遺跡調査
「砂漠に入れば、オアシスがあるんだが、それまでの道のりは、天候次第だな。おい、モンス、天気の方はどうだ?」
太った野盗の男に、カイルが声をかけた。
「へい、親分。天気専門の占いじいさんに聞いてみやしたら、大丈夫だろうってことでした」
「よし。ところで、学者さん、喉乾いてないか? キラザ、学者さんに、飲み水を用意しろ」
「へい」
カイルに命じられた、小柄な男が、円形の水筒を持ってくる。
カイルは、手下を三人ばかり連れ、旅に同行させていた。
皆、ひとり一頭ずつダグラに乗っている。エミリーもひとりで乗っていた。
ウマよりも長身のダグラに乗るには、ダグラを座らせ、跨がってから立ち上がらせる。乗ってしまえば、後はウマと同じ要領で良かった。
「きゃあっ!」
突然、エミリーが悲鳴を上げる。
モヒカン刈りの男が、エミリーのブーツに手をかけていたのだった。
「なにをするの。放して!」
エミリーが騒いだので、すぐに、カイルがダグラを近付ける。
「こら、グラテール、何やってんだ」
「へえ、親分。学者さんのお靴が、砂で汚れてたんで、払って差し上げようかと……」
「バカ野郎、そんなこと、いきなりやったら、普通びっくりするだろーが。砂漠に入ったら余計汚れんだから、今はいいんだよ」
「へい、親分」
モヒカン頭のグラテールは、エミリーにも謝ると、後ろへすごすごと引き下がった。
「わりいな、学者さん、こいつら、悪気はないんだが、女の扱い方が、イマイチよくわかってねえんだ。許してやってくれよな」
カイルがすまなそうに言った。
エミリーは、まだどこか野盗たちが怖かったものの、徐々に慣れていくしかないと、心に言い聞かせた。この旅は、彼らと行動を共にするしかないのだから、と。
(みんな、この男が悪いのよ)
そして、隣にいるカイルを、横目で睨んだ。
そんな彼女の心境など、わかっているのかいないのか、彼は、道中、仲間達と楽しげであった。
そうこうしているうちに、砂漠へのゲートへ辿り着く。
カイル率いる山賊たちは、麻布を被り、できるだけ顔を隠し、事前に用意しておいた偽物の通行証で、無事、国境を越えることができた。
砂漠から入国するのは、一般の国境を越える時ほど、関門は厳しくなかったせいもあっただろう。
「まさか、そんな偽造通行証を持っていたなんて……。あなたたちは、いったい、普段は、どんなことをしているの?」
エミリーは、そう聞かずにはいられなかった。
「そうだなぁ、……詐欺とか?」
「なっ……!」
「通行料で儲けた金で、賄ってるかな。ああ、そうそう、悪い領主からごっそり頂いた金品を、売りさばいたりしたこともあったなぁ」
砂漠へ入れば、他の人々に聞こえる心配もなかったので、カイルが、罪悪感もない調子で答えた。
品行方正で常識的なエミリーからすれば、驚く答えばかりが返ってくる。
「詐欺に、タカリに、盗みもやっていたというの!?」
「誤解しないでくれよ。俺たちは、あくまでも義賊だぜ。金だって、悪いヤツから巻き上げてるだけで、一般市民には手ぇ出してねえよ。詐欺もそうさ。儲けた分は、時々は、貧乏なヤツにだって、分けてやってるし」
「でも、通行料は、一般人から取ってるんでしょう?」
「それだって、金持ちそうな外国人狙いだし、そんな大金じゃねえよ。危害を加えてまで、いただいちゃいないぜ」
エミリーは黙ってカイルを見る。
「なんだ? また呆れちゃったか?」
カイルは、おどけた調子で、エミリーを覗き込んだ。
(どうやら、義賊っていうのは、本当みたいね)
エミリーも、その点だけは、感心したように、小さく笑った。
始めのうちは、そのように話もできたが、砂漠を進んで行くうちに、日差しはますます強まっていき、ダグラに乗って進んではいるものの、汗でびっしょりになっていく。
彼らの口数は減り、乾いた喉に、水を流し込むのが精一杯になってきていた。
「親分、もうすぐオアシスですぜ」
片手望遠鏡を手にした、小柄なキラザが、カイルに告げる。
「よーし、皆、もうひと頑張りだぜ! オアシスに着いたら、なんかうまいモンでも食おうぜ!」
「おお!」
彼の声に、賊たちは拳を振り上げて応えた。
「はあ、皆、元気ね……」
この暑さの中、エミリーは、食欲などは湧かなかった。
