騙し合い
ある日のことだった。領主の家に、賊が忍び込み、家宝であるツボが盗まれるという事件が起きた。
吟遊詩人たちの噂通り、隣町で起きた悲劇は、ここでも起こったのだった。
領主は困惑し、盗賊を捕まえた者には、礼金を与えるというふれを出し、館も、警備兵に見張らせるなどしたが、警備兵を装った賊に、またしても入られ、全財産に近い金品を盗られてしまったのだった。
これには、町民もぞっとした。
だが、一向に、盗賊団の尻尾は掴めず、途方に暮れるばかりである。
その頃、町はずれの山に囲まれた、盗賊団のアジトでは、酒盛りが行われていた。
まるで旅の一座のような完璧な演技と変装により、町民や、旅人になりすまして町に潜入していたその数は、ざっと三〇人あまりにもなる。旅の途中で、人数がふくれあがっていったとも思われる。
領主たちから巻き上げた宝を鑑賞しながら、飲めや歌えと盛り上がっていた。
「お頭、次は、どこの町へ行きなさるんで?」
「そうだな。このところ、近隣の町を続けてやってきたが、もういい加減、次の町は警戒してることだろう。こんな人数にもなっちまったし。だから、今度は、遠回りして、オーラス王国へでも行こうかと考えてる」
大きな酒ツボを手にした首領は、グビッと音を立てて酒を飲んだ。
「オーラス王国かあ。今までよりも、大きな国だ!」
「だな!」
盗賊たちは、わいわい騒いでいた。
首領の横では、グロリアが、静かに酒をついで、飲んでいる。
彼らが、酒盛りに興じていたその時だった。
いきなり崖が崩れ、賊たちの上に、石の塊が降り注いだ。
そして、別の箇所からも、轟音とともに、岩が崩れ落ちた。
「なんだ、なんだ!?」
「いったい、どうしたってんだ!?」
突然のことに、盗賊たちは慌て、混乱した事態へと一変した。
「ついに追いつめたぞ! 謎の盗賊団め!」
その声は、崖の上から聞こえた。
盗賊団が見上げる。
そこには、黒いマントをはおり、白い仮面をつけ、赤と黄色の横縞模様の派手な服を着た、なんとも奇妙な格好をした男が、両手を腰に当てて立ち、見下ろしていた。
「なんだ、あ、あの変なヤツは!?」
「野郎、ふざけやがって!」
盗賊が口々に、突如現れた男を罵った。
奇妙キテレツ男は、言い放つ。
「お前たちに、私の魔法を見せてやる。えいっ!」
男が、マントの中から何かを投げる。途端に、それは空中で弾け、岩に当たると爆発したのだった。
「さっきの爆発も、あの野郎の仕業か!?」
盗賊たちは悲鳴を上げながら、逃げ惑った。
「うぬう、野郎、爆弾か何か持ってやがるのか!?」
首領は、さすがに取り乱して逃げ回ることはなかった。拳を握り締め、奇妙な道化師のごとき男を睨みつける。
「ヤバイっすよ、お頭、追手が来やがった! 早く、お宝を……!」
そう言って、頭に日除けの布を被った男のひとりが、宝箱を運ぶよう、周りに呼びかけた。そのついでに、ひょいっと、魔法剣を手に取る。
「こら、おめえ、それは、俺様のだぞ! 気安く触るんじゃねえっ!」
首領が、男から剣を引ったくろうとするが、男は、さっとよけた。
「いいや、これは、俺んだね!」
「なんだとぉ!?」
「待って、あんた」
今にも掴みかかりそうな首領の拳を、グロリアが押さえた。
身軽な男は、日除けの布を取ってみせた。
「お、お前は……!」
グロリアの目が、大きく見開かれた。
「よお、久しぶりだな、グロリア」
男は、大胆不敵な笑みを浮かべたカイルであった。
「なんだ、てめえは! どうして、ここがわかった!? あの変なピエロも、てめえの仲間か!?」
首領が、ぎりぎりと歯ぎしりをして、カイルを睨む。
カイルは、顎で、崖の上を示した。
「あれは、魔法道具を売ってた、屋台のおっちゃんさ」
数日間、姿を消していたカイルは、露店で魔法アイテムを売っていた男を見つけると、口八丁で丸め込み、男の持っていた本物の水晶球ペンダントで、魔法剣のありかを占わせた。しかも、無料で。
