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第十五話 「魔術」

ロゼ様ー。

「訓練……まぁ訓練と言ってもやることは実に単純なのだがな。フレシア……。お前はまだ自身の内に宿る力を未だ扱い切れていないな?」


「……はい」


そんな俺の問いにフレシアは悲しげに俯きながらに答える。


「ふふ。そう落ち込むこともない。未だそれを受け入れてから一日しか経っていないのだから。だからこそ私が手助けてしてやると言っているのだ。お前に宿る力を発露させる―――ふむ……。ただ力と言うだけのも色気が無いないな。どうせなら――何か名称を付けてやるか……」


「名称……ですか?」


「その通りよ。ふむ――。確かこの世界には神聖術という術式があったのだな?」


「はい。古来より西方地域の奥地に住まうというエルフが用いるそうです」


エルフ……。エルフ……ね。

神より与えらえる力を自身の体に憑依させることによってこの世界において神の力を用いるという神聖術。

その神聖術を行使できる一族がエルフと呼ばれる種族。

古来より西方地域の山奥に住まうというエルフ一族。

彼らは時に精霊族とも呼ばれ、存在としては戦乙女(ヴァルキリー)や神龍などの完成された幻想種と未完成の人族との中間に位置するような存在である。

彼らの原典は幻想種に位置した古代エンシェルント)エルフと呼ばれた存在から産み落とされた幻想種から派生したもの。

それが故に彼らは幻想種ほどに完成しては居ないが、人よりは完成された存在となる。

寿命は人よりも長く老化より人体への影響も少ない変わりに、人よりも成長が遅くそして人に比べ遥かに成長が遅いのがエルフである。


俺はエルフに直接会ったことが無い故にその程度が俺にとってのエルフの知識であり、それだけ知っていれば十分な存在であった。

しかし……ふむ……エルフに神聖術……ね。

今までは気にもしてこなかった――いや、気にしないようにしてきたが。

これからは彼らのことも気にかけねばなるまい。

精霊種であるエルフに神力の憑依による神聖術という組み合わせは……この世界のあり様から彼らが果たす役割を考えれば――――と。


そこまで考え、俺は少し脇道に逸れた思考を元に戻す。とり合えずは――。


「ならば我らが用いる力は魔術と名付けるとするか」


「……魔術ですか?」


「そうよ。魔に位置する力。魔より生まれ出る力の奔流。魔の力としての魔術。それが私が用いる力で、お前が手にした力の名称よ。まぁ……半分は皮肉のようなものだがな。我らの力は神の力でも無ければ聖などと呼べるものではないというな。ふふ……。気に入らんか?」


「……いいえ。いいえ! 私の力は魔術です。ロゼ様より与えられた私の魂に刻まれた揺るぎない力です」


顔を僅かに紅潮されながらにフレシアは手を胸に当てながらにそう訴える。


「気に入って貰えたようで何よりだ。では―――命を懸ける覚悟を決めろフレシアよ」


「はい……。よろしくお願いします」


そう告げながらに笑みを浮かべる俺を、フレシアは一切の揺るぎなく見つめ返しながらに礼をしてくる。

そこには僅かな怯えも無くただ、蒼穹に澄み渡るかのような碧い瞳で私を見つめるそこには、一切の濁りの無い清純さのみがあるようで、或いは狂気の果てにそれ以外を全てを削ぎ落としたかのに……。

俺はそんな瞳を見つめながらに笑みを深めて言葉を紡ぐ。


「なに――。やることは実に単純なのだがな。お前のような奴は百の練習よりただ一つの死地を乗り越えることが力の源流に繋がるのよ。故にセレナよ――」


――フレシアをその剣で切れ。


唯一つの明確な命令をセレナに告げる。

それに対し驚いた声を上げたのは俺の後ろに控えていたセレナ自身であった。


「ロゼ様……? よろしいのですか? 私が切ればフレシアは……」


「この庭に血の華が咲くことになるな。セレナの剣は、私が造りだしものとは違いフレシアの体を容易く切り裂くのだからな。だからフレシアよ。そうなりたくなければ――――それを防ぐモノを造りだせ。戦乙女(ヴァルキリー)の剣戟を防ぐ手段を造りだせ。それが叶わぬという言うのならば――死ね。ここでセレナの剣にかかり血の海の底で死に絶えろ。この程度で死にゆく程度ならば何れ遠くない未来においてどうせ死ぬのだからな」


