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(2)少年カイル

 時は流れ、それから約七〇年後。ウッドガレス公国ーー。


「カイル! こら、カイル、どこ行ったんだいっ? まったく、あの子ってば、用事を言いつけようとすると、すーぐいなくなるんだから!」


 山に囲まれたとある村に住む中年の女は、年齢以上に、額に深く刻まれてしまったたくさんの皺を寄せ、目を吊り上げ、声を張り上げていた。


 裕福でないことが一目でわかるような出で立ちである。

 つぎはぎを当てた衣服に、髪は後ろでひとつにひっ詰めている。

 痩せて、ぎすぎすしたその様子からも、お世辞にも、美しいとは言えない女だった。


 女の周りでは、まだ年端も行かない子供達が、畑になっている小さな庭で駆け回っている。


 女は、その子供達に、畑の作物を踏み付けないよう叱りつけた。


 家の中にも、数人の子供の姿がある。そちらは、もう少し大きい子たちで、女の食事の支度を手伝っていた。


 そこへ、隣の家から帰ってきた男がやってくる。

 中年で、あまり良い身なりではなかったが、女と違って、もう少しふくよかで、人の良さそうな顔をしていた。


「あら、あんた、戻ったのかい? どうせ、隣のハゲ亭主と、昼間っから飲んでたんだろ?」


 女が嫌味を言う。


 男は何も言わずに、どっかりと、部屋の中央に腰を下ろし、窓の外で遊んでいる子供たちに目をやった。


「おや? カイルのヤツが、またいないなぁ」


 男は、肩身の狭い状況になると、決まって、子供に、女の注意を向かせるのだった。


「それがさ、あんた、聞いとくれよ」


 女は、待ってましたとばかりに、饒舌に喋り出した。

 男の狙い通り、女の気は、男から反れた。


「あの子ったら、あたしが用事を言いつけようとすると、いっつもどっかいなくなっちゃって、アッタマ来てたんだけどさ、あんた、あの子が、毎日どこに行ってたんだと思う?」


「さあ、どこだろうな?」


「娼館だってよぉ! 向いの奥さんが、山のふもとにある娼館の前で、まだ昼間だってのに、あの子が、うろうろして、しょっちゅう中を覗いてるのを見たって言うんだよ。あたしゃ、顔から火が出そうになって、そりゃあもう恥ずかしくって、なんにも言えなかったよ!」


 女は、身振り手振りで、大袈裟に話した。

 男は、目を丸くした。


「娼館とは、いくらなんでもまだ早過ぎるなぁ! あいつは、まだ十二歳じゃないか」


「そうだろう? ありゃあ、母親の血だね。あんなところに興味があるなんてさ」


 そう言って、女は嫌味を込めた視線を、男に送った。

 男は、肩を竦めている。


「あんたの妹の子だもんね、カイルは。どっかの見知らぬ男の子供を産んどいて、別の男と逃げた娼婦のね!」


「まあ、その話は……。あれは、娼婦っつっても、名前だけでなれたようなもんだったからな。ジョセフィーヌ・アズウェルって、名前は美しいが、顔はそうでもねえ。化粧で多少は化けてはいたがな」


「あんたの系統は皆、太ってて、背もちっちゃいからね」


「ああ、まあな……。カイルは父親似だろう。金髪だし、目鼻立ちも整ってる。ほっそりしてるし、ジョセフィーヌと似てるところなんてのは、あの青い目の色だけだ。親戚とは言っても、うちの子たちとは随分見た目が違うもんな。ははは」


「なんだい? あたしの血もブスだって言うのかい!?」


 女が怒り出したので、男は慌ててごまかした。


「いや、その、カイルが娼館を覗いてるってのは、母親が恋しいのかも知れないな」


「うちは、ただでさえ、たくさん子供抱えてるってのに、なんで引き取らなくちゃならなかったんだろうね!?」


「しょうがないじゃないか。兄貴たちも嫌だっていうし、もうひとりの妹も結婚したばかりだったし、オレが引き取るしかなかったんだよ」


「なに言ってんだい。にいさんたちに強く出られなくて、うまいこと押し付けられたんじゃないか。ああ、あんたが優柔不断なせいで、あたしばっかり貧乏くじ引かされてるよ!」


