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昨日のわたしに、さよならは言わない。  作者: みもざちゃん


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月岡くんとわたし

岩下鈴いわしたすず:社会人1年目のOL。面倒見がよく思いやりがあり、真面目な性格。田舎を飛び出して都会に上京してきた。過去の輝かしい栄光に苦しめられている。

月岡昴つきおかすばる:中途採用されてきた新入社員。イケメンで高身長だが、不器用で仕事ができない。寡黙でシャイだが、誠実で優しい性格。とある過去の記憶を抱えている。

山田真衣やまだまい:鈴の勤め先にいるとても美人な先輩。勤務歴は10年目。基本的には優しいが、ライバルには絶対に勝ちたいという競争心を隠している。上司のお気に入りになることが得意。

川口晴美かわぐちはるみ:鈴の親友。子供の頃からの夢だった教師になり、新任として奮闘している。気配りができて人に寄り添う優しい性格。仕事で悩みを抱えている。

岩下登紀子いわしたときこ:鈴の母親。真面目で家族想い。保育士として働いている。

岩下茂雄いわしたしげお:鈴の父親。お茶目で楽観的な性格。消防士として働いている。

ついに私が『優秀社員』として表彰される日がやってきた。

佐藤係長と大塚課長が朝早くから来てくださり、私は今1人だけ課長の前に立ってお祝いの言葉をもらっている最中だ。朝から周りの社員に「おめでとう」の嵐で私はとても不思議な感覚だった。

「…というわけで、岩下くん。改めて、『優秀社員』認定おめでとう!」

「あ…ありがとうございます。」

私が賞状とご祝儀袋を受け取ると、座っている社員が一斉に立ち上がり、大きな拍手を送ってくれた。

「それじゃあ、せっかくだし岩下くんから一言いただこうじゃないか!」

佐藤係長が嬉しそうに言うので、私は少し困り顔をする。しかし、係長にそう言われたら何も言わないわけにはいかなかった。私がちらっと月岡くんを見ると、彼はクリクリの瞳を輝かせながら私を見つめている。私は余計に胸がドキドキしてきた。

「えっと…本日はお忙しいところ係長と課長に来ていただいて本当にありがとうございます。それに、私のためにこのような会を設けてくださってありがとうございます。1年前の私には、このような『優秀社員』認定をいただけるなんて…夢にも思っていなかったと思います。」

私は入社当時の自分を思い出した。仕事を覚えるまで時間がかかって、落ち込んでいるときに山田先輩がいつも缶コーヒーを持ってきて励ましてくれたのだ。周りの社員にも分からないところを聞いて、呆れられながらも仕事を続けてきたんだ。

「私、社員全員に感謝してるんですけど…特にお礼を言いたい人がいるんです。」

睨みつけるような目で私を見ている山田先輩に、私はゆっくりと視線を送った。

「山田先輩。入社当時から私のことを支えてくださって、私に寄り添ってくださってありがとうございます。何もできない私をいつも見捨てずに笑顔にしてくれたんです。そんな先輩の優しさに、私は何度も心を救われました。山田先輩に出会えて、本当に…心の底から良かったって思っています。」

途中で涙声になりながら言うと、先輩の表情が以前の優しい顔に変わっていった。

「私はこれからも…これからも長く先輩の背中を見ながら仕事がしたいです。正直、まだリーダーを自分が勤められるなんて、そんな自信ないんです。だからこれからも先輩と一緒に…。」

「鈴ちゃん。」

山田先輩が静かに私の名前を呼んだ。口を閉じると、先輩は私の元に近づいてきた。

「鈴ちゃんはもう一人前よ。自信を持っていい。リーダーだってできるわ。月岡くんのこともここまで育ててきたじゃない。あなたには、リーダーの素質がある。」

私が頬に涙を伝わせると、先輩も目を充実させていることに気付いた。

「鈴ちゃん…おめでとう。ありがとね。」

先輩の言葉に社員全員がもう一度大きな拍手を送ってくれた。先輩は私に抱き付いてきた。私は久しぶりに先輩とハグし、胸がいっぱいになった。すると、隣に立っていた大塚課長が嗚咽を漏らす声が聞こえてきた。

