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Trick or Sweet 〜トリック・オア・スイート〜  作者: かがみ透
第二夜 『砂漠の夜の夢』
10/16

呪われた秘宝

「なんだかわかんねえけど、とにかく、こりゃあ、すごい剣だぜ!」


 カイルが、改めて、剣を見つめた。


「さっきの銀色の風っつうか、波っつうか……、すげえもんだったなあ! あの技は、『プラチナ・ストーム』とでも名付けるとすっか」


 カイルは、抱きついているエミリーを、抱きしめ返してから、仲間の救出に向かった。


 モヒカン頭のグラテールが、小柄なキラザを、流砂からすくい上げている。

 カイルは、倒れているもう一人を、抱き起こした。


「大丈夫か、モンス? 背中見せてみろ。ああ、ひどい火傷だな」


「だ、大丈夫ですわ、親分」


 傷の具合を見たカイルは、ポケットから薬草を取り出し、モンスの広い背中に当てた。


「さあ、まだまだ油断は出来ないぜ。あの魔道士の野郎、さっきは空に浮いてたが、今は姿が見えねえ。またどんなモンスターを召喚してくるかわかんねえからな。でも、今のが、召喚出来る最大級のモンスターだって言ってたから、まあ、どんなモンを召喚しようと、この俺の魔法剣がありゃあ、怖いモンなしだがな!」


 有頂天になって剣をかざすカイルを、エミリーは、うっとりとした眼差しで見つめ、部下の男たちも、尊敬の念を込めて、魔法剣とカイルとを見つめていた。


 そこへ、魔道士デュオヌスが、姿を現し、ゆるりと地面に降り立った。


 振り返ったカイルの顔が、さっと引き締まる。


 魔道士は、許し難い表情を浮かべながら、カイルを見下ろす。


「貴様のその剣が、魔法剣であったとは気付かず、迂闊であった。私の見たところによると、今の技は『浄化の魔法』に分類されるだろう。『浄化』は、神官や巫女であればともかく、普通の魔道士が極めるには、非常に困難な技だ。通常の魔道士ならば、魔法アイテムに頼ることが多い。


 先の正規の魔道士三人ですら、完璧な『浄化』を習得しては、いなかった。だからこそ、デビル・ナイツの凄まじい魔力の前では、成すすべなく倒れたのだ。かつて、これほどまでに、魔族にとって、致命的な『浄化』の技は、見たことがない」