 男は、口の中で、もごもご言い返していたが、それが女に聞こえると十倍になって返ってくるのがわかっていた。


「あの子は、うちじゃあ、ろくすっぽ口も利かないし、他の男の子たちとは、ケンカばっかりしてるし」


「そりゃあ、あの悪ガキどもが、カイルを、母親がいねえとか、男と逃げたとか言って、突っかかっていくからだろ? そんなこと言われたら、誰でも怒るぜ」


「だからって、ケガさせるのは、いつもあの子の方なんだよ。代わりに謝るあたしの身にもなっておくれよ。まったく世話の焼ける子なんだから! ただし、あの見た目だからね。大きくなったら、男娼にでもなって稼いで、早く恩返ししてくれるといいけどね! それをたのしみに、あたしゃ今は我慢してやってるんだよ」


 女は、目元の皺をくっきりと浮かび上がらせて、ニッと笑った。


 男は、なんで自分はこんな女と所帯を持ってしまったのかと、後悔したが、それもまた、優柔不断な自分の性格により、押しつけられてしまったのだったと思い出す。


 男は、溜め息をついた。




 一方、山のふともの娼館であった。


「あら、あんた、今日も来たの? 上がってらっしゃいよ」


 館の裏口から、娼婦に手招きされた少年が、入ってくる。


 白い肌に、金色のさらりとしたセミロングの髪、青い切れ長の瞳が、年の割りに大人びている。痩せたその少年は、堂々とした態度で言った。


「よお、おねえちゃんたち、儲かってる?」


 少年は、くったくのない笑顔で言った。


「あら、カイルじゃないの。また今日も来てくれたの?」


 既に、娼婦たちとは、顔見知りである。


「おねえちゃんたちの目の保養に来てやったぜ。どーせ、ここに来る客なんて、デブとかハゲばっかなんだろう?」


「あっははは! ひどいこと言うわねぇ」


 娼婦たちは、ケラケラと笑い声を上げた。


「あんたがお客さんなら、あたし、毎晩でもお相手しちゃうのに」


「だろー? 俺も客になりたいのはヤマヤマなんだけど、せめて、十五にならないと店には入れないだろ? あと三年経ったら、おねえちゃんたちのお客になってやるよ」


 娼婦たちは、カイルの言うことに、またもや笑っていた。


 カイルは十二歳の子供にしては大人びており、その年齢とは思えない口を利いたものだった。


 彼は、娼婦たちのアイドルであった。


「ところで、今日も、シャロンのヤツはいるかい?」


「ああ、いつもの部屋にいるよ」


 カイルは娼婦たちと投げキッスの挨拶を交わすと、ある一室へ向かっていった。


 部屋と言っても、狭く、古い部屋で、カビ臭い、あまり衛生的によくないところであった。


「よお、シャロン!」

「あっ、カイル!」


 シャロンは、カイルと、さほど年の変わらない娘であった。鏡の前で、ちょうど髪を結い上げているところだ。


 色の白い、そばかすのある顔は、どことなく病み上がりのような、病弱のような、弱々しい印象を受ける。茶色いカールした髪は、くせっ毛で、なかなか思うように束ねられないでいた。


「手伝ってやるよ」


 カイルは、シャロンの後ろに回ると、髪を束ねて、持ち上げた。


 今度はなんとかうまくいき、シャロンはリボンを結ぶことができた。


「ありがとう」


 つぶらな青い瞳をカイルに向けたシャロンが、微笑んだ。


「具合の方は、もう大丈夫なのか?」


「うん。あんまり休んでると、覚えたこと忘れそうだし」


 シャロンもカイルと同じく、娼婦の母親を持つ子供だ。

 一日も早く、この娼館で働けるように、幼いながらも、修行中の身である。


 というのも、家が貧乏であったのと、病気がちな母と自分の薬代を稼ぐためであった。


 医者は、娼館での仕事をやめて、どこか空気のよいところに移り住めば、持病の症状もよくなると言うのだったが、普通の家に住み、仕事をして、薬代を払うよりも、娼館に住み込む方が、金銭的には楽なのが現状だった。


 貧富の差が激しい地域であったため、借金や貧乏のため、やむを得ず、娼婦になる者は多かった。


「おばさんは?」

「今、お客さんが来てて」

「こんな昼間なのに?」

「昼間しか来られない人なんだって」

「ふうん」

「カイルみたいね」

「そう言やあ、そうだな」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「おい、シャロン」


 店の男の従業員がやってきた。


「お前も、今日から、現場でお酌しろ」


「はい、わかりました」


 男はそれだけ告げると、忙しそうに消えていった。


「今までは、団体のお客さんの時に、お酒やお料理を運んだり、『おねえさん』たちのダンスを見物する程度だったんだけど、今日から、お酌することになっちゃった。うまく出来るかなぁ」


