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僕は先輩の隣へ行く。2

     × × ×

 

 吸い込まれそうなほど綺麗な長い黒髪と瞳。

 一見大人しそうな文学少女だが実は校内1の問題児。

 それが先輩の特徴だ。

 2年前の4月、最上級生だった中学から新入生の高校へと変わった入学式の日、先輩と出会った。

 長い式が終わり、顔も名前も全く知らないクラスメイト達(まぁ何人かは同じ中学もいるが)もその頃になるとおずおずとコミュニケーションの輪を広げようとしていた。

 かくいう僕も入学式の日隣同士だったやつとは今でもよく話す。

 我が校は部活動にも積極的で部活勧誘はかなり激しい。

 大抵の生徒はその勧誘に負け何かしらの部活に入ってしまうほどだ。

 入学式の日は特に激しく1年教室周辺は人でごった返す。

 そして僕も例外に洩れず様々な部活から勧誘された。

 中でも柔道部主将のゴリラマッチョ(仮)からずっと入部しろという熱視線を浴びせられていた。

 しつこく入部を迫られよしんば貞操の危機すら感じたほどである。

 だが漠然とやりたいことのあった僕はどの勧誘にも屈さず、人ごみを掻き分け

ゴリマッチョからの執拗な追跡を撒くことに成功し、なんとか校舎3階奥の「美術室」に辿りついた。

 そう、やりたいこと、とは「絵を描くこと」だったのだ。

 画家になりたいとも、なれると思って美術部に入ろうとしているわけでもない。

 ただ、高校3年間くらいは自分が本当にやりたいと思ったことをやりたくて、やりたいと思ったことに全力になりたかった。

 それが僕にとってたまたま「絵」だったのだ。

 実にやる気のなさそうな顧問だったが入部希望ももう出した。

 あとはこの扉を開けて先輩達に挨拶をと思ったところで、ふとおかしいぞと違和感を感じる。

 この辺りは随分と静かだな、校内は部活勧誘でどこもかしこも祭りのようなのに。

 美術室からも人の声らしきものは聞こえない、それどころか物音すら聞こえない。誰もいないのだろうか、しかし鍵は開いているのだ。

 不思議に思いながらも扉を開けた、すると──

 明かりの消えた部屋に

 奥深くに片付けられた机と椅子

 完璧に掃除の行き届いたタイルの上に「布団」が敷かれていた。

「………」


 あまりの事態に戸惑い固まってしまう、なんだこれ。

 困惑しながらも部屋の電気を点けると布団の中から「うぅ…」というぐぐもった声が聞こえた。

「うわっ!」驚いて思わず声を上げてしまう。

「うぅ…誰だぁ、勝手に人の部屋にはいってきたのはぁ」

 そんな声と同時に布団がもぞもぞと動き出し、やがて中から人が出てきた。

「う~…よく寝たぁ…ん? 君は……どちらさん?」

 眠たそうな目をこすりながら布団から這い出て来た女の子。

 その女の子を「ハテナ」の化身みたいな顔で見つめ完全にフリーズしてしまった僕。

 僕と「先輩」の出会いはそんなシュールな出会いだった。


        × × ×


「ふむ、確かにここは美術室で私は美術部だ。なんと部長だぞっ!」

「あ、そ、そうですよねっ、なんだてっきり昼寝部かなんかと間違えたのかと」

「でも私絵描いたことないんだけどね」

「え!」

「ついでに部員も私しかいない」

「えぇ!」

「美術道具? なにそれ食えんの?」

「えぇぇぇぇ!?」

「君ここに来てから驚いてばっかだね」

 楽しそうに笑う先輩だった。

 だが僕の方はそれどころじゃない。

「そ、そりゃ驚きますって、じゃあ先輩はここで何してるんですか!?」

「え? ん~~~」

 先輩はしばらく考えた後思いついたように

「まったり?」と答えた。

「これは……これはひどい…」

 これは予想外だった。

 どうりで顧問もやる気なさそうだったわけだ。

 美術部入部希望ですって言ったら

「…びじゅつぶ? …………………………あ…! ああ! 美術部ね! はいはいはいはいそういえば私が顧問だったっけ(笑)」

 とのたまい、説明するより実際に見たほうが早かろうとこの美術室の場所を教えられたのである。

 だから美術部が過疎化している可能性やあまり真面目に活動していない可能性も考えたのだ。

 けれどそれでもいいと僕は思っていた。

 何はともあれ絵を描く場所という環境そのものが大事だったのだ。

 しかしここははっきり言って先輩のプライベートルームだ。

 誰が予想できるかこんなん。

「よく廃部にならないですね」

「ふふん、私はゆーとーせーだからねっ!」