 デュオヌスのセリフを聞けば聞くほど、カイルは得意気な笑顔になる。


「とんだ計算違いだったな。俺たちは、お前が今まで追っ払ってきた連中とは、ひと味違ったワケだな」


「ふん、図に乗るな、小僧。その浄化の技は、魔物に対して効果のあるもの。すなわち、生きた人間には、通用せぬと言うことだ」


「なんだと?」


 カイルの顔色が変わる。

 デュオヌスは、ニヤリと笑った。


「ということは、私自身が、お前たちに、直接攻撃をしかければ、お前たちには、防ぐ手立ては、ないということだ!」


 魔道士がマントを広げる。

 風に似た空気の流れが吹き出す。

 それは、徐々に暴風のように荒れ狂い、砂を巻き上げ、竜巻と化したのだった。


「皆、危ないから、俺の後ろに!」


 魔法剣を構えるカイルの後ろに、エミリーを始め、手下たちが、縦一列に並ぶ。吹き飛ばされないよう、皆、足を踏ん張った。


「なにか、他の技、出ろ!」


 カイルは精神を統一して、技を放つが、どうやっても、『プラチナ・ストーム』と名付けた、銀色の波しか出てこなかった。


 そして、それは案の定『浄化』の効果のみであり、『波』を浴びた魔道士には、何のダメージも与えてはいなかった。


「エミリー、他の技は出せないのか!?」


 暴風の中、カイルが振り返らずに、大声を張り上げた。


「わからないわ!」


 エミリーも叫び返す。

 カイルが舌打ちする。


「ちっ、しょーがねえ! こうなったら、奥の手だ!」


 まだ何か切り札を隠し持っているのかと、エミリーは、期待に満ちた目で見つめ、彼を頼もしく思った。


 カイルは、敵から目を反らさずに、皆に言い放った。


「皆、盗賊の鉄則だ! 『三十六計逃げるに()かず』!」

「合点だ!」


 拍子抜けしたのは、エミリーだけだった。


 他の者は、直ちに、その場から全力で逃げ出した。


「来い、エミリー! ボーッとすんな!」


 カイルが、エミリーの手を引いて、駆け出した。


「ボーッとしてるんじゃないわよ。呆れ返ってんのよ!」


 エミリーは、泣きたくなりながらも、カイルを睨みながら走った。


「ふはははは! 逃げ出すとは、口ほどにもない。ということは、貴様の魔法剣では、『浄化』しか放てないということか」


 笑い声を、闇の空に轟かせながら、魔道士は、ゆらゆらと飛び、盗賊たちを追いかけ回すと、火の球や氷の塊などを、空中から浴びせた。


 一気に仕留めようとはせず、逃げ回る彼らを、面白そうに眺め、追い回している。


 エミリーの足元は、ふらついていた。


「頑張れ! 走り続けるんだ!」


 カイルの励ましも空しく、エミリーは、砂の地面に足を取られて倒れた。


「だめ。もう走れないわ」


 泣きながら起き上がる彼女を、カイルが庇うように、抱え込んだ。


「ははははは! そろそろフィニッシュと行こうか」


 そう言った魔道士を、カイルが、キッと睨む。

 屈辱にまみれた、悔しそうな青い瞳に、魔道士は満足気な笑いを浮かべたまま、地面に降り立った。


 その時、カイルが地面の砂を掴み、魔道士の目に投げつけた。


「ウワッ! なっ、なにをする!」


 油断したデュオヌスの両目には、砂が入り込んだ。

 その隙に、エミリーを抱えたカイルと、助けにきた手下たちが、再び逃げ出す。


「お、おのれ、どこまでも、ふざけた真似を! もう許さぬぞ!」


 魔道士は、片手で目を抑えたまま、やみくもに、魔法を放った。


 それらは、カイルたちから大きく外れ、建物の残骸であった支柱に当たった。


 支柱は、弾け飛んだ。


 その途端、


 ぐごおおぉぉぉおおおお……っ!