一行がオアシスに辿り着くと、そこは、砂漠のゲートの時と同じように、人々が行き交い、活気があった。
さっそく、いくつかある食堂へと向かうが、混雑していた。
街中で見掛ける食事よりも、大分質素なもので、この気温では、すぐに腐ってしまう肉類、野菜類は、香辛料を効かせ、火を通してある。
他には、穀類があるくらいであった。
食べ慣れない味だったので、エミリーは我慢しながら、少しずつ食べていたが、カイルたち賊は、一心不乱で、がっついていた。
「ちゃんとした食事は、この先、砂漠を越えるまではないと思って、しっかり食っておいた方がいいぜ」
カイルは、エミリーに、何気なく言った。
そのついでに、店の隅のテーブルに、目を留めた。
そこには、ひとりだけ黒いフードを頭からすっぽりと被った客がいた。
(こんなところに魔道士か? 珍しいな)
カイルは、ちらりと、その魔道士を見ただけで、あとは、食べ物をかっこむのに夢中になった。
「あんたの地図でいうと、あの辺りだぜ、遺跡が眠ってるっていうのは」
そこから、遠くに見える石造りの、建物らしきものを指さした、カイルが言った。
エミリーの地図によると、そこは、エウリュリュイス・エリアと呼ばれる、エウリュリュイス王国や、砂漠周辺の小さな諸国に、古くから伝わる過去の王国であった。
「あの建物は、エピュリケス王国の城跡よ。その昔、砂漠を襲った豪雨が大洪水を起こし、滅びてしまって、今となっては、残骸だけが、あのように残っているだけだけれど、まだまだ謎の多い遺跡ではあるわ」
気を引き締めた表情で、エミリーが語った。
「エピュリケス王国は、今から約二〇〇〇年前に、この地域で、最も栄えた国と言われていたわ。だけど、それは、文字通り、砂の城でしかなかった。天変地異のような、それまで起こったこともない凄まじい豪雨によって、建物は崩れ、人々は、砂に飲まれて死んでいったと言う。残ったのは、当時の王たちの墓として作られた、巨大な神殿だけ。それさえも、二〇〇〇年という歳月が、砂で覆い隠してしまっていた。
世界中の学者の集まる学会でも注目されるようになったのは、ここ十年足らずよ。とある探検家が、遺跡を発見してから、学者たちが動き出したの。その王の墓からは、当時の生活様式から文化、人類の起源までがわかると言われているの。なにしろ、墓は、かなり頑丈に作られていたし、それまでヒトの手も入らなかったから、保存状況もいいらしいのよ」
エミリーの表情は、話を続けていくうちに、つやつやと輝いてきていた。
(ふ~ん、学者魂……か)
カイルは、そんなエミリーに、少し感心したように、その横顔を眺めていた。
「親分、あそこに、お宝があるんっすか?」
太ったモンスが、顔をほころばせている。
「ああ、どうも、そうらしいぜ」
答えたカイルも、わくわくしているのを、抑えているように答えた。
それには、気分を害されたエミリーは、少しだけ彼らを睨むが、それよりも、目的地が目の前だということの方が、勝っていたので、あまり気にならなかった。
小柄なキラザと、モヒカン刈りのグラテールが、遺跡の場所に辿り着くと、さっと調べて報告する。
「……どこも、砂だらけですぜ?」
「折れた柱とか、壊れた壁とかばかりですわ」
「しかも、こんなモンまで落ちてましたぜ」
グラテールの手にしている白っぽい個体を、皆で覗き込むと、どうやら、それは、人間や動物の屍骸が白骨化したものの一部であった。
エミリーは叫び声を上げそうになって、両手で口を押さえた。盗賊たちは、怯えはしなかったものの、骨を見ながら、嫌な気分になっていた。
「親分、こんな廃墟に、お宝なんて、本当にあるんですかね?」
モンスが、布で、巨体の汗を拭いながら、カイルに言った。
「学者さんよ、こりゃあ、ただの廃墟みたいだぜ。見渡す限り、崩壊した建物の跡と、砂ばかりだ。おまけに、あの骨、な~んか変じゃなかったか?」
そう言うカイルに、エミリーが注目した。
「変って……?」
カイルの目は、鋭く細められた。
「キラザたちが集めて来た白骨を見て、不思議に思ったんだが、どうも解せねえ点がある。まず、この骨が、この失われた王国の民のものじゃないことは、俺でもわかる。さっきの学者さんの話によると、皆流されちまったらしいからな。それに、二〇〇〇年も経ったようには見えねえ。もっと新しいものに見えねえか?
