表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Trick or Sweet 〜トリック・オア・スイート〜  作者: かがみ透
第四夜 『亡国の皇女』
15/16

悲しい涙

 森の中は、どんよりと、分厚い雲に覆われているように、薄暗い。

 しかし、そこから見上げる空は明るい。


「やっぱり、見るからに、おかしな場所だぜ。空が見えてるのに、森の中は、こんなに暗い。まるで、夜になりかけてるみてぇに」


「え、ええ」


 カイルに、ジーナは怯えた声で返事をした。


「イザベラー! エドガルドー!」


 カイルは、皇女と家臣たちの名を呼んだが、返事はない。


「イザベラ様ー!」


 ジーナも呼んでみるが、やはり、返事はなかった。


 その時、カイルが足を止め、ジーナの口に人差し指を立て、静かにと合図をした。


「……魔法剣が、騒いでる。……あっちの方角だ!」


 カイルは、ジーナの手を引きながら、走った。


 人の悲鳴が聞こえる。


 イザベラと老人たちが身を寄せ合い、叫んでいた。その両脇には、二人の家臣が、木の枝に、逆さまにぶら下がっている。


 ジーナは目を疑った。

 木の枝が、まるで、木の腕のように、上下左右、あらゆる方向に動き、家臣の足をつかみ、振り回した挙げ句に、ぶら下げているのだった。


 二人の老人は、死んでいた。


「お前ら、なんで俺を待たなかった!」

「おお! カイル殿!」


 家臣たちが悲鳴とともに、カイルを呼んだ。


「我々は、森に入る前に、待っているつもりだった!」


「だが、気が付いたら、中に踏み込んでいたのじゃ!」


「知らない間に……。やっぱり、『天使の声』ってヤツのせいか!」


 カイルは、ハッとした。


「魔法の袋は!?」

「もう全部使ってしまったのじゃ!」


 カイルとジーナは、木の枝をすり抜け、合流すると、さっそく、カイルが魔法剣で動く枝を切り落とした。


 枝は、地面に落ちると、消滅した。


『ほほう、不思議な剣を持つ者がいるもんだ!』


 しゃがれた、人間とは思えない声が響く。


「みんな、俺の後ろに!」


 悲鳴を上げた老人たちとイザベラ、ジーナは、カイルの後ろに回った。


「こいつは、俺が今まで出会った魔物とは、わけが違う。喋る魔物なんて、初めてだぜ!」


 カイルは、油断のない目で、辺りを見回す。

 枝を揺らす木々は、本体ではない。

 どこかに、木を操る本体がいるはずだ。


「きゃあっ!」


 ジーナの前にいた家臣が、突然、胸から血を噴き出して倒れた。


「ベニート様! しっかりして!」


 ジーナが老人を揺するが、絶命していた。

 残りの老人とイザベラが、ますます悲鳴を上げる。


「そこか!」


 カイルが魔法剣を力強く振ると、白銀色の風が弧を描く。


 叫び声のようなものを上げ、人の半分ほどの高さの小人のような魔物が、灰になって消えた。


 魔法剣の霊気は、あらゆる方向から襲う小人たちを消滅させていく。

 老人たちも、イザベラも、やっとホッとした時だった。


『お前さえ、いなければ……!』


 しゃがれた声が、カイルのすぐ後ろから聞こえた。

 迷うことなく、カイルは振り向き様に、剣でそれを斬った。


 断末魔の叫びが響く。

 カイルも、手応えを感じている。


 だが、次の瞬間、カイルの背から、血が噴き出した。


「……てめぇ……化けてたのか……!」


 カイルが、うめくとともに、地面に倒れた。


 怯えた家臣とイザベラ、ジーナは、エドガルドを見つめた。


 エドガルドだと思われていた老家臣は、しゃがれた笑い声を上げると、カイルの剣がかすった左腕を庇い、飛び退すさった。

 そこからは、どす黒い、緑色の血が流れ出していた。


「はっ! エドガルド殿!」


 一行の後ろに、エドガルドは倒れていた。


「ふ、不覚……! イザベラ様、どうか、生き延びて……!」


 最後まで言い終えることなく、エドガルドは動かなくなった。


『ワシの森じゃ! ワシの森に入ったものは、皆、餌となる。木たちの滋養にな!』


 エドガルドの姿をまねた魔族は、しゃがれ声でそう言った。


『一番気高い血は、その女じゃな!』


 しゃがれ声の魔族の姿が消え、再び姿を現したのは、イザベラの正面だった!