「大塚…課長!?大丈夫ですか?」

私が目を丸くすると、課長は涙を手で拭いながらニコッと微笑んだ。

「こういう感動的なシーンに弱いんだよ。歳を取って涙もろくなったみたいだ。君たち2人は最高のコンビだよ。いや…月岡くんも入ればもっと強くなるかな。」

「いえ!弱くなると思います。」

月岡くんが即答したので、ドッと笑いが起きた。場が静まるのを見計らって、私は社員みんなに大きな声で叫んだ。

「今日は私のおごりで食事会しましょうよ!でも、参加したくない人は無理に参加しなくていいですからね。」

私の言葉に社員全員が「やったー!」と大喜びした。佐藤係長と大塚課長は顔を見合わせて驚いている。隣にいる山田先輩も「え?いいの?」と目を丸くしていた。

「我々が言おうとしていたことなのに…。岩下くん、お祝い金を自分のために使うんじゃないのかい?」

佐藤係長が首を傾げる。私は係長を見て、少し苦笑した。

「私が『優秀社員』認定をいただくことができたのはここの社員全員のおかげなので、ご祝儀を私だけで使うのは気が引けてしまって。みんなのために使いたいなと思ったんです。もちろん…少しは自分のためにも使いますけどね。」

「岩下くん…。君は本当に素晴らしい人だよ。」

大塚課長がまた泣き出しそうになった。私が慌てると、山田先輩が大爆笑した。

「もう!課長ったら、どんだけ泣くんですか!私からももちろん、払いますよ。今日は鈴ちゃんのお祝いなんですから、パーッとやっちゃいますよ!」

「おー!山田くん、相変わらずノリがいいね。ぜひ俺も一緒に…。」

ニヤニヤする佐藤係長の肩を大塚課長が強めに叩いた。係長が口を両手で抑えると、課長は満足げに頷いた。

「さあ、みんなで楽しんできておくれ。岩下くんの頑張りと益々の成長を祈って!」


飲み会ではみんなが楽しそうに飲んで食べて盛り上がった。私はいつものように山田先輩と月岡くんと3人で話をしながら過ごした。課長が帰り際に足しにしてと少しお金をくださって、私はありがたくそれを使わせていただいたのだ。飲み会が終わり、私はいつもと変わらず月岡くんと夜道を歩いていた。

「岩下さん。改めておめでとうございました!」

月岡くんがかしこまって私の方を向いた。私は「おめでとう…ございました?」と首を傾げて吹き出した。

「ありがとうございます。月岡くんと出会ってから、なんか私…変わった気がするんだよね。」

「変わった…?」

今度は月岡くんが首を傾げる番だ。私は彼に頷いて、それからゆっくりと夜空を見上げた。

「自分に後輩が付いて、自分が先輩になって…今までと違って自分が教える側になったじゃん?それで私、気持ちが引き締まったんだよね。今まで以上にちゃんと仕事と向き合わないといけない、月岡くんのために自分も成長しないといけないって。」

私は足を止めて、月岡くんに微笑みかけた。

「だからさ、月岡くん。本当にありがとうございます。月岡くんのおかげで私は成長できました。」

するとその瞬間、月岡くんが私のことを優しく抱きしめた。彼の温もりを感じて、私は自然と目を閉じる。

「岩下さん、僕初めてなんです。人の幸せがこんなに自分にとっての幸せになることが。」

彼は私の顔を覗き込んだ。彼の目に光るものが見えて、私は思わず大きな声を出す。

「月岡くん、大丈夫!?」

「岩下さんの頑張りが認められて良かったなって…そう思ってるだけです。」

彼の言葉に私まで涙が出てきそうになる。私は月岡くんから少し離れて、彼の大きな瞳をじっと見つめた。

「私、やっぱり…やっぱり月岡くんが好きなんだよね。」

唖然としている彼に私は話を続ける。

「実は、山田先輩に遠慮してたところがあったんだ。でも、自分の気持ちに素直になれないのは違うなって思ったんだよね。私も月岡くんと長く一緒にいたい…そう感じるんだ。」

