無血バトル!
「アッカス、下がってろ!」
護身用の短剣を腰に差したままのアッカスに、カイルが言いながら、盗賊の斧を、魔法剣で受け止めた。
斧を押し返し、次に振り下ろされた剣を、遠くに弾き飛ばす。
「プラチナ・ストーム!」
『浄化』の技である銀色の風が、カイルの剣から発動した。
「……なっ、なんだ、今のは?」
「おお、危ねぇ!」
人体には無害な霊気であったが、そんなこととは知らない盗賊たちは、なんだか得体の知れない魔法のようだと驚いて、退いた。
「これは、魔法剣だ。この術には、当たらない方が、身のためだぜ」
にやっと、はったりをきかせて笑ったカイルが、剣を両手に握り直し、振った。
「プラチナ・ストーム!」
「うわああっ!」
盗賊たちは、慌てて、逃げ出した。
「バカ野郎! てめえら、逃げるんじゃねぇ!」
盗賊の頭である一際大柄な男が、声を張り上げた。
「小僧! ふざけた術を使うじゃねぇか! だが、俺は、逃げねぇぞ!」
血走った目でカイルをにらむ頭は、彼から目を離さずに言った。
「てめえら、小僧は一人だけじゃねぇんだぜ!」
「あ、そ、そうか!」
「あっちのヤツは、武器を持っていなかったぜ!」
カイルの前には五人だけが立ちふさがり、残りの十人ほどは、丸腰のアッカスに向かって行った。
「逃げろ、アッカス! 今行く!」
剣を薙ぎ払い、盗賊たちを下がらせながら、カイルが叫ぶ。
アッカスは、ボートへと走っていく。
盗賊の二、三人が追いついた時だった。
ベルトに、輪にして巻いていた鞭を取り出すと、彼は、盗賊に向かって大きく振った。
カイルも盗賊たちも、ロープだと思っていたものは、ひゅんと風を切り、しなると、盗賊の持つ武器や、持ち手を、撫でていった。
「はん! そんなもん、痛くも痒くもねぇ!」
「残念だったな、小僧!」
残忍な笑いを浮かべる盗賊に、アッカスは顔色一つ変えず、黙って見すえている。
だが、握り直す彼らの手から、武器はすべり落ちた。
拾おうとしても、武器をしっかり握ることは出来なかった。
それを見届けてから、アッカスはボートへと再び走り出す。
そして、ボートの中から、白銀色の太い筒状のものを取り出すと、肩ベルトを斜めがけし、胸の辺りで構えたのだった。
カイルから見た、科学的な武器を手にしたそのアッカスは、凛々しく、強そうで、格好良く見えた。
「なっ、なんだ、あの武器は!?」
「あの小僧も、珍しい武器を持ってやがったのか!?」
盗賊たちが、自分たちの武器を拾いながら、ざわめいた。
「くらえ! アクア・グレネード!」
アッカスは、盗賊に向かって、金属筒の背を何度も押した。
ポン、ポン、ポン、ポン! と軽い音がし、撒き散らされた水が、盗賊たちにかかった。
その少々間が抜けた音に、カイルは、思わず拍子抜けしていた。
「なんだぁ?」
「おどかしやがって! ただの水じゃねぇか!」
手でよけた盗賊たちであったが、水にぬれると、彼らの手や武器は、泡だらけになっていったのだった。
武器をしっかり握ろうとすればするほど、泡が立ち、すべり落ちてしまう。
盗賊たちは、わけがわからず、焦っている。
「それは、俺が油で作った洗浄剤だ。水をかけると泡立って、汚れを落とすんだ!」
そう説明する間にも、アッカスは、腰に下げた皮小物のうちのひとつから、何かを取り出すと、白銀色の筒に仕込んだ。
それから、ボートにあった細長いゴム製のチューブを、片方は筒に取り付け、片方は、海水に浸した。
「カイル、よけろ!」
アッカスの合図で、盗賊を押しのけたカイルは、横に飛んで、全力で走った。
同時に、アッカスは、またしても、筒の背を押した。
「レッド・ドラゴン・トウガラシ!」
再び、ポン、ポン、ポン、ポン! という軽い音とともに海水は散水し、盗賊たちの顔や身体にかかった。
先と違い、赤い粉の混じった水であった。
その赤い水が、少しでも目や口にかかった者には、大変な痛みがおそった。すりむいたり、切り傷はなおさら、小さな引っかき傷であっても、同じである。
盗賊たちは、痛みに叫びながら、もだえはじめた。
「そいつは、俺の育てたレッド・トウガラシ! 新鮮なものは、手でさわっただけでも、辛味成分が染み付き、ちょっと洗ったくらいでは取れない。その手で他のものをさわっても、成分はくっつく。その辛味成分が目に入った途端、とんでもない痛みで、地獄の苦しみを味わうことは、俺自身の身を以て、立証済みだ!」
どうだ! と言わんばかりに、アッカスが声を張り上げている。
被害に合わずに済んだカイルが、隣にやってきた。
「カイル、無事だったか、良かった!」
アッカスは、白銀筒を構えたまま、笑顔になった。
