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僕は先輩の隣へ行く。3

 時刻は18時、身支度を終えた僕はジャケットを羽織り、マフラーを巻き、外へ出た。

 外はもうすっかり暗く息は白くなっている。外灯のわずかな灯りが僕を頼りなく照らしていた。

 この分だともしかしたら雪が降るかもしれないな。

 少しだけ早足で僕は学校へと足を進めた。

 途中ジャケットのポケットが震える、着信だ。

 ディスプレイにはやはり先輩と表示されていた、迷わず出る。

「はい」

「今日も寒いね、ちゃんとあったかい格好してる?」

「もちろん。家でいちばんモコモコのジャケット選んできましたから」

「Oh! そりゃふぁんしーだね」

「先輩は今どんなカッコしてるんですか?」

「セクハラはやめたまえ」

「違います!」

 いつも通り。

 いつも通りの会話でいつも通りの先輩だ。 

 だけどきっと僕の声は震えていた。

 寒いからじゃない、怖いからだ。

 先輩が何を言うかはもう知っているから、解ってしまうから怖いのだ。

 それが聞きたくないから、聞いたらもう戻れないような気がしたから。

 先輩はなおいつもの調子でしゃべり続ける。

 僕も出来るだけいつもの調子で答える、壊れないように。壊さないように。

「そういえば、君のオススメのあの映画観たよ」

「あーゲボリアンですか?」

「うん、なんていうか結局ゲボリアンって誰だったわけ?」

「多分序盤で出てきたあのおっさんですよ、あのチンパンジーみたいな」

「おっさんってあの主人公のお隣さんの?」

「そうです、あいつしかいませんよ。まぁあくまで僕の予想ですけど」

「ふーん、なんでも来年の夏にはゲボリアン2上映するみたいだね」

「……」

 そこで一旦会話が途切れた。

 いつものように上手く切り返しが出来なかった僕が悪い。

 慌てて僕は話題を切り替える。

「それにしても天気予報見ました? 今日雪降るかもらしいですよ」

「みたいだねー。いっぱい降ったら雪だるまでも作ろうか」

「凝りすぎて彫刻の域にまでなってる先輩が容易に想像つきます」

「君だって、かじかんで絵が描けなくなるって言ってさっさと美術部戻ってるの想像つくよ」

「さすが先輩、だてに部長じゃないですね」

「ふふん、その後も分るよ。美術部で手持ち無沙汰になった君は校庭で巨大雪だるま制作中の私を描くんだよ」

「先輩せわしなく動くから描きづらそうですね」

「描けるでしょ? それでも、私なら」

「まぁ…何十枚も描いてますから」

「目指せ百枚!」

「先輩の絵ばっか延々百枚って僕すごい気持ち悪いですよ」

「いいの、描いてよ。思い出はいくらあったっていいでしょ?」

「……」

 また上手く切り返せなかった。

 否定でも肯定でも良い、とにかく繋げば続くはずなのに。

 僕にはそれがたまらなくもどかしくて、痛くて、辛かった。

「そろそろ電車乗るんで一旦きります」

「うん、待ってるからね」

 まるで逃げるかのように電話を切ってしまった。

 電車に乗るのは嘘じゃない、そろそろ駅につくのも本当だ。

 ただ、僕は確実に目を背けてしまった。

 言い訳のように出てくる言葉は僕の心を真綿のように締め付け、やがて僕自身となって責め立てる。

 改札を抜けた先、少し遅れているらしい電車を待ちながら鼻奥からつんと熱くなる衝動を必死に堪えた。

 暗い、暗い夜空からやがて、ぽつりと何かが降ってくる。

 雪だ。


        × × ×

 

 

