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第十一話 「式典Ⅱ」

またもアリア視点。

式典が行われる会場は既に異様な熱気に包まれていた。


別に会場と言っても皇宮のバルコニーを式典用に飾り付けを行っただけで、後はそこが見えるように民を――文字通りこの国に住むほぼ全ての人間を可能な限り混乱しないように誘導を行った。

皇宮に繋がる全ての道には人で溢れかえり、それでも道に入りきらずに多くの人たちが屋根に登ったりなどしてでも人目式典に現れるだろうロゼ様を見ようととしている。

そしてそれは皇宮に仕えている人間もまた同じである。

武官も文官も式典の最中にも多くの仕事が残されているが、それでも人目ロゼ様を見ようとバルコニーのそばにある皇庭に溢れている。


その雰囲気はまさに異様なほどの熱気。

彼女は本当に現れるのだろうか。

どのような姿で現れるのだろうか。

あの日、この国にて起こした奇跡は一体何であったのだろうか。

そして今日もまた再びあのような軌跡を起こすのだろうか。

そのような期待。不安。恐怖。狂気。畏怖。

あらゆる感情がこの国の中で溢れかえっている。


「ロゼ様。準備はよろしいでしょうか?」


そしてその皇族が演説を行う用に造られたバルコニーへ繋がる部屋にて待機していたじいやがロゼ様が来たことで、最後の準備を整える為に部下へ指示を与えた後にロゼ様へ確認の問いを行う。


「準備……準備……ね。クク……良いだろう。どうせやるのだ。私自身が準備を整えてやろうじゃないか」


じいやからすれば、それは最後のただ確認の為の問いであったのだろう。

だがしかし……。

ロゼ様はそう問われると右手を天へと掲げると悠然と笑ったのだった。


「ろ……ロゼ様?」


じいやが慌てたように名を呼ぶが、彼女はそんな彼を気にもせず笑みを浮かべ続ける。

そしてその瞬間に私を襲ったのは、確信とも呼べる予感。

あぁ……きっと再び私たちでは想像をすることも出来ぬほどの奇跡を起こすのだろうと。

彼女の行動を、彼女が起こす事象を、私達人間が測ることも予測することも決してできないのだから。

だからきっと、今回も信じれないようなことが起きるに違いないとういう……確信。



そして、そのことに対する不安は何故かもはや全くと言っていいほどに……私には無かった。

あるのはこれから起きるであろう出来事を、彼女が起こすであろう奇跡を、この目で見れるという期待。

彼女が起こす世界の創造。人を超越した事象。

私はもはや完全に魅了されているのだ。

彼女に。ロゼ様に。ロゼ様が造り上げる世界に。

だからこそ止められない。自身の内から湧き出る想いを。自分自身でも御しきれない気持ちを。

それは皇女としては失格の想い。

全ての民をこの身に背負っているというのなら、まさにこの辛い現実を忘れ去ってしまいそうになる幻想の世界を造りだす彼女の世界に魅了されるなど……きっとそれは間違っているのだろう。