 イザベラの目が、恐怖に見開かれる。


「危ねぇ!」


 バリン! と、金属の割れた音が鳴ったと同時に、皇女の顔に、鮮血がかかる。


「……カイル!?」


 イザベラを庇うように飛び出したのは、カイルだった。

 鮮血は、カイルの胸から吹き出したものだった。


「カイル! カイル!」


 イザベラが叫び、カイルを抱きかかえて揺すった。


「よ、よせ……いてぇって」


「な、なぜ、こんな……!」


 取り乱すイザベラに、カイルは、片目をつぶってみせた。


「……守るって、……言っただろ? 俺って、意外と、……フェミニスト……だよな」


「……バカ! 私のために……!」


 イザベラの目から、大粒の涙が次々と零れ落ちた。


「これを持って……逃げ……ろ、……ヤツから……! 俺のことは、……いいから……!」


 カイルが渡したのは、魔法の袋の最後の一つだった。


「……カイル……! ……ごめんなさい……!」


 イザベラは、振り返り、振り返り、残り二人となってしまった家臣に抱えられ、駆け出した。


 木を背に、よりかかりながら立ち上がったカイルは、魔法剣を構えた。


『お前のその剣、……さっきほどの元気は、ないぞ!』


 エドガルドの姿から、キキキと笑い、しゃがれ声が言った。


「ああ、どうやら……、そのようだな……」


 剣を手にした感覚で、カイルにはわかっていた。

 魔法剣の霊気が尽きていることを。


『お前倒した後は、ゆっくり、あいつら食うだけじゃ!』


 エドガルドだったものが、再び笑う。


 出血多量のカイルは、木を背にしていても、立てずに、とうとう膝を付いた。


 そこへ、ぎゅっと、彼を横から抱え込む感触に、カイルは、瞑っていた方の目を開いた。


「……ジーナ?」


 少女は涙を流しながら、彼を抱えていた。


「……バカだな、ジーナ、……逃げなかったのか?」


「私も、一緒に残る……カイル、あなたと一緒にいるわ」


 痛みとともに、カイルは、心地よさを感じていた。


「そんなことして、俺が喜ぶとでも……。俺は、女が死ぬのは……、イヤなんだぜ……!」


「あなたのためじゃなくて、私のためよ」


 苦しそうに咳き込んだカイルを、さらに力を込めて、ジーナが抱きしめる。


「あなたが好きだからよ、カイル……!」


 一瞬、ジーナを見たカイルは表情を変えず、なんとか剣を構えようと、エドガルドの姿をしたものに向ける。


 血で、視界がふさがる。


 ジーナが、カイルの手に手を添え、剣を支えた。


『ふん、死に損ないが。その剣を持つ腕ごと、破壊してやろう!』


 エドガルドの魔族の指が、カイルに向けられる。


 ジーナは、目をつぶった。

 カイルは、開けられる方の目を見開き、魔族を見据えた。


 魔族の指先から、黒い稲光が起こり、それが放出された。


 稲光は、魔法剣を持つカイルの腕に向かい、バチバチと飛んでいく!

