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昨日のわたしに、さよならは言わない。  作者: みもざちゃん


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社員旅行とわたし(2)

岩下鈴いわしたすず:社会人1年目のOL。面倒見がよく思いやりがあり、真面目な性格。田舎を飛び出して都会に上京してきた。過去の輝かしい栄光に苦しめられている。

月岡昴つきおかすばる:中途採用されてきた新入社員。イケメンで高身長だが、不器用で仕事ができない。寡黙でシャイだが、誠実で優しい性格。とある過去の記憶を抱えている。

山田真衣やまだまい:鈴の勤め先にいるとても美人な先輩。勤務歴は10年目。基本的には優しいが、ライバルには絶対に勝ちたいという競争心を隠している。上司のお気に入りになることが得意。

川口晴美かわぐちはるみ:鈴の親友。子供の頃からの夢だった教師になり、新任として奮闘している。気配りができて人に寄り添う優しい性格。仕事で悩みを抱えている。

岩下登紀子いわしたときこ:鈴の母親。真面目で家族想い。保育士として働いている。

岩下茂雄いわしたしげお:鈴の父親。お茶目で楽観的な性格。消防士として働いている。

「山田先輩に何かあったんですか…?」

月岡くんが私の腕を支えながら冷静に尋ねる。私は一回深呼吸してからようやく口を開いた。

「山田先輩が…エレベーターの前で倒れてたって…。」

私の言葉に月岡くんのぱっちり二重の目がさらに大きくなる。

「今はどこにいるんですか?」

「ホテルの救護室にいるみたいなの。もしかして…お酒飲んだ後に温泉に行かせてしまったからかな…。」

頭を抱える私に彼はかぶりを振った。

「先輩がお酒を飲んでから3時間以上経ってますし、その可能性はかなり低いと思います。岩下さんが悪いわけじゃありません、絶対に。」

「…私、心配だから救護室に行ってくる。」

月岡くんの言葉を素直に飲み込めないまま、私は逃げるように部屋を出て行ってしまった。


ホテルのフロントで救護室の場所を聞き、すぐさま山田先輩の元に向かった。浴衣を身にまとった先輩はベッドの上で静かに横たわっている。救護室にいる看護師さんが驚いた表情で私を見つめた。

「わざわざ来てくださったんですね。山田さんは大丈夫なので安心して下さい。」

「あ…良かったです。先輩はどうして倒れたんですか?」

ホッとすると、看護師さんは優しい笑顔で微笑んだ。

「のぼせただけみたいです。」

「…え?」

「軽い脱水症状になってたみたいで。ここの温泉は美肌の湯と言われてるので、長く入っちゃったのかもしれませんね。」

「昼間にお酒を飲んだことは…関係ないんですか?」

彼女は山田先輩の首に氷を当てながら、キョトンとした表情で私を見つめる。

「全然関係ないです。時間がかなり経っているので、そこは問題ないですよ。」

「あ…そうなんですね。本当に良かったです。」

私たちが話していても先輩は一切目を開けずに気持ちよさそうに眠っている。私が先輩の寝顔を眺めていると、看護師さんが小さく首を傾げた。

「山田さんはもう少し休まないといけないと思うので、お部屋にいらっしゃっていいですよ?向かう時にまた連絡しますのでご安心ください。」

私は「ありがとうございます。」とお礼を言って、足早に部屋へ戻った。


慌てて部屋を出てしまったものだから、ルームキーを忘れてしまった。私は扉を3回ノックして、「月岡くん!開けてもらえるかな?」と大きな声で叫んだ。しばらくしても無反応である。私はもう一度ノックして月岡くんの名前を呼んだ。

「あれ…温泉入りに行っちゃったかな?」

仕方なく扉の前に突っ立っていると、突然後ろに人の気配を感じた。恐る恐る振り返ると、そこには月岡くんがいた。しかも髪の毛が濡れているし首からバスタオルを掛けて…いや、何と言っても上半身裸ではないか…!

