葛藤とわたし(2)
岩下鈴:社会人1年目のOL。面倒見がよく思いやりがあり、真面目な性格。田舎を飛び出して都会に上京してきた。過去の輝かしい栄光に苦しめられている。
月岡昴:中途採用されてきた新入社員。イケメンで高身長だが、不器用で仕事ができない。寡黙でシャイだが、誠実で優しい性格。とある過去の記憶を抱えている。
山田真衣:鈴の勤め先にいるとても美人な先輩。勤務歴は10年目。基本的には優しいが、ライバルには絶対に勝ちたいという競争心を隠している。上司のお気に入りになることが得意。
川口晴美:鈴の親友。子供の頃からの夢だった教師になり、新任として奮闘している。気配りができて人に寄り添う優しい性格。仕事で悩みを抱えている。
岩下登紀子:鈴の母親。真面目で家族想い。保育士として働いている。
岩下茂雄:鈴の父親。お茶目で楽観的な性格。消防士として働いている。
久々に故郷の近くへ帰ってきた。都会から来ると、改めて田舎であることを感じてしまう。家がポツンとしか建っておらず、あとは田んぼが広がっているのどかな風景が懐かしかった。晴美から送られてきた住所を地図アプリで調べ、私はもう少しで彼女の家に辿り着けそうである。
「晴美…前住んでいた場所から結構離れたところに住んでるんだな。でも…勤務先が変わったわけではなさそうなのにどうしてだろう…。」
私は1人で呟きながら、白で壁一面が塗られたマンションに到着した。私が住んでいるアパートよりもかなり高級感のある建物である。私はエントランスに入ると、彼女の部屋番号を入力して呼び鈴を鳴らした。
「はい、川口です。」
彼女の張りのない声が聞こえてくる。私が「鈴です。」とはっきりした声で言うと、彼女は何も言わずに自動ドアを開けてくれた。私は彼女が住んでいる5階までエレベーターに乗った。
彼女の部屋は1番奥にあった。この階では最も広い部屋なのだろう。私がチャイムを鳴らそうとすると、いきなり扉が開いた。そこにいたのは…やせ細ってすっかり顔がこけている女性だった。
「は…晴美?」
「鈴。わざわざ来てくれてありがとう。狭い家だけど、良かったら入って。」
彼女が笑顔を見せると、彼女の高い頬骨がくっきり見えた。彼女は今にも折れてしまいそうな腕で黒い扉を押さえてくれている。私が「お邪魔します。」と入ると、綺麗で立派なお部屋が目の前に広がった。
「すごい、晴美の家!私のアパートと違って、スペース広いね。」
「そんなことないって。他の人はもっと素敵な家に住んでたりもするんだよ?」
晴美は台所でお茶を用意してくれている。私は座り心地の良いソファに腰を掛け、周りをきょろきょろ見渡した。大きな窓からは田舎ならではの美しい景色を眺めることができる。晴美はコップを1つ持って、私の前に置いて自分もソファに腰を掛けた。
「ありがとう…自分の分は良いの?」
「うん、大丈夫。」
晴美の顔に暗がりが見える。私が改めて部屋を見渡すと、1つの小さな棚の上に大量の薬が置いてあるのに気付いた。私はコップに手を掛けながら、思わず聞いてしまった。
「晴美…どこか体調悪い?心配になるほど痩せてるし…もしかして何かの病気なの?」
彼女は俯いて黙り込んでしまった。私はそう言ってから慌てて頭を下げる。
「ごめん、私急に踏み込んだことを聞いちゃったね。私、社会人になってから晴美のこと…全然気にかけてあげてなかったくせに、私がこんなこと聞くなんて都合良すぎるよね。」
「ううん、そんなことない!」
晴美が大きく首を横に振った。
「だって鈴は上京して社会人になって、毎日とっても忙しかったんでしょ?新しい環境で一人暮らしして働くなんて、今でも本当に大変だと思うし…。」
「違うの、晴美。私ね、社会人になってから晴美のこと避けてたんだ。」
私の言葉に彼女はつぶらな瞳を大きくした。私は真剣な顔で話を続ける。
