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Trick or Sweet 〜トリック・オア・スイート〜  作者: かがみ透
第三夜 『トレジャー・ハンター』
12/16

無血バトル!

「アッカス、下がってろ!」


 護身用の短剣を腰に差したままのアッカスに、カイルが言いながら、盗賊の斧を、魔法剣で受け止めた。

 斧を押し返し、次に振り下ろされた剣を、遠くに弾き飛ばす。


「プラチナ・ストーム!」


 『浄化』の技である銀色の風が、カイルの剣から発動した。


「……なっ、なんだ、今のは?」

「おお、危ねぇ!」


 人体には無害な霊気であったが、そんなこととは知らない盗賊たちは、なんだか得体の知れない魔法のようだと驚いて、退いた。


「これは、魔法剣だ。この術には、当たらない方が、身のためだぜ」


 にやっと、はったりをきかせて笑ったカイルが、剣を両手に握り直し、振った。


「プラチナ・ストーム!」

「うわああっ!」


 盗賊たちは、慌てて、逃げ出した。


「バカ野郎! てめえら、逃げるんじゃねぇ!」


 盗賊の頭である一際大柄な男が、声を張り上げた。


「小僧! ふざけた術を使うじゃねぇか! だが、俺は、逃げねぇぞ!」


 血走った目でカイルをにらむ(かしら)は、彼から目を離さずに言った。


「てめえら、小僧は一人だけじゃねぇんだぜ!」

「あ、そ、そうか!」

「あっちのヤツは、武器を持っていなかったぜ!」


 カイルの前には五人だけが立ちふさがり、残りの十人ほどは、丸腰のアッカスに向かって行った。


「逃げろ、アッカス! 今行く!」


 剣を()ぎ払い、盗賊たちを下がらせながら、カイルが叫ぶ。


 アッカスは、ボートへと走っていく。


 盗賊の二、三人が追いついた時だった。

 ベルトに、輪にして巻いていた鞭を取り出すと、彼は、盗賊に向かって大きく振った。


 カイルも盗賊たちも、ロープだと思っていたものは、ひゅんと風を切り、しなると、盗賊の持つ武器や、持ち手を、撫でていった。


「はん! そんなもん、痛くも痒くもねぇ!」

「残念だったな、小僧!」


 残忍な笑いを浮かべる盗賊に、アッカスは顔色一つ変えず、黙って見すえている。


 だが、握り直す彼らの手から、武器はすべり落ちた。

 拾おうとしても、武器をしっかり握ることは出来なかった。


 それを見届けてから、アッカスはボートへと再び走り出す。


 そして、ボートの中から、白銀色の太い筒状のものを取り出すと、肩ベルトを斜めがけし、胸の辺りで構えたのだった。


 カイルから見た、科学的な武器を手にしたそのアッカスは、凛々しく、強そうで、格好良く見えた。


「なっ、なんだ、あの武器は!?」


「あの小僧も、珍しい武器を持ってやがったのか!?」


 盗賊たちが、自分たちの武器を拾いながら、ざわめいた。


「くらえ! アクア・グレネード!」


 アッカスは、盗賊に向かって、金属筒の背を何度も押した。


 ポン、ポン、ポン、ポン! と軽い音がし、()き散らされた水が、盗賊たちにかかった。


 その少々間が抜けた音に、カイルは、思わず拍子抜けしていた。


「なんだぁ?」

「おどかしやがって! ただの水じゃねぇか!」


 手でよけた盗賊たちであったが、水にぬれると、彼らの手や武器は、泡だらけになっていったのだった。

 武器をしっかり握ろうとすればするほど、泡が立ち、すべり落ちてしまう。

 盗賊たちは、わけがわからず、焦っている。


「それは、俺が油で作った洗浄剤だ。水をかけると泡立って、汚れを落とすんだ!」


 そう説明する間にも、アッカスは、腰に下げた皮小物のうちのひとつから、何かを取り出すと、白銀色の筒に仕込んだ。


 それから、ボートにあった細長いゴム製のチューブを、片方は筒に取り付け、片方は、海水に浸した。


「カイル、よけろ!」


 アッカスの合図で、盗賊を押しのけたカイルは、横に飛んで、全力で走った。