そして、今回も、うまくいったら、領主からご褒美をもらってやるから、どうせ、やつらは窃盗団の集団であって、野盗ではないから、こんなところまで登れやしないから大丈夫だ、などと説得し、そのような役をやらせたのだった。
「まあ、あんな変な格好しろとまでは、言ってないんだけどな。おかげで、思いのほか、お前らの注意を引いてくれたから、助かったぜ!」
魔法剣を肩に担いだカイルは、おかしそうに笑った。
「ふん、俺たちのアジトをつきとめ、剣を取り返したところまでは、褒めてやろう。だが、この後は、どうするつもりだ、小僧?」
首領の周りには、取り乱して逃げ出さなかった者たちが集まる。その数は、二〇人ほどだ。
変装した屋台の中年男は、崖の上である。
そこには、カイルひとりだけで、他に仲間を潜り込ませていたわけではなかった。
大の男二〇人を、少年ひとりだけで相手にするのは、普通のやり方では不可能だ。
カイルは、さっと、グロリアを引き寄せた。
「ふふん、人質を取ろうってのか。ガキの割りには、頭の回るヤツだ」
冷静さを取り戻した首領は、小馬鹿にしたように笑った。
「そんな女が欲しけりゃ、くれてやる。好きにしろ」
首領の言葉に、グロリアの顔色が変わる。
「そんな……! あんた、ひどいじゃないか!」
「うるせえ! お前が、高価そうな剣を見つけたって言うから任せたが、そんなガキとイチャつきやがって。お前なんか、もう必要ねえ!」
二の句が告げなくなったグロリアは、しゅんとうつむいたと同時に、カイルの脇腹にナイフを突きつけた。
だが、それを予期していたカイルは、難なくよけると、くるっと背面跳びに宙返りをして、賊から離れ、着地した。
「どうせ、そんなこったろうと思ったぜ。スバラシイ夫婦漫才だな」
カイルは、笑って拍手をした。
グロリアも首領も、悔しげに舌打ちする。
「野郎、もう許さねえ!」
盗賊たちが、じりじりとカイルに迫って行く。
「それじゃあ、そろそろ相手してやるか」
担いだ魔法剣で、肩をトントンやっていたカイルが、顔を引き締め、剣を構えた。
賊たちも、それぞれ手にした武器を構える。
と、その時、剣で攻撃を仕掛けようと見せかけたカイルが、腰に下げていた黒い小袋を素早く掴むと、左端の盗賊たちに向かって投げた。
「うわあああっ!」
「ぎゃああああっ!」
袋は爆発し、バチバチと黄色い光に包まれ、放電していた。そこにいた数人の賊が火傷をし、飛び上がる。
「て、てめえ、今度は、いったい何を……!?」
首領がカイルを、恐ろしい形相で睨む。
「これは、ちょっと俺が改造したんだ。魔法の粉をな」
「魔法の粉だとぉ? さっきの道化が投げてたヤツか!?」
「そ。ひとつひとつの袋じゃあ、あんまり威力がなかったからな。今のは、魔法の粉を混ぜ合わせて作った、雷爆弾だぜー!」
カイルがもうひとつ小袋を取り出すと、今度は、右端の者たち目がけて投げつけた。
それは、ぐるぐると渦巻いた炎を噴出して、破裂した。やはり、数人の賊が被害に合う。
「風と火の魔法だぜ。さーて、次は、どれにしようかなぁ。よしっ、これだ!」
カイルが次に投げたのは、氷と水と風を合わせたものだった。尖った透明の氷でツララのようなものが、ひゅんひゅんと勢いよく飛んでいく。これにも、盗賊たちは、大騒ぎであった。
「これで、大分人数は減ったみたいだな」
余裕の表情で、カイルは辺りを見回した。
「こ、小僧……! ふざけたことを……!」
悔しさのあまり、首領は、歯が砕けそうになるほど、歯ぎしりをする。
「野郎ども、ヤツを血祭りだ!」
「おう!」
首領のかけ声とともに、グロリアを抜かして一〇人足らずとなってしまった盗賊たちは、一斉に、カイルに向かい、突進していった。
最初に向かって来た賊の、突起だらけの丸いこん棒を、彼は剣で払い除けた。
