第九話 「皇宮」
あの魔族による大侵攻から一週間の時がたった。
未だその災禍の爪痕は至る所に残っている。
都市部にある建築物は多数が破壊され、皇城も内部は破壊されなかったものも城壁には多数の傷が残っている。
それでも最後まで皇国軍による抵抗により防壁の外で魔族を食い止めていたのが幸いした。
死傷者が決して少なくはないけれどそれでも奇跡的とも言える数の人間が生き残れたのだ。
そうだ。あの皇国が滅びるかもしれないと思われた魔族の侵攻から私たちは生き残ったのだ。
どれだけ都市が破壊されていようとも、生きてさえいればまた復興できる。
だから私たちは、今日も自分たちに出来る精一杯のことをしていこう。
それが、死んでいった者たちに出来るせめてもの供養なのだから。
やらなければ行けないことは山のようにある。
防壁の修復。
破壊された建築物の建て直し。
そして切断されたインフラの整備。
どれだけ時間と人員があっても全く足りぬほどだ。
けれども、今やるべきことはまず一つだ。
「ロゼ様。どうしても式典に出席して頂けませぬか?」
「くどい。そのような面倒事をせねばならんのなら私は今すぐに帰るぞ」
ここは皇宮の一角にあるロゼ様の為に用意された一室だ。
その様式は皇族が普段使用する寝室よりも更に豪華に出来ている。
それでも、嘗て見た彼女の屋敷に比べれば雲泥の差というものだが。
「それは申し訳ありません。ですが、国民は貴方様の御姿を拝見することを是非とも願っておりまする。
貴方様はこの国と民を救ってくださった救世主なのですから。どうか僅かな時間で構いませぬので、式典に参加してその御姿を民達にお見せして頂けませぬか。さすれば、民達にとってそれ以上に心強いことは
ありませぬ」
さきほどからじいやが平身低頭でロゼ様に願い出ている。
そもそもことの始まりは、ロゼ様がこの都に蠢いていた魔族を悉く焼き払ってくれたところからだ。
あの日私は、ロゼ様と共に神竜の背に乗り私の国へと戻ってきた。
ロゼ様は私を皇宮へと届けると、自らは神竜から降りまさに空から舞い降りたのだ。
そしてこの地に蠢く魔族の悉くをロゼ様が創り出した炎によって焼き払った。
その姿はまさに圧巻の一言であったと思う。
元々ロゼ様のことを知っていた私ですらその振る舞いに呆然とし、彼女が私の元へとやって来るまで身動き一つできなかったのだ。
彼女のことについて何一つ知らなかった者たちにとって、その衝撃はどれほどの者であったか。
傲慢に不遜なその態度に。
自分たちがどう足掻こうとも立ち向かえなかった魔族を一切の容赦なく焼き払ったその圧倒的とも言える力に。
そして、そのどこまでも美しい姿に。
国中の人間が彼女から目が離せなかったことだろう。
そいて彼女が如何なる存在なのかを知りたち思っている。
けれど彼女は事が終わると皇宮へと引き籠り、一切外に出ようとはしない。
なので今はあらゆる憶測が飛び交っている。
曰く皇都が生んだ大魔術師である。
曰く南に住む魔王である。
曰く魔族から生み出された忌子である。
曰く…………
彼女が何者であるのかは私にも分からない。
人類にとって如何なる存在であるのかなど私では計り知れないだろう。
それでも彼女は私の願を聞き入れてこの都を救ってくれたのは事実なのだ。
なればこそ、彼女には感謝をするべきなのだ。
皇族として無責任に強大な力を持つ者を引き入れるのは本来なら間違いなく悪手だろう。
だとしても今は平時ではないのだ。
一度皇都が救えたところで人類がどうしようもないほど劣性なのは覆しようのない事実なのだ。
けれどそれは全て建前だ。
私はどうしようもないほどに魅かれたのだ。
初めてロゼ様を見たときに。
その姿に。
その力に。
その存在に。
私の魂が彼女を見て居たいと訴えかけてくる。
それは、人が神を崇拝する気持ちなのだろうか。
けれど彼女はそういった思いを好みはしないだろう。
だから、せめて私はこの国を救ってくれた救世主として彼女を敬おう。
そのくらいは許してほしいと思う。
「じいやの言う通りです。どうか、一目で構いませんので民の前に姿を見せて貰えないでしょうか?
我らが白き女神様」
「…………おい。アリアよ。今、私のことを何と言った?」
「白き女神とお呼びしました」
「……なんだその呼び名は?」
「民達は貴方様のことをそう呼んでいるのです」
これは事実だ。
彼女のことについてありとあらゆる噂が流れているなかで、最も呼ばれている名がこれだ。
”白き女神”
彼女と会話をして分かる。
彼女は確かに神に近い力をもっているのだろう。
けれど、彼女は決して女神と呼ばれるような存在ではない。
そのあり方は全てを愛すると言われる神とはまさに対局の存在だろう。
なのに私は、私たちは彼女に神を幻視する。
確かに民達が彼女のことを白き女神と呼んだのは、その見た目とその力からだろう。
白色の髪を靡かせ、魔族を焼き払った彼女は確かに女神と呼ばれる存在だと言える。
民達は彼女のあり方を知らないのだから。
けれどこうして彼女と何度も会話をした私もその呼び名は彼女に合っていると思った。
何色にも染まれる白。
天高い空から私たちを未来へ導いてくれるかもしれない希望の色。
地に堕ちて私たちを滅ぼすかもしれない絶望の色。
そして彼女はやはり神なのだと思う。
神は平等なのだ。
だから私たちの想像する神は全てを平等に愛するのだ。
けれど彼女はその真逆。
彼女は全てに平等に興味がないのだ。
今回は偶々彼女の興味を惹けたのが私たちだと言うだけ。
だからこれもまた、神のあり方なのだと思う。
「……その気色の悪い呼び名を今すぐ止めてくれ」
「ですからその為にも一度、民達の前に姿を見せるべきなのですよ。姿が見えないからこそ民達は自由に貴方様のことを想像するのですから」
「…………一度だけだぞ」
「はい! ありがとうぞざいます。じいや! 今すぐ式典の準備を始めなさい。整い次第ロゼ様にバルコニーへ出て貰うから」
「はい。畏まりまりました。ロゼ様、我らの願い聞き入れてくださりありがとうございます」
不承不承と言った感じだけれど彼女は聞き入れてくれた。
ならば、可能な限り早く準備を整えなければ。
彼女の気が変わる前に。
…………けれど、どこかふて腐れている姿は普段の姿とは違い、見た目と同じ少女と言った感じで可愛らしいかも……。