 同時に、アッカスは、またしても、筒の背を押した。


「レッド・ドラゴン・トウガラシ!」


 再び、ポン、ポン、ポン、ポン! という軽い音とともに海水は散水し、盗賊たちの顔や身体にかかった。


 先と違い、赤い粉の混じった水であった。

 その赤い水が、少しでも目や口にかかった者には、大変な痛みがおそった。すりむいたり、切り傷はなおさら、小さな引っかき傷であっても、同じである。


 盗賊たちは、痛みに叫びながら、もだえはじめた。


「そいつは、俺の育てたレッド・トウガラシ! 新鮮なものは、手でさわっただけでも、辛味成分が染み付き、ちょっと洗ったくらいでは取れない。その手で他のものをさわっても、成分はくっつく。その辛味成分が目に入った途端、とんでもない痛みで、地獄の苦しみを味わうことは、俺自身の身を(もっ)て、立証済みだ!」


 どうだ! と言わんばかりに、アッカスが声を張り上げている。


 被害に合わずに済んだカイルが、隣にやってきた。


「カイル、無事だったか、良かった!」


 アッカスは、白銀筒を構えたまま、笑顔になった。

 カイルは、アッカスの手にしている白銀筒を見て、目を丸くした。


「それ、いつも、ポケポケ芋の栽培に使ってる、水やりポンプじゃないか!?」


 ジョーロで畑の水やりをしていたアッカスが、もっと効率よく出来ないかものかと、考えたのが始まりだった。


 そうして思い付いたのが、軽く、薄い金属筒に、空気の圧力で、なるべく遠くに、広範囲に散水する上、疲れないよう、少ない力で操作出来る、その水やりポンプだった。


 注ぎ口は、数十個の小さい穴と、筒先を回して調節すれば、一点集中でさらに遠くまで水を飛ばすことが出来るように、改良を加えていったと、以前、カイルに説明したことがあった。


 アッカスは笑った。


「そうだよ。俺が、人を殺傷(さっしょう)するようなものを、わざわざ作るわけないだろ。『無血バトル』が俺の主義だ」


 アッカスは、盗賊に向き直り、言い放った。


「そのレッド・トウガラシ成分は、泣かない限り、取れない。水で洗えば、かえって被害を広げることになる!」


 目をこすり、痛がってのたうち回る盗賊たちが、「そうか! 泣けばいいんだ!」などと言っていると、盗賊の頭が「お前ら、泣くんじゃない! 泣いたら負けだ!」と叫び、既に泣いている子分を殴っていた。


「で、ですが、お(かしら)、泣く以外は取れないって、あいつが言ってます!」


「このくらいの痛み、我慢しろ!」


 という頭も、既に涙目になっていた。


 たまらず、海水で目を洗う者もいたが、アッカスの予告通り、さらに染みたようで、もがき苦しんでいる。


 カイルが、呆れた顔で呟いた。


「あんな盗賊、初めて見たぜ」


 アッカスは笑って答えた。


「そうか? この辺は、あんな感じのばかりだぜ。さ、今のうちに、ボートに乗ろう」


 最後の宝の袋も積み、アッカスとカイルは、ボートを押して、海へ出た。

 カイルがオールで漕ぐと、アッカスは帆を張り、船底に仕かけたプロペラを、専用の紐で回した。


「まちやがれー!」


 涙を流しながら乗り込み、追いかける盗賊たちのボートは、カイルたちのものよりも断然大きく、頑丈に見える。


 しかし、辺りは無風であった。

 帆を張っていても、風がなければ進まない。


「これを使おう。ユウさんのくれた、『風の魔法』だ」


 アッカスの取り出したのは、カイルも以前使ったことのある、魔法の小瓶であった。

 風がなかった時に、それを帆にぶつけて割れば、その方向に風が発生し、進むことが出来る。

 瓶は、往復で二個分用意していた。


「アッカス、それ貸してくれ。もっといい方法を思い付いた!」


 カイルは小瓶を受け取ると、二本とも、盗賊の帆に向かって投げつけた。


 盗賊の船は、向かい風で進めないどころか、逆の方向に進んでいき、一方、アッカスが巻いたプロペラと、カイルのオール使いで、無風の中でも、二人のボートは進み始めたのだった。