「岩下さん…。」

月岡くんは複雑な表情で私の名前を呼んだ。首を傾げると、彼は真剣な眼差しで私を見る。

「僕のこと…弟として好きってことですか?」

「え?」

キョトンとしている私に月岡くんは眉を八の字にして呟いた。

「岩下さん、前に弟みたいに思ってるって…。」

「あ、違う違う!今のはそうじゃない。」

私はそれからはっきりした声で彼に伝えた。

「月岡くんに私と付き合ってほしいの。」

「付き合う?」

ここまで言っても月岡くんはピンと来ていない様子だ。私はズッコケそうになるのをぐっと堪えて、小さく咳払いをした。

「つまり、その…彼氏になってほしいってことだよ。月岡くんって、恋愛アニメとか見たことないの?」

「僕が…い、岩下さんの彼氏に…?」

彼は自分を指差しながら目をまん丸にしている。彼の動揺ぶりに私はだんだん不安になってきた。

「何て言うか…もし月岡くんが良ければ…だけど。」

「すごく…すごく嬉しいです。」

月岡くんの目にはいつの間にか涙が溜まっていた。私が驚くと、彼は手の甲で溢れ出る涙を拭った。

「ありがとうございます、岩下さん。夢みたいな気持ちで…感無量の頂上です。」

「感無量の…頂上!?」

私が思わず吹き出すと、月岡くんもニコッと微笑んだ。月岡くんが私の手を握ってくれて、私もそれを握り返す。私たちはようやくまた足を動かし、それぞれの家に向かって帰っていった。


「すごいじゃない、鈴。『優秀社員』認定なんて、よく頑張ったわね。」

電話越しでも嬉しそうなのが分かる母の声。私はようやく親に自分の成果を報告することができている。

「ありがとう。これからも頑張るよ。」

今日は休日。お家でダラダラ過ごす最高の1日だ。私はいつもよりちょっと遅めに起床し、それから朝食を食べて親に電話を掛けたのだ。

「そう言えば、晴美ちゃんの話聞いた?休職するって。」

心配そうな母の声に私は大きく頷いた。

「うん、聞いたよ。晴美もすごく大変だったみたいだね。」

「そうみたいね…。それで、晴美ちゃんが鈴にとても感謝してるって連絡をくれたのよ。だから鈴が何かしたのかなって気になっちゃって。」

私はベッドに横になって、スマホを持っていない方の腕をゆっくりと伸ばした。

「ううん、特に何も。晴美がちゃんと考えて、自分で決断したんだよ。」

「あら、そうなの?でも…きっと鈴も力になったのよ。晴美ちゃんにとってはね。」

胸がじんわり温かくなって、私は自然と笑顔になった。

「そうかな。それなら良かったけど。」

「ああ!待って、鈴。今日絶対に伝えないといけないことがあったのよ。今思い出したわ!」

いきなり大きい声を出すので、私は思わず鼓膜が破れそうになる。

「テレビ局から、鈴に取材の依頼が来たのよ。ちょうど昨日の夕方に。」

「え!?なんで!?」

私が悲鳴のような声を上げると、母は「うるさいわね…。」と小声で文句を言った。

「鈴の高校時代の話よ。他の高校でも同じような出来事が起きたらしくてね、それで鈴の話もインタビューしたいみたいなのよ。」

「嫌だよ。」

私は即答したが、母は「人の話を最後まで聞きなさい。」と話を続ける。

「鈴の活躍を見たことで、心が動かされて同じような行動を起こしたっていう男子高校生がいるみたいなのよ。その人がテレビ番組に出るから、その時に鈴がサプライズ登場してほしいみたいなの!すごいわよね!?」

黙り込んでいる私に、興奮を抑えられない母は話をさらに続ける。

「その子にとって鈴さんはヒーローのような存在だからぜひ前向きに考えてほしいって、テレビ局の人が言ってたわ。鈴の頑張りが他の人にも良い影響を与えたのね。」

「ごめん…ありがたい話だけど、私には無理。」

私がようやく口を開くと、今度は母が黙ってしまった。

「断っておいてほしい。仕事で忙しいとか、そういう理由で良いから。」

「鈴…どうして嫌なの?」

母の問いかけに私は正直に答えることができなかった。

「とにかく…テレビに出るとかそういうのしたくないから。じゃあ、またね。」

「あ、ちょっと鈴!」

私は強制的に電話を切ってしまった。昔の話が出てくると、私はいつも性格が悪くなってしまう。スマホをテーブルに置いてゆっくりと目を閉じた。高校時代に取材を受けた時の自分の姿がぼんやりと浮かんでくる。私は慌てて目を開いて体を起こした。

するとその時、ドアベルが鳴った。宅配便だろうか。私は適当にカーディガンを羽織って、「はーい。」と返事をしながらドアを開いた。目の前にいたのは…なんと月岡くんではないか!

