金魚は見ていた、そして踊る。
私の飼っている金魚は、ちょっと変だ。
名前、あかまる。
赤くて、まるまるっとしてたから。
そんな理由で名付けられたあかまるは、つい先月の縁日での、金魚すくいのビニールプール出身、アパートのワンルームの一角に置かれた水槽在住だ。
彼女の妙ちくりんな特技は、二つある。
一つ目は、嘘発見器。その場に居る人間が嘘を言うと、口から大量に泡を吹き出す。
二つ目は、時報。一時間ごとに派手に舞い踊る。
「あ……もう十時か」
今週最後の平日の夜……つまり、金曜夜十時ぴったし。
あかまるが、いつものごとく、大袈裟な水中の舞で、時間を知らせてくれている。
あかまるが大きく動き回っているせいか、さっきあげたエサの生臭いにおいが、にわかに強くなった。
そろそろ二人の親友、加寿子と双葉がうちにやってくる頃合いだ。
彼女たちと金曜の夜、度々集まっては飲んだり話したり。
思う存分楽しい時間を過ごす習慣が、すっかり根付いて久しい。
今夜の舞台は、私のこの部屋。
やがてピンポン、とインターホンが鳴らされる。「はいはーい」なんて返事しながら玄関のドアを開けると、予想通りの顔が二つ現れた。
加寿子が真っ先に口を開く。彼女は、明るい性格だ。
「玲奈、来たよ! 今週も、お仕事お疲れ」
「加寿子と双葉もお疲れ。来てくれてありがとね」
双葉が話に加わる。彼女は、いつも少し気だるげなタイプ。
「今週も、疲れた。玲奈に癒やして貰おう」
靴を揃え終わった二人を、六畳ほどの部屋へと手招きする。
すでに、夜会は始まっている。
過去何回も経験した流れ。いつもの楽しい親友達との時間。
白くて小さな折りたたみ式のローテーブル。それを取り囲むようにして座った私達三人。
これからまたいつも通りの楽しい時間が、始まろうとしている。
そのいつも通りが狂いだしたのは、ここからだった。
「明日、何もする事無いから、今夜ははしゃごうね!」
ボコボコボコ!
「……ん?」
水槽の中。あかまるの口から、大量の泡が吹き出される。
加寿子が今、嘘をついた?
「明日は普通の土曜日。何の予定も無いから、当然暇」
ボコボコボコ!
双葉も、嘘をついた……。何だろう?疑問に思いながらも主催として場を進行させることにする。
「普通って~。それがありがたいんでしょ? まあ、とりあえず映画でも見る?」
私が提案すると、加寿子が両手をあげながら喜んだ。
「やったー! 見せてー! このお菓子も食べるね! 何も持ってきてないのに、悪いね!」
ボコボコボコ!
「タダ食い、タダ映画……」
ボコボコボコ……。
「そういえば金魚、ちゃんと生きてるね。一ヶ月経ったけど。縁日のなのに元気だね!」
「元気すぎる。こんなに泡吹いて、平気なのか? この子」
「あ、あはは……いつもの事だから」
二人は、知らない。
このあかまると言う金魚が、嘘発見器と時報という、二つの特技を持つことを……。
それにしても、今日はやけに嘘が多い。こんなに続くと、さすがに気になってしまう。
明日、何もすることがない、が嘘。
明日、普通の土曜日、が嘘。
何も持ってきてない、が嘘。
考えながら視線をさまよわせる。すると、彼女たちの背後の大きめのバッグに目が留まる。
今日は、二人ともやけに荷物が多い……うん? ちょっと、待って。明日って、何日だったっけ。
バッグから壁のカレンダーへと視線をスライドさせて、日付を確認。
まさか。いや、そうだ。
私、明日…………誕生日だ。
思考がその結論に至った途端、脳内の時間が一瞬、止まって真っ白になった気がした。
再び動き出したのは、加寿子と双葉(主に加寿子)が頬張るポテトチップスのジャンクな匂いが鼻を突いてからだった。
……どうしよう、気付いちゃったよ、サプライズに! うわぁ、気まずい! どうやって知らないふりしよう?
とりあえず、普通にしよう、普通に。
「え、映画見るんだよね? 何が良い?」
「アクション!」
「ホラー!」
加寿子と双葉が同時に声をあげる。これは……また、始まるな。
「双葉……いつもいつもホラーばっかり、暗いよ。元気にアクション映画にしよう!」
「加寿子こそ単純。人生には暗さがつきもの。それとも……怖い?」
双葉がくくく、と口の中だけで笑う。添えられた手が、なんともわざとらしい。
「こっ、こっ、怖くないしっ! ていうか、前もホラーだったじゃん!」
「ホラーは毎日見たって最高」
「たまにはアクション見て世界を広げなよ! じゃあもうジャンケンで……ちょっと、待って」
くるり、と加寿子が振り向いた先は、私のほうだった。少し遅れて双葉も同じように向き直る。
「ここは、玲奈に決めてもらうのはどう?」
「……賛成」
「えっ」
予想していなかった展開に、少したじろぐ。
いつもいつも、加寿子と双葉が争って、どっちかが見たい映画を見るのが通例なのに。
まさか、ここで私にお鉢が回ってくるなんて。こんな事、今までにあったっけ?