「それ答えになってるんですか?」

 あとで分ることだが実際の所先輩は学校始まって以来の天才と評されるほどで全国模試でも3位以内に入るレベルの学力を持っている。

 それだけじゃない、およそ殆ど全てのことはそつなくこなすはっきり言って完璧超人だ。

 それこそ学校側もある程度のわがままは許容するらしい。

 無い胸を張ってドヤ顔の先輩のこのアホみたいな答えもあながち間違いでは無かったりする。

「ところで君は新入生だよね?」

「そ、そうですけど」

「にゅうがくおめでとー、そんな君にはゼリーをやろう! おいしいぞー」

「なんでゼリーが…ってかなんで美術部に冷蔵庫があるんですかっ!」

「まぁまぁ。はい、私特製ゼリー」

 はぐらかされつつゼリーを受け取らされた。

 戸惑いつつ「い、いただきます」といい一口食べる。

 何これ、うまっ。

 もう調理部とか入れや。

 その様子を見た先輩は

「ドヤっ!」って顔をしてた、というか言った。超うざい。

 よく室内を見ると、美術室には小型のテレビからパソコン、簡易型の調理器具などあらゆる生活道具が揃っている。

 この人はここに住む気か。

「授業でも一切使わない忘れられた教室だからね、私が乗っ取って改造しちゃった☆」

「もう何でもアリかあんた」

 なんだか力が抜けて僕はソファーにへたりこんだ。

 結局僕の美術部生活は半ば頓挫してしまったようなものである。

 失敗した、僕にとって絵を描けない美術部なんて麺のないラーメン、ご飯の無い炒飯、卵の無いオムライスのようなものだ。

 こんなことなら隣の席のグルグル眼鏡君が入るといっていたカレー部に入った方がまだマシだ。

 と早くも自暴自棄になりかけ、カレー部への入部希望届けを書こうか本気で悩んでいる時。


「それで」


 先輩の囁くような声が左耳すぐ近くから聞こえた。

 気づけば先輩もすぐ隣に座っていたのだ。

 ふわっといい匂いがした、シャンプーの香りだろうか。

 少しドキッとして思わず先輩の方を見ると、先輩はその大きな瞳でこちらをジッと見ていた。

「君は、絵を描きたいんだよね?」

「え、えぇ」

「そのために、ここに来たんだよね?」

「そ、そうです」

「そっか…どのくらい絵が描きたい?」

「え…?」

「君の絵を描きたい気持ちはどのくらいなのかな?」

 僕のやる気を聞きたいのだろうか、先輩は本気なのか冗談なのかよく分らない顔をしている。

 というか顔が近い、顔が!

 僕は動悸する鼓動を隠しながら正直に答えることにした。

「もし絵を描けなかったら、自暴自棄のあまりカレー部に入ります」

「あーそりゃ大変だ…カレー部か…」

 しばらく「カレー…カレー…」とうわごとの様に呟いていた先輩は突然閃いたように席を立ち

「ちょっと待っててね」と言いどこかへ行ってしまった。

 それから約10分後、先輩は大量の画材を持って帰ってきた。

 何故かカレー鍋も持ってきていた。

「先輩、それは?」

「カレーだけど?」

「じゃなくて! いや確かにそっちも気になりますけど」

「いやぁカレーの話するから急に食べたくなっちゃったんだよ。で、カレー部からぶんどってきた」

 照れくさそうに笑う先輩、何この行動力。

「今日はカレーパーティだ! 遠くインドに想いを馳せながら2人でカレーを食べよう」

 確かにカレーは好きだ、放っておくと毎日カレーを食べているまである。

 そして鍋の中のカレーからは特段スパイシーな香りがする。フッ…なるほど、カレー部の名は伊達じゃないという訳か…。

 などと不適に笑っている場合ではない。

 先輩は「今日のカレーはどんなカレー♪」などと作詞作曲先輩によるカレーの歌を口ずさみながら2人分のカレーをよそっている。

「カレーは分りましたけど、この画材は…」

「ん? だってここは美術部じゃん。君は絵を描くためにここへ来たんでしょ?」

 100%その通りだが先輩に言われると殺意の波動に目覚めそうになる。

 だがそんな僕の気持ちとは裏腹に先輩はすごく楽しそうに画材をセットしている。

 あっという間にここが美術部っぽくなった、カレー鍋が異彩を放っているがあれはカレー部とのコラボということで勘弁して欲しい。

 そして先輩は画材の向こう側にぽつんと置かれていた椅子に座り実に楽しそうにこう言った。

「私を描いて見て。君の絵が気に入ったら、ここを美術部にしてあげよう!」

 いや、ここ美術部なんだよね?

 そんなわけで僕と先輩の部活動はちょっぴりスパイシーな匂いと共に始まったのだった。

 