 シャロンが、照れ臭そうにカイルに笑った。


 カイルは、ちょっと考えた。

 ただのお酌ではすまないかも知れない、と。


 もし、シャロンを気に入った客がいれば、その場で指名され、一晩相手をしなくてはならないかも知れない。


 それが仕事なので、彼女には、断ることはできず、当然、店側も、助け舟など出さないであろう。


(ここの客は、金はあっても、デブやハゲのジジイばかり……)


 しばらく考えた後、カイルはシャロンに言った。


「シャロン、俺の髪も、結ってくれないか?」




 夕方、日が沈みかけた頃から、館は客でにぎわい始めていた。


 シャロンの言う『おねえさんたちのダンス』とは、広い室で、楽士たちの音楽に合わせ、魅惑的な踊りを披露することであった。

 

 宮廷で貴族たちの踊る優雅なダンスとは結びつかない、男の客に媚を売った視線を投げかけ、くねくねと、エロティックな動きをするものだ。

 客たちが品定めをして、指名するために。


 カイルは、髪をアップにし、赤いリボンでくくっていた。化粧もシャロンに頼み、手頃なドレスを着ると、整った顔立ちは一層美しく、本物の女の子に見えたものだった。


 それには、シャロンも、カイル自身も、驚いていた。


「カイルはいいなぁ。きれいな金髪だし、真っ直ぐの髪の毛で。私なんて赤毛だし、すごいくせっ毛だから、結ばないとぼうぼうに広がっちゃうし、顔もかわいくなくて、そばかすもあるし、いいところなんて、なんにもないわ」


「そんなことないさ。シャロンは、かわいいじゃないか」


 カイルがにっこり笑った。


(そうは言うけど、やっぱり、あなたの方が素敵よ、カイル。あなたと並ぶと、私が余計に見劣りしちゃう……)


 シャロンは、溜め息をついた。


 そうこうしているうちに、二人は料理や酒を運ぶのに忙しくなり、話す時間もない。


 娼館の主人が、ふとカイルに目を留める。あんな子、雇ったかな? と首を傾げるが、忙しさのあまり気に留めてはいられなかった。


 娼婦たちは、女装したカイルだと見抜いていたが、注意するでもなく、かえって面白いとでも思ったのか、誰も何も言わずにいた。


(シャロン、大丈夫かな)


