表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
昨日のわたしに、さよならは言わない。  作者: みもざちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/10

葛藤とわたし

岩下鈴いわしたすず:社会人1年目のOL。面倒見がよく思いやりがあり、真面目な性格。田舎を飛び出して都会に上京してきた。過去の輝かしい栄光に苦しめられている。

月岡昴つきおかすばる:中途採用されてきた新入社員。イケメンで高身長だが、不器用で仕事ができない。寡黙でシャイだが、誠実で優しい性格。とある過去の記憶を抱えている。

山田真衣やまだまい:鈴の勤め先にいるとても美人な先輩。勤務歴は10年目。基本的には優しいが、ライバルには絶対に勝ちたいという競争心を隠している。上司のお気に入りになることが得意。

川口晴美かわぐちはるみ:鈴の親友。子供の頃からの夢だった教師になり、新任として奮闘している。気配りができて人に寄り添う優しい性格。仕事で悩みを抱えている。

岩下登紀子いわしたときこ:鈴の母親。真面目で家族想い。保育士として働いている。

岩下茂雄いわしたしげお:鈴の父親。お茶目で楽観的な性格。消防士として働いている。

社員旅行が終わり、いつも通りの日常が戻ってきた。山田先輩との仲は深まったものの、月岡くんとの関係は微妙な感じになってしまった気がする。

今日も変わらず仕事をこなし、いつの間にか夕方になっていた。私が閉め作業をして、月岡くんが掃除をする。この2人だけの時間が私にとってはかなり気まずい状況なのである。

ー「岩下さんだから…言ったんです。」

あの時、月岡くんに言われた言葉がずっと脳裏に焼き付いて消えない。月岡くんはその後も何か言いかけたが、山田先輩が部屋に帰ってきて、それっきりになってしまった。それから私は彼と仕事以外の話をしていない。

「岩下さん、お疲れ様です。今日もミスしてしまってすみませんでした…。」

月岡くんの静かな声に私は慌てて首を横に振る。

「今日の件は仕方がないよ。お客様の要望が複雑だったから難しかったと思う。あんまり気にしないで。」

「ありがとうございます。でも、僕はいつまで経っても成長できていないように感じます。」

珍しく月岡くんが悲観的な言葉を放った。ほうきで床を掃き続ける彼の背中がとても小さく感じる。

「岩下さんを始め、他の社員さんも色々と丁寧に教えてくださるのに…僕は頭で理解しても上手くこなすことができない。自分がとても情けないです。もっと頑張らないといけないですね。」

「そんなことないよ。月岡くんはいつも頑張ってる。自分ではあんまり思えないのかもしれないけど、少しずつ成長してるんだよ。前よりも仕事できるようになってるじゃん。凄いと思うよ。」

私が明るく言うと、彼はゆっくりとこちらを振り向いた。彼の頬に一粒、また一粒と涙が伝っている。予想外のことに私は驚いて彼の元に駆け寄った。

「月岡くん。私たちの教え方に問題があるのかもしれないし、そんなに自分を責めないで。人それぞれ仕事を覚えるためのペースがあるんだよ。人と比べなくていいの。」

私がゆっくり背中を擦ると、彼は恥ずかしそうに手の甲で涙を拭いた。

「なんか突然…思い出しちゃったんです。僕、幼い頃から人より覚えが遅くていつも怒鳴られて生きてきたんです。親にも見捨てられたし、兄弟にも見捨てられた。自分はなんでいつもこうなんだってずっと感じてて。」

月岡くんの告白に私は目を丸くした。親にも兄弟にも見捨てられた…?彼はしゃくり上げながらも話を続ける。

「僕、誰の期待にも応えられないんです。あんなに一生懸命教えても無駄だったって思われるばっかりで。前の職場でも家族に言われたことと同じことを言われたんです。」

「同じ…こと?」

私が背中に手を当てたまま彼の顔を覗き込むと、彼はゆっくりと口を開いた。

「お前がこの世に生まれた意味なんてないって。」

彼の言葉に私は唖然としてしまった。私は彼の背中に置いた手を離し、ぎゅっと拳を握った。

「何それ…酷すぎるよ。」

身体中に震えが走るほど怒りが込み上げてきた。彼はキョトンとした顔で私を見つめている。

「そんな言葉、真に受けなくていいの。月岡くんがいてくれて私はすごく助かってるし、月岡くんと出会えて良かったって心から思ってるよ。だから…たとえどんなに仕事ができなくても、覚えるのが人より遅いとしても、私にとって月岡くんは…。」