「きゃああ!」

悲鳴に近い声を上げると、月岡くんは目をパチクリさせた。

「あ、もしかして岩下さんですか?すみません…コンタクト外してて今目がよく見えてなくて。」

「そ…そんなことより、月岡くんなんで服着てないの!」

私は慌てて両目を指で隠したが、月岡くんが私の腕を掴んでゆっくりと下に降ろした。私が思わず目を開けてしまうと、月岡くんがとろんとした瞳で私を真っ直ぐに見つめる。私の鼓動が一気に速くなるのを感じた。

「岩下さんだ…。」

「…は?」

彼は私にゆっくりと顔を近づけて安心したような表情をする。

「岩下さんが帰ってきてくれて…本当に良かった。ありがとうございます。」

なぜお礼を言われるのか分からなかった。彼の目に光るものが見えて、私は余計に混乱してしまう。

「え?泣いてる…っていうか、一回部屋に入らないと…!ルームキーある?」

私の言葉で月岡くんはズボンのポケットから鍵を出した。私はそれを受け取ってすぐに部屋の扉を開けた。私が彼の方を向けないでいると、彼はすぐに白いシャツを羽織った。

「気晴らしに温泉に入りに行ったのですが…考え事をしていたもので上に着る服を忘れてしまって。驚かせていまってすみませんでした。」

月岡くんはいつも通り丁寧なお辞儀をした。

「考え...事?何かあったの?」

私が冷静を装って聞くと、彼は目を伏せて呟いた。

「先ほど岩下さんに強い口調で言ってしまったと思ったんです。山田先輩は大丈夫でしたか?」

「いや、全然そんなことないよ。山田先輩は温泉でのぼせちゃったみたいで、もう少し休むって看護師さんが教えてくれた。」

月岡くんの安心したような表情を見て、私の胸が締め付けられていった。

「私の方こそ聞く耳を持たないで、勝手に自分のせいだと思い込んでさ。1人で先走っちゃって…本当に私って馬鹿だよね。ごめんね、こんなダメダメな先輩で…。」

「岩下さん。」

月岡くんがいつもよりも大きな声を出した。彼は透き通った真剣な眼差しで私をじっと見つめていた。

「そんなこと…言わないで下さい。」

キョトンとしている私に彼は話を続けた。

「僕、岩下さんのこと怒らせちゃったからもう帰ってこないかもしれないって思ってたんです。そしたらすごく何と言うか…信じられないほど悲しくなって。心にぽっかり穴が空いたみたいな…今まで経験したことない感覚になりました。だから…その…。」

月岡くんは一瞬言葉を詰まらせて、それからまた私に目線を戻した。

「岩下さんがいないと、僕はダメみたいなんです。」

彼の言葉をどう捉えればいいのか、彼が本気でこんなことを言ってくれているのか、私にはイマイチ分からなかった。でも彼は、今までにないほど真剣な顔で私を見つめ続けている。

「それって…それって、どういう…意味?」

勇気を出して聞いてみると、部屋の電話が鳴り始めた。私が我に返って電話を取ると、さっきの看護師さんの声が聞こえてきた。話し終わって受話器を置くと、月岡くんが眉を八の字にして隣に立っていた。

