を払う。


 払う(掘るに近い作業だった)うちに、砂ばかりと思われた地面からは、石でできた大きな扉が現れた。


 まるで、それは、地下への扉であるかのように、人がひとり入れそうな大きさだ。


「これを、横にずらしてちょうだい」


 言われるままに、盗賊たちは、石の扉を横に押し開ける。男三人がかりでないと動かせないほどの重みであった。


 そうして、やっとのことで、扉をずらすことができると、そこには、地下へ続く、石の階段が見えたのだった。


「うへえ、こんなところに……!」


 グラテールが、驚いた声を上げた。


「ここよ。きっと、この下が、王の墓になっているのよ」


 興奮を押し殺した声でエミリーが言い、階段を降りて行こうとする。


「待てよ、学者さん。さっきの魔道士が言っていた怪事件とやらが、気になる。危ないから、俺たちが先に行こう。おい、グラテール、お前が先頭を行け。その次に、俺、学者さん、モンス、しんがりは、足の速いキラザの順で行こう。キラザは、後ろから何かあったら、すぐに知らせるんだぞ」


「へい、了解しやした」


 カイルの言った順番で、地下へ進む。




 五人が慎重に階段を降りていくと、狭い地下通路に出た。

 そこには、魔物が潜んでいる様子こそなかったものの、天井から、クモの巣がレースのカーテンのように、何重にもなって降りていたり、足もとには、ネズミのような小動物や、小さな爬虫類のようなものが、ちょろちょろと這い回っていた。


 とても普通の女性が通るには困難であっただろうが、エミリーは、そのようなネズミやムシたちにはそれほど驚かず、むしろ、それがどんな種類のもので、どのような生態系で、どのような性質を持つだとか、解説していたほどであった。


 盗賊たちは、「さすが、学者さんだ!」と感心していた。


 地下に入ってからは、人骨などには出くわさずに済んだ。


 長い通路を通って、やっと広い場所に出たと思うと、そこには、また石の扉、先のものよりも、もっと大きな扉が二つ、合わさっていたのだった。


「親分、ダメです。開きやせん」


 体格のいいモンスと、グラテールが体当たりをしても、石の扉はびくともしなかった。


「待って。もしかしたら、そこは……」


 エミリーが、荷物の中から、紙を束ねたものを取り出した。使い古したような紙だった。


「あ、あったわ。その扉の両側を見てみて。なにか、印のようなものがない?」


 カイルと手下たちが、言われたところを、目を凝らして探していると、扉の両端の中央には、てのひら程の、同じ刻印がされているのがわかった。


「その印は、どちらかが出っ張っていて、どちらかは凹んでいない?」


 エミリーの言うように、扉の右の印は出ていて、左側の印は引っ込んでいた。


 グラテールが、凸型の印に手をかけてみる。手で掴めるほどに、印全体が四角く、浮き上がっている。


 彼女の指示で、グラテールがそれを横に引いてみると、重い石のこすれる音が響き、扉の一部に見えたところは、四角柱の棒となって、引き抜かれた。


 印の部分以外が、二つ扉の横幅と同じ長さをした棒である。


 もう片方の凹型の印には、手がかけられない。


「その『凸』の方の印を、左側にもってくれば、『凹』にはめられるはずよ」


 グラテールは、棒を水平に保ちながら回転させ、印の部分を、扉左側の『凹』にはめた。

 印同士が重なった感触があった。


「そのまま、扉に、押し込んでいって」


 彼女の言うように、グラテールが四角柱を、扉に押し込むと、ごんごんごん……という音と、地響きがした。


 皆が身を寄せ合っていると、そのうち、音も、地響きもおさまった。


「さあ、これで開くはずよ」


 エミリーが、カイルに言う。

 カイルが指示し、グラテールが扉を押すと、扉が押した方向に回転した。


「これが、当時のエピュリケスの『鍵』だったと聞いているわ。敵から、王族や宝を守るためのね」


 うまくいったことが嬉しいように、エミリーは微笑んだ。

 皆は、感心して、彼女と、仕掛け扉とを見つめた。




 中へ入り、松明(たいまつ)で照らしてみると、そこは、広い室内となっていた。

 そこまでの広さとは思わなかった一行は、始めは呆気に取られていたが、徐々に、うろうろと歩き回ってみる。


 すべてが石造りであった。


 石造りの段の上には、石造りの棺のようなもの、像、家具、道具など、いろいろなものがある。


 どれも、純金が、全体か一部に使われていて、この地方独特の彫刻や、絵や、模様などが彫られていた。


 エミリーは、その大きな茶色の瞳を、好奇心いっぱいに輝かせて、それらに近付くと、研究を書き記した紙の束を見ながら、ひとり納得していた。


「さーて、さっそく、お宝を探させていただくとするか」


 カイルのかけ声で、皆は喜んで、室内に散らばっていく。カイルが念を押したよう、遺跡を傷付けない注意を払いながら。


「素晴らしい……! なんて素晴らしいの! ほとんど破損もなく残っているなんて……!」


 エミリーはルーペを取り出し、壁や道具など、片っ端から観察し、紙に書き込んでいく。

 刷毛で、ほこりや砂を払ってから、柔らかい、土を固めて作った粘土のようなもので、形を写し取ったりもしていた。


 普通の人々からすれば、なぜそんなことが楽しいのかと、首を傾げられてしまうような、慎重かつ地道さの必要な作業であるにもかかわらず、彼女は、とても楽し気に、それらをこなしていた。


 宝を探しているカイルは、そんなエミリーを盗み見て、理解に苦しむように、首を横に振った。


(まったく、学者ってやつは、よくわからねえぜ。あのおねえちゃんだって、普通にしてりゃあ、かわいいものを、なんで、こんな若い女の来るようなところじゃない、しみったれた遺跡なんかに、あんなに嬉々としてやがるんだか)


 そんなカイルにも、宝箱らしきものが見つかった。


 だが、それは、無理矢理外からこじ開けたような形跡があり、中身もからっぽであった。

 カイルの部下たちも、そのような、空の壊れた箱を見つけていた。


「ちぇっ、どうやら、誰か、先にお宝を見つけて、持って行っちまったやつらがいるようだぜ」


 カイルが、離れたところにいるエミリーに、声をかけた。


「ええ? そんな……」


 エミリーも手を止め、かけつけた。

 カイルたちの見つけた空箱を見ると、がっかりした顔になった。


「学者仲間が、こんなことするわけないわ」


「確かに、学者にしては、この開け方は乱暴すぎる。といって、俺たちのような賊の仕業にしては、シロウトすぎる。ってことは、この辺の近隣諸国にも、ここの噂が広まり、お宝を盗んでいったやつが、ちょろちょろいたのかもな」


「なんてことなの……!」


 エミリーは、肩を落として、うなだれた。


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