相手は、よろめくと、入れ替わりに、次の賊が段平を振り翳す。
カイルは、男の腹を蹴飛ばし、横から突き出される剣も、上から振り下ろされる鉄の棒も見切り、剣で弾き返した。
誰よりも、彼は身軽であった。
仕留めたと思った者でも、肩すかしをくらい、よろめいたところに、彼の剣が振られ、慌てて防御するか逃げるしかなくなる。盗賊たちにとって、相当に厄介なようだった。
しかも、魔法の小袋は、まだいくつかあったので、彼が袋に手をかけただけで、実際には投げなくとも、逃げ出す者がほとんどだった。
それが滑稽で、カイルは、わざと小袋を手に取って、投げる真似をしたりする。それを忌々(いまいま)しく思い、耐えられずに飛びかかった賊たちは、彼の剣捌きに弾かれるという繰り返しであった。
彼は、それまで盗賊たちが戦ってきた者の中で、最も戦いにくい相手であったかも知れなかった。
「あの小僧、結構やるようね」
グロリアが首領にささやく。
「ああ。だが、ちゃんとした武術というより、我流に近い。所詮は、俺たちと同じく、見よう見まねだろう。まだガキのくせして、戦い慣れしてもいやがる。それが、少々厄介だがな」
首領は、カイルから目を放さずに言った。
首領の男は、待っていた。
手下とカイルがやりあっているうちに、彼が疲れてきたところを、一気に仕留めるつもりでいた。
所詮は少年。ちょこざいな手を使っていたが、大人を相手に、そうそう立ち回れるわけはない。そう踏んでいた。
グロリアの方は、「なかなかやるじゃないの」と、カイルに少々感心していた。
それだけでなく、彼の戦いぶりに、頼もしさを感じてきているほどであった。
何よりも、野獣のような盗賊仲間の中では、彼の美しさが、一層引き立つ。
彼をこの場で亡くしてしまうのは、あまりにも、もったいないような気になっていた。
「お、お頭! ダメです! ちっとも、ヤツを捕まえられません!」
仲間のひとりが、腕組みをして戦況を見守る首領のところに、転がり込んできた。
「まったく、しょうのない奴らだ! あんな小僧に、何をそんなに手こずっているのだ!」
いよいよ首領が大きな段平を手に、動き出した。
首領も戦闘に加わった。
カイルが小袋を手に取っても、逃げることなく突進していく。
首領の目の前に、小袋が飛び込んで来た。
多少のダメージは覚悟の上で、首領の剣が、迷わず、小袋を切り裂くと、煙と共に黒い粉が、辺りに散った。
「なっ、なんだこりゃ!?」
これまでのように、てっきり、炎や雷が出て来るものと思っていた盗賊たちは、バラまかれたその粉を吸い込むと、途端に激しくくしゃみをし出したのだった。
「残念だったな。この袋に入ってたのが、魔法じゃなくて」
カイルが、にやにやしている。
「こっ、これは、まさか……!?」
それは、調理に使う香辛料であった。
首領もくしゃみをし、目に入ったのを、ごしごしと手の甲でこすりながら、なんとか片目を開けて、カイルを睨みつけた。
「貴様……! なんて、こざかしいまねを!」
スパイスが目に入り、痛くて涙を流す者、くしゃみのとまらない者を、バカにしたように、カイルが笑いこけた。うまくいったことに、満足げだ。
「マヌケなおっさんたち、ここまでおいで~!」
首領に向かい、舌を出すと、カイルは、ひらひらと、バカにするように踊りながら逃げて行った。
「おのれ! 待たんか、小僧ーっ!」
完全に、頭に血が上った首領と賊たちは、一斉に、カイルを追いかけて行った。
「野郎、ちょろちょろと!」
「すばしっこいヤツだ!」
「ふざけやがって!」
捕まりそうなところで、またしても、ひらりと飛んで躱し、逃げて行く彼に、賊たちは余計に腹を立てる。
その時だった。
「おっちゃん、今だ!」
カイルが上空に向かって叫ぶと、真っ暗な空に、ピカッと光が浮かび上がった。
それも、魔法の粉によるものだった。