「晴美は何も悪くないの…私がただひねくれものなだけなんだ。小学生の頃から一緒に目指してきた夢を晴美は叶えた。それなのに…それなのに、私は途中で諦めてしまった。上京するのを決めたのも、晴美から離れたかったからかもしれない。叶えたかった夢とは全く違う道を選んだ…そんな自分に大きな負い目を感じながら生きてるの。」
「鈴…。」
晴美は目に涙を浮かべながら私の話に耳を傾けている。
「私はずーっと、晴美は自分の夢だった教師になれて上手く過ごしているんだろうと疑いもしなかった。私は会社員になって、上手くいかないことだらけで苦しいけど…でも、晴美は違うんだろうなって。」
私の言葉に彼女はかぶりを振った。彼女の目から大粒の涙がテーブルにこぼれ落ちていく。
「私も同じだった、鈴と同じだったんだよ。全然上手くいかなくて、1人でずっともがいて生きてきた。」
私が床に置いてあった箱ティッシュを渡すと、彼女は鼻をかんで充血した目で私を見つめた。
「自分が幼い頃から目指してきた職業なのに、仕事に嫌気がさすことが増えて自分自身が嫌になるの。辞めたいって何百回も思った。でも、自分で選んだ道なのにそんなことしたらダメだって自分に言い聞かせて過ごしてるの。そうやって毎日生きてるんだよ。」
彼女の抱える苦しみを痛い程感じた。私は彼女の背中を擦って「そうだったんだね…。」と俯いた。
「そしたらもう…いつからか何も食べれなくなった。眠ることもできなくなった。朝も起きれなくて、最近無断欠勤してしまったの。学校から電話もメールも来てるのに、全く反応できなくて。自分で買ってきた市販の薬を飲んで何とかしようとしてるんだけど…どうにもならないんだ。」
「ダメだよ、そんなの絶対ダメだよ!」
私は目を丸くして、彼女に叫んでしまった。彼女は涙でびしょびしょになった顔で私の方を向いた。
「ちゃんと病院に行って相談しないと。食べれないのも、眠れないのも、心に限界が来てるからなんだよ。専門家にしっかり話して治療しないとダメだって。」
「嫌だ…私に治療なんて要らない。」
晴美は何かに怯えているような声を出した。
「もし治ったら、私はまた働かないといけなくなるでしょ?そんなの絶対に嫌なの!」
「晴美…落ち着いて聞いて。正直に言うけど、晴美がどんな仕事をしようがしまいが、そんなのはもうどうでもいいんだよ。」
彼女が唖然としているので、私はさらに話を続ける。
「私が言いたいのは、要するに、晴美には健康第一で生きていてほしいってことなの。」
私の言葉に彼女はハッとしたような表情をした。
「健康っていうのは体だけじゃなくて心の状況も指すの。受け入れるまで時間はかかると思うけど、休む時間だって必要なんだよ。これから教師を続けても続けなくても、どちらにせよ今は絶対に休んだ方がいい。晴美にとって、心も体も休めないといけないそういう時期なんだよ。」
「でも…休むなんて…そんなことしたら…。」
晴美がしゃくり上げながら言うので、私は彼女の手を取って真っ直ぐに彼女を見つめた。
「少しくらい休んだって良いの。だって、晴美は今までずっと頑張ってきたじゃん。私は小学生の頃から晴美の頑張りを知ってるんだよ。」
「鈴…。」
晴美は嗚咽を漏らしながら私に抱き付いた。私も彼女につられて涙が溢れ出てくる。私が大学4年生の時に教師じゃない道を選ぶと決めた時、彼女が泣いていた私にハグして励ましてくれたことをふと思い出した。
「ありがとうね、鈴。」
私の手を強く握りしめながら彼女は私に微笑んだ。彼女の顔つきがさっきよりもしっかりしたように感じる。
「私、明日病院に行って学校にも連絡してみる。自分でもどこかで感じてたんだけど、どうしても自分が許せなくて休むことをためらってたみたい。でも…鈴のおかげで未来の自分のために今は休もうと思えたよ。」