となると、この砂漠で、食料や水が尽きて、死んでいった旅人やウマ、ダグラなどの動物たちの骨が、ここまで、風と砂によって運ばれてきたとも考えられる。しかし、それにしても、おかしなところがある。この骨は、……なにかに砕かれたような跡があるぜ」
カイルの手にしている骨を、エミリーが、おそるおそる覗いてみる。
彼の考え通り、骨は、そのままの形ではなく、何かに破壊されたような、それは、長年の風や砂の仕業でないことが明らかなのは、骨の断面から見て取れる。
「確かに、そんな感じがするわ。自然によるものじゃないという気が……」
「そ、それじゃあ、親分、いったい誰が、そんなことを?」
神妙な面持ちで、グラテールがエミリーに続いた。
「わからねえ。だが、もしかしたら、……魔物の仕業かも知れねえ」
カイルの目は、油断なく、辺りに注がれている。
「魔物ですって!?」
エミリーは、再び口に両手を当てた。
賊である手下たちの顔も引き締められる。
慎重な表情のままで、カイルは続けた。
「砂漠には、そこで命を落とした者たちの魂が死霊となって、毎晩彷徨っているって、聞いたことがある。魔物に関しては、夜になれば、どこにでも出るって聞くしな。こりゃあ、明らかに、人為的なもんじゃねえぜ」
エミリーも盗賊たちも、互いの顔を見合っていた。
「まあ、そういうことだからよ、お宝探しは、日の高い今のうちに、やっといた方が無難だな。ただでさえ、墓荒らしみてえなもんなんだからさ」
カイルが肩を竦めた。
皆が無言でごそごそと、めぼしいものを探し始めたところであった。
ふと、カイルが空を見上げる。
他の者たちは、それには気付かず、そのまま作業を続けていたのだが、彼の見つけたものは、上空から地上へと、皆の目の前へ降り立ったのだった。
「お前たち、そこで何をしている?」
その者たちは、平淡な威圧した物言いで、そう尋ねた。
空から舞い降りて来た者は三人いた。三人とも、黒いフード付きのマントを、頭から被っている。
エミリーは驚いて、カイルの後ろに隠れ、モヒカンたち盗賊は、いつ戦闘が始まってもいいよう、その場で身構えた。
カイルには動じる様子もなく、キッと三人を見据えて、答えた。
「人にものを尋ねる時は、そっちから、身元を明かすもんだ」
三人のうちのひとりが、冷たい目で、カイルを見ながら、口を開いた。
「私たちは、『魔道士の塔』の者だ。このあたりに、不審なものが出現するという怪事件の噂を聞き、調べにきたのだ」
男は、証拠として、黒いマントの中から、紫色をした石を取り出してみせた。
石には、銀色の模様が刻まれている。
「あの刻印は、ルーナ文字を模様化したものだわ。間違いなく、『魔道士の塔』の印よ」
エミリーの声が聞こえた魔道士は、当然のような顔つきで、石をしまった。
「これでいいか? 次は、お前たちの番だぞ」
どうやら本物の魔道士らしいとわかったカイルが、今度は答える。
「俺たちは、ここにある遺跡を調べにきたんだ。こっちが、考古学者のエミリー・ワイズ先生で、俺たちは助手だ」
どう見ても助手には見えなかっただろうが、魔道士たちは、エミリーとカイルたちを観察してから言った。
「ふむ。どうやら、お前の言うことは、本当らしい。お前たちの誰にも魔力は感じられない。それでは、魔物を操ることは出来まい」
「魔物を操る……だと?」
カイルは顔をしかめた。
「それが、この辺りで聞く変な噂だっていうのか?」
「そうだ。この辺りには、魔物が出現するというのでな。お前たちも、せいぜい気を付けることだ」
「邪魔をしたな。それでは、失礼する」
「ちょっと、待て。オアシスにいたのも、お前らの仲間か?」
魔道士たちは、早々に立ち去ろうとしたが、カイルの声に、振り返った。
「小僧、今、なんと言った?」
「さっき、オアシスの食堂に、魔道士みたいなヤツを見かけたぜ。お前たちみたいな黒いマントを着てさ」