だがそれでももはや自身の想いは止められない。止めるつもりもない。

皇は……皇だからこそ……。

ロゼ様の誘いを断ったうえでなお彼女に助けを求めた日。

私は……既に彼女から返せないほどの恩を受けているのだ。

だがその為に私が彼女に返せるものなど今の私では何一つ持ち合わせていないのだ。


ならばせめて私は、どこまでも彼女が造りだす世界を受け入れよう。

私は夢を見よう。幻想世界を期待しよう。この世とは隔絶した世界に想いを馳せよう。

そのうえで、私はどこまでもこの現実の世界において生き抜いてみせようという……意志。

ロゼ様に助けを求めた日より誓った覚悟。


ゆえに私はそんなロゼ様に頭を下げる。



「ロゼ様の御心のままに」



そしてそんな私をロゼ様はちらりと見られるとさらに笑みを深め――。

掲げた右手でパチリと指を鳴らす。



「世界よ変われ」



たった一言。世界に対する命令。この世界においてただ一人が行える絶対的なまでの強制。

そして、その結果起きたことはまさに――格別。


「なっ!? こ、これは……!!」


魔族に皇都を包囲されようとも、それでも狼狽しなかったじいやが……じいやのみならず熟年の貴族も大臣も武官も、その全ての人間が混乱の極地に至る。


ロゼ様によって行われたことはたった一つ…………それは、光の喪失。

それまでは蒼穹と呼べるほどの雲一つない空から眩しいほどの太陽が世界を光輝かせていたにも関わらず。

今この瞬間においては、日の光のまさに一滴すらも存在しえない常夜の世界へと変貌する。

それはまさに奇跡。人が千年経とうとも立ち行くことのできない天地開闢の至り。


あぁ……確かに。彼女からすれば準備など僅かたりとも済んでいなかっただろう。

私達が出来るのは所詮、この国の中を僅かに整えるのみ。

だが彼女は世界すらも整えるのだから。


そして、ロゼ様がもう一度パチンと指を鳴らす音が世界に響き――ただ一人、ロゼ様のみにこの世界の光が集まっていく。

常夜の世界において、たった一人世界から隔絶する白き輝き。

まさに闇夜を照らす満月のような存在へと彼女は至る。


ここに――世界はロゼ様によって支配された。


「では行くか。お前も来いアリア」


「……はい。ロゼ様」


皇に付き添う従者のように。神に侍る信者のように。月夜に魅かれる一人の少女のように。

私はロゼ様の後ろに寄り添って付き従う。



そして彼女がバルコニーへと出ると、国中の人間が騒然とした――突然の暗闇にまさに大混乱しているとこに、それでも光に包まれた彼女が姿を現したその瞬間に世界は静寂に包まれる。