カイルは、アッカスの手にしている白銀筒を見て、目を丸くした。
「それ、いつも、ポケポケ芋の栽培に使ってる、水やりポンプじゃないか!?」
ジョーロで畑の水やりをしていたアッカスが、もっと効率よく出来ないかものかと、考えたのが始まりだった。
そうして思い付いたのが、軽く、薄い金属筒に、空気の圧力で、なるべく遠くに、広範囲に散水する上、疲れないよう、少ない力で操作出来る、その水やりポンプだった。
注ぎ口は、数十個の小さい穴と、筒先を回して調節すれば、一点集中でさらに遠くまで水を飛ばすことが出来るように、改良を加えていったと、以前、カイルに説明したことがあった。
アッカスは笑った。
「そうだよ。俺が、人を殺傷するようなものを、わざわざ作るわけないだろ。『無血バトル』が俺の主義だ」
アッカスは、盗賊に向き直り、言い放った。
「そのレッド・トウガラシ成分は、泣かない限り、取れない。水で洗えば、かえって被害を広げることになる!」
目をこすり、痛がってのたうち回る盗賊たちが、「そうか! 泣けばいいんだ!」などと言っていると、盗賊の頭が「お前ら、泣くんじゃない! 泣いたら負けだ!」と叫び、既に泣いている子分を殴っていた。
「で、ですが、お頭、泣く以外は取れないって、あいつが言ってます!」
「このくらいの痛み、我慢しろ!」
という頭も、既に涙目になっていた。
たまらず、海水で目を洗う者もいたが、アッカスの予告通り、さらに染みたようで、もがき苦しんでいる。
カイルが、呆れた顔で呟いた。
「あんな盗賊、初めて見たぜ」
アッカスは笑って答えた。
「そうか? この辺は、あんな感じのばかりだぜ。さ、今のうちに、ボートに乗ろう」
最後の宝の袋も積み、アッカスとカイルは、ボートを押して、海へ出た。
カイルがオールで漕ぐと、アッカスは帆を張り、船底に仕かけたプロペラを、専用の紐で回した。
「まちやがれー!」
涙を流しながら乗り込み、追いかける盗賊たちのボートは、カイルたちのものよりも断然大きく、頑丈に見える。
しかし、辺りは無風であった。
帆を張っていても、風がなければ進まない。
「これを使おう。ユウさんのくれた、『風の魔法』だ」
アッカスの取り出したのは、カイルも以前使ったことのある、魔法の小瓶であった。
風がなかった時に、それを帆にぶつけて割れば、その方向に風が発生し、進むことが出来る。
瓶は、往復で二個分用意していた。
「アッカス、それ貸してくれ。もっといい方法を思い付いた!」
カイルは小瓶を受け取ると、二本とも、盗賊の帆に向かって投げつけた。
盗賊の船は、向かい風で進めないどころか、逆の方向に進んでいき、一方、アッカスが巻いたプロペラと、カイルのオール使いで、無風の中でも、二人のボートは進み始めたのだった。
しばらくして、アッカスの放っていた『月明かり灯』の、ぼやけた光は、小さくなり、消えた。彼の説明通り、二時間が過ぎた頃だった。
「野郎、どこへ逃げた!?」
盗賊たちが、ランタンで海を照らすが、遠くまでは見えない。
「やつら、東の海の方へ向かいやしたが……」
どんなに、彼らが目を凝らしても、見えるはずもなかった。
「ちくしょう! やっぱり、今日は新月だったんだな。あの月に見えたものは、やつらの奇術みてぇなもんだったのか!」
悔しがる盗賊たちは、船の上で、地団駄を踏んだ。
東の方向へ向かっていたと見せかけていた二人は、実は、島の影に隠れていた。
ヒョン・カンへ戻るとは知られないように、仕組んだのだった。
そして、彼らは、朝日が昇り始めた頃、出発した。
航海の最中、二人は、持っていた干し肉や、干した果物をしゃぶりながら、笑い合い、話は尽きないでいた。
「さっきの鞭は、なんだ?」
カイルに言われて、アッカスは、丸めた鞭を見せた。
「南海オオクジラのヒゲで作った。船乗りたちと航海した時に、出くわして。皆でなんとか倒してさ、何かに使えそうだと思って、もらったんだ。丈夫で、よくしなるから、結構便利だぜ。ロープ代わりにもなるし、さっきみたいに、鞭みたいにも使えるし」
「アッカスが剣を持たなくても、今まで冒険してこられた意味が、わかったぜ」
カイルは、尊敬を浮かべた瞳で、アッカスを見た。
アッカスは、照れながら言った。
「俺、正直、争い事が好きじゃなくて」
「いや、すげぇよ! アッカスらしくて、いいと思う!」
「カイルも、さすがだった! 魔物を倒したところなんか、カッコ良かったぜ! お前なら、無敵のトレジャー・ハンターになれるぜ!」
ヒョン・カンの港に、近付いた頃だった。
波が高くなってきたなと、アッカスが呟き、周辺を双眼鏡で見回すと、黒い影を見つけた。