ここまで言って、私はようやく覚悟を決めた。

「大切な人なんだよ。」

その瞬間、私はもう月岡くんの腕の中にいた。彼の心臓の鼓動がはっきりと聞こえてくる。

「岩下さん。」

彼は涙声で私の名前を呼んだ。私は頭の中を全く整理できないまま、「どうしたの…?」と尋ねる。

「僕、岩下さんとずっと一緒にいたいです。こんな気持ち初めてで…上手く表現できないんですけど。」

私を腕から離し、月岡くんは私の両手を強く握った。私は彼の端正な顔立ちをゆっくりと見上げる。

「この前の旅行の時にもちゃんと言えなくて…。こういうのって何て言えばいいんですかね。僕にとって岩下さんは…ジュウガツザクラなんです。」

「ジュウガツ…ザクラ?」

私が首を傾げると、彼は慌てて頭を掻いた。

「前に飲み会の場でお話したんですけど…岩下さん、覚えてますか?」

「ああ…たしか、月岡くんが愛してやまない桜だよね?それを見るために兵庫の大学に行ったって…。」

私は自分で言いながらハッとしてしまった。彼も何かに気付いたようで、「あ!」と大きな声を出す。

「愛してやまないか…!僕は岩下さんのことを愛してやまない、ということですね!」

月岡くんが嬉しそうに言うので、私は顔を両手で覆ってしまった。

「岩下さん、どうしました…?耳が赤いですし、体調でも悪いんですか?」

「違う違う!そういうことじゃなくて…!だからその…要するに、照れてるだけ。」

私の言葉に月岡くんは動揺を隠しきれない様子だ。

「私だって月岡くんのこと…愛してやまないよ。」

追い打ちをかけるように話すと、彼は大きい目をさらにまん丸にして私を見る。彼の頬が赤くなっていくのに気付き、私は吹き出した。

「分かりやすいなぁ、月岡くん。すぐに顔が赤くなってるよ。」

「そ…そんなことないです。岩下さんだって、耳赤くなってたじゃないですか…!」

口を尖らせる彼の表情があどけなくて、私の胸の鼓動が一気に速くなる。それから私は夢見心地で彼と一緒に家まで帰った。


こんなロマンチックな展開があったにも関わらず、翌日以降私たちに大きな変化はなかった。仕事中はもちろんだが、仕事が終わった後も以前と変わらずただ一緒にいてとりとめのない会話をするだけである。

あの日から1週間が経った頃、佐藤係長と大塚課長が急遽来ることになった。山田先輩がいつものように2人の対応をしてくれていると、大塚課長が私の席にやってきた。

「岩下くん。」

恐る恐る振り向くと、彼は意外にも私に大きな拍手を送った。その瞬間、社員全員からの視線を感じる。

「おめでとう。岩下くんが担当してくれた多くのお客様が『対応が素晴らしかった』と喜びの声を寄せてくれてるんだ。そこで我々から、この支社から初の『優秀社員』として表彰させてほしいんだよ。」

「え…私が…?」

「おめでとうございます!岩下さん。」

月岡くんが勢いよく立ち上がって叫んだ。彼の椅子がガタンと倒れて、社員のみんなはクスクス笑っている。私はまだ実感が湧かず、思わず山田先輩に目を向けた。彼女は唖然として私を見ている様子だった。

