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Trick or Sweet 〜トリック・オア・スイート〜  作者: かがみ透
第一夜 『トリック&トリック』
4/16

訪れた冒険者

 南国ヒョン・カン。

 南方の海に面した、貿易国ライミアの大陸の先端と、エメラルドグリーンの海に浮かぶ小さな島。


 大陸と小さな島との行き来は、船で、ほんの僅かな時間で可能だ。

 大陸側をライミア・サイドと、島をヒョン・カン島と呼ぶ。


 ライミア・サイドの港町では、貿易船の積み荷を運ぶ船乗りたち、商人、旅人などで、常に多くの人の出入りがあり、活気に満ちあふれている。


 そこから、町に入ったところに、酒場兼食堂が並ぶ。


 夜には、ランタンが灯り、昼間とは違う、幻想的に、美しく、街を照らしていた。


 そのうちの一軒には、珍しく、魔道士協会の印の入った看板が掲げられていた。


 魔道士たちを仕切り、魔道のルールを築くのが『魔道士の塔』であり、その許可を得て、魔法商品を開発して販売するなど、商売に結びつけているのが『魔道士協会』である。儲けの何割かは、『塔』の活動資金に加えられる。


 その看板に、引き寄せられるようにして、ひとりの少年が、木のドアを開け、入っていった。


 木のテーブルには、一見して、船乗り、商人、街の者の姿があり、皆、陽気に酒を酌み交わしたり、肩を組んで、海の唄を唄い出したり、賑やかではあったが、ケンカなどになりそうな、野蛮な空気はなかった。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうから、セミロングの黒髪に、黒い衣服の、二〇代と思われる若い店主が、にこやかに出迎えた。


「あんた、……魔道士なのかい?」

「ええ、そうですよ」


 少年は、目を丸くした。


「表に、魔道士協会の看板がある酒場なんて珍しいと思ったら、……ホントに、魔道士がやってる店だったんだな……!」


 驚きを素直に現した少年は、きょろきょろと辺りを見回した。


「初めてのお客さんですね。こちらへどうぞ」


 控えめな、魔道のものと思われるアクセサリーをした店主が勧めたのは、カウンター席であった。


 少年は、彼を、まじまじと見た。

 特徴のない顔に、細く黒い目は、常に微笑んでいる。魔道士というのは意外なほどで、どこにでもいるような、やさしいお兄さん風の男である。


「じゃあ、とりあえず、木の実酒もらおうか。つまみは、何かオススメなのを適当に。あ、安いのにしてくれよ。それと、……ミシアの実は、あるかな?」


「ありますよ。今、ご用意しますね」


 店主は、木の実酒のツボをカウンターに置き、木のジョッキに移し、少年の前に置いた。


 そして、ナッツの入った器と、ミシアの実を、食べ易く、一口サイズにナイフで切り、差し出す。


 それから、ガラスの持ち手のない器に注ぐ。その金色の飲み物の縁に、ミシアの実の一片を差し込み、飾った。


 その器を、少年の前に置いた。


「おいおい、こんなの頼んでないよ」


 料金を取られることを心配した、少年が焦る。


「初めてのお客さんには、いつも一杯サービスしてるんです。お客さん、ミシアがお好きなのかと思って、勝手に作らせていただきました」


 サービスと聞いて安心した少年は、ホッとした。


「そうか。なら遠慮なく」


 少年が、金色の飲み物を眺めてから、一口すする。


「うめえっ! なんなんだ、これ!? ミシアの味がするぜ! ミシアの酒なんて、あるのかよ!?」


 素直に驚く少年のあどけなさに、店主は微笑ましそうに笑った。


「ミシアの実を酒に漬けて作った、リキュールです。それに、他の酒を混合して、天然ソーダで割りました」


「え? なに? リキュール……? 天然ソーダだって……?」


 目を白黒させていた少年は、そのうち、まあいっか、と言って、美味しそうに、グラスの酒を飲み干した。


「ああ、うまかった! いろいろ旅して来たこの俺でさえ、ミシア酒なんて初めてだぜ! あんた、いい腕と舌してんなぁ! 名前、なんていうの?」


「ユウと申します」


「ユウさんか。俺は、カイル。この店、気に入ったわ! よろしくな!」


「ありがとうございます」


 ユウは、にっこりと、カイルに笑いかけた。


「実を言うとさ、さっき、船ん中でここに着くまで寝てたら、ちょっと、昔の夢を見てさ。親よりも大事な人を亡くした時のことでさ。もう五年も前の話だってのに。俺の中では、一番ショックだったことだったんだ。夢とはいえ、なんだか気分が落ち込んじまって」