 魅惑的な踊りを見て、やんやと騒いでいる客たちの合間を縫って、酒をこぼさないよう気を付けながら、カイルは、シャロンの方を気にしていた。


 病み上がりの少女の身体では、このような混雑している中、重い杯に注がれた酒を運ぶだけでも一苦労だ。


 なによりも、シャロンに目を留めてしまう客がいないかどうかが、カイルには気になっていた。


「ほら、シャロン、ボヤッとしてないで、さっさと運ぶんだ!」

「は、はい」


 シャロンは、疲れた身体に鞭打って、なんとか配膳の仕事をこなした。


 そのような時に、ひとりの太った中年男性、それも、あまり柄の良くないの男が、声をかけた。


 いよいよ自分も、客の相手をすることになるのかと、シャロンが覚悟を決めた時だった。


「おい」


 呼び止められて、男が振り向くと、そこには、女装したカイルが立っていた。


 男は、カイルの不機嫌そうな顔から、足の先までを、値踏みするように眺めた。


「へえ、こんなかわいい娘が、この店にいたとは、気が付かなかったぜ。やっぱり、お嬢ちゃんの方に、相手してもらおうかね」


「へっ!?」


 カイルもシャロンも、目を丸くした。


 そんなつもりなどなかったカイルだったが、後には退けず、とにかく、男についていくことにした。


 男は、店の主人に、空き部屋の鍵をもらうと、カイルの肩に手をかけ、階段を上がって行く。


 部屋に入った男は、野犬のような息づかいで、ベッドまで行くのも我慢できずに、床にカイルを押し倒した。


「やめねえか、このバカ野郎!」


 カイルは夢中でもがき暴れると、偶然、蹴り上げた足が、男の股間に当たってしまい、男が跳ね上がった。


「なっ、なにすんじゃ、このガキ!」


 股間を抑えて蹲った男は、涙目でカイルを見上げた。


「へん! 俺は男だ、バーカ!」


 カイルはリボンを取ってみせる。さらさらと、美しい金髪が、肩に下りていく。


「なっ、なんだと!?」


 男は混乱し、苦しみながら唸った。


「てめえみてえな汚ねえオッサンなんかが、まだ年端もいかない子供に手ェ出そうとしやがって! このロリコン野郎がっ!」


 カイルは、男の丸まった背を踏み付けた。


「いてえ! なにすんだ、小僧!」


「うるせえっ! てめえなんか、シャロンに近付くんじゃねえっ! 二度とここへ来るなっ!」


 カイルは男を容赦なく殴ったり、蹴ったりした。男が悲鳴を上げる。


 騒ぎを聞きつけた主人が、従業員の男たちを連れて、二階へ上がってきた。

 娼婦たちを巡って、客の男たちがしょっちゅういさかいを起こすので、それを止めるために雇われた者たちである。


 だが、いざ彼らが部屋へ突入してみると、中年の男を、一方的に痛めつけているのが少年であったことに、全員唖然として、立ち尽くしてしまったのだった。


 あまりの騒々しさに、手の空いている娼婦や他の客までもが、野次馬の如く、覗いている。


「何をしてるんだ、早くなんとかしてくれっ!」


 泣きわめく男の声で、我に返った従業員たちは、慌ててカイルを取り押さえようと追い回すが、身のこなしの軽い彼を捕まえるのには一苦労であった。


「いててっ! こらっ、いたいけな子供に、なにすんだよっ!」


 大の男が五人がかりで、やっと少年カイルを捕まえ、床に押さえつけることが出来た。




「今日は散々だったぜ、お~いてぇ!」


 娼館の主人からゲンコツをもらったカイルは、腫れた頬を、水の入った袋で冷やしていた。


「それでも、まだ帰ろうとしないんだから、懲りない子だねえ、あんたも。案外、根性あるじゃないか」


 女がくすくす笑う。


 そこは、同じ娼館の中の、ナンバーワン娼婦の個室であった。


 ナンバーワンの人気を誇る娼婦ともなると、シャロン親子のいた小汚い部屋とは大違いの、豪華な家具などもある、まるで貴族の一室を思わせるような、整った広い部屋であった。


 その娼婦は、黒い皮の、ぴったりとしたドレスを身にまとっていた。

 美しいブロンドの巻き毛は腰まであり、パッチリと大きい青い瞳をしている。

 少しぽっちゃりとした体型で、目は垂れ、貴族の娘のような気品ある美しさとは違っていたが、肉感的な唇から漂う色気が、客の男たちを惹き付けて止まないようだ。


 彼女は、華やかな外見だけではなく、細やかな配慮もできるので、客足は途絶えないのだという。


 事実、カイルのこともかわいがってくれ、店の主人には内緒でこうして匿ったりもしていた。


「シャロンのところには、行かないのかい?」


 女は、細長いパイプの紫煙をくゆらせて、尋ねた。


 カイルは膝を抱えて座り込んだまま、首を横に振る。


「シャロンには、怒られちゃったよ」


 淋し気に、カイルは言った。


「『私のお客さん、取らないで!』って。俺は、シャロンのためを思って助けたつもりだったのに……もう来ないでとも言われちゃったよ。はあ~あ」


 娼婦は、くすくす笑った。


「そりゃ、そうだよ。あの()には、店から給料なんて出てないんだから、お客からのチップで稼がなくちゃなんないんだ。あんたは、あの子がかわいいあまりに助けたつもりだったんだろうけど、あの子は、『この道』でやって行こうって決めてんだ。とっくに、腹はくくってるんだよ。それを、客が、あんたの方を指名したとなったら、せっかくのチャンスを逃したばかりじゃなく、男のあんたよりも、自分には女としての魅力がなかったのだと、傷付いたんだよ」


 女は、やさしくカイルに言い聞かせた。


 じっと黙っていたカイルが、ぽつりと言った。


「……そうか。俺は、シャロンの仕事の邪魔をしちゃったのか。だけど、あんなデブでガラの悪そうな男が、初仕事の相手だなんて、なんだか許せなかったんだ」


「そりゃあ、できれば、みんなイケメン美男子がいいに決まってるけど、この稼業なんて、相手にこだわっちゃいけないんだよ。客は、心の()り所をあたしたちに求めて来てるんだ。実際、慰められて、喜んでくれたり、元気になってくれた人だっているんだよ。そういう仕事なんだって、あたしは誇りを持ってやってるけどね」


「へえ、ヴィオレッタって、偉いんだね」


 もちろん、女の本名ではない。シャロンでさえ、娼婦名はあった。


 カイルが尊敬の眼差しを向けると、ヴィオレッタは笑ってからパイプの煙を吐いた。


「あたしだって、こんなことが言えるようになるまでは、時間がかかったよ。下級娼婦の時は、なんとか這い上がろうとしてたからね、娼婦同士の足の引っ張り合いなんかも経験してきたし、お客掴むためには、イヤなオヤジにも媚を売ってきた。綺麗事なんか言ってられなかったんだよ。……ああ、こんなとこに通ってると、あんたも、いろいろ女どものイヤな部分を見ちゃうかも知れないね」