まさにロゼ様という存在が姿を現した瞬間に。国中の人間が動きを止める。言葉を慎む。

皆理解したのだ。誰がこの世界を造り上げたのかを。誰がこの世界を支配しているのかを。



「さて人類諸君。初めましてかな。あるいは久しぶりとも言えばいいかね」


世界にロゼ様の声が響く。

それは決して大きな声ではないけれど。

それでもあの日と同じく、その声は世界に響く。

例えこの国の端に居ようとも、それでも届くだろうと思えるほどに世界にその声は広がっていく。


「さて……折角の式典だというのに、好きに歌い踊り騒げば良いものを……私を見たいなどと、人類諸君は実にもの好きな者たちが多いらしいな」


クツクツとロゼ様は語りながらに笑う。それは悠然とした笑みであり、けれど決して下品にはならない笑み。

それだけで跪きたくなるような笑みを浮かべながらに彼女は語っていく。


「そんなもの好きが多い人類諸君の為に一つ、折角なのだから私が小話をしてやろうではないか」


彼女が語る言葉に、まさに一言一言に絶大な力がある。

それはある種の言霊ともよべるもの。

彼女が語ればそれが真実であり、彼女が語ることこそが事実であると理屈も理由も抜きにして信じ込まさせる。

だからこそ彼女が語る言葉は彼女が発するというただそれだけで、とてつもない意味をもってくる。


「ふむ……この世界のあり方などについてはどうだろう。実に面白い話であることは私が保証してやろうではないか」


世界。

私達が住む世界。

私達が暮らすこの世界。

そのあり方。あるいは世界の真理か。根源か。

それが何であれ、決して人間では立ち行くことのできない世界であり、この世界においてただ一人ロゼ様のみが語れるであろう話。

それを彼女は実に面白いそうに笑いながらに語る。


「あぁ、感謝は要らんよ。それを聞けば諸君は必ずこの世界を呪うだろうからな」


誰かが息を飲む音が聞こえる。ロゼ様以外の顔を見ることは出来ないが。

それでも彼女の言葉に国中の人間が怯えたているのが分かる……。


それが何であるのか。その話の内容は私では決して想像することすら叶わぬが。

それでも壮絶な話が待っていることだけは理解する。

だがそれは既に分かっていたことだからこそ、私は全身に力を籠め改めて覚悟する。

どのような話であろうとも受け止めてみせると。そしてその上でなお希望を失わないと。


「さて、どこから話そうか。余り回りくどく話すのは好まんのでな。端的にいこうではないか」


そして彼女はそこで一拍を開け、笑みを浮かべ――――今までとは比べものにならないほどの壮絶な笑みを浮かべ。

ソレを口にした。




「この世界は遥か昔に、神に見捨てられた世界だ」




「…………っ!」


思わずに息が漏れる。

どれほどの話が来ようとも、それでも受け止めて見せると覚悟していたことだけれど。

それでもそのたった一言でこの身には喪失感が襲う。


神。

私達が今まで祈り続けてきた神が居ないという。

その姿はもはや見ることなど叶わないことぐらいは理解しているが、それでも魔族に襲われ日々の生活すらままならなくなった私達が最後に縋りつける存在とも呼べるもの。


この世界を造ったという創造神。

始まりの存在にして、この世界の原初を造られたと呼ばれる絶対神。

彼こそがこの世界を造り、この世界に住むあらゆる者たちを造りあげたと言う。


そしてその後は創造神がこの世界に住む我ら民を導いたと呼ばれる神の時代と呼ばれる神代があった。

神は民の武を導いたと言う。

神は民の智を導いたと言う。

神は民の楽を導いたと言う。


その他にも様々なものを民に導き、そして見守り続けたと言われている。

だがそんな神の時代と呼ばれた神代も終わりを告げ、神がこの世界にその姿を見せることは無くなった。

しかし例えその姿を見せずとも、それでも神はこの世界を我らが民を見守り続けていると言い伝えられてきた。

だからこそ苦境に立たされ続けてきた私達は、それでも神に祈りを捧げけきたのだから。

いつか神がこの世界をお救いになるだろうという…………そんな叶わないとわかっていてもそれでも祈り続ければ神もまた見守り続けるだろうという思い。


だがしかし……。

そんな神ももはや私達を見捨てたと彼女は言う。

見捨てる……。私達を。私達が住むこの世界を。

それが一体何を意味するのか……。ただの人である私には決して理解することのできないこともしれないけれど。

それでも……神がもはやこの世界を見向きもしていないという事実だけは……理解する。

理屈も理由も飛び越えてただ理解する。

彼女が――ロゼ様が語る以上それは事実なのだと。

ロゼ様の言葉にはそれだけの力があるのだから。ロゼ様が語る言葉はただ真実なのだと万物の力を持って押し付けられる。


あぁ……だからこそ……今の気持ちを何と表せば言いのだろうか……。



「ではなぜ神はこの世界を見捨てたのだろうな。なぜ見捨てなければならなかったのだろうな」



そして、私達が多くの喪失感を感じ――既に嗚咽を漏らす声が響く世界において、なおも彼女は言葉は止まらない。

ここに集った全ての者たちにその言葉が降り注ぐ。

世界に広がる闇よりもなお重い闇がジワリと広がるような感覚。


「……っ」


思わず膝をつきたくなるような空気が広がる世界で、それでも私は耐えるように歯を食いしばる。


「それに答える前に、人類諸君に一つ問おうではないか。お前たちを苦しめているあの魔族は一体どこから生まれて来ているのであろうな?」


そしてそのような空気の中で未だに変わらぬ笑みを浮かべたままにロゼ様はそう問うてくる。


魔族はどこから生まれてくる――?


それはこれまでの話とは一見関係の無いような問い。

だがロゼ様が語る以上は、そこに必ず意味があるのだろう。

だがもはや、これ以上は何も聞きたくないという想い。

ロゼ様の語る一言一言がこの身を抉る。


そして……今さながらの恐怖がジワリとこの身を襲う。

ロゼ様の言葉に民達を巻き込んでしまったことを。

私は余りに甘い考えを持ってしまったのではないかという思い。

あれほどまでにロゼ様に人が勝手に造りあげた善悪の感情を押し付けること自体が烏滸がましいと考えながらも、それでもどこかでロゼ様は人の…………私の味方をしてくるのではないのだろうかという思い上がりはなかっただろうか。

私はロゼ様と語り、ロゼ様と言う存在に魅了され、そして余りに舞い上がっていたのではないか。

そして、だからこそどれほど絶望に包まれるという言葉ながらもこれから先に繋がる言葉を紡いでもらえるのではないだろうかと…………そう私は考えなかっただろうか。

そんな……今さらながらの余りに身勝手な恐怖がこの身を襲う。


だがもはや賽は投げられたのだ。

例えどれほどの絶望がこの国を覆うとも、それでも私は希望を失わないと誓ったのだから。私が希望になってみせると誓ったのだから。

ならば逃げ出すな。ロゼ様の姿から。ロゼ様の言葉から。私が誓った想いから。

ならばせめて思考を止めるな。


魔族はどこから生まれてくる――?


それは人類史において幾千年の時を流れてもなお解き明かされていない事実。

幾百幾千の人間が解き明かそうと挑み、それでもなおその一切が分かっていない謎。

それを彼女は――ロゼ様はここで語ってくれると言う。

魔族誕生の謎が分かれば、あるいはそれに対する対抗手段も分かるかもしれないという――甘い誘惑。


あぁだけど――それは――。


「ただただ破壊衝動のみを持つ魔族。生物も自然も世界も、何もかもに対する破壊心のみを宿す彼らはさて……一体どうやって生まれて来るのだろうな?」


――その先を聞いてはいけないという絶対的な勘。

聞けば何もかもにも絶望してしまいそうになるような、そんな予感が全身を駆け巡る。

どれほどの覚悟を持とうとも。そんなものなど一瞬で吹き飛びそうになるような恐怖。

思わずに耳を覆いたくなるけれども、それでもなお彼女の言葉が耳に届いた。


「おめでとう。君たち人類が生まれる度に魔族もまたこの世界に誕生するのさ。君たち人類こそが魔族の産みの親ということになるな。つまり君たち人類が居るからこそ魔族が生まれ続けてしまうというのが、この世界のあり方なのだよ。そして例え君たち人類が死のうとも魔族は……魔族のみは生きながらえるだろう。ただ世界に破壊のみを撒き散らしながらな。そして神はその世界のあり方を結局変えることが出来ずに最後は諦め……そして――」


――魔族に覆われてしまうだけのこの世界を、神は見捨てたのだよ。


そう世界を絶望で満たす言葉がこの世界に広がった。

そして後には、誰一人音を出すことすらできない静寂の世界において、ロゼ様のクスクスとした笑い声のみが響き続けたのだった。




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