そんな俺の一切の熱を込めていない冷たい言葉にも、しかしフレシアは一切の怯えをみせはしない。

いや、むしろその碧い瞳に燃えるような決意を見せながらに全身に力を込めていく。


「ついでだが避けようなどとも思うなよ。おそらくお前の体は身体能力も上がっているはずだが、その程度で避けれるほどセレナの剣は遅くもない上に、そもそもそのような力ではお前が望む世界になど決して辿り着けはしないのだからな」


「はい……。ロゼ様」


そしてフレシアは、一切の迷いも戸惑いもみせることなくその場に佇む。

それは自然体のようでありながらも、全身に遍く力を滾らせているようでもある。


「ふふ……。良いだろう。ならばやれセレナ。勿論一切の手加減は無用だ」


「……分かりました」


セレナはそれでも僅かに躊躇いをみせたものの、その腰にある剣を抜く。

それは実に美しい剣である。

俺が造りだしたある意味紛い物のような剣と比べそれはまさに一からこの世界で造りあげた一本の剣。

揺るぎの無い理念の元に。

最高の材料を剣へと造りあげる。

そして造りあげらた剣がこれまで振るわれてきた過程の先に、その剣はまさにこの世界においてまさに比べるものの無い最高の一振りへと成る。


そしてその剣を振るうのは戦乙女ヴァルキリー)

遥か昔においてただ唯一、その剣戟は神すらも殺せると言わしめられた戦人。

戦の幻想種とも呼ばれるまさに戦いの王。

そんな存在が俺の命令の元に小柄な少女に向けて剣を掲げる。


構えは一瞬。一呼吸の後にフレシアとの間にあった一間の距離を僅か一足で駆け抜ける。

まさに最速の一撃。音すらも置き去りにするかのような瞬歩の後に繰り出される最高の一撃。

戦の王、戦乙女ヴァルキリーが振るう一撃。人では見ることすら叶わぬほどの斬撃がフレシアへと迫る。


神すらを切り殺すことすら可能なその一撃が――。

しかし――。


一瞬の後に庭園に響き割った音はフレシアが一刀両断にされる肉の音ではなく―――金属がぶつかりあう重い音。

世界に響き渡る金属音。

それはまさに一人の魔術師の誕生を祝う世界の祝音。

偶然に生まれた音でなく、まさに確信があればこその快音。


「――――なっ!」


故に驚愕の声を上げるのはただ一人。必殺の一撃を繰り出したセレナのみ。

自身の斬撃が小柄な少女を切り裂くことに確信があったからこそのまさに目を見開くまでの驚愕。

世界を埋め尽くす如何なる魔獣であろうとも切り裂く斬撃なればこそそれを防がれたことに対する思いはいかほどのものか……。


「……これは。ロゼ様の剣……ですか?」


驚愕も冷めやまぬままにセレナがそう問うてくる。

そう――剣だ。

セレナを一撃を防いだのは一振りの剣。

戦乙女の至高の一振りすら防ぎ切ったそれは――――。


「いいや。それはもはや私の剣ではなく、フレシアが造りだしたフレシアの剣さ」


確かにそれは似ている。

あの日俺が造りだし、フレシアに突き付けた剣に確かに似ているけれどそれは別ものだ。

フレシアがセレナの斬撃に相対させたそれは、俺が造りだしたものよりもなお装飾を減らした一本の剣。

僅かな余分なものも排除したそれは、まさにただ切ることだけを突き詰めたもの。


「あ……あの。ロゼ様……わ、私……」


そしてその頃になって、初めて現実に認識が追いついたかのようにフレシアが未だ僅かに呆然としたような声を上げる。


「ふふ……。認識したか? それが――お前の手の内にあるそれこそがお前の持ちうる力なのだと」


「私の力……」


「そうだ。そしてそれこそが私が魔術と名付けたそれよ。今お前がやってのけたことこそが魔術ということよ」


「これが……魔術。私――無我夢中で。何か防ぐものを造ろうとして――それで、剣を――あの日見たロゼ様の剣を、私の内にある剣を思い描いたんです」


「そう。それよ。思い描き造る。概念の物質化。幻想の現実化こそが魔術の極地よ。自身の内にある空想をこの世界に顕現させるという世界の原理すら凌駕するそれこそが――我れらが持ちうる力よ。だが――」