 ーーが、何かに、弾き飛ばされた。


『なっ、……なんじゃ!?』 


 魔族が動揺していると、カイルの魔法剣の前には、ごく小さな、光るダイヤ形をした薄いものが浮かんでいたのだった。


『こっ、これはっ……!』


 カイルの流血は止まり、みるみる傷が回復していく。

 何が起きているのか、カイルもジーナもわからなかった。


「やあ、遅くなっちゃって、ごめんよ。ギリギリ間に合ったかな?」


 片方の目で見上げたカイルは、ぼやぼやと現れた人影に驚いた。


「……ユウさん……?」


 後ろから抱き留める格好で、ユウが、てのひらから緑色の光線を、カイルの胸の傷に当てていた。


「ロケットが役に立ったみたいだね。傷口は、そんなに深くないから、すぐにふさがるよ」


「そ、そうか、ロケットが、あいつの攻撃を受けて割れたから、異常を察知して、来てくれたのか」


「うん。『天使の声』の森で、接触してるはずだと思ってね、きみたちと魔族が」


 ユウは、にこやかな笑顔を、カイルから魔族に向けた。


『貴様……何者だ!? 「白の魔法」を使うとは……!』


「昔、ちょっとかじっただけだよ、『白の魔法』をね」


 カイルの『治療』を終えたユウは、カイルを抱えたそのままの態勢で、さらに、魔法剣に、てのひらをかざした。


「さあ、カイルくん、魔法剣の魔力も、回復しているはずだよ。使ってみて」


「えっ? なんで?」


「後で説明するから」


「わかった!」


「お嬢さんは、結界の中にいようね」


 戸惑いを隠せないジーナを、ユウは、球形の緑色をした薄い膜のようなもので、自分とともに包み込んだ。


 カイルは、魔法剣に魔力が戻っているのを感じ取ると、『プラチナ・ストーム』と名付けた霊気を放出させた。


 それは、この森に入ってから使った中でも、否、彼がこれまで使って来た技の中でも、最大級の規模であっただろう。

 銀色の霊気は、竜巻のように剣から噴き出すと、逃げ惑うエドガルドの太った身体を巻き込んだ。


 咄嗟に、ユウは、結界の中の少女を、自分のマントで包み、視界を遮った。


 巻き上げられ、絶叫を轟かせた魔族の身体は、銀色の激しい竜巻の中で粉砕したように、カイルには見えた。


 即座に、霊気の竜巻は、元の輝く銀色のみへと移り変わり、『浄化』を終えると、空に向かい、小さくなって消えた。


「……はあ、やっと倒せた……!」


 肩で大きく息をしたカイルは、両手で握った剣を、改めて見下ろした。


「なんか、今までで、一番すごかったな、これ……」


 緑色の薄い膜は、ユウとジーナの周りから消えた。

 ジーナがカイルに走り寄っていった。


「カイル! 大丈夫?」

「ああ、大丈夫、大丈夫! 俺は何ともないぜ!」

「良かった!」


 涙を浮かべながら、カイルを抱きしめるジーナの頭を、カイルは、心から安心した笑顔で、そっと撫でた。


「それじゃあ、僕は、これで」


「え? ユウさん、もう帰っちゃうの?」


 そろそろ酒場の開店時間だからと言って、ユウは、いつもの、にこやかな笑顔で手を振り、慌ただしく帰っていった。


 ユウの消えた空を、しばらくカイルは見上げていた。


 白い輝く小さな盾のような結界と、通常の緑色の防御結界は、上級魔道士であれば可能な術なのだろうと解釈するとして、カイルが一番わからないと思ったのは、魔法剣の魔力が回復していたことだった。