魔道士たちは、顔を見合わせた。
「小僧、その者は、ひとりであったか?」
「ああ、ひとりだったな」
三人の魔道士は、もう一度、顔を見合わせた。
「その者、ヤミ魔道士だろうか?」
「だとすれば、怪事件と関係があるかも知れぬ」
小声でぼそぼそと話していた三人は、突然、空に舞い上がると、飛んで行ってしまった。
皆は、それを呆気に取られたように見上げていた。
「……今のは、一体なんだったんすかね、親分」
モンスが、そろそろとカイルに近寄っていった。
カイルは、腕を組んで、辺りを見渡した。
「やつらの話じゃあ、この辺りには、本当に妙なモンが出るらしいな」
エミリーが身震いする。
それを確かめるように見ながら、カイルが、意地悪く笑ってみせた。
「どうする、学者さん? 引き返すかい?」
「じょ、冗談じゃないわ。せっかくここまで来ておいて」
というと、エミリーはむきになったように、さっそく調べ始めた。
皆も、何か遺跡と関係のありそうなものを、探し始める。
しばらくすると、エミリーが、建物の残骸で、なにかを見付け、地面の砂を払い始めた。
「何してんだ?」
気付いたカイルが、それを覗き込む。
「ここの砂を払うのを手伝ってくれないかしら?」
カイルたちは、エミリーの代わりに砂を払う。
払う(掘るに近い作業だった)うちに、砂ばかりと思われた地面からは、石でできた大きな扉が現れた。
まるで、それは、地下への扉であるかのように、人がひとり入れそうな大きさだ。
「これを、横にずらしてちょうだい」
言われるままに、盗賊たちは、石の扉を横に押し開ける。男三人がかりでないと動かせないほどの重みであった。
そうして、やっとのことで、扉をずらすことができると、そこには、地下へ続く、石の階段が見えたのだった。
「うへえ、こんなところに……!」
グラテールが、驚いた声を上げた。
「ここよ。きっと、この下が、王の墓になっているのよ」
興奮を押し殺した声でエミリーが言い、階段を降りて行こうとする。
「待てよ、学者さん。さっきの魔道士が言っていた怪事件とやらが、気になる。危ないから、俺たちが先に行こう。おい、グラテール、お前が先頭を行け。その次に、俺、学者さん、モンス、しんがりは、足の速いキラザの順で行こう。キラザは、後ろから何かあったら、すぐに知らせるんだぞ」
「へい、了解しやした」
カイルの言った順番で、地下へ進む。
五人が慎重に階段を降りていくと、狭い地下通路に出た。
そこには、魔物が潜んでいる様子こそなかったものの、天井から、クモの巣がレースのカーテンのように、何重にもなって降りていたり、足もとには、ネズミのような小動物や、小さな爬虫類のようなものが、ちょろちょろと這い回っていた。
とても普通の女性が通るには困難であっただろうが、エミリーは、そのようなネズミやムシたちにはそれほど驚かず、むしろ、それがどんな種類のもので、どのような生態系で、どのような性質を持つだとか、解説していたほどであった。
盗賊たちは、「さすが、学者さんだ!」と感心していた。
地下に入ってからは、人骨などには出くわさずに済んだ。
長い通路を通って、やっと広い場所に出たと思うと、そこには、また石の扉、先のものよりも、もっと大きな扉が二つ、合わさっていたのだった。
「親分、ダメです。開きやせん」
体格のいいモンスと、グラテールが体当たりをしても、石の扉はびくともしなかった。
「待って。もしかしたら、そこは……」
エミリーが、荷物の中から、紙を束ねたものを取り出した。使い古したような紙だった。
「あ、あったわ。その扉の両側を見てみて。なにか、印のようなものがない?」
カイルと手下たちが、言われたところを、目を凝らして探していると、扉の両端の中央には、てのひら程の、同じ刻印がされているのがわかった。
「その印は、どちらかが出っ張っていて、どちらかは凹んでいない?」
エミリーの言うように、扉の右の印は出ていて、左側の印は引っ込んでいた。
