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君と、季節を追い越して。  作者: Diamond ruler


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5/10

第5話 はじめて他の誰かに取られた気がした日

歓迎会の日は、朝から教室が少しだけ浮き足立っていた。


 黒板には昨日の放課後に作った飾りがつけられていて、教室の後ろには色紙の輪がゆらゆら揺れている。

 いつもより少しだけ教室が明るく見えるのは、窓からの春の光のせいだけじゃない気がした。


「ねえ、朝比奈さん、この飾りこっちのほうがよくない?」

「うん、そっちのほうがきれいかも」


 朝から、紬のまわりには女子がいた。


 前より自然だ。

 転校生だから話しかけている、という感じじゃなくて、ちゃんとクラスメイトとして混ざっている。


 湊は席に座りながら、その様子をなんとなく見ていた。


「何見てんの」


 不意に後ろから声をかけられて、湊は肩を揺らした。


「見てねえよ」

「見てたろ」

「見てない」

「朝比奈さんのこと?」

「違う」


 男子がにやにやする。


「七瀬さー、最近朝比奈さんとよく一緒にいるよな」

「途中まで帰ってるってほんと?」

「うるせえ」


 言い返しながらも、湊はちらっと紬のほうを見た。


 そのとき、紬が女子たちに何か言われて笑った。


 いつもの、少し控えめな笑い方。

 でも最近は、その笑い方が前より自然になってきている。


 よかったな、と思う。

 ちゃんと馴染めてきたんだな、と。


 なのに、胸の奥がほんの少しだけ、ざわついた。


 歓迎会は六時間目のあとに開かれた。


 歌を歌って、みんなでお菓子を配って、転校してきた紬に「この町のおすすめは?」だの「好きな教科は?」だの、いろんな質問をする。


「好きな教科は、国語と図工です」

「苦手な教科は?」

「体育……かも」

「えー、リレー速かったのに!」


 教室が盛り上がる。


 湊は自分の机に頬杖をつきながら、そのやり取りを聞いていた。


 紬は少し困ったように笑っている。

 前だったら、もっと固かったはずだ。

 それが今日はちゃんと、みんなの輪の真ん中にいる。


 やっぱり、よかったはずなのに。


「じゃあ次、好きな食べ物!」

「いちごです」

「それ前も聞いたー!」

「じゃあ、好きな人は?」


 一気に教室がざわついた。


「おいおい!」

「それ聞くの!?」

「気になるー!」


 男子も女子も面白がって声を上げる。


 湊は思わず顔を上げた。


 紬は少しだけ目を丸くして、それから考えるように首をかしげた。


「好きな人、は……」

「いるの?」

「どうなの?」


 その一瞬が、妙に長く感じた。


 なんでこんなに気になるのか、自分でもわからない。

 ただ、変な感じがした。


 すると紬は、少しだけ笑って言った。


「まだ、わからないです」


 教室から「えー!」と残念そうな声が上がる。


「つまんなーい」

「いるっぽかったのに!」

「え、じゃあ気になる人は?」


「しつこい」

 と先生が笑いながら止めて、その場はそこで流れた。


 湊は知らないうちに止めていた息を、そっと吐いた。


 ――何だよ、それ。


 自分でもよくわからないまま、机の上のプリントを指でいじる。


 隣の席に戻ってきた紬が、ふとこっちを見た。


「何」

「別に」

「その顔、べつにじゃない」

「うるせえ」


 紬は少し不思議そうにしたけれど、それ以上は何も言わなかった。


 歓迎会が終わったあとの休み時間、紬は女子たちに囲まれていた。


「ねえ、朝比奈さんってさ、髪さらさらだよね」

「そう?」

「触っていい?」

「え、どうぞ?」


 そんなやり取りまで聞こえてくる。


 今までなら、紬は湊に一言くらい何か言ってきたかもしれない。

 でも今日は違った。


 女子たちと一緒に笑って、話して、そのまま昼休みも校庭には出ず、教室の中でずっと話していた。


 湊は校庭でドッジボールをしながら、何度も教室の窓のほうを見そうになって、やめた。


「七瀬、投げろよ!」

「わかってる!」


 強く投げたボールが相手の腕に当たる。

 みんなが声を上げる。


 でも、少しもすっきりしなかった。