『ああ、それはね、例の魔族の「天使の声」によって、きみも、魔法剣の技が使えなくなってると、思い込んでいたんだよ』


 ユウの姿はもう見えなかったが、声だけが、聞こえていた。


 魔族の小人たちを『浄化』し続け、剣の魔力は消耗していたはずだった。

 カイルには、ユウが何かしてくれたように思えていたが、今は、彼の言った通りにしておこう、と思った。

 とにかく、早く安心したかった。ユウに会った時に、詳しく尋ねればいいのだ、と。


「『天使の声』……おそるべし、だな!」


 目を丸くしてそう言うと、カイルは、ジーナと顔を見合わせ、笑い合った。




 ヴィルフレド王国では、王妃の従姉妹いとこにあたる亡国の皇女イザベラと、家臣の二人、侍女ジーナ、そして、カイルを迎え入れた。


 イザベラと家臣を救ったことで、カイルは讃えられ、約束通り、金貨や、宝石などの詰まった宝箱をもらえ、数日、ゆっくりと宮殿で過ごすことになった。


 家臣の二人も、カイルには感謝の言葉を何度も述べ、美しく着飾ったイザベラも、彼に、貴族の称号を与えたいと、ヴィルフレド王に申し出た。


 だが、カイルは、その申し出だけは、却下して欲しいと頼んだ。

 願わくば、自分は、ヒョン・カンに戻りたい、と。新たな冒険の旅に出たいのだと。


 勇者は、そのようなものなのだろうと、誰もが納得し、イザベラも、珍しく引き下がったのだった。


 その晩、イザベラとカイルは語り合っていた。


「お前を置いて、逃げた私を、許して欲しい」


 カイルは上機嫌に酒を飲み、ソファでくつろぎながら、金色の器に盛られた果物を口に運び、向かいのソファに、ゆったりと腰掛けた、美しく着飾った皇女に、笑ってみせた。


「何言ってんだよ、俺が、逃げろって言ったんじゃないか。あの言葉に、噓偽りはないぜ」


 ウィンクしたカイルの、湯浴みをして金色に輝く長い髪は美しく、それを眩し気に、イザベラは見つめた。

 同じく、湯浴みできれいに洗われた顔、たくましく細い筋肉を覆う、貴族の着る豪華な刺繍のされたチュニックは、彼を貴族か王族であるかのように見せていた。


 イザベラの頬が、赤く染まっていくのは、口に含んだ赤い果実酒のせいだけではなかった。


「お前と別れるなど、……馬鹿なことをしたと、私は悔いている。出来れば、カイル、もう一度……」


 カイルは微笑んで、彼女の言葉を遮った。


「よせよ。多分、俺とお前は、合わねぇよ」


「……そうか」


 諦めたように、イザベラが笑った。


「だけど、最後に、……したいっていうんなら、……してやってもいいぜ」


 そう、にやっと笑うカイルを見上げていたイザベラは、ますます頬を赤らめた。


 彼女の目の前まで歩いていったカイルは、顔を上げて目を閉じるイザベラに、口づけた。


 首に巻き付く腕は、彼を離すまいと、締め付ける。


 よろめいた彼を、ますます引き込むように、ソファに倒れ込む彼女は、激しく、カイルに口づけた。


 カイルが深く口づけを返すと、イザベラのすすり泣きにも似た声だけが、部屋の外にまで漏れていた。


 イザベラも家臣たちも眠り、月が一際高く登った頃、そうっと、カイルは部屋から抜け出した。


「やっぱり、行ってしまうの?」


 驚いた彼が振り向くと、ジーナが、隣の部屋から、顔を出していた。


「ああ。別れが湿っぽくなるのは、苦手なんだ」


「だから、こっそり、去ろうというのね……」


 苦笑いで答えるカイルに、ジーナが抱きついた。


 真面目な表情になったカイルは、静かに彼女を抱きしめた。


 小柄な彼女は、彼の中に、すっぽりおさまっていた。

 柔らかい抱き心地を、彼はかみしめていた。


「……このまま、時が止まってしまえばいいのに……」


 ジーナが小さな声で言った。


「ああ、そうだな」


 カイルも、小さな声で答えた。


「……一緒に行ってもいい?」


 ジーナが、小さく、だが強く、訊いた。


 カイルは応えなかった。


「……やはり、イザベラ様が、お好きなのね?」


 小さな肩が震える。


 カイルは、きゅうっと、胸が締め付けられるような、切ない想いにかられた。


「イザベラ様には、……しても、……私には、……してくれないもの。あなたの気持ちは、よくわかったわ」


 ジーナの言葉に、カイルは思わず本当のことを言ってしまいそうになるのを、懸命にこらえた。