「好き、です」


 今から1年と2週間前、つまり去年の2学期終業式の日

僕は先輩に告白した。

 先輩にプリティでキュアなハートをキャッチされてから約半年以上。

 中々出なかったなけなしの勇気を振り絞って僕はようやく想いを告げたわけだ。

「先輩が好きです、大好きです」

 先輩の元々大きな目が更に大きく見開いて真直ぐに僕を見ていた。

「先輩は奇天烈で、変人で、残念美人だけど実は完璧超人だから、僕なんかとは釣り合わないかもしれないけど」

「あれ?これ私告白されてるんだよね?馬鹿にされてるんじゃないんだよね?」

 何事か先輩が呟いていたが構わず僕は言葉の続きを搾り出した。

「それでも僕は先輩と一緒にいたいです、付き合ってください」

 心臓の音がスラッシュメタル並みのビートを刻んでいる。

 こういう時1秒が果てしなく長く感じてしまうというのは本当らしい。

 先輩が口を開くまでの間僕の脳内では。

「行けるか!?」

「いや無理だろ」

「馬鹿、諦めんなよ!」

「夢見てんじゃねーよ童貞」

「はいはい、無理無理」

「所詮ヅラハンターなんだよお前は」

 などといった反省会という名のフルボッコが始まっていた。

 緊張と不安で胃 が逆流しそうになる。ダメだ、ふられてこの上先輩に今後ゲボ次郎とか名づけられたら僕はこの先生きていけない。

 やがて先輩が口を開く

 来る…!

 僕は先輩の言葉に反射的に目を瞑ってしまい

 そして


「うん…私も君のこと…好きだよ」


「…ふぇ…?」


「だから付き合おっかっていってんの」

 

 ヅラハンターでもゲボ次郎でもなく「先輩の恋人」になることが出来たのだった。

 ちなみに後日先輩は

「君の顔色が赤から青に変わって最後には土気色になっていったよね~、あれはすごかったな~」との感想を述べてくれた。

 その様子が面白くて5分くらい返事をしなかったそうだ。

 1秒が果てしなく長く感じてしまうとか詩的なことを考えてた僕に心から謝って欲しい。

 そうして嬉しそうに笑う先輩を見てあぁこの人は本当に鬼だな、と思ったのは言うまでもない。

 そして嬉しそうに笑う先輩があまりにも綺麗で、そんな僕の恥ずかしい詩的表現なんかどうでも良くなるくらい先輩に見蕩れてしまった、ということも言うまでもないことだろう。

 

        × × ×


 結局電車は雪が止むまで運行停止を余儀なくされたと知り、僕は諦めて歩いて先輩の下へ向かうことにした。

 すっかり冷えた身体を途中コンビニで買ったコーヒーで暖めながら、降りしきる雪の中をひたすらに歩いた。

 先輩は、もう着いている頃だろうか。時刻はもう18時50分を過ぎ19時になろうとしていた。

「電車が止まったので歩いて向かいます」とメールを出したが返事は来ない。

 この調子だともしかしたら20時になるかもしれない。

 自然と僕の足は駆け足になった。少しでも早く先輩に会いたかったから。

 イルミネーションに輝く町を抜け、住宅街を越え、更にもう1つ町を越えた先に僕の目的地はある。

 歩いていくにはうちの学校は少し遠すぎたと思う。

 こういう時文系の自分の体力の無さが恨めしい。

 もし僕が陸上部に入っていたら、きっともっと早く先輩の下に駆けつけられたはずなのに。

 ただ、もし僕が陸上部だったらきっと先輩とこういう仲になることもなかっただろうと考えるとその矛盾が少し可笑しかった。

 町の賑わいも、道行く人たちの笑顔も、降りしきる雪も、返信の無い携帯も

なぜだか全てが僕を焦らせているような気がして、寒さを通り越した痛みに耐えながら走った。

 やがて体力の限界が来て荒くなった息を整えるように僕は歩みを止める。

 酸欠状態になっていた身体に冷たい空気が入り込んだ。

 大分走ったと思う、文系ヒョロ男で体力0の僕からしてみればフルマラソン張りに走ったとさえ錯覚するくらいだ。

 だが、それでも先輩の元へはまだ遠い。

 その時、ピロリン♪

 間抜けな着信音が鳴った、差出人は先輩だ。

「ちゃんと待ってるからね」

 そのたった一言のメールになんだかすごく力を貰った気がした。

 立ち止まっている場合じゃない、僕はまだ先輩に伝えたいことが沢山あったんだ。

 無意識のうちに僕の足は1歩を踏み出していた

 少しでも早く辿りつけば、何かが変わるのだろうか。いや変わらない

 理屈では分っている、けれども何かに突き動かされるように、抗うように、僕はまた足を進めた

 今更急いだ所で何の意味もないかもしれないのにも関わらず

 僕はまた走った。

 