 昼休みのあと、教室に戻ると、紬が女子たちに囲まれたまま何か書いていた。


「何してんの」

 と、近くを通ったついでみたいに聞く。


 すると、女子の一人が先に答えた。


「交換ノート!」

「は?」

「朝比奈さんも入ることになったの」

「女子だけのやつね」

「七瀬には関係ないよー」


 最後の一言に、周りが笑う。


 湊はなぜかむっとした。


「別に入りたくねえし」

「じゃあ聞かなくてよくない?」

「聞いただけだろ」


 女子たちがまた笑う。


 その中で、紬だけが少しだけ困った顔をした。

 でも結局、「うん、書いてる」と小さく言っただけだった。


 それだけなのに、なんだか距離ができた気がした。


 放課後になっても、その感じは残ったままだった。


 今日は先生に頼まれて、紬は女子数人と一緒に黒板の飾りを片づけることになったらしい。


「湊くん、先帰ってて」

 と紬はあっさり言った。


「……ああ」


 それしか返せなかった。


 いつもなら、途中まで一緒に帰るのが当たり前になりかけていた。

 でも今日は、そうじゃない。


 湊はひとりで帰り道を歩いた。


 商店街を抜けて、川沿いに出る。

 風は昨日と同じくらいやわらかいのに、なんだか少しだけ落ち着かなかった。


 隣に紬がいないだけだ。


 それだけなのに、歩く速さまで変な感じがする。


「……なんなんだよ」


 小さくつぶやく。


 ちゃんとクラスに馴染んでいるのは、いいことのはずだ。

 女子たちと仲よくしているのも、歓迎会で笑っていたのも、全部いいことだ。


 なのに、少しだけ、つまらない。


 少しだけ――いや、思っていたよりずっと、面白くなかった。


 次の日の朝、教室に入ると、紬はまだ来ていなかった。


 珍しいな、と思っていると、すぐあとから声がした。


「おはよう、湊くん」

「……おう」


 振り向くと、紬が立っていた。


 それだけで、なぜか少しだけ安心した自分がいて、湊はむっとする。


「何、その顔」

「何でもねえ」

「何でもないときの顔じゃない」

「おまえ、そればっかだな」

「だってわかりやすいから」


 紬は笑って、自分の席に座る。

 昨日と同じように、女子の一人がすぐに話しかけてきた。


「朝比奈さん、おはよー」

「おはよう」

「昨日の交換ノート、続き書いた?」

「まだ」

「今日また回してね!」


 紬はうなずく。


 それを横で聞いていた湊は、無意識に教科書の端を指で押していた。


 紬がその音に気づいたのか、ちらっとこっちを見る。


「どうしたの」

「どうもしねえよ」

「機嫌悪い?」

「悪くねえ」

「ほんと?」

「ほんと」


 少し間があいてから、紬が小さく言った。


「……昨日、ひとりで帰った?」


「は?」


 予想外のことを聞かれて、湊は顔を上げた。


「そりゃそうだろ」

「そっか」

「何だよ」

「別に」


 今度は紬がそう言う番だった。


 でも湊には、なんとなくわかった。

 たぶん、べつにじゃない。


 一時間目と二時間目のあいだの休み時間。

 紬は珍しく、自分から湊の机のそばに来た。


「ねえ」

「何」

「今日、帰り一緒に帰れる?」

「……帰れるけど」

「ほんと?」

「なんで」

「昨日、話せなかったから」


 その言い方があまりにも普通で、湊は一瞬だけ詰まった。


「女子とずっと話してたじゃん」

「話してたよ」

「じゃあ別にいいだろ」

「よくない」

「何が」

「湊くんとは、昨日あんまり話してない」


 教室のざわざわの中で、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。


「……そうかよ」

「うん」


 紬は少しだけ首をかしげる。


「もしかして、怒ってた?」

「怒ってねえ」

「じゃあ拗ねてた?」

「は!?」

「違う?」

「違う!」


 思わず強く言い返すと、紬はほんの少しだけ目を細めた。


「じゃあ、よかった」


 そう言って自分の席に戻っていく。


 その背中を見ながら、湊は机に突っ伏したくなった。


 拗ねてた。

 たぶん、少しだけ。

 でもそれを、こいつに見抜かれるのは悔しい。


 放課後。


 今日はちゃんと、二人で教室を出た。


 校門を抜けて、商店街へ向かう。

 昨日はひとりだった道なのに、今日はちゃんと足音が二つある。


「昨日さ」