「少しな」


「女に夢持てなくなっちまったら、ごめんよ」


 ヴィオレッタは足を組み替えて、パイプを口に運んだ。




 それから、しばらくの間、カイルは娼館には近付かなかった。

 シャロンに怒られたからというだけではなく、あの騒動で、店の主人にこっぴどく怒られ、出入り禁止(もとより、子供は出入り禁止であった)をくらった。


 彼にとって、他に行くあてがないわけでもなかったので、それならそうと、今度は、博打屋に顔を出すようになっていた。


「おう、小僧、また来たのか?」


 名博打打ちである、大柄で、片目に黒い革の眼帯をした、見るからに野盗のような男が、カイルの姿を見つけると、自分の隣に座っていたものをどかせ、そこに彼に座るよう指図する。


 カイルは慣れた様子で、どかっと、男の隣の、椅子代わりの木箱に座った。


「どうだ、ぼうず、この間教えたダイスは、覚えたか?」


「ああ、サイコロね。バッチリだぜ、おっちゃん!」


 カイルはニヤリと笑い、ウィンクしてみせた。


「ははは! 頼もしいのう!」


 博打名人は、カイルの頭を、ゴツゴツした大きな手で、ぐしゃぐしゃと撫でた。


「よし、今度はカードゲームのイカサマの仕方を、教えてやろう」


 初老の男は、取り巻きの、同じように柄の悪そうな連中と、一戦交えながら、カイルに説明する。彼も真剣に頷き、名人の手元に食らいつくように、見ていた。


 しばらくすると、一見して野盗のような男がひとり、また増えた。


「親方」


「おお、おめえ、久しぶりじゃねえか。おや? なんだ、そのケガは? どうしたんでい?」


 博打名人は顔を上げ、新たに加わった男を見る。

 男は、身体のあちこちに包帯をしている。


「それがさ、聞いてくれよ、親方。こないだ、娼館で、とんでもねえ目に合ってよ……」


 まだ話し始めたばかりの男の言葉は、そこで途切れた。


 名人の隣に、ちゃっかりと座っている少年と、目が合ったのだった。


「ああっ! てめえは、あの時のガキ!」


「あっ、ロリコンオヤジ!」


 二人は、互いを指さして叫んだ。


「おっ、親方っ! こいつでさあ! この小僧が、女に化けやがって、俺をこんな身体にしたんだあ!」


 カイルは、雲行きが怪しくなりそうだと察し、隙を見て、逃げ出そうと、ちらりと出口の方を見た。脱出経路を簡単にシュミレーションすると、後はタイミングを計るのみである。


「ほほう、小僧、おめえが、こいつを、こんな目に合わせたのか?」


 初老の博打打ちは、凄みを利かせた片方の目で、じろっと、カイルを睨む。


 びくっと怯えたカイルであったが、怪我をしている野盗男を、キッと睨んだ。


「てめえがスケベオヤジだから、悪いんだろ!」


 と、言い終えないうちに、サッと逃げ出すが、博打打ちの豪腕に、抱え込まれてしまう。


 万事休すか!? と、観念したカイルだが、予想外にも、親方は、豪快に笑ったのだった。


「たいした小僧じゃ! やはり、ワシの目に狂いはなかったのう!」


 カイルも、怪我をした男も、その場を取り囲んでいた手下どもも、皆、目を白黒させて、親方を見た。


「博打とは度胸。イカサマも同じく。ワシは、初めてお前を見た時から、ただならぬ小僧だと直感していた。傭兵、盗賊、海賊を経て今では名博打師となったワシは、これでも人を見る目は養って来た。そのワシの目にかなっただけあるわい。お前は度胸もあり、ケンカ魂も備わっとる。そういう者が、勝負運を引き寄せるのじゃ。お前は、ワシに負けずとも劣らぬ名博打師に、なるかも知れんのう! わっはははは!」


 初老の博打師は、カイルの背をばんばん叩き、大声で笑った。


 以来、常連の博打仲間からもカイルは可愛がられるようになり、ケンカの仕方や、剣を教わったりすることにもなった。


 博打屋を訪れる様々な客からも聞く、旅の話、いくさの話も、彼が外の世界に興味を持つきっかけになっていったのだった。


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