ひょっとして……誕生日だから?
そう思うと、胸の奥底から柔らかくて温かいものがこみ上げてきた。と、同時に、だったら普段から私にももっと選ばせてよ、っていう苛立ちも一緒に浮かんでくる。矛盾した感情に飲まれそうになった。
けど、最優先は、気付いてないフリだ。
「へ、へぇ~珍しいね、私が決められるなんて」
まずい、イヤミっぽい? それにこれじゃ、誕生日だから? って言いたいみたいになってる!
「私、玲奈のありがたみを実感したの! 玲奈が居なかったら、私と双葉なんて、喧嘩しかしてないよ」
「同じく。だから、何が見たいか選んで」
「そ、そっか。あくまでそういう事か。わぁ~ありがたいな、じゃあコメディで」
やばい……あくまで、とか言っちゃった。二人もなんとなく怪訝そうな顔をしている気がする。でも口から出た言葉は戻せない。
その場をごまかすべく、私はそそくさとリモコンを手にした。
コメディ映画を見始めて、数十分がたった。
「あははっ! ホラーにしなくて正解!」
「面白い……アクションの百倍は良い」
「双葉! 言い方ってものがあるでしょ!」
「玲奈~加寿子が先に喧嘩売ってきた。証人になって」
「こいつ……!」
映画は、今のところちゃんと面白い。二人は相変わらずじゃれあってるけど。
私、良いチョイスしたな! なんて……思っていたのに。
映画の中で、十歳くらいの男の子が、言う。
「明日、僕の誕生日パーティをするんだ。当然、皆来るだろ?」
ピシッ。
空気に音なんて、無い。
けど、今のははっきりくっきり聞こえた……気がする。
「……誕生日パーティか~。大人になると、そうそうやらないよね?」
ボコボコボコ。
あかまるが泡を吹く。と、同時に双葉が加寿子を小突く! ……今のは、強かった。
「バカ加寿子。私達も、たまにやってる。予定が合えば、だけど」
「あっ! あっ、えっと、そうか、そうだったよね、えへへ~」
そう言って頭をかく加寿子。明らかに、慌てていた。
隠すなら、もっと上手に隠してよ! そんなあからさまな態度されると、こっちが気使うよ! なんて、理不尽ながらも思う。
映画は、誕生日当日のパーティのシーンに突入。男の子のお姉ちゃんが、出し物で手品をするけど、盛大に失敗していた。本来なら素直に笑える所なんだけど。
「……あはは、失敗してる」
「……だな」
「………………」
二人の取り繕った反応に、私は何も言えなかった……。
私達の個人的事情なんて差し置いたまま、映画は進んでいく。
すると突然、加寿子がいかにもわざとらしい口調で言った。
「いや~映画、面白い。玲奈チョイスで正解だったね! 最高の時間だよ!」
ボコボコボコ。
嘘。本当は、誕生日のくだりで冷や汗かいてたくせに。あかまるも、反応してるし。
「本当? 良かった~これ選んで」
ボコボコボコ。
当然、嘘。運が悪かったって思ってるよ。……あかまるも、泡吹いちゃった。
「コメディこそが、至高だと言うことに気づけた」
ボコボコボコ。
……双葉のは、多分……ただのお世辞だろうな、うん。
「ねぇ、ところで」
「うん?」
「この金魚……あかまるだっけ? この子、今日やたら泡吹くね?」
「私も気になってた。何か、法則とかある系? ていうか、本当にこんな吹いてて大丈夫?」
「えっ、それは、その……」
まずい。
二人が、あかまるを怪しみだしちゃったよ!
「あかまるは、元気だよ! 調子が良い程泡をたくさん吹いちゃうみたいで! 二人が来て、嬉しいのかな!」
ボコボコボコ。
「おおっ、また吹いた」
「嬉しいの~? ありがとね、あかまるちゃん!」
よし、何とか誤魔化せた? それにしても、コメディ映画がタダのBGMと化している。二人とも真面目に見ていない……私達、映画の好みが違いすぎる。そんな事を考えていたその時!
バッシャバッシャ!
水槽の水が、大きな音を立てる!
さり気なく、壁の時計を盗み見ると、十一時だ……嘘でしょ、まだ、一時間もあるの~!?