 恥ずかしそうに、静かにカイルが言った。


「だけど、今このミシアの酒を飲んだら、あまりに美味くて、元気が出たぜ!」


「それは、光栄です。カイルさんは本来元気な方だと、お見受けしましたので、元気が戻られて、良かったです」


 魔道士ユウは、温かい目で、彼を見る。


「ソーダ水だけでも、その爽快感でスッキリするものですが、そこに、ミシアの果汁が入ると、疲れを取る効果も加わります。あなたの旅の疲れが、少しでも癒されれば幸いですよ」


「へー、ミシアの実って、そんな効果もあったのかぁ!」


 ユウの説明に、目を丸くして、カイルは感心していた。


 その時、酒場の扉が開いた。


「ユウさん、天然ソーダ、持って来たぜ!」

「ああ、ありがとう」


 瓶詰めのソーダが数本入った木箱を抱え、ハットを被った青年が現れた。

 カウンターの中に置くと、すぐに出て行き、今度は、皮の大きな袋を持って来た。


「それと、ついでにこれ、ポケポケ芋の差し入れ」

「いつもありがとう」


 ユウは青年に微笑み、カイルの隣に座らせた。


「彼はアッカスくん。この天然ソーダを見つけてきてくれたり、食材の差し入れもしてくれたりしてるんだ。そのナッツも、彼が旅先で見つけて来た珍しいナッツなんだよ」


「へえー、そいつは、すげえな!」


 カイルは、改めて隣の青年を見た。

 長身の彼よりも少し背が高く、感じの良い、人好きのする青年だ。髪は、カイルと同じく金髪で、西洋白人系、青い瞳も同じだった。


「アッカスくん、こちらは、今日初めてのお客さんで、カイルくん。きみたち、年も近いんじゃないかな? そして、まだ若そうなのに、こちらのカイルくんは、いろいろ旅をしてきたそうだよ。そういうところも、似てそうだね」


「へえー、そうなのか! 俺は、アッカス。アッカス・アレジャン。十九歳。きみは?」


「俺は、カイル・アズウェル。十七歳だ」


「わー、ホントに年近いんだな! それなのに、冒険者なのか? 偉いなぁ!」


「アッカスも、冒険者なのか?」


「ああ、そうだよ。貿易とはちょっと違うけど、こういう珍しい植物とか他のものを見つけるのが仕事なんだ。それを、街の人たちに提供して、少しでも役に立てれば、と思ってさ」


 カイルは、瞳を輝かせた。


「へー、いいヤツなんだな、アッカスって。俺なんか、好き勝手生きてきただけで、人の役に立とうなんて、考えたこともなかったな」


「それだけ、苦労が大きかったってことじゃないかな?」


 ユウが口を添えた。


「そうなんだよ、よくわかってるなぁ、ユウさんは!」


「これでも、いろいろお客さんの話を聞いて、勉強しましたから」


 経験によって培って来た自分の観察眼に、カイルは自信を持っていた。

 くったくのないアッカスの笑顔を見て、こいつは本当にいいヤツだ、と思った。

 胡散臭(うさんくさ)いイメージを持たれがちな魔道士であったが、ユウは普通の町民のような、温かみのある人間に映った。


 カイルの目は、彼らは信用できる人間だと判断していた。


 三人は、意気投合して、語り合った。


「随分、高価そうな剣だな」


 アッカスが、カイルの腰に下げている剣を、見下ろす。

 鞘には、細部にまで配慮された細工と、宝飾品が埋め込まれ、輝いている。


「どこの国のもんだろ? うちの国じゃないのは確かだな。東とも違うデザインだし、北とも違う。……う~ん、西かなぁ? しかも、いつの時代のだろう」


 アッカスが首を捻った。

 ユウも、「へー」と、目を丸くした。


「これな、実は、魔法剣なんだよ」

「へえ! すげえ!」


 アッカスが思わず甲高い声を上げた。


「どこで、手に入れたんだ?」


「アンティーク・ショップのおばあちゃん。ばあちゃんの言った通り、この剣が、俺を今まで助けてくれてさ。いろいろバカもやったけど」


「どんな冒険をしてきたんだ?」


「聞くか? 俺の冒険談……っていうか、悪行かな?」


 カイルが苦笑いをした。

 アッカスも笑ったが、瞳を興味津々に輝かせていた。




 十二の時に故郷を一人離れたカイルは、三年間、あてもなく、点々と放浪していた。


 空腹時にはパンや、露店で売られている肉焼き、菓子などを盗み、畑の野菜や果物も盗んだ。


 そうかと思えば、裕福な家の小姓となって住み込み、その時は、盗まずとも食べ物にはありつけたが、常に腹を減らしていたので、小姓の何人かで企て、家の者のいない間に、こっそり、わからないようにつまみ食いをしたりして、過ごしていた。