「あの…ありがとうございます。すごく光栄です。周りの人たちのおかげなので、今後も頑張ります…!」

私がお辞儀をすると、佐藤係長が私の肩に手を置いた。

「岩本くんは本当に謙虚だな。君が頑張ったんだよ。これからはここのリーダーとして仕事をしておくれ。」

「リ…リーダー?」

動揺を隠しきれないでいると、山田先輩が彼の元に歩み寄った。

「でも待ってくださいよ、係長。私が今、リーダーの見習いとしてやらせていただいているので…。」

「山田くんはもう十分だろう。」

大塚課長の言葉に山田先輩の顔が一気に青ざめる。

「もう…十分…ですか?」

「ああ。君はリーダーじゃなく、普通に働く方が向いていそうだ。性格的にな。」

私は何か言いかけたが、山田先輩が今までにない恐ろしい目で睨んだので何も言えなかった。社員のみんなはまるで私たちの会話が聞こえていないかのように仕事に戻っている。山田先輩が黙り込むと、佐藤係長と大塚課長はそそくさとオフィスを後にした。

私は山田先輩と2人で突っ立っている。彼女の横顔をちらっと見たが、とんでもなく気まずい状況だった。

「山田先輩…あの…。」

沈黙に耐えきれず話しかけると、彼女は私の顔に見向きもせずに小声で囁いた。

「許さないから。」

「え…?」

私が目を丸くすると、彼女は血走った目で私を見た。

「あなたがここのリーダーの座を奪うのも…月岡くんを奪うのもね。」

彼女の言葉に私はハッとした。先輩はそれだけ言い残し、自分の席に戻っていく。私は力なく自分の椅子に座ってパソコンに向き合ったが、頭の整理がつかないままだった。

今日はいつもよりも仕事に身が入らなかった。私は急いで帰りの準備をし、オフィスの外に出る。

「岩下さん!」

もう帰ったはずの月岡くんの声が聞こえた。振り向くと、そこには全力疾走でこちらに向かってくる彼の姿が見えた。彼の迫力ある姿に私も思わず走ってしまう。

「ちょっと待って下さい!なんで逃げるんですかー!?」

月岡くんの声に私はハッとして走るのをやめた。私は肩で息をしながら、彼の元に歩いて行った。

「ごめん…なんか、ぶつかって来そうな勢いだったからつい…。」

月岡くんも肩で息をしていたが、すぐに息を整えて口を開いた。

「いえいえ、こちらこそ驚かせてすみません。僕、一回家に帰ったんですけど、岩下さんのことが気にかかっちゃって戻ってきたんです。」

「そうなの?わざわざ戻ってきてくれたんだ…。」

私が申し訳なさそうにすると、彼がいきなり私の手を握った。

「岩下さん。僕…お互いに支え合えるような関係になりたいんです。」

月岡くんは私の手をさらに強く握りしめる。

「今日表彰されることが決まったのに、元気ないですよね?何かあったら、僕には伝えて欲しいんです。」

山田先輩の言葉が頭によぎる。私は彼を直視できずに俯いてしまう。

「今までの岩下さんの頑張りが認められたのに、どうしてそんなに落ち込んでるんですか?」

私は彼に全てを話したくなった。山田先輩に言われたことを全部吐き出したかった。でも…私は分かっていた。それはできないということを。

「ごめんね…月岡くん。」

彼の大きな手を私は握り返すことができなかった。

「私、やっぱり…やっぱり月岡くんのこと好きじゃなかったんだ。」

私の言葉に彼は目を丸くした。それでも彼は私の手を放してくれない。

「後輩として、弟みたいに思ってたみたいなの。だから…兄弟愛みたいなのを感じていただけで…。」

「本当…ですか?」

彼はゆっくりと自分の顔を私に近づけた。また胸の鼓動が一気に速くなる。月岡くんは手を私の腰に回してぎゅっと引き寄せた。

「僕のこと、弟だって思うんですか…?」

私は彼の透き通った瞳にだんだん吸い込まれていく。何も言えないでいる私に彼は優しく口付けをした。こんな道端で誰が見ているのか分からない。私が離れようとしても彼は私を引き寄せたままだ。