私が笑顔で頷くと、晴美もニコッと微笑んだ。
「鈴のこと、本当に尊敬してるよ。だから鈴にも、自分に誇りを持って働いてほしい。昔、鈴が頑張ってきたことは必ず今に繋がってるはずだから。」
「うん…ありがとう、晴美。」
彼女の言葉が胸に染みて、私は泣きそうになるのをぐっと堪えた。
晴美と夕方までたわいのない話をしてから、私は日帰りで家に帰ってきた。本当は実家にも顔を出したかったが、今帰っても私は何も話せないだろうと思って直帰してしまった。アパートに戻る前に買い物をしないといけないことに気付き、方向転換してスーパーに寄ることにした。
店内に入るとすぐ、見覚えのある男性と女性が目に入った。私は反射的に彼らから距離を取り、遠くから眺めることにする。片方は恐らく月岡くんであるが、隣にいるボブの女性は一体誰だろう…。2人は仲良さげに一緒に食材を選んでいる。私は自分の買い物をしつつ、2人から目を離さないように歩いた。
「私、嬉しいわ。月岡くんと一緒にやっと夜ご飯が食べれるなんて。」
聞き覚えのある女性の声だ。その瞬間、私は彼女の正体がはっきり分かってしまった。
「また誘っていただいてありがとうございます。でも…先輩の家にお邪魔するなんて迷惑じゃないかと思うんですけど…。」
「迷惑じゃないわ。いつも1人だし、毎日来てくれてもいいのよ。お互い独り身だし。」
恐らく山田先輩は長い髪を短く切ったのだろう。私はだんだん2人を見ているのが苦しくなってきた。そそくさとレジに向かい、この場を去ることにする。いつもより買う量が少なくなってしまったが、そんなのはもうどうでもよかった。会計を済まして足早に出口に向かうと、後ろから名前を呼ばれた。
「岩下さん、岩下さん!」
私は気付いていないフリをして歩き続ける。それでも、月岡くんは私の目の前に来てしまった。
「つ…月岡くん。」
私が下を向いたまま呟くと、彼の横に山田先輩までやって来た。
「岩下さん、絶対に聞こえてたのになんで振り向かなかったんですか?」
月岡くんが怒った顔をして私を見つめる。私がちらっと山田先輩の方を見ると、彼女は相変わらず冷たい目線を送ってきている。
「聞こえてなかったの、ついさっきまで音楽聞いてたから…。じゃあ、私はこれで。」
「待ってください。山田先輩、岩下さんも一緒に夜ご飯食べるのはどうですか?」
月岡くんの提案に私は頭を抱えてしまう。山田先輩がしかめっ面で私を見るが、月岡くんは全く気付いていない。私は小さく首を横に振ったが、先輩は何を思ったのかにっこり微笑んだ。
「もちろん良いわよ。3人で食べた方がきっと楽しいわ。鈴ちゃん、一緒に来てちょうだい。」
「あ…じゃあ、そうします。」
こうして仕方なく私は山田先輩の家に行くことになってしまった。山田先輩は晴美の家のような立派なマンションに住んでいて、家の中もおしゃれで素敵だった。私と月岡くんがきょろきょろしていると、先輩は得意げに家の中を案内し始めた。
「照明にもこだわって部屋のデザインを考えたの。窓からは綺麗な夜景が見えるし、インテリアには大理石を使ってラグジュアリーにしてみたわ。どうかしら?」
「すごく…綺麗なお家ですね。」
私の言葉に先輩は聞く耳を持たず、月岡くんの反応に目を向けている。
「わあ、なんかホテルみたいな部屋ですね。」
「ホテル…?」
月岡くんの意外な発言に私は冷や冷やしてしまう。先輩が苦笑しているのに、彼はまだ話を続ける。
「アットホームな空間というより、アットホテルな空間ってことです。」
「月岡くん…!何言ってるの!?」
私が小声で囁くと、彼はキョトンとして私を見つめた。山田先輩は「ありがとう。」とお礼を言って、すぐにキッチンに向かった。
「さあさあ、今日の夜ご飯はフレンチ一択よ。グレープフルーツとタコのマリネとじゃがいもポタージュ、桃のソルベ、それに牛フィレステーキワイン仕立てを作っちゃうわね。月岡くん、手伝ってくれない?」