俺はそこで言葉を切ると未だ剣を抱えたまま佇むフレシアに向け一歩近寄より、俺もまた一本の剣を造りあげフレシアの手に持つ剣へと軽く打ち付けると――。

一瞬の後にガラスの砕けるような音が響き渡り。


「あっ…………」


フレシアの手にあった剣は光の残滓の残しながらこの世界から消滅していく。

それは戦乙女の剣を防いだものとは思えないほどに――まるで硝子細工のように儚く世界から消えていく。


「お前は私とは違い、イメージを一から全て自身のみで造りあげねばならない。だからこそイメージそのものが脆ければ造りあげられたそれも脆くなる。僅か一撃を受けただけで世界に留めることが出来ない程にな」


そんな俺の言葉を聞きながらもフレシアは消えて行った剣の残滓を顔を歪めながらに見つめ続ける。

それは自身の力不足を嘆くか故か。あるいは初めて造りあげたモノが容易く砕け散ってしまった悲しみが故か。


そんなフレシアの顔を見つめながらに俺は、フレシアが成し上げるそれに思考を振る。


俺が魔術と名付けたそれは、まさに物質の創造に等しいそれ。

一を二に変えるのではなく、零から一を造りだすそれ。

世界に流れる理も。世界の始まりから続く原理も。

何もかもも無視して、ただその場に自身の内あるモノを造りだすというその行為は――その行為こそが万物の創造。

人が決して立ち行けにそれに――しかし立ち行く者が此処に一人。

世界の理から外れたが故に世界からの制限すらも凌駕しようとしながらもなお、しかして彼女は世界の内にある。

人という枠に囚われながらなおそれを容易く行使した彼女に俺は――――。


「ふふ……」


「…………ロゼ様。その……私……」


突然に笑い出した俺にフレシアの顔は決定的に悲しげに歪む。

自分のやったことが失敗したからこそ笑われたとでも思いこむようなそんなフレシアを見ながらに。

しかし俺の想いはまさにその逆であるからこそ――。


「顔を上げろフレシア。お前の想い描く幻想が世界に届かぬというのなら、さらに思い描け。どこまでも強く強く思い描け。世界にお前の幻想が負けたというのなら、お前のうちにある幻想がこの世界を凌駕するまでに思い描き造りあげろ。人では決して届かぬ幻想に――それでも届かせると決めたのだからお前は私の元へと来たのだろう――。私から名を受け取ったのであろう――。だからこそ私は――」


――――そんなお前に期待してるのだよ。


と、フレシアの頬を撫でながらにそんなことを呟く。

まるで俺が励ましているようだと――事実励ましている以外の何ものでもないような言葉を吐きながらにフレシアの頬を撫で続けるなど、お前は誰だと自分で自分に問いたくなるような事をしている自覚を持ちながらも、まぁたまには良いかなどと思っていると――。