普段ならこの三人で集まれば、一時間どころか一夜だって、あっという間に溶けるのに。
今日の一時間先は、途方もなく遠い……まるで、夜空の星のように。って、都心じゃ、殆ど見えないけどね……。
「面白かったね!」
「たまには、あり」
「二人とも、今後はコメディも見てね」
画面に映る、映画のエンドロール。
洋画だから、スタッフ名も当然のごとく、アルファベットで埋め尽くされている。
なかなかに良いコメディ作品だった。それを、こんな気まずいような気持ちで見ないといけなかったのが歯痒かったな。
壁の時計に目をやると、十一時半を回る頃だった。
正面に、視線を戻すと、加寿子と双葉が何やらこそこそ目配せをしていたのを、私はハッキリと目撃する。
私の視線に気付いた二人は、わざとらしいくらいにニッコリと笑って、どちらからともなく立ち上がる。
「私達、ちょっとコンビニ行ってくるよ! 玲奈、欲しいものある?」
「じゃあ、からあげで」
「さすが、玲奈。金曜の夜をギルティグルメで満喫するのか」
「まあ、たまにはね! 加寿子はいつもだけどね」
「確かに」
「二人とも、酷い~! 確かに、そうだけど……じゃ、鍵借りてくね!」
「いってらっしゃい」
ガチャン。ガチャリ。
その音を、聞き届けてから。
私は、鏡の前に移動した。
……加寿子と双葉は今、私の誕生日祝いの最終打ち合わせに入ったはずだ。
なら私は、私自身との最終打ち合わせをしないと。
そう。
完璧なリアクションをするために!!
今日は、何だか気まずい空気が流れることが多かった。
それを……チャラにする!
二人が私のために計画してくれている。その事は、本当に嬉しい。
でも、私だって素直に驚きたかった。もっと上手く隠してくれたら良かったのに。
……なんて思っちゃったけど、それはさすがにわがままだな。
だからこそ、こうしてリアクションを練習するのみ。
私は、鏡に向かって口角を思いっきり上げて満面の笑みを作った。そして、両手を上に上げて、言った。
「え~っ!? 私の為にっ!? 嬉しいっ、ありがとう!! えっ、ていうか、全然気付かなかったよ!! ……大袈裟すぎて、わざとらしいな」
ボコボコボコ。
水槽から、音がする。咳払いを一つして、今度は両手を組み合わせてみる。
「まさか……まさか、二人が今年も祝ってくれるなんて、思ってなかった。良い親友が二人も居て、私……幸せ……」
ボコボコボコ。
感動路線も、大根演技が目立つな。しょうがない、もっとナチュラルに。
「ありがとう~二人とも! 誕生日なんて、すっかり忘れてた! これからも、仲良くしてね!」
ボコボコボコ。
うん、良い感じじゃない? 大袈裟でも、大根演技でも無ければ、無感動な感じもわざとらしさもない。
……あかまるがうるさいのは、この際、無視することにする。うん。
方向性は、決まった。何回か練習しよう。
「ありがとう~二人とも……」
ガチャガチャ、バタン!
この音は! えっ、帰ってくるの早すぎだよ、二人とも!
「ただいま~! 買ってきたよホットスナック!」
「ジャンクタイム~……玲奈、何で笑ってるの?」
「えっ? ……あっ」
やばい、顔を戻すの忘れてた……。慌てて、表情を緩めた。
二人が私をじぃっと見る。二人は、完全にジト目だった。
「玲奈……何か今日、変じゃない?」
「思う。なんか、おかしい」
「えっ……と。あは、あはは」
まずい。完全にまずい。二人の疑惑の目が、やまない。
加寿子と双葉は、再び目配せをしあう。そして……小さく頷きあっていた。
どうやら、私への誕生日サプライズ計画は、決行される事になったようだ。
目だけ動かして、壁の時計をチラ見する。
あと、五分くらいだ。
私も、腹を決める。驚きを、前面に出さずに。でも、嬉しさはしっかり表現。
うん。行ける。プランは、完璧。
コンビニのからあげをつまみながら、私は、再び壁の時計を確認する。
途端、加寿子と双葉が動いた。クラッカーだ!
……いよいよ、来る。
二人が頷き合うのを、私は固唾を呑んで見ていた。
「玲奈! 誕生日、おめでと……」
バッシャバッシャ!
バッシャアアアアン!!
「うわああああっ!?」
心臓が、飛び出るかと思った!
水槽から、派手に水しぶきが飛んで、あたりを濡らす。
そっか、零時の時報!
けど、今回の時報は……特別仕様の派手さ加減だ。今までで、ダントツ一番。
もしかして……私の誕生日だから?
そして、はっとする。部屋にまき散らされたのは、水だけじゃなくて、クラッカー……。
「………………玲奈」
双葉に名前を呼ばれて、そっちを見ると。
「……あっ」
あかまるに盛大に水をぶっかけられた加寿子と双葉が、私を静かに見つめていた。
「………………わ、わぁ~。ありがとう、二人とも! びっくりした~」
加寿子が、ちょっと低い声で、言った。
「……何に、びっくりしたの?」
「え、それは勿論…………あはは…………」
「……いつから?」
「え?」
「いつから、気付いてた?」
「い、今!」
ボコボコボコ。
あかまるが、こっちを見ていた。
その顔は……何も考えていなさそうだった……。