 しばらくして、アッカスの放っていた『月明かり灯』の、ぼやけた光は、小さくなり、消えた。彼の説明通り、二時間が過ぎた頃だった。


「野郎、どこへ逃げた!?」


 盗賊たちが、ランタンで海を照らすが、遠くまでは見えない。


「やつら、東の海の方へ向かいやしたが……」


 どんなに、彼らが目を凝らしても、見えるはずもなかった。


「ちくしょう! やっぱり、今日は新月だったんだな。あの月に見えたものは、やつらの奇術みてぇなもんだったのか!」


 悔しがる盗賊たちは、船の上で、地団駄を踏んだ。


 東の方向へ向かっていたと見せかけていた二人は、実は、島の影に隠れていた。

 ヒョン・カンへ戻るとは知られないように、仕組んだのだった。


 そして、彼らは、朝日が昇り始めた頃、出発した。

 航海の最中、二人は、持っていた干し肉や、干した果物をしゃぶりながら、笑い合い、話は尽きないでいた。


「さっきの鞭は、なんだ?」


 カイルに言われて、アッカスは、丸めた鞭を見せた。


「南海オオクジラのヒゲで作った。船乗りたちと航海した時に、出くわして。皆でなんとか倒してさ、何かに使えそうだと思って、もらったんだ。丈夫で、よくしなるから、結構便利だぜ。ロープ代わりにもなるし、さっきみたいに、鞭みたいにも使えるし」