グラテールが、凸型の印に手をかけてみる。手で掴めるほどに、印全体が四角く、浮き上がっている。
彼女の指示で、グラテールがそれを横に引いてみると、重い石のこすれる音が響き、扉の一部に見えたところは、四角柱の棒となって、引き抜かれた。
印の部分以外が、二つ扉の横幅と同じ長さをした棒である。
もう片方の凹型の印には、手がかけられない。
「その『凸』の方の印を、左側にもってくれば、『凹』にはめられるはずよ」
グラテールは、棒を水平に保ちながら回転させ、印の部分を、扉左側の『凹』にはめた。
印同士が重なった感触があった。
「そのまま、扉に、押し込んでいって」
彼女の言うように、グラテールが四角柱を、扉に押し込むと、ごんごんごん……という音と、地響きがした。
皆が身を寄せ合っていると、そのうち、音も、地響きもおさまった。
「さあ、これで開くはずよ」
エミリーが、カイルに言う。
カイルが指示し、グラテールが扉を押すと、扉が押した方向に回転した。
「これが、当時のエピュリケスの『鍵』だったと聞いているわ。敵から、王族や宝を守るためのね」
うまくいったことが嬉しいように、エミリーは微笑んだ。
皆は、感心して、彼女と、仕掛け扉とを見つめた。
中へ入り、松明で照らしてみると、そこは、広い室内となっていた。
そこまでの広さとは思わなかった一行は、始めは呆気に取られていたが、徐々に、うろうろと歩き回ってみる。
すべてが石造りであった。
石造りの段の上には、石造りの棺のようなもの、像、家具、道具など、いろいろなものがある。
どれも、純金が、全体か一部に使われていて、この地方独特の彫刻や、絵や、模様などが彫られていた。
エミリーは、その大きな茶色の瞳を、好奇心いっぱいに輝かせて、それらに近付くと、研究を書き記した紙の束を見ながら、ひとり納得していた。
「さーて、さっそく、お宝を探させていただくとするか」
カイルのかけ声で、皆は喜んで、室内に散らばっていく。カイルが念を押したよう、遺跡を傷付けない注意を払いながら。
「素晴らしい……! なんて素晴らしいの! ほとんど破損もなく残っているなんて……!」
エミリーはルーペを取り出し、壁や道具など、片っ端から観察し、紙に書き込んでいく。
刷毛で、ほこりや砂を払ってから、柔らかい、土を固めて作った粘土のようなもので、形を写し取ったりもしていた。
普通の人々からすれば、なぜそんなことが楽しいのかと、首を傾げられてしまうような、慎重かつ地道さの必要な作業であるにもかかわらず、彼女は、とても楽し気に、それらをこなしていた。
宝を探しているカイルは、そんなエミリーを盗み見て、理解に苦しむように、首を横に振った。
(まったく、学者ってやつは、よくわからねえぜ。あのおねえちゃんだって、普通にしてりゃあ、かわいいものを、なんで、こんな若い女の来るようなところじゃない、しみったれた遺跡なんかに、あんなに嬉々としてやがるんだか)
そんなカイルにも、宝箱らしきものが見つかった。
だが、それは、無理矢理外からこじ開けたような形跡があり、中身もからっぽであった。
カイルの部下たちも、そのような、空の壊れた箱を見つけていた。
「ちぇっ、どうやら、誰か、先にお宝を見つけて、持って行っちまったやつらがいるようだぜ」
カイルが、離れたところにいるエミリーに、声をかけた。
「ええ? そんな……」
エミリーも手を止め、かけつけた。
カイルたちの見つけた空箱を見ると、がっかりした顔になった。
「学者仲間が、こんなことするわけないわ」
「確かに、学者にしては、この開け方は乱暴すぎる。といって、俺たちのような賊の仕業にしては、シロウトすぎる。ってことは、この辺の近隣諸国にも、ここの噂が広まり、お宝を盗んでいったやつが、ちょろちょろいたのかもな」
「なんてことなの……!」
エミリーは、肩を落として、うなだれた。