 それ以上、強く抱きしめてしまいそうになるのを、なんとか抑えた。


「ジーナのことは、ずっと……可愛いと思ってた。初めてキスした時にな」


「本当?」


 期待を込めた目で、ジーナはカイルを見上げた。


 彼女にとっては、初めての体験であったが、なんだか、彼と心が通じたように感じていた。


 魔物を目の前にして、カイルと二人残った時も、彼を守りたいと、それがだめなら、一緒に死を覚悟した。


 自分は、彼を愛していると思った。


 そんなジーナの想いを、充分感じ取っていたカイルは、伝えようと思っていた言葉を、今、伝えなくてはならないと思った。


 何度も、心の中で、繰り返してきた言葉だった。


 カイルは、これまでにないほど、やさしい微笑を心がけた。

 それから、ジーナの瞳を見つめた。


「可愛いと思った。だけど、……女としてじゃなく、……妹みたいだと。死ぬのを覚悟してまでも、俺に付いていてくれたことも……感謝してる」


 ジーナの瞳が揺れ、みるみる潤んでいった。


「妹、……感謝……。そう、……そうだったの……」


 ジーナは、カイルの胸で、声を立てずに泣いた。


 悲しい涙だった。


 心の中で、カイルも泣いていた。




「これで、良かったんだ」


 そう言って、ユウの酒場では、カイルが、普段よりも強めの混合酒を、ガブッと一飲みした。


 カウンターの隣に座るアッカスは俯き、目の前に置かれた、カイルと同じ酒を、飲まずに見つめたままだ。


「なんだか、切ないな。カイル、お前、本当は……」

「それ以上、言わないでくれ」


 カイルが、静かに遮った。


「心の綺麗なあの子には、俺のような悪党は、似合わねぇんだよ。あの子には、そのうち、もっとずっといいヤツが現れて、そういうヤツと結ばれるべきなんだ」




「……カイル、……おい、カイルってば!」


 肩を揺すられながら呼ばれた声で、ふと、カイルは顔を上げた。


 テーブルの隣に座る、彼よりも若干年下である、童顔の青年を見て、カイルは、目をこすった。


「アッカス!? ……じゃなかった、なんだ、ケインか……」


 ヒョン・カンを出てから現在、一緒に旅をしている青年傭兵を、カイルは、改めて見つめた。


 つい今し方、ユウの酒場で飲んでいたつもりだったが、違う酒場にいるようだ。

 なぜ、ここにいるのかは、すぐに思い出せた。


「そっか……、俺、今、寝てたのか……」


「ああ、ハッカイのくれた珍しい酒ってヤツを飲んでるうちに、寝ちゃってたぜ」


 すぐ後ろのテーブルでは、浅黒い肌の東洋人魔道士ヴァルドリューズが、いつもの黒いフードを被り、魔道士が飲むのを許された、数少ない果実酒を口にしている。

 その向かいでは、同じく東洋人の女戦士ラン・ファが、深刻な様子で話をしている。


 そこへ、ちらちらと、小さな妖精ミュミュが飛んでいき、二人は、妖精を交えて、何か相談をしているようだ。


 別の離れた丸テーブルでは、少女戦士マリスと、元巫女の少女クレアが、ケインの昔の傭兵仲間である夫婦と、楽しそうに話をしている。


「……今の俺なら、簡単に情に流されることはないし、ジーナに対しても、もうちょっと、傷付けない別れ方が出来たかも知れない。俺がガキだったばっかりに、二人を傷付けた……」


 それだけが、心残りだ。


 あおろうと傾けた木のジョッキは、空になっていた。

 つまらなそうに、ジョッキをテーブルに置くと、ハッカイがやってきて、そこへ並々と酒を注いでいった。


 クレアの長く艶やかな黒髪を、肘を付いて眺めながら、カイルは、ぼうっとしたように呟いた。


「なあ、本当に、好きな子には、……なかなか、想いを伝えられないもんだな」


「あ? ……ああ、そうかもな」


 よくはわかっていない様子で、相槌を打ったケインは、酒を一口飲むと、元傭兵仲間ハッカイの作った肉団子を頬張り、その美味しさに、無邪気に顔をほころばせていた。


 ちらっと、カイルは、少女戦士マリスを見てから、そんなケインを、呆れたような横目で見た。


「お前、早く記憶取り戻せよ」


「は? 何言ってんだ? 俺は、記憶なくすほど、飲んでないって!」


 笑い飛ばすケインをじろじろ見て、カイルは、「そーじゃねぇよ」と言いながら、残りの酒を呷ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