「随分とフレシアを気に入られているようですね――。ロゼ様――」


そんな声が――普段とは比べものにならないほど低い声が俺の後ろから響く。


あー……忘れてたよ。だからセレナは嫉妬深いんだった……。

ほんと嫉妬深い戦乙女って何だよという話なのだけれど。というか剣ぐらい仕舞いなさいよ。

何でまだ持ち続けているんだよ。


『神代のころから彼女達はそんな感じでしたよ』


あーはいはい。聞いた。聞きましたよ。

その話はもう聞きましたよ。

というかこんな時ばかりに突っ込みいれるのよ止めなさいよほんと。


まぁ戦乙女が……というよりもセレナが嫉妬深いのも昔ながらの話なのだけれど。

確か昔はセレナのほかに三人のほど戦乙女が俺のそばに居たはずだけれど、いつの間にか俺の傍に残っていたのはセレナのみとなっていたという過去もあったりする。

そしてこれまで引き籠っていた俺がそれまで気にもかけて来なかった者たちをいきなり気にかけ始めれば、そんな彼女が面白くないという感情も分からななくはないけれど。

そんなことも、今まではそれらも全て些事だと気にもしないことにしてきたのだけれど――――。


「セレナよ。お前は私の何だ――?」


セレナの方を振り向きながらのそんな唐突な俺の問いに、セレナは僅かに驚いた顔をする。

まぁこんな態度をするときの彼女に俺が何かを問うということ自体が今まで無かったことだからこそだろうけれど。

そしてそんな俺の問いにセレナは僅かに間をあけると、身を正しながらに答えてくる。


「私はロゼ様の従者です」


「そうだ――。お前は私の従者だ。セレナ・イスカードはロゼ・ブッシュミルズの従者であるという事実を私が、この私自身が認めてやっているのだ。ならば――そんな事実の他にお前が気にかけねばならんことなどあるのか?」


それは余りに強引な言葉。遥か高みから告げる圧倒的な言葉ではあるけれど。

しかしそれは確かに主が従者に告げる宣託であるからこそ――。


「…………いいえ。ロゼ様。我が主様。私はロゼ様の従者です。ロゼ様だけの従者です。私にとって大切なことはたったそれだけなのだということも忘れるなど――――」


―――申し訳ありません。


そう恭しく跪きながらに謝罪する。


戦乙女という種族自体が仕えるべき主から見捨てらたという。主に仕える為の存在として生み出されながらもその主に見捨てられたという――過去を持つからこそ。

彼女達は偏執的なまでに主という存在に飢えているのかもしれない。


まぁけれどそんなこと、それこそ俺の知ったことではないのだけど。

それでも今まで彼女が俺に仕えてくたという事実は確かに間違いないのだから。

偶にはそれを口にするのも構わないかと思い――。


「ふむ……。これからもよろしく頼むよ。我が従者」


「はい。我が主様」



とりあえずは――うん。とりあえずはこれで良いかと。跪きながらもそれでも、いつも通りの顔をしながらこちらを見つめ続けるセレナを見ながらにそう思っていると――。


「あ、あの――! ロゼ様!」


今度は俺の前から声がかかる。

そういえば未だ頬に手を当てたままだったと、そう思いながら俺が声をしたほうを振り向くと。

顔を真赤に染めながら俺を見つめ続けるフレシアと目が合って。


「なんだ――?」



「私の名前はロゼ様より頂きましたよね」



問い返すと、そんなことを突然言い始めた。


流石にそれだけでは何が言いたいのかは分からないが故に俺はさらに問い返すと――。



「そうだが、それがどうした?」



「あの……それで……名付けというのはとても大切なことですよね……?」



さらにそんなことを問われ返されてしまった。


名付け。名前を付けることか。

名を付けるというその行為は――確かに彼女が問うように間違いなく大切なことである。


モノが先か名が先かという議論にあまり意味はないけれど。

しかし抽象化された概念が形を持つという意味において名を付けるという行為が持つ意味は確かに重い。

その意味でいけば、確かにフレシアと名をつけたその行為は重要な意味を持ってくる。

それこそ彼女という存在が本当の意味で生まれ出たのはフレシアとそう俺が名付けたからというほどにも――意味があるからこそ、俺は彼女の問いにただ肯定の頷きのみをする。


「そうだな」


そして、そう俺が答えた瞬間に――。



「で……でしたら――! 私はロゼ様のことを――!」



フレシアは俺に訴えかけるかのように体をこちらに伸ばしながらに声を上げる。

こちらを覗き見る瞳には揺るがぬ決意を漲らせながらに。

それこそ――あの日、初めて剣を抜いた日と変わらぬほどの決死の覚悟を突然に表すフレシアを見つめていると――。


ふと俺の背に悪寒が走った。

それこそこの世界で意識を持ってから初めて感じるような負の予感に。


なんだこれは――。


思わず混乱しそうになる感情を何とか抑制しながらに俺はフレシアから目を離さずに居ると――。

彼女は、顔をこれでもかと紅く染め上げながらに遂にそれを口にした。

それこそセレナの呟きなどとは比べものにならないそれは――――。



「お母様とお呼びしても良いですか――!?」



そんな言葉が俺の耳に届いた――。


その日襲った俺の衝撃は――きっと未来永劫超えることはないだろうと――思わずふらっと倒れそうになった体をセレナに――いつの間にか俺の傍に寄っていた我が頼りし従者に支えられながらにそう思ったのだった。





















祝!娘誕生。

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