 だが、それからしばらくすると、婚期を逃した中年になりかけたドラ息子が、目鼻立ちの整った、長い金髪のカイルに歪んだ想いを抱くようになり、自分の慰み者にしようと、家族の目を盗んでは、金をちらつかせながら、言い寄っていた。

 いくら金のためでも、男に弄ばれるのは嫌だったカイルは、逃げ回っていた。


 それに気が付いたドラ息子の妹が、カイルに救いの手を差し延べた。兄と彼を二人きりにさせないよう配慮した。


 だが、そのうちに、それを恩に着せると、結婚相手が決まっている身にも関わらず、彼に迫るようになった。


 ちょっとした火遊びのつもりで、彼女との逢瀬を楽しむ。

 言う通りにすれば、こっそり食べ物や、金貨までくれることもあった。


 それが、彼女の父にバレた時には、魔法剣の知らせにより身の危険を察知したカイルは、とうに旅立っていた。




 ある小さな国でのことだった。


 十五歳の少年カイルは、傭兵となっていた。剣の腕も良く、博打も強く、その美しい髪と容姿のおかげで、町娘たちの人気者であった。


 さらりとなびく、セミロングのブロンドに、青い瞳、ハンサムではあるが貴公子とは違う、少し悪そうな笑顔に、娘たちは、心を奪われているようだった。


 その若さにして、旅をしてきた彼の話に魅力を感じた娘たちは、彼の外見的なものだけではなく、自分たちを楽しませてくれる器量にも、大いに惹かれていた。


 そのうち、決まった娘が、彼の隣にいるようになる。彼よりも年上の、落ち着いた雰囲気の娘であった。


 そうかと思うと、別の場所では、明るく、にぎやかな、彼と同年代の娘と親密であるのを見掛けた者も少なくない。


 またある時は、彼よりも幼いと見られる、引っ込み思案の地味な娘には、紳士的に振る舞っていたという。


 町の者にとっては、同時に三人もの娘を手玉に取り、女好きでいい加減な、ろくな少年ではないと、評判はすこぶるよくなかった。


 傭兵の仕事のない時は、日中は町娘たちとぶらぶらし、夕方から博打屋で稼ぐと、その金で、夜は、たまに娼館へ行く。


 幼い頃、娼婦たちに可愛がってもらっていた彼には、気負って行く場でもなく、そこは、表には流れない情報の溜まり場であることを知っていたのだ。そこへ行く時は、彼女たちの情報が目当てであった。


 実際には、娼婦を買うよりも、町娘との恋の駆け引きや、逢瀬の方が楽しかった。


 要するに、イチャつくことよりも、そこに辿り着くまでのプロセスの方が好きであり、それを、ゲームのような感覚でいたかも知れなかった。


 恨みを買い、バトルに巻き込まれることは避けたかったため、割り切った娘を選んでいたとも言えた。


 またある時は、酒場へ行く。そこでは、旅人たちや、土地の者たちの噂話も入ってくる。


 人懐こい彼は、旅人や吟遊詩人などとすぐに打ち解けて、一騒ぎしたり、飲み明かしたりすることもあった。連日、女と過ごすばかりではなく、男同士での飲み合い、語り合いも好きであった。


 他テーブルからの、他国の情勢などが聞こえて来るのにも、無関心を装いながら、聞き耳を立てるのを忘れない。

 たいていの旅人は、治安の悪い国は避けたがるが、旅の資金具合により、いくさに参加するためには必要な情報だ。


 より確かな情報が、彼が旅をして行く上で、最も重要なことであった。


「ところで、最近は、物騒な話を聞くが、この町は大丈夫かい?」


 旅人のひとりが言った。


「なにがだ?」


 カイルは陽気に、木の実酒の入ったツボを傾けて、尋ねた。


「盗賊団の一味が、隣町まで足を伸ばしてきたそうだよ。おかげで、隣町の領主様は、一銭残らず財産を盗まれたそうで、町は今大変なことになってるんだって」


「へえー、そんなの、領主がマヌケなんじゃねえの?」


「それだけ凄腕の盗賊団なんだ。そいつらは、野盗のように、いかにもという見た目じゃないから、見分けるのも難しいんだ。領主も町人も、『まるで風の盗賊団だ!』って、言ってるそうだ」