「アッカスが剣を持たなくても、今まで冒険してこられた意味が、わかったぜ」


 カイルは、尊敬を浮かべた瞳で、アッカスを見た。

 アッカスは、照れながら言った。


「俺、正直、争い事が好きじゃなくて」


「いや、すげぇよ! アッカスらしくて、いいと思う!」


「カイルも、さすがだった! 魔物を倒したところなんか、カッコ良かったぜ! お前なら、無敵のトレジャー・ハンターになれるぜ!」


 ヒョン・カンの港に、近付いた頃だった。


 波が高くなってきたなと、アッカスが呟き、周辺を双眼鏡で見回すと、黒い影を見つけた。


 碧く澄んだ海は、生き物の姿が映り込みやすい。

 彼らのボートよりも大きく、黒い影に、アッカスは血相を抱えて叫んだ。


「サメが付いて来てる!」


 カイルも目を凝らすと、黒いシャープな影が見える。


 アッカスがプロペラを巻いて放し、カイルも、オールで漕ぎ、ボートがスピード・アップすると、影も追う。

 そして、すぐ横に並んだ。


「ホホホジロ巨大ザメだ!」


 魔物ではない、人食い巨大ザメだと、早口でアッカスが説明する。


 カイルがオールを使い、サメから離れるが、サメは、ぴったりと寄り添っている。

 一気にスピードを上げたサメが、ザバーッと海面に顔をのぞかせた。


 尖った無数の上下の牙が、ボートを悔い破った。


「アッカス、危ねぇっ! 早くこっちに!」


 カイルが、後ろから、アッカスの服を引っ張る。


 アッカスは、白銀色の筒を、サメに向けて発射した。


 サメの丸い目には、赤い粉が吹きかけられる。片方だけでも充分、サメは痛がって暴れ、退散した。


 その勢いで起きた波で、ボートは転覆(てんぷく)してしまった。

 二人も、宝の入った皮袋も、海に投げ出された。


 カイルとアッカスは、海面に顔を出した。


「サメは、すごい勢いで、戻っていったみたいだな」


 うまくいったとばかりに、アッカスとカイルは笑った。


 港は、目の前で、海も、そう深くはない。

 カイルは、宝袋を心配して見渡すと、どの皮袋も浮かんでいた。


「経験上、海を行く時は、よくこうなったもんだから、すべての皮袋には、浮きを仕込んでおいたんだ。カイルのにも、浮きを付けておいたぜ」


 そうウインクして言ったアッカスが、黒い紐を引っ張ると、宝袋は、彼のもとに集まった。


「これも、クジラのヒゲで作った切れにくい紐だ。これを、さっき、全部の袋の口に通しておいたから、回収も楽だ」


 カイルは、大笑いした。


「アッカス、やっぱり、お前って、抜け目ないな!」


 港の船乗りたちに救出された二人は、宝を持ち帰ることが出来た。




 海賊の宝の中でも、宝石や宝飾品は、庶民の中でも、特に貧困層の者たちに分けた。

 魔物の牙やウロコは、材料屋に売り、自分たちの収入とした。


 アッカスは、牙とウロコを少しだけと、冒険資金にと金貨を少し取ると、カイルには、自分よりも多めに分け与えた。


 アッカスは、ウロコの特に碧く、きれいな部分を切り取り、加工して鎖を通すと、隣に住むパン屋の少女リリーにあげた。


「うわぁ、きれいだね! アッカス、いつも、ありがとう」


 リリーは、嬉しそうに、首から下げた。


「リリーには、いつも、おいしいパンをご馳走になってるから、そのお礼だよ。これは、お母さんたちにあげてね」


 アッカスは、天然の酵母菌を瓶に詰め、渡した。

 それが、パン作りに役に立つとのことだ。


「ああ、あと、この重曹なら、パンにも入れられるし、菓子も作れるんだぜ」


 砂糖と重曹を使った自作の菓子も、渡す。

 カイルも、アッカスに作ってもらった時に、気に入った菓子だ。


「いやぁ、つくづく、科学ってのは、すげぇもんだな! 食べ物も作れるだけじゃなく、戦いにも応用できるんだからな!」


 カイルがつくづく感心する。


 二人は、ユウのところへ、差し入れを持って行った。


「今回も、ユウさんのくれた『風の魔法』や、改良してくれた『月明かり灯』が役に立ったぜ! ありがとう!」


 アッカスは、そう言いながら、ポケポケ芋を薄く切って、油で揚げたものを、ユウに手渡した。


「こちらこそ。アッカスくんの、このポケポケ芋やナッツが、おつまみに評判良くて、助かってるよ」


 ユウは、カウンターに腰かける二人に、皿を出した。


「ポケポケ芋のチーズ焼きだよ。これも美味しくて、女性のお客さんに人気があるんだよ」


 ポケポケ芋を一口サイズに切り、香辛料とチーズをかけ、オーブンで焼いたと説明する。


 一口食べた二人は、顔を上げた。


「うまいっ! まさか、こんなにうまくなるとは!」

「ああ、ホントだな!」


 ユウは、にっこり微笑み、夢中で食べている二人を見ていた。


「それでね、アッカスくん、帰って来て早々、こんなこと言うのもなんだけど、東南の方角に、珍しい生物がいるらしいんだ。魔物なのか、そうではないのか、目撃者は数人いるけど、どの人にもわからなかったそうなんだ。近いうち、調査船が出るということだけど、カイルくんと二人で、乗せてもらって来たらどう?」


 カイルとアッカスは、顔を見合わせた。


 カイルは、アッカスの青い瞳が、好奇心に満ちあふれているのを見た。


 アッカスは、カイルの、水色に近い、切れ長の青い瞳が、やんちゃ坊主のように輝くのを認めた。


「もちろんだぜ、ユウさん!」


 二人の声は、そろっていた。


中二病真っ最中の二人でした。(^^;


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