「山田先輩、今から部屋に戻るって。体調治ったみたいだよ。」

「そうなんですか。治って良かったですね。」

私と月岡くんは何もなかったかのように自分の荷物を整理し始める。私の胸の鼓動はまだ大きくて私は彼に気付かれないよう静かに深呼吸した。かなり気まずい空気感である。

少ししてから部屋の扉が勢いよく開いた。私と月岡くんが同時に目線をやると、そこには乱れ髪を直さずに立っている山田先輩がいた。

「先輩…!大丈夫でしたか?」

私が思わず叫ぶと、彼女は私に勢いよく抱きついてきた。

「鈴ちゃん、心配かけてごめん。私、温泉入りすぎてのぼせただけだったのに倒れちゃって…。」

「正直驚きましたけど、もうすっかり元気になったんですね!ちなみに、どれくらい入ってたんです?」

私が話す前に月岡くんが横から聞くと、山田先輩は私から離れて恥ずかしそうに笑った。

「うーんとね…たしか40分くらいかな。だって、美肌の湯って書いてたんだもん。」

「看護師さんの予想的中…。」

小声で言うと、「うん?なんか言った?」と先輩がキョトンとしたので私は慌てて苦笑した。月岡くんは私と目が合って笑うのを堪えている。

「もうご飯食べに行かなきゃだよね!めっちゃお腹空いた~!さあさあ、2人とも早く準備して!」

いつも通りの山田先輩に私と月岡くんは胸を撫でおろし、すぐさま部屋を出る準備をした。


夜ご飯を食べ終わると、すぐにカラオケの時間が始まった。

私はまだ温泉に入っていない。早めにこの場を去って、ゆっくり1人時間を楽しみたいと企んでいたのにも関わらず…。社員1人ずつ最低でも1曲は歌わなければならない雰囲気になってしまった。

「じゃあ次は…鈴ちゃん!歌って歌って!」

また少し酔っぱらっている山田先輩に背中を叩かれ、社員全員が盛り上がった。私はしぶしぶ前に出て、機械に曲を入れた。できるだけ短い曲を入れることにしたのだ。音楽が流れると、社員のみんながざわめき始めた。

「鈴ちゃん、これって…随分前に流行った曲じゃん!?」

先輩の言葉を無視して、私は真顔で歌い続けた。社員の白い眼が向けられているのを感じていたが、なぜか月岡くんだけは楽しそうに手拍子をしている。自然と彼の方を向いてしまうと、彼はグッドサインを見せてニコニコしていた。私はだんだん恥ずかしくなってきたが、何とか歌い切った。

「じゃあ…私はお先に失礼いたします…。」

私がいなくなるのを止める人は誰もいなかった。そそくさと会場を出て、私は部屋に戻った。

するとその時、スマホに着信があった。母からだ。私は顔をしかめつつも、応答ボタンを押す。

「もしも…。」

「鈴!ちょっとあんた、なんで何もメッセージ送ってこないのよ!既読スルーしないでちゃんと連絡しなさいよ、心配するじゃないの。」

耳に刺さる母の声に私は思わずスマホを遠ざけた。

「ごめんって。最近バタついてるの。今も社員旅行中だからあんまり連絡取れないんだよ。」

「あらぁ、そうだったのね。それより、鈴に話したかったことがあるのよ。昔の鈴の活動が載った新聞が見つかったの。ずーっと探しても見当たらなくてね、お父さんが掃除してたら天井から落ちてきたのよ!」

私は母の言葉に表情を曇らせてしまう。

「え…話したかったのってそのこと?そんなことで電話してきたの?」

「何よ、そんなことって。鈴が新聞捨てちゃったかもしれないって騒いでた時期があったから連絡したんじゃないの。見つかって嬉しいでしょ?」

「全然嬉しくない。」

私が即答すると、母は一瞬黙り込んでそれから口を開いた。

「鈴…なんで?あんなに探してたのに?」

「もう今は…要らないものになったんだ。だから別に捨ててもいいから。」

「なんでそんなこと…。」

「お風呂入らないといけないからさ、おやすみなさい。」

私は一方的に電話を切ってしまった。今更あんなものを見つけ出すなんて、そんなの無意味だ。私は苛立ちながら温泉に行く用意をして部屋を出た。

温泉に入っている間も母の言葉をずっと考えてしまった。このままでは山田先輩の二の舞になってしまう。私は少し湯につかって温泉から出た。美肌の湯だけあって肌がすべすべになった気がする。時間帯的に人が少なく、貸切風呂のようだった。

部屋へ戻る間に、ふと高校時代の記憶を思い出してしまう。


ー卒業式まであと3日となった日。私は高校時代の思い出を振り返りながら、自分の勉強机を整理していた。晴美と一緒に撮ったプリクラ、部活のみんなでトロフィーを持った写真…。見る度にその時の興奮や楽しい気持ちが鮮やかに蘇る。