ようやく彼の唇が離れた。彼は顔を真っ赤にしながらじっと私を見つめてくる。

「あの、突然すみません…。でも、岩下さんの本当の気持ちを確かめたくて。」

「と…突然キスされたら…きっと誰にでもドキドキしちゃうよ…。」

私が目を合わせられないでいると、月岡くんは「誰にでも!?」と目を細めた。

「じゃあ岩下さんは、顔見知りの人なら誰でも良いってことですか?」

「違う、違うって!そんなことないよ。誰でも良いなんてそんな…。」

「それなら、誰にでもドキドキじゃないはずです。」

私はすっかり月岡くんに論破されてしまった。気恥ずかしくて私はゆっくりと歩き始める。月岡くんも慌てて私に付いてきた。

「でも私…月岡くんとは付き合えないよ。前の関係に戻ろう。」

私の頭にはどうしても山田先輩の言葉がくっついて離れない。私が小声で呟くと、彼は首を傾げた。

「なんでですか?そもそもまだ付き合ってから何もしてないというか…。」

「その…何て言うか、月岡くんにはもっと良い人がいると思うんだよね。私よりももっと良い人が。」

何とかして私は嫌われなくてはならない。黙ったままの月岡くんに私はさらに話を続ける。

「あとは、仕事に集中したいなって考えたの。私はまだまだだから、恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないって思い直したんだ。自分の…成長のためにね。」

「岩下さんよりもっと良い人って、例えばどういう人ですか?」

月岡くんが意外なところに突っかかってくるので、私は動揺しがらも何とか答える。

「そりゃあ…いっぱいいるよ。美人で仕事できる人とか、前向きで明るい人とか。柔軟性があって誰とでも仲良くできる人とかも当てはまるし。」

「うーん、僕にはそういう人たちは合わないです。」

彼が即答したので、私はそれ以上何も言えなくなった。

「あと…岩下さんは今、仕事に集中できてないんですか?」

彼はさらに質問を続ける。私は少し考え込んだ後に大きく頷いた。

「集中…できてないよ。だって、なんか月岡くんとのことに気を取られてふわふわしてるもん。」

「そうなんですね。それでも『優秀社員』になれたんですか?」

月岡くんがこんなに強気で話してくるのは初めてだ。私が彼の目を見ると、彼の瞳にメラメラと炎が上がっているようなそんな気がしてならなかった。私はまた彼から目線を外し、俯きながら話した。

「それは偶然。別にそれを狙ってたわけじゃない。私はただいつも通り仕事してただけだから、大したことじゃないよ。」

「いつも通り…仕事できてたんですね。」

私がしまったという顔をすると、彼は怪訝そうな顔で覗き込んできた。

「岩下さん、嘘ついてますね。」

「嘘…じゃないよ。」

「それは嘘の嘘ですね?」

「違うよ。そんなんじゃなくて…。」

「あ!それは嘘の嘘の嘘ですよね?」

彼の発言に私は眉間にしわを寄せた。月岡くんは自分で言い出したのに「嘘の嘘の…うん?」と混乱している。私はそんな彼の様子を見て思わず吹き出した。

「そこ、そんなに重要なところじゃないでしょ?まったくもう…何言ってるの。」

「笑わないでくださいよ。僕は至って真剣に話してるんですから。」

私は彼の真面目な顔にさらに笑いが込み上げてきてしまう。すると彼は怒らずにニコッと微笑んだ。

「でも、嬉しいです。岩下さんが笑ってくれて。」

月岡くんの優しさが胸に染みて涙が零れそうになった。私がお礼を言うと、月岡くんは急に淋しそうな表情をした。

「僕は岩下さんと今の関係でいたいです。僕にとってすごく特別な存在だから、以前には戻れないんです。」

私も今のままでいたい。でも、私の頭の中にはどうしても山田先輩の恐ろしい顔がずっと残っている。彼女が何か行動する前に私は月岡くんとの関係を終わらせなければならないのだ。

「ごめん、月岡くん。ちょっと…時間が欲しいな。考えさせて欲しい。」

小声で呟くと、月岡くんはパッと顔を明るくした。

「もちろんです。僕は先輩が考えを整理できるまでずっと待ってます。でも…。」

私たちはもうそれぞれのアパートの前に着いていた。月岡くんはまたゆっくりと近づいて、私をぎゅっと抱きしめた。彼の温もりが私の身体を全て包み込んでくれる。

「もう一回だけ…良いですか?」

彼が虚ろな瞳で私に問いかける。私が何も言わなくても、いつの間にか彼と私の唇は重なっていた。月岡くんの手が私の頬に優しく触れた。私は自分の胸の高まりが彼にバレてしまいそうで怖くなる。