 大きな地鳴りが起こった。


 盗賊たちは、一カ所に集まり、身を寄せ合って、かたまった。

 地響きは、一向に止まることなく、続く。


「お、親分、あの魔道士野郎、また何か召喚したんじゃ……?」


 キラザが目を見開き、恐ろし気な表情で、動揺している。


「いや、見てみろ。あの魔道士も、ビックリしてるみたいだぜ。だから、きっと、違うんだろう」


 静かにカイルが答えた直後、地震が起こった。


「危ねえ! 皆、こっちに寄るんだ!」


 カイルの周りに、皆は、寄り集まった。


「なっ、なんだ、この地響きは!?」


 ヤミ魔道士デュオヌスの足元の砂が、さらさらと移動していくと、それが、流砂の如く、彼の足を捕えたと同時に、そこから、ごぼっと砂が吹き上がった。


 何事かとデュオヌスが地面を見ると、砂は、ますます高く吹き上がり、白骨の手が覗いたのだった。


「なっ、なんだ、これは!?」


 デュオヌスがよけるのが、一瞬遅かった。

 白骨の手は、彼の足を掴んだ。


「なっ、何者だ!? は、放せ!」


 焦って、振り解こうと足を振るが、手はしっかりと足を捕えて放さない。


 デュオヌスが魔法の力で空中に浮かぶが、それも、地面から僅かに浮いた程度であった。


 それとともに、白骨の手も地面から本体を現す。

 白い骸骨が、肩まで覗く。

 首から上は、口髭を生やした男の顔だ。

 黒い、ボサボサとひどく痛んだ頭髪の上には、王冠が乗っており、皮膚や眼球は腐敗。明らかに、怒りに満ちた表情を浮かべながら。


「あ、あれは、古代エピュリケス王国の王、ファライオだわ!」


 カイルにしがみついたまま、エミリーが叫ぶ。


 古代の王ファライオは、唇が腐り、剥がれ落ちた。

 ところどころ歯の欠けている口を、怒りに歪ませた。


『我が……エピュリケスの宝ーーイシリスの涙は……どこだ? 大神オシウス……のお告げに……背き、……女神イシリス……の持ち物を……無断で持ち去った者は……誰だ!』


 おぞましい、人の声とは思えない空に響く声を、聞いた人間たちは、縮こまった。


 足を掴まれているデュオヌスは、一層、恐ろしさに身動き出来ないでいた。


『返……せ……! 返すのだ。我が王国の宝ーーイシリスの涙ーーを……!』


「や、やめろ、……放せ、放すのだ!」


 魔道士デュオヌスが、亡霊を追い払うよう、杖を振り回した。


『イシリス……イシリスを返せ……!』


 巨大な顔は、呪文のように『イシリス、イシリス』と繰り返すと、口髭に覆われた口を、カッと開いたのだった。


 中からは、不気味な黒い虫の大群が、どどどっと連なり、吐瀉物(としゃぶつ)のように、吐き出されたのだった。


「うっ、うわああっ!」


 魔道士デュオヌスは、虫の大群に抵抗しながらも、埋め尽くされていき、古代の王ファライオに掴まれたまま、砂の地面の中に、引きずり込まれていった。


 その恐ろしい光景から、カイルたちは、目を反らすことが出来ないでいた。


 デュオヌスの姿が、完全に見えなくなると、そこから、放射状に、深い地割れが起こり、砂漠の砂が、滝のように、地中へと流れ込んでいった。


「みんな、走れ!」


 カイルのかけ声と同時に、全員、全力で駆け出した。


 割れ目が、追いかけて来るように広がるが、留まる。


 巻き込まれずに済んだ彼らは、身を寄せ合い、地響きが収まるのを、静かに待った。


 誰も、言葉を発する者はいない。

 恐怖におののく目で見る者、頭を低くして抱え込んでいる者。

 エミリーは、しっかりと、カイルの胸に抱かれ、固く目を閉じていた。

 カイルは、エミリーを抱きながら、辺りの様子を伺う。


 地の底から、デュオヌスの断末魔の叫びが、響いた。


 叫び声が止むと、地響きは収まり、放射状に出来た割れ目は、塞がっていく。


 まるで、何事もなかったかのように、辺りは静まり返り、元通りの砂漠だけが、広がっていた。


 ひとつ変わったことは、エピュリケス王国の財宝の目印であった建物の残骸までが消滅し、辺りは、まったくの砂地と化してしまったことであった。




 空を覆っていた黒雲も、徐々に去っていくと、今が夜明けであることに気付く。

 空は、うっすらと白み始めていた。


「……おさまったらしいな」


 カイルが呟くのが聞こえると、手下たちは顔を上げ、おそるおそる辺りを見回す。


 どうやら、助かったらしいことがわかると、歓喜の声を上げ、互いの無事を喜び合った。


「エミリー、大丈夫か? なんとか、助かったな」


 カイルの声に、意識を失いかけていたエミリーが、目を開ける。


「……カイル……?」


「ああ、もう大丈夫だ。立てるか?」


 カイルに支えられながら、エミリーは、ゆっくり立ち上がった。


 辺りの景色を目にするうちに、彼女の驚きの表情は、徐々に喜びをかみしめるように移り変わった。


「ああ、私たち、助かったのね? 信じられない……奇跡だわ! 古代の王のミイラまで出て来るなんて……! 恐ろしくて、不思議なことばかりだったわ。こんなにも不思議で、稀な、貴重な体験が出来たのも、あなたの魔法剣のおかげよ」