「そういえば…あの新聞ってどこに置いたっけ?」

あの新聞…というのは、私が初めて新聞記事に載った記念の物である。私は全てのクリアファイルや引き出しを見漁った。それでも全く見つけることができない。

「もしかして、お母さんかお父さんに捨てられたかな?」

私はリビングに行って、2人に聞いてみた。しかし、2人とも口を揃えて「捨てていない。」と言い張っている。

「そんな…。大切な記念だったのに。本当に捨ててないの?」

「捨てないわよ。娘の記念の新聞を捨てる親なんていないわよ?」

母が口を尖らせたので、私は父に目をやった。

「え?俺を疑ってるのか!?いやいや、待ってくれよ鈴。いつか見つかるよ、大丈夫だって。」

「お父さん…いつも楽観的だよね。娘がこんなに落ち込んでるのにさ。」

肩を下ろしている私の頭を父はくしゃくしゃに撫でた。

「いつか俺が絶対に見つけてやるから!約束だ、約束!鈴の頑張りが報われたものなんだから、間違いなく捨ててないよ。元気出せって、な?」

私が小さく頷くと、母と父は安心したような笑顔を作った。ー


やっぱり昔のことを思い出すと吐き気がして気持ちが悪い。私はなぜか切ない気持ちで窓から見える夜の海を眺めていた。無性に涙が零れてきそうで、私は慌てて別のことを考えるようにする。

すると、静かに扉が開く音が聞こえてきた。おそらく山田先輩と月岡くんが帰ってきたんだろう。

「2人ともお疲れ様です…。」

私が後ろを振り向くと、そこには月岡くんがいた。彼は相変わらず丁寧なお辞儀をしてニコッと微笑んだ。

「岩下さんもお疲れ様です。山田先輩はまだカラオケにいます。」

「あ…そうなんだ。盛り上げ役も大変だよね。私はすぐに帰って来ちゃった。早く温泉入りたくて。」

頭を掻きながら言うと、月岡くんが私の隣に座ってきた。

「浴衣、可愛いですね。」

予想外の言葉に私は彼を二度見してしまった。フリーズしている私を見て、彼は不思議そうに首を傾げる。

「岩下さん…?どうかしました?僕、何かやっちゃいました?」

「ううん!違う違う!そういう訳じゃなくて…。」

私は言葉に詰まりながらも何とか話を続ける。

「月岡くんは優しいよね、自然に人のこと褒めてくれて。真っ直ぐに伝えてくれて…お世辞でも嬉しいよ。」

「お世辞?何の話です?」

彼の頭の上にはやっぱりクエスチョンマークが浮かび上がっている。私が「何でもない。」とそっぽを向くと、彼は慌てたような声で呟いた。

「ちゃんと言ってほしいです!このままだと、僕は今日眠れなくなっちゃいます…。」

「それはちょっと…可哀想だな。」

私が月岡くんに向き直ると、彼は嬉しそうに目を輝かせている。体温が一気に上昇していくのを感じながら、私は小さく咳払いをした。

「つまり…月岡くんはみんなのことを褒めるのかなって思ったの。誰にでも…言うのかなって。」

「誰にでも何を言うんです…?」

彼は本当に分かっていないみたいだ。私は仕方なくはっきり言うことにした。

「可愛いって誰にでも言うのかと思ったの。それだけだよ、それだけ。」

「言いません。」

さっきの私みたいに即答する月岡くんに私は目を丸くする。

「自分が可愛いなって思う人にしか言わないです。」

「そっか…そういうことか…。」

「いや、だから…その…。」

私の手にまた月岡くんの温もりを感じた。彼は私の左手を強く握りしめている。照明が薄暗いせいか、月岡くんがいつもよりも大人っぽく見えてしまう。自分の鼓動を感じながら私は自分の手に重なっている彼の手に目を落とした。

「岩下さんだから…言ったんです。」

思わず顔を上げると、彼の美しい瞳が私を見つめている。胸の鼓動がだんだん大きくなっていく。

私と彼はしばらく目を合わせたままで、ただただ時間だけが過ぎていくのだった。


つづく

ご一読いただきありがとうございました!次回も乞うご期待です♡

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