       × × ×


「留学するんだ私」

 いつものように唐突に、先輩は言った。

「色々な大学から誘われたんだけどね、やっぱ時代は海外かなって。次に会うときは私宇宙飛行士かもね」

 そんな子供の夢みたいなことを言う先輩。この人に限りそれは冗談には聞こえない

「えっ…先輩、宇宙に行くんですか?」

「だから行くのは海外だってば、まぁ会えないって点だけで言えば宇宙も外国も似たモンかな?」

「いや全然違います。というか先輩は宇宙飛行士になりたいんですか?」

「んにゃ? それも面白そうだけどね」

 面白そうなんて理由だけで宇宙飛行士になれるほど甘くは無い。

 ただ僕は知ってる、おそらくこの学校の全員にだって分ってると思う。この人の超人的スペックは。

 ここの生徒や教師ですら誰に聞いても先輩が宇宙飛行士になる、といって驚く人はいないだろう。

 それほどまでの「可能性」が先輩にはあったからだ。

 最も本人はそのスペックを今までなんら有効活用してこなかったダメ人間なのだが。

「なんか失礼なこと考えてた?」

と、このように読心術まであるときたもんだぜ、ちくしょう。

「いえ全く。それよりも先輩…ホントに海外に行っちゃうんですか?」

「ホントだよ。宇宙飛行士は…大袈裟かもだけど、せんせー曰く私に日本は狭すぎるんだって」

それについては全面的に同意だ。

「先輩なら火星征服も夢じゃないですよ」

「もし出来たら可愛い火星人の女の子紹介してあげよっか」

「結構です! …あれ?」

今なにか違和感を覚えたような

「あの、いつ帰ってくるんですか」

「たぶん一生あっち」

「先輩はそれでいいんですか」

「じゃあ君はどうして欲しいの」


 言葉に詰まる 。


 先輩の人生は先輩のものだ、しかも先輩は普通の人と明らかに違う。

 もはや怪物だ。

 そんな人の人生を恋人だからと言って僕なんかがどうにかして良いはずが無い。

「まぁとにかくそういうわけ。君は私みたいな変人よりももっと女の子らしい子と幸せになったほうがいいよ。」

 そして下された死刑宣告、つまりこれは別れましょうということだろう。

 これがさっきの違和感の正体。

 まさかというか意外とというほどヤキモチ焼きな先輩が

 2人の時間を大切にしてくれていた先輩が、いつもなら冗談でも僕と他の異性を近づけるようなことを絶対に言わないはずなのに。

 驚きとショックと言葉にならない沢山の想いが僕の頭を交錯する。

「え、ちょ、ま」

 こんなときに限って僕の口はまともな言語を話さない。なにこれ火星語?

「私も向こうでビリーみたいな軍人あがりの黒人と幸せになるからさ」

 それは軽く死ねる、信じて送り出した先輩が軍人上がりの黒人とアへ顔Wピースなんて本当に笑えない。

 僕にそのテの属性はないのだ。

「ビリーみたいな人って…僕と正反対すぎじゃないですか」

「だからいいんだよ」

 先輩は一度言葉を区切る、そして意を決したように


僕に笑いかけた。


「未練がましい女にはなりたくないもの」


その日は奇しくも、僕が告白した日と同じ日で

僕の描いた先輩の絵が大きなコンクールで受賞した日で

記念日にプレゼントしようと先輩のためだけに描いた絵が完成した日で

僕と先輩が恋人じゃなくなった日になったのだった。

それが今から2週間前、2学期最後の日のこと。

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