「はい、もちろんです。岩下さんも一緒に…。」
月岡くんがやる気満々に腕をまくると、山田先輩が首を横に振った。
「鈴ちゃんはソファで休んでていいわ。私と月岡くんで準備するから。」
「なんでですか?3人でやった方が早いと思うんですけど。」
口を尖らせる月岡くんの頭を先輩は軽く叩いた。
「もーう!先輩の言うことを聞きなさい。可愛いからって何でも許されるわけじゃないのよ~!」
「月岡くん、私はいいから2人でお願いします。」
私が静かにつぶやくと、彼は不思議そうな顔で私を見つめる。しかし、先輩に腕を引っ張られてキッチンへ連れて行かれた。私は居心地が悪くてたまらない。早く自分の家に帰りたくなる。しばらくしても2人がキッチンから戻ってくる気配がない。私は疲れが溜まっていたからか、いつの間にか眠りについてしまった。
「お願い、月岡くん。私と一緒にいて…?」
朧げな意識の中で山田先輩の甘い声が聞こえてくる。
「山田先輩とはいつも会社で一緒にいますよ。」
月岡くんがそう言うと、山田先輩が「そうじゃなくて…。」と小さく呟いた。
「私と付き合ってほしいの。私は月岡くんと恋人になりたいってずっと思ってたのよ。」
「え…!?山田先輩が僕と…ですか?」
今までに聞いたことがない程、月岡くんが動揺しているようだ。すると、ソファに人が倒れ込む音が聞こえた。
「山田…先輩?」
「私は絶対に後悔させないわ。岩下さんとじゃなくて、私と一緒にいましょう?」
このままでは先輩のペースに月岡くんが流されてしまうかもしれない。私の心臓の鼓動がだんだん速くなっていくのを感じる。
「ごめんなさい、山田先輩。僕は恋人になれません。」
月岡くんのはっきりした声に山田先輩は何も言わなくなった。私がゆっくりと目を開けると、先輩が気まずそうな表情で突っ立っているのが見える。
「あら、岩下さん。ようやく目を覚ましたのね。」
先輩と思わず目が合ってしまい、私は勢いよく体を起こした。
「すみません…あの、いつの間にか寝てしまいました。せっかく作っていただいてたのに。」
私が慌てて謝罪すると、山田先輩はいたずらっぽく笑った。
「もう全部食べちゃったわよ。鈴ちゃんの分、月岡くんが残さないで食べつくしちゃって。」
「食べてません!ちゃんと残してます。だって岩下さん…いつもより疲れてたみたいなので。」
月岡くんの言葉に私は目を丸くした。山田先輩も驚いた様子で彼の横顔を見つめる。私がゆっくりと立ち上がると、山田先輩が「キッチンから鈴ちゃんの分の料理取ってくるね。」とそそくさとその場を去った。
私が月岡くんの方をちらっと見ると、彼は心配そうに私に目を向けている。
「岩下さん、大丈夫ですか?だいぶ疲れてるんじゃないですか?」
「ううん、全然大丈夫だよ。急に寝てしまって…私、何やってるんだろうな…。」
小さくため息をつくと、彼は勢いよく頭を下げた。
「すみません…!本当は休みたかったのに無理矢理誘ってしまったかなと思いまして。」
「月岡くん。来るって決めたのは私なんだから良いんだよ。気にしないで。」
私の言葉に月岡くんは少し安心したような表情になった。すると山田先輩が私の料理をお盆に乗せて持ってきてくれた。
「お待たせ!どうぞ召し上がれ。」
本格的なフレンチに私は舌鼓を打った。山田先輩は自慢気に自分の料理のポイントを伝えてくる。
「これは月岡くんと一緒に焼いた牛フィレステーキ。月岡くん、包丁持ったら危なくて私が教えながら切ったのよ。どう?美味しいでしょ?」
「あ…はい。美味…しいです。」
私は苦笑しながらも全て完食することができた。私が食器を運ぼうとすると、山田先輩が手で制した。
「鈴ちゃんはもう帰っていいわ。眠そうだからお家でゆっくり休んでね。」