碧く澄んだ海は、生き物の姿が映り込みやすい。
彼らのボートよりも大きく、黒い影に、アッカスは血相を抱えて叫んだ。
「サメが付いて来てる!」
カイルも目を凝らすと、黒いシャープな影が見える。
アッカスがプロペラを巻いて放し、カイルも、オールで漕ぎ、ボートがスピード・アップすると、影も追う。
そして、すぐ横に並んだ。
「ホホホジロ巨大ザメだ!」
魔物ではない、人食い巨大ザメだと、早口でアッカスが説明する。
カイルがオールを使い、サメから離れるが、サメは、ぴったりと寄り添っている。
一気にスピードを上げたサメが、ザバーッと海面に顔をのぞかせた。
尖った無数の上下の牙が、ボートを悔い破った。
「アッカス、危ねぇっ! 早くこっちに!」
カイルが、後ろから、アッカスの服を引っ張る。
アッカスは、白銀色の筒を、サメに向けて発射した。
サメの丸い目には、赤い粉が吹きかけられる。片方だけでも充分、サメは痛がって暴れ、退散した。
その勢いで起きた波で、ボートは転覆してしまった。
二人も、宝の入った皮袋も、海に投げ出された。
カイルとアッカスは、海面に顔を出した。
「サメは、すごい勢いで、戻っていったみたいだな」
うまくいったとばかりに、アッカスとカイルは笑った。
港は、目の前で、海も、そう深くはない。
カイルは、宝袋を心配して見渡すと、どの皮袋も浮かんでいた。
「経験上、海を行く時は、よくこうなったもんだから、すべての皮袋には、浮きを仕込んでおいたんだ。カイルのにも、浮きを付けておいたぜ」
そうウインクして言ったアッカスが、黒い紐を引っ張ると、宝袋は、彼のもとに集まった。
「これも、クジラのヒゲで作った切れにくい紐だ。これを、さっき、全部の袋の口に通しておいたから、回収も楽だ」
カイルは、大笑いした。
「アッカス、やっぱり、お前って、抜け目ないな!」
港の船乗りたちに救出された二人は、宝を持ち帰ることが出来た。
海賊の宝の中でも、宝石や宝飾品は、庶民の中でも、特に貧困層の者たちに分けた。
魔物の牙やウロコは、材料屋に売り、自分たちの収入とした。
アッカスは、牙とウロコを少しだけと、冒険資金にと金貨を少し取ると、カイルには、自分よりも多めに分け与えた。
アッカスは、ウロコの特に碧く、きれいな部分を切り取り、加工して鎖を通すと、隣に住むパン屋の少女リリーにあげた。
「うわぁ、きれいだね! アッカス、いつも、ありがとう」
リリーは、嬉しそうに、首から下げた。
「リリーには、いつも、おいしいパンをご馳走になってるから、そのお礼だよ。これは、お母さんたちにあげてね」
アッカスは、天然の酵母菌を瓶に詰め、渡した。
それが、パン作りに役に立つとのことだ。
「ああ、あと、この重曹なら、パンにも入れられるし、菓子も作れるんだぜ」
砂糖と重曹を使った自作の菓子も、渡す。
カイルも、アッカスに作ってもらった時に、気に入った菓子だ。
「いやぁ、つくづく、科学ってのは、すげぇもんだな! 食べ物も作れるだけじゃなく、戦いにも応用できるんだからな!」
カイルがつくづく感心する。
二人は、ユウのところへ、差し入れを持って行った。
「今回も、ユウさんのくれた『風の魔法』や、改良してくれた『月明かり灯』が役に立ったぜ! ありがとう!」
アッカスは、そう言いながら、ポケポケ芋を薄く切って、油で揚げたものを、ユウに手渡した。
「こちらこそ。アッカスくんの、このポケポケ芋やナッツが、おつまみに評判良くて、助かってるよ」
ユウは、カウンターに腰かける二人に、皿を出した。
「ポケポケ芋のチーズ焼きだよ。これも美味しくて、女性のお客さんに人気があるんだよ」
ポケポケ芋を一口サイズに切り、香辛料とチーズをかけ、オーブンで焼いたと説明する。
一口食べた二人は、顔を上げた。
「うまいっ! まさか、こんなにうまくなるとは!」
「ああ、ホントだな!」
ユウは、にっこり微笑み、夢中で食べている二人を見ていた。
「それでね、アッカスくん、帰って来て早々、こんなこと言うのもなんだけど、東南の方角に、珍しい生物がいるらしいんだ。魔物なのか、そうではないのか、目撃者は数人いるけど、どの人にもわからなかったそうなんだ。近いうち、調査船が出るということだけど、カイルくんと二人で、乗せてもらって来たらどう?」
カイルとアッカスは、顔を見合わせた。
カイルは、アッカスの青い瞳が、好奇心に満ちあふれているのを見た。
アッカスは、カイルの、水色に近い、切れ長の青い瞳が、やんちゃ坊主のように輝くのを認めた。
「もちろんだぜ、ユウさん!」
二人の声は、そろっていた。
中二病真っ最中の二人でした。(^^;