月岡くんは唇を離して私をじっと見つめた。私が見上げていると、彼は微笑んで私の頭を撫でた。

「岩下さん、可愛いですね。僕のわがまま聞いてくれてありがとうございます。」

私の顔が一気に赤くなるのを感じる。彼はそれだけ言うと、速やかにアパートに入ってしまった。私はしばらくその場に突っ立っていたが、自分の家に帰って行った。


ベッドに横になっても、私はなかなか寝付けなかった。食欲もなく、いつもより早い時間に寝ることにしたのだが、頭の中で色々なことがぐるぐる回っていて全く休まらなかった。

山田先輩とはせっかく社員旅行でも仲良くなって、月岡くんと私と彼女3人の強い絆が生まれたと勝手に思っていたのに…。彼女はやっぱり自分が1番じゃないと気が済まないのだろう。今後は私を蹴落としにくるに違いない。あんなのは大人の仲良しごっこに過ぎなかったんだ。それに本当は『優秀社員』に選ばれたことを心から喜びたかった。お母さんにもお父さんにも報告したかった。だけど…今はそれどころじゃないのだ。

私の唇には月岡くんの温もりがまだ残っている。彼の淋しそうな顔が脳裏に焼き付いて消えない。彼の温もりを感じるたびに私の胸がぎゅっと締め付けられる。優しくて温かい気持ちでいっぱいになるんだ。

「本当は…本当は私だって…。」

独り言を呟きながら私の頬に涙が伝った。慌てて手の甲で拭っても、涙が溢れて止まらない。

するとその時、スマホが鳴った。誰かからの電話である。ぼやけた視界でスマホ画面を見ると、そこには『川口晴美』と表示されていた。今は話せる状況じゃない。私はスマホをテーブルに戻し、電話が切れるのを待った。ようやく切れたと思いきや、また彼女からの着信が来た。控えめな性格の彼女が連続で電話を続けるとはかなり珍しい。私は不思議に思い、今度は電話を取ることにした。

「もしもし…?さっきは出れなくてごめん…。」

「鈴…どうしよう。私、もうダメかもしれない。」

晴美の沈んだ声に私は目を丸くする。

「どうしたの?何があったの?」

その瞬間、彼女の嗚咽が電話越しに聞こえてきた。私はさらに目を丸くして、「晴美!?」と名前を呼ぶ。しばらくして彼女はやっと声を出せるようになった。

「私…教師になんてならなきゃ良かった。」

「え?そんな…どうして?」

晴美はまたしゃくり上げて黙り込んでしまう。

「だって、晴美の小学生からの夢だったでしょ?教師になれてすごく嬉しそうだったし…。」

「それは…それは今の私じゃないの。」

彼女は涙声でそう言った。私は以前自分が同じようなことを月岡くんに言ったのを思い出した。

「やってみたら…全然ダメなの。何もかも上手くいかなくて、もう消えたい。」

「晴美…消えたいなんてそんなこと…。」

「もう限界なんだ、私。耐えられなくなっちゃった。」

「待って!お願い、私と…私と会ってくれない?」

私が大きな声で叫ぶと、彼女は「え?」と小さな声で呟いた。

「本当は今すぐにでも会いたいけど…それは難しいから今週末に会いたい。晴美、何か用事ある?」

「ううん…ない。」

彼女がいつもの落ち着きを取り戻しているように感じ、私は少しホッとした。

「ありがとう。私が晴美のところに行く。前に教えてくれたところに今も一人暮らししてるの?」

「実は…違う場所に変えたの。後で新しい家の住所、送らせてもらうね。」

「分かった、よろしくね。とにかく今日はゆっくり休んで。久しぶりに会えるの楽しみにしてるよ。」

私の言葉に彼女は「ありがとう…鈴。」と泣きながらお礼を言った。

電話を切った後、私はしばらく何もすることができなかった。晴美は教師としてうまくやっていると思い込んでいた。私と違って、ちゃんと将来の夢を叶えて、順風爛漫な人生を歩んでいると決めつけていた…。私はそんな自分を殴りつけたくなる。ようやくベッドに横たわると、私はあっという間に深い眠りについてしまった。


つづく

物語が揺れ動く回になりました!次回からも乞うご期待です…!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