「え…え?ええー!?」

私が思わず叫ぶと、大きめのパーカーを着た彼は寝癖のついた髪を照れくさそうに掻いた。

「突然…本当にすみません。なんか、岩下さんに会いたくなってしまって。」

しばらく唖然としていたが、私はすぐに自分の顔、髪型、服装全てが休日モードになっているのに気付いた。

「ど、どうしよう…私、こんなすっぴんでダサい格好で髪の毛も終わってるのに…。」

ドアを閉めようとする私を月岡くんは慌てて止めた。

「岩下さん、待って下さい。その…すごく可愛いので大丈夫です。」

彼のストレートな表現にはいつも驚かされる。私が一気に顔を赤くすると、月岡くんが「岩下さん、分かりやすいですね。」といたずらっぽく笑った。するとその時、冷たい風が吹いてきて私たちは身震いしてしまった。

「あ…あのさ、玄関先で話すのもあれだし…。あんまり整理できてないんだけど、良かったら入る?」

「良いんですか!?ありがとうございます。」

月岡くんは丁寧にお辞儀をして、ぎこちない様子で家に入った。

「すごく綺麗ですね。インテリアも統一感があって、本当に素敵なお家ですね。」

彼はキョロキョロしながら私の狭い部屋を絶賛してくれる。私は彼にバレないように慌てて布団を畳んで、「そんなに褒めてくれてありがとね。」と明るい声を出す。

「何か…飲む?お茶でもいい?」

私が聞くと、月岡くんはお礼を言って笑顔で頷いた。私の心臓の鼓動がだんだん強くなっていく。テーブルにお茶を出すと、彼がずっと立ったままでいるのに気付いた。

「あ、あの、全然このクッションの上に座ってもらって良いよ。リラックスしてね。」

「あ…ありがとうございます。」

2人ともいつもより気まずい感じになっている。私は彼の真正面に座って、一口お茶を飲んだ。彼も私に続いてお茶を飲んだ。私は何とかこの空気感を打破したくてたまらなかった。

「あのさ!月岡くんって…結構、積極的なんだね。」

私が突拍子もないことを言うと、彼はキョトンとした。

「積極的…?」

「何て言うか…急に会いたくなってお家に来るってところがね。」

私の言葉に彼は耳を赤くした。

「すみません、迷惑…だったかもしれないですよね。」

「ううん、全然そんなことない!でも…なんで私の部屋番号、知ってたの?」

「前に山田先輩がおっしゃったんです。あの、3人でフレンチを食べた時に。」

「そっか…。先輩は相変わらず口が軽いな。」

苦笑する私に彼はニコッと微笑んだ。

「でも…そのおかげで会いに来ることができて良かったです。」

彼のぱっちり二重の瞳に吸い込まれそうになる。私は自分の体温が上昇していくのを感じて、お茶を一気に飲み干した。

「テレビもないし…ごめんね、特に何もない家で。」

私がもじもじすると、彼は大きくかぶりを振った。

「僕、お家モードの岩下さんが見れて嬉しいです。」

「お家…モード。」

思わず吹き出すと、彼はまた話を続ける。

「いつも会うのは、仕事モードの岩下さんなので。すごく新鮮で、いつもよりも…自然な感じと言うか。」

「たしかに。私たち、まだ2人でお出かけもしたことないもんね。」

そこまで言って、私は我に返った。まだデートと言えることをしていないにも関わらず、最初からお家デート的になっているのは果たしてどうなのだろうか。最初から家に彼氏を入れてしまうって…私は邪なことが頭に浮かんで慌てて首を横に振った。

「岩下さん…どうしたんですか?」

月岡くんが不思議そうに私を見つめる。

「いやいや、別に何でもないよ!特に何も考えてないから大丈夫!」

私が早口で言うと、月岡くんがいきなり立ち上がって私の隣に座ってきた。私が驚いて彼を見ると、彼の耳がさっきよりも真っ赤になっているのに気付いた。

「僕は…考えちゃいます。」

彼は小さな声で呟いて、黙ったままの私の手を優しく握った。私は思わず俯いてしまう。

「岩下さん。」

彼をゆっくりと見上げると、いつの間にか私は彼の腕の中にいた。

「大好きです。」

月岡くんが恥ずかしそうに呟いた。彼の美しい端正な顔立ちが私のすぐ目の前にある。

「私も…私も大好きだよ。」

彼はゆっくりと私に口付けをした。ゆっくりと目を閉じると、自分の高鳴る鼓動を隠しきれなくなりそうだった。月岡くんは唇を離すと、私の頭を撫で始めた。

「岩下さん、また今度お出かけ行きませんか?2人で一緒に。」

私は我に返って、何度も頷いた。彼は嬉しそうに笑って、また私のことを抱きしめる。私は彼の温もりに包まれながら胸がいっぱいに満たされていくのを感じるのだった。


つづく

ご一読いただいてありがとうございました!続きも乞うご期待です♪

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