 カイルは人差し指を立てて、ちっちっと舌を鳴らした。


「魔法剣だけあってもダメだぜ。それを使いこなせる人間がいなきゃな」


 いたずらっぽく笑うカイルに、エミリーも笑った。


「そうね。あなたのおかげだわ、カイル」


「俺が、ガイドで良かっただろ?」


「ええ、本当に! あなた以上の用心棒なんて、考えられないわ!」


 二人の顔が近付いていき、まさに口づけを交わそうという時であった。


「あーっ!」


 辺りを隈無く見渡していたキラザが、突然叫んだ。


「なんだよ、キラザ、いいところで。邪魔すんじゃねえよ」


 憮然として、カイルが振り返ると、キラザが、口をパクパクさせながら、指さし、やっとのことで、声になった。


「やっぱり、なくなってやがる! お、親分! 俺たちの、お宝が……!」


 キラザの言う通り、一行が盗んだーーもとい、手数料として頂いてきた宝は、皆、地割れの中に落ちていったようで、ひとつも残ってはいなかった。


 まるで、王の亡霊が持ち帰ったように。


「さっきの地割れに巻き込まれちまったんスかね? ……それにしても、なんだったんだ、さっきのは?」


 そう言ったのは、モヒカンのグラテールだ。


「古代の王ファライオの逆鱗(げきりん)に触れたんだわ。デュオヌスが『イシリスの涙』を奪い、その力を悪用したから……」


 エミリーは、宝のあった場所を見据えながら、静かに答えた。


「ちっきしょー! あの魔道士野郎が、いなくなってくれたのは助かったけど、せっかくの俺たちのお宝が……おっ?」


 残念そうにしていたカイルが、ふと足元に目を留めると、白骨化した旅人の死骸の近くに、金貨が落ちていた。生前に持っていたと思われる。


「しょーがねえ、こいつで我慢するか」


 カイルが、その金貨を拾おうとすると、エミリーが、ペチッとはたき落とした。


「ダメよ! なんてことするの! そんなものまで拾うなんて!」


「わ、わかったよ」


 カイルは、仕方なく、金貨を諦めた。


「親分、あれを……!」


 今度は、片手望遠鏡を手にし、上空を観察していたキラザが、空を指す。

 明け方の空に浮かぶのは、小さな気球であった。


「おーい、親分! みんなーっ!」


 気球には、黒髪をぼうぼうと伸ばし、片目に黒い眼帯を当てた野盗のひとりと、エミリーとカイルの仲介役であった老紳士とが、乗っていたのだった。


「親分、ガンタイのヤツが、学者の先生を連れて乗ってやす」


 キラザが、嬉しそうに言った。


「まあ! ウィルキンソン博士も?」


 エミリーの顔もほころぶ。


「お天気占い師の予報が当たって、良かったっスよ!」


 モンスも、背中の火傷も気にならないほど、喜んでいる。


「よーし、ガンタイ、こっちだ!」


 カイルたちは、大きく手を振った。


「おお、エミリー、無事で良かった!」

「ええ、博士!」


 気球の中では、小柄な老紳士と、エミリーが、手を握り合って、再会を喜んだ。


 長年作ってきた気球で、エミリーたちを迎えに行こうと考えた博士は、このところ、徹夜で、新しく改造した気球の完成を急いだという。


「どうじゃ? いい論文は、書けそうかね?」


「ええ! 私、とても不思議な体験をしましたの。ここにいる皆さんに助けていただきながら。本当に、なんてお礼を言ったらいいか……! 皆さん、本当に、本当に、ありがとう」


 エミリーが、盗賊たちに向かい、丁寧に頭を下げた。

 盗賊たちは、照れ臭そうに笑う。


「そして、カイル。あなたにも、感謝してるわ。本当に、ありがとう」


「エミリー……」


 エミリーは、カイルの首に、腕をからめた。


「おおっ!」


 盗賊と老学者は、目を見張った。


 周りの目など気にならない二人は、しばらく、口づけに酔いしれていた。


「エ、エミリー、……いつの間に……?」


 ウィルキンソン博士は、非常に驚いていた。


「まあまあ、先生、お気になさらずに。うちの親分は、いつも、あんななんですわ」


 ガンタイが、老学者の肩を、笑いながら叩いた。


「えっ? なんですって? 『いつも』って、どういうこと?」


 カイルから手を放したエミリーは、盗賊たちを睨んだ。


「まあまあ、細かいことは、気にすんな」


 カイルがごまかしている、その時だった。

 空へ舞い上がろうとしかけていた気球が、突然ぐらっと、大きく揺れた。


「な、何が起きた!?」

「わ、わからぬ! 燃料が切れたのか、或は、……故障か……!」

「故障!?」


 カイルに博士が答えている間も、気球は落下して行き、地面に落ちた拍子に、全員、砂漠へ放り出されたのだった。


 それほど地上から離れていなかったのと、地面が砂地であったため、怪我をしたものがいなかったのが、幸いであった。


「もう、イヤッ!」


 頭から砂を被ったエミリーが、砂を振り落としながら、身体を起こし、座ったまま嘆いた。


「まあまあ、キラクに帰ろうぜ」


 隣では、同じく砂にまみれたカイルが、笑いながら言い、仲間たちも、気楽に笑っていた。


 エミリーは、そんなカイルを横目で見ながら、疑い深そうな表情で、尋ねたのだった。


「時に、カイル、あなた、本当は、いくつなの?」


 カイルは、けろっとした顔で答えた。


「あれ? 言わなかったっけ? 十六だけど?」


 エミリーは絶句し、口をぽかんと開けて、彼を改めて見た。


(そんなに若く……? ……そう。最初っからダマされてたのね)


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