        × × ×


 なんやかんやで見事、先輩のプライベートルームを美術部にすることが出来た僕は色んなものを描いた。

 だが一番描いたものはまず間違いなく先輩だろう。

 ことあるごとに自分を描けとせがんでくるものだからこの2年で人物画だけはやたらと向上した気がする。

 美術室に行くと大抵先輩はいる。

 授業も殆ど免除されているらしく、この前は1人で朝のHRから放課後まで某ゾンビゲームを全作クリアしていた、アホか。

 職員室からホームスクリーンを持ってきて某未来の猫型ロボットのおばあちゃんの思い出を一緒に観たこともある。先輩の嗚咽のせいで僕は泣けなかったが。

 調理部から借りてきたといってオーブンを持ってきて、ウェディングケーキみたいな超大作ケーキを作っていたこともあった、調理部に入部しろ。

 元々そんな性格だからか先輩は我が学校きっての変人として名を轟かしていた。

 その上更に人気もあるときたもんだ。

 そのパッと見可憐な容姿から男女問わず憧れられ、無駄に男前なので後輩女子からは絶大な人気を誇る。

 ラブレターを貰っただの告白されただの浮ついた話を聞いたのも1度や2度ではない。

 ただし言動も行動も基本的にエキセントリックな人なので夏を過ぎる頃には先輩は異性からすっかりただの変人として扱われるようになっていた。

 そんな日々をこの人は3年間やっているのだ。

 1年の頃は上級生と同級生に。

 2年からは後輩に。

 いずれも春頃までは高い人気を誇っていたが、先輩にときめいた誰もが恋慕の感情からスーパーマンを見る目に変わって行った。

 まぁ相変わらず同性からの人気は凄いのだが。

 ただ基本スペックが高いから何でもやるし目立つだけでやっていることはほとんど遊んでるだけなのでほぼニートと変わらないと思う

 なので以前先輩に学生ニートと言ってみたら後日僕の下駄箱にこれでもかというくらい大量の練りけしが詰め込まれて下駄箱がパンパンになっていたことがある。

 その日以来クラスの女子の間で僕のあだ名が「ネリ・ケシ夫」になり枕を濡らしたのは遠い思い出だ

 一部で「ケシ・カス朗」派もいたらしいが少数派だったため「ネリ・ケシ夫」派の波に抗うことが出来ず、歴史の彼方に葬り去られたらしい。どうでもいい。

 ともあれそんな先輩の珍騒動に僕が堂々のゲットインし始めたわけだからしまいには僕まで変人扱いされる始末である。

 ただ、そんな毎日自体には不思議と悪い感じはしなかった。

 むしろ騒がしくも馬鹿馬鹿しくも居心地のいい日々が愛おしかったくらいだ。

 そんな僕と先輩の日々のなかでたった一つ、マイフェイバリットメモリーを挙げるとするならば間違いなく学校祭での「燃える校長事変」だろう。

 我が校では学校祭での行事として、部活内でも1つは何か出し物をしろというものがあった。

 当然強制ではないのだが、優秀な出し物を出した部活には部費のアップや部室内冷暖房取り付けの優先、内申点向上などの特典が満載のため自然とどの部も参加したがるのだ。

 もちろん美術部にまともな部員は実質僕しかおらず、また他の部と違い華やかなことも出来ないのでやるとしたら精々僕の個人展(笑)になるだろうな、と考えていた。

 タイトルを「激突!!100億パワーの絵画達」か「美術室爆発!僕がやらねば誰がやる」のどちらにしようか僕の僕による脳内会議を執り行っていた所、先輩が唐突に

「今年の美術部は伝説を作る!」といかにも頭の悪そうなことを言い出した。

 これで全国3位だからこの世は間違ってると思う。

 なんでも去年も出し物をやる機会はあったらしいのだが、当時の先輩は自分のクラスで「天下一武道会」を開き、50人の腕自慢の頂点に輝くという女の子にしてはかなりアウトな事件を起こしていた為出し物は出せなかったそうだ。

 今度は「暗黒武術会」でも開くのかと戦々恐々としていたが、先輩のアイデアは意外にも「花火」だった。

 というか先輩は花火を作ろうとしていた。なんでも昔知り合いの花火師に作り方を教わって免許を貰ったそうだ。本当に何でもありだな。

 結果としてその作戦は大成功だった、僕達は見事最優秀部として学校中に名を馳せた。元から先輩の名は馳せているけれど。

 大空に咲いた大輪の花、学校だけじゃなく近所の人たちからも賞賛されるくらい美しい花火。

 先輩監修の元初めて作った花火が空に咲いたときは思わず涙ぐんだほどだ。

 ただ惜しむらくは、その花火の火花が屋上で酒を煽っていた校長の頭に落ち、校長のヅラが燃えたということだ。

 パニックに陥った校長は「私の髪が! 私の髪が!」と言いながら燃えカスになったヅラを握り締め校庭内を2週半し、学校祭での話題を根こそぎ掻っ攫っていった。

 おかげで現行犯として生活指導の教師に捕まり、僕は3日間の停学と反省文提出を余儀なくされた。

 何故かちゃっかり先輩は無罪放免になっていた。なぜ実行犯が罪に問われないのか…。

 ただし停学期間中先輩が毎日僕の家に来て課題を手伝ってくれたりご飯を作ってくれたりかなり至れり尽くせりだったので僕にとっては良い思い出だったりする。

 聞く所によるとその後も校長は「私の髪が燃えた」と言い張り最後までヅラだということを認めなかったという。なにそのプライド。

 ちなみに僕はその日得たものが2つある。

 1つは女子の間で僕のあだ名が「ヅラハンター」に変わったこと。もういっそ殺せ。

 そしてもう1つは花火に照らされた先輩の嬉し涙を見て芽生えた、僕の想いだ。


        × × ×



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