 と紬が言った。

「ちょっとだけ、変だった」

「何が」

「湊くん」

「どこが」

「歓迎会のあとから、少しだけ」


 図星で、湊は返事に詰まる。


「……別に」

「またそれ」

「うるせえな」


 紬は少しだけ笑ってから、前を向いたまま言った。


「私、昨日うれしかったよ」

「何が」

「みんなとたくさん話せたの」

「……うん」

「でも、ちょっとさみしくもあった」

「は?」


 湊は思わず歩く速さをゆるめた。


「なんで」

「だって、昨日は湊くんとあんまり話してない」

「だから何だよ」

「だから、変な感じだった」


 川沿いに出る。

 夕方の風が、少しだけ強い。


 紬は髪を押さえながら続けた。


「みんなと仲よくなれるのはうれしいよ」

「……うん」

「でも、だからって、湊くんと話さなくてよくなるわけじゃない」


 その言葉は、不思議なくらいまっすぐだった。


 湊はしばらく黙ったまま歩いた。


「昨日さ」

 と、今度は自分から言う。

「なんか、おまえがずっと女子と話してて」

「うん」

「……取られたみたいで、嫌だった」


 言った瞬間、顔が熱くなる。


 何を言ってるんだ、と思う。

 でも、もう引っ込められなかった。


 紬は足を止めた。


「取られた?」

「そこ笑うなよ」

「笑ってない」

「顔がちょっと笑ってる」

「ちょっとだけ」


 紬は口元を押さえながらも、ちゃんとこっちを見ていた。


「私、誰のものでもないよ」

「知ってる」

「でも」

「でも?」


 紬が少しだけ、やわらかく笑う。


「湊くんがそう思ってくれたの、ちょっとだけうれしい」

「……なんで」

「特別ってことかも、って思ったから」


 またその言葉だ。


 特別。

 秘密。

 名前。


 最近、そういうのばかり増えている気がする。


「大げさだろ」

「そうかな」

「そうだよ」

「でも、私はそう思う」


 紬はそう言って、また歩き出した。


「それに、昨日ほんとは」

「何」

「歓迎会のあと、ちょっとだけ湊くんのこと探した」

「は?」

「でも先に帰っちゃってた」


 湊は思わず立ち止まりそうになった。


「……探した?」

「うん」

「なんで」

「一緒に帰れるかなって思ってたから」

「女子と片づけしてたのに?」

「してたけど、終わったら行こうかなって」


 そんなの、わかるわけがない。


 でも、わかった今は、昨日ひとりで帰った時間が少しだけもったいなく思えた。


「じゃあ、声かけろよ」

「湊くんも、待っててくれたらよかったのに」

「待てるかよ」

「じゃあ、おあいこ」


 紬が笑う。


 湊は少しだけ悔しくなって、でもそれ以上に、変な安心が胸に広がるのを感じていた。


「ねえ」

「何」

「昨日、ほんとにちょっとだけ嫌だった?」

「……ちょっとじゃねえかも」

「へえ」

「へえ、じゃねえよ」

「でも、それならよかった」

「なんでだよ」

「私も、少しだけ同じだったから」


 そう言って紬は前を向く。


 風に揺れた髪のすき間から見えた横顔が、少しだけやわらかかった。


 交差点が近づく。


 別れ道の手前で、紬が立ち止まる。


「今日わかった」

「何が」

「取られた気がするのって、ちょっと苦しいね」

「……そうだな」

「でも、少しだけうれしくもある」

「意味わかんねえ」

「だって、それだけ大事ってことでしょ」

「……」


 言い返せない。


 紬はにこっと笑った。


「じゃあね、湊くん」

「おう」

「明日はちゃんと話そうね」

「毎日話してるだろ」

「昨日は足りなかったから」

「……そうかよ」

「うん」


 紬は満足そうにうなずいて、それから小さく手を振った。


「また明日」

「また明日、紬」


 名前を呼ぶ。

 それだけで、紬が少しだけうれしそうな顔をするのがわかる。


 道の向こうへ走っていくその背中を見送りながら、湊は小さく息を吐いた。


 取られた気がした。

 誰にも取られてなんかいないのに、そう思った。


 たぶんそれは、もうとっくにただのクラスメイトや、ただの隣の席じゃなくなっているからだ。


 春の夕方の風は少しだけ強かったけれど、胸の奥にあったざわざわは、もう昨日ほど嫌なものじゃなかった。

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