「いえ、後片付けくらいはさせてもらわないと…。」
「大丈夫。気持ちだけ受け取っとくわ。」」
彼女のかたくなな態度に私は引き下がることにした。
「じゃあ…岩下さん、また明日ですね!おやすみなさい。」
月岡くんがニコッと笑って丁寧なお辞儀をした。私は2人に挨拶して、1人で先輩の家を後にした。
家までとぼとぼ歩いていると、なぜか涙が溢れてきた。一瞬足を止めて後ろを振り向いたが、すぐに前を向き直す。月岡くんを1人、山田先輩の家に置いてきてしまった。私はまた小さなため息をついて涙を手で拭うことしかできなかった。10分程歩いていると、後ろから小さな足音が聞こえてくる気がした。外套の少ない夜道、私は恐る恐る後ろを振り返る。
「岩下さーーーん!!!」
誰かが私の名前を叫んでいる。誰かが私に向かって勢いよく走ってきている。私は恐怖を覚え、慌てて走り出した。名前まで知ってるなんて、ストーカーかもしれない。
「待ってください!なんで逃げるんですかー!?」
あっという間に追いつかれ、私は足を止めて肩で息をする。走ってきた人は少し息を上げながら、私に話しかける。
「僕です、月岡です。」
「…え!?」
私が驚いて顔を上げると、そこにはさっきまで一緒にいた月岡くんがいた。
「なんで?山田先輩といたんじゃ…?」
「いえ、後片付けをささっと済ませて帰ってきました。」
月岡くんが目を輝かせながら話すので、私は首を傾げた。
「そんな嬉しそうで…どうしたの?」
「嬉しいんです。岩下さんに追いついて。」
彼は即答する。私が目を丸くすると、彼は私の手を優しく握りしめた。
「僕、できるだけ長く岩下さんと一緒にいたいので。」
私の目から涙の粒が零れ落ちる。私は思わず彼を抱きしめてしまった。
「岩下…さん?」
「あ…い、いや…その…。」
私は我に返って慌てて彼から離れようとする。しかし、月岡くんは私のことを強く引き寄せた。
「さっき山田先輩に3回ほど言われました。付き合ってほしいって。でも、断りました。僕には他に特別な存在がいるからって謝りました。」
「山田先輩…怒ってたんじゃない?」
私が彼の胸の中で呟くと、彼は私をゆっくり離してニコッと笑った。
「怒ってました。岩下さんでしょってバレバレでしたし。でも、大丈夫ですよ。ちゃんと僕の気持ちを分かってくれました。」
「そう…なんだ。」
山田先輩がそんな簡単な人ではないと私は知っている。でも、それを今言ってもどうしようもないように感じた。月岡くんは私の涙を手で拭って、私の頭を撫でた。
「一緒に帰りましょう、岩下さん。」
彼の純粋な笑顔に私は胸がドキドキする。私が小さく頷くと、彼は嬉しそうに歩き出した。
「あの…フレンチって何なんですか?」
「え…?」
想定外の質問にキョトンとすると、彼は真剣な顔で話を続ける。
「どこの料理なんですか?なんか…あんまり食べたことのない料理だらけだったんですけど…。」
「どこって言うのは…どこの国かってこと?」
私は目を点にすると、彼の頭の上にいつものようにクエスチョンマークが浮かんでいるのを感じた。
「はい。日本の料理って感じがしなくて。」
「フランスでしょ、フランス!」
私が我慢できずに吹き出すと、彼は「あー!なるほど!」と大きな声を出した。
「そっか…だからフレンチ…なのか。」
「イタリアンとか知らないの?」
笑いながら尋ねる私に彼は「あ…もしかしてイタリアの料理ってことですか?」と呟いた。
こんなどうでもいいような話をしていても、時間があっという間で楽しくてたまらなかった。私は彼の整った横顔もあどけなく笑う表情も、どの場面を切り取っても美しく感じていた。
つづく
ご一読いただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに♪