「なっ、なんだっ!?」
いつの間にか、彼らは、道化の男の現れた崖の下まで来ていた。
首領も盗賊たちも、呆気に取られ、空を見上げると、空から、大きな網が降ってきたのだった。
「うわあっ!」
それは、海の漁で使われる網であった。ただのロープで作られたものと違い、錘がついている。
おちょくられ、冷静な判断が出来なくなった盗賊たちを、あらかじめ申し合わせておいた場所へと、カイルが誘導していたことに、彼らが気が付いたのは、その時であった。が、遅かった。
首領を含め五人の賊たちは、全員網に捕えられると、一気に崖の上に引っ張り上げられていった。
屋台の中年男の後ろには、この賊の被害に合っていた隣町から連れてきた漁師たちが潜み、一斉に、網を引っ張り、つるし上げると、網の端を、岩にくくり付けた。
漁師たちは、カイルがここ数日の間、かき集めていた。
崖の下に残っているのは、カイルと戦闘不能になった賊たち、そして、グロリアであった。
「それじゃ、おっちゃん、領主様を呼んで来てくれ。こいつらを、引き渡すんだ」
「おう、任せとき!」
道化の男は、漁師たちに盗賊を見張らせ、駆け出した。
まもなく領主は、町の警備隊を引き連れて、やってきた。網に捕えられた賊はもとより、戦闘不能な賊たちのことも縄で縛っていく。
残るは、グロリアひとりであった。
「許して、カイル。お願い! あたしを引き渡したりしないで! 何だってするから」
グロリアは、両手を組み合わせて、懇願した。
「あたしだって、あいつらとつるんでいたのは、生き延びるために、仕方がなかったのよ。あたし、あんたの女になるわ。あの晩の口づけのことも、ずっと忘れられなかったの。あたしを、あんたの女にしてくれたら、これからは、あんただけに尽くすから!」
哀願と言っていいほど、必死にグロリアがせがんでいる。
だが、カイルは、冷静な瞳で、彼女を見下ろす。
「俺は、俺を裏切った者は、例え女でも、二度と信用しないことにしてるんだ。それが、俺が生きていく上での鉄則なんでな。悪く思うなよ」
それを聞いたグロリアの表情が引きつったと同時に、警備隊に縄をかけられる。
女の形相は、みるみるうちに凄まじく変わり、カイルを睨みつけた。
「覚えておいで、このガキ!」
捨て台詞を吐いて連行される女に、カイルは「やっぱりな」と、肩を竦めてみせた。
「それで、それで? その後、どうなったんだ? 領主からは、賞金をもらえたのか?」
酒を飲むことも忘れ、話に夢中になっていたアッカスが、わくわくしたようにカイルを覗き込む。
「ああ、ちゃんと賞金をもらったよ。屋台のおっちゃんたちもな。俺たちは、町の英雄とされて、表彰もされた。その後、俺はすぐ旅に出たんだ」
アッカスは、目を見開いた。
「どうして、その町に残らなかったんだ? 町を救った英雄なのに」
「俺には、英雄のつもりなんてなかった。騙されたから、仕返しをした、剣を取り返した、ただそれだけのことだった。町に縛られて、英雄を気取って過ごすよりも、世界を見てみたかったんだ」
カイルは、遠くを眺めるような目をした。
「あの頃の俺は、今思えば、ちょっと気持ちがすさんでたよな。金を儲けることにも、女にも、変に粋がってて。それは、俺を見捨てた母親や、嫌みな伯母、故郷とかに、見返してやりたい思いが強かったんだと思う。『俺は、立派に、ひとりでも生きていけるんだ!』って、証明したかったんだ。今は、もう少し、余裕あるけどな」
アッカスは、自分の周りにはいなかったタイプのカイルに、感心したような、尊敬も込められた視線を送っていた。
ユウは、他の客の相手もしながら、時折、仲良く話している二人の様子を、微笑ましく見ていた。
「明日も聞かせてくれるか、カイル?」
「ああ。こんないい加減な話で良けりゃな」
二人は笑いながら、酒をすすって、ナッツをかじった。