「ふうん、風の盗賊団ねえ……」


 さして取り合わない様子のカイルであったが、実は、昨晩仕入れた情報が、どれだけ正確かを確かめてもいた。


(どうやら、昨日聞いた話は、本当みたいだな)


 木の実酒に口をつけると、テーブルの中央に置いてあるミシアの実に手を伸ばす。


「その盗賊団の話なら、俺はもっと遠くの町で聞いたぜ」


 口髭を伸ばした吟遊詩人が言った。彼の立ち寄った町でも、似たような被害があったという。


「だから、俺は、それを唄にしてみたのさ」


 そう言うと、吟遊詩人は、背負っていた弦楽器を、ジャラ~ンと慣らしてみせた。

 そして、誰も聴きたいとは言わなかったが、いきなり弾き語り始めたのだった。


「ああ、また始まった」


 詩人の連れである旅人は、苦笑いをしていたが、カイルは、詩人の唄を、面白がり、囃し立てながら聴いていた。


 彼は、楽しいことが好きであった。




「安いよ、安いよ、よっといで~!」


 青空の下、威勢のいいかけ声が、響く。


 カイルは、町の露店の立ち並ぶ小道を、なんとはなしに、ぶらぶらと歩いていた。

 目的もなく、ただ散歩をすることも好きであった。


「おっちゃん、なんだい、その小袋は?」


 露店の台の上に並んだ、小さな黒い袋を指して、カイルが尋ねた。


「これらは、みぃ~んな魔法のアイテムだよ」

「魔法アイテムだって?」


 店の中年男は、端から説明していった。


「これが、魔除けのお守りで、こっちが、魔法の水晶球のついたペンダント。で、これが、魔法の杖に、魔法の小袋、魔法のクロスだよ」


 カイルは、眉を寄せた。


「おい、おっちゃん、魔法魔法って、ホントなのかよ?」


「本当だよ。これは、ちゃんと魔道士協会から高い金払って買ったんだ。なんなら、試してみるか?」


 男は、一番端の小袋を手に取った。


「この魔法の小袋は、中に、魔法の粉が入ってるのさ。この中の、少しだけを取り出して、試しに投げてみると……」


 男は、皮の手袋をして、小袋の中にある粉を掬い出すと、誰もいない方の地面に向けて、粉を撒いた。


 ボシュッと、小さな炎が出て、すぐに消えた。


「ほらな? ホンモノだろう?」


 男が得意になるが、カイルは、まだ疑わしい目で、商品を見ている。


「じゃあ、そっちの小袋のヤツも、やってみろよ」

「いいだろう。だが、売り物だからな、少しだけだぞ」


 男は、カイルが指し示した右から三番目の袋を取り出すと、同じように、粉を少しだけ撒いた。今度は、バチッと、瞬時に電気を散らして消えた。


「ちょっと見せてみろ」


 カイルは小袋を手に取ると、日にかざしたり、中身を覗いたりして、調べた。


「魔道士協会の印も入ってるし、よし、本物だな!」

「そうだろう?」


 博打で少々儲けて、(ふところ)の温かかった彼は、黒い小袋を数個と、魔除けのお守りという黒い細長いバンダナと、占いのできる水晶球のペンダントを買った。


 彼は、魔法とつくものには、少し弱かったかも知れなかった。


 宿へ帰って、購入したものを全部調べてみると、小袋には、魔道士協会の印は入っていたものの、バンダナには入っていない。


 水晶球も、言われた通りの呪文を言ってみても、なにも映らない。


 水晶球を通した紐の金具に彫られていた印を、よく見れば、魔道士協会の印に非常に似てはいたが微妙に違い、偽物であるとわかった。


 球自体も、質の悪いクリスタルである。


「ちっきしょう、あのオヤジの持ってたのだけが本物だったんだな!」


 くやしがると、彼は、水晶球を、床に叩き付けようと振り上げた。

 だが、すぐに手を止めた。


(……そうだ。これで、また儲ければいいんだ)


 そう思い直すと、さっそく博打屋に出かける。


 魔法の小袋も、似たような袋を探してきて、中には砂をつめた。それを、今夜は、金の代わりに